ツマラナイ仕事も、エラそうな奴らも、行儀良いのも大っ嫌い。20の肩書きをもち、アイロニカルなユーモアを武器に、マジメで頭の固い世間を挑発し続けたボリス・ヴィアン。決まりきった生き方なんてしたくないと考える、すべての若い人に手にとってほしい作品を厳選しました。
ボリス・ヴィアンは1920年、パリ近郊に生まれました。裕福な幼少時代を送るも、1929年の世界大恐慌の影響により家族は没落、やがて父親は強盗に射殺されてしまいます。
国立の工業高校を卒業後はフランス工業規格協会に就職。昼間はエンジニアとして働きながら、夜ともなればパリの文化の中心サン=ジェルマン=デ=プレに繰り出し、カフェで女の子をからかったり、地下のクラブでジャズ・トランペットを吹き鳴らしたりと、華やかな生活を送っていました。
そして1946年、架空の黒人作家の翻訳家としてスキャンダラスに文壇デビューしたボリス・ヴィアンは、続けざまに小説を発表してゆきます。しかし、その奇想天外で前衛的な作品は評判も売上も芳しくなく、黙殺といってよいほどの扱いを受けてしまいました。
そんな状況に業を煮やした彼は、そのありあまる才能を他のジャンルでも発揮しはじめます。インドシナ戦争の真っ最中に、大統領にむけて強烈な反戦メッセージを綴り、放送禁止になったシャンソン「脱走兵」。戦争のバカバカしさを徹底的に笑いのめした戯曲『屠殺屋入門』。他にもジャズ・トランペッター、ジャズ評論家、舞台俳優、詩人など次々に肩書きを増やしながら、一貫して権威にあらがい、杓子定規な世間を挑発する作品を発表してゆきます。
生来、心臓が弱かったボリス・ヴィアンは、自ら「40歳まで生きないだろう」と公言していました。そしてその言葉通り、自作小説が原作の映画試写会の途中に、心臓発作により39歳の若さで亡くなってしまいます。(一説では「死ぬほどつまらない映画だ!」と言いながら)
フランスで彼の名声が高まるのは、その死から9年後のこと。1968年、5月革命を起こした学生たちによってでした。
本作の「はじめに」で、ヴィアンは「人生で大切なことは二つだけだ」と喝破します。
「それは、きれいな女の子との恋愛だ。それとニュー・オルリンズかデューク・エリントンの音楽だ。その他のものは消えちまえばいい。なぜって、その他のものはみんな醜いからだ。」(『うたかたの日々』より引用)
こうして青年コランと、とびきりきれいな女の子クロエの恋物語がはじまります。ボリス・ヴィアンの盟友、作家レイモン・クノーが「現代の恋愛小説のなかでもっとも悲痛」と評した残酷な結末に向かって。
- 著者
- ボリス ヴィアン
- 出版日
- 2002-01-01
若くして働く必要のないほどの資産をもち、料理人ニコラを従えて優雅な生活を送るコラン。彼はある日、友人カップルに誘われたパーティーで、クロエに一目惚れしてしまいます。恋愛にはやや奥手なコランでしたが、友人たちの協力もあり、やがて2人は結婚することになりました。
このままずっと幸せな日々が続く―そう思われた2人に、しかし、突然悲劇が訪れます。クロエが肺に睡蓮の花が咲くという奇病に冒されてしまったのです。アパルトマンのベットで日に日に衰弱してゆくクロエ。コランはそれまでの贅沢を投げうって、彼女を助けるために奔走をはじめます。
空から雲がおりてきてデート中のコランとクロエをすっぽり包んだり、サルトルならぬバルトルという哲学者が登場したりと、現実と幻想が入り混じった美しくも悲しい純愛小説。ヴィアンの作品を初めて手にする方におすすめです。
ヴィアンが創作と並行して様々な新聞や雑誌に寄稿していた文章を、「くらす」「でかける」「まなぶ」のテーマにわけて収録した日本独自のエッセイ集です。
そのほとんどが生活費を稼ぐために書き飛ばされたものでありながら、そこには、杓子定規、不寛容、真面目、そして権威や世間への迎合を嫌う彼の姿勢が徹底して貫かれています。
- 著者
- ボリス ヴィアン
- 出版日
億万長者を「クソ真面目、ミジンコ並みの想像力」と一刀両断し、本当の贅沢に必要なのは「エスプリ、それからちょっぴりの洗練と想像力」と語る「君に億万長者の素質はあるか?」。
健康によい風習としてディープキスを普及させるために、まるで工業製品のようにディープキスの規格をまとめ上げた「ディープキスよ永遠なれ」。
ロボットに仕事が奪われることを恐れる友人の詩人に、「人間らしくやわらかな多面性を磨こう」とアドバイスを送る「詩人ロボットなんかこわくない」。
などなど、まるで格差社会やAI登場に揺れる現代のために書かれたのかと錯覚しそうなほど、今でも通用する文章が収められています。ボリス・ヴィアンによる、人生をイキイキと生きるためヒントをたっぷり味わってみてください。
赤い髭をたくわえた精神病医ジャックモール。成人の状態で生まれ、過去というものを一切持たない彼は、精神分析によって他者の欲望や感情を奪い、その空っぽの自己を満たそうと企てます。
冒頭、断崖に沿った小道を走っていたジャックモールの耳に、近くの一軒家から女性の叫び声が飛びこんできました。急いでその家に駆け込んだ彼は、ベッドで陣痛に苦しむ女性を見るや迷わず手術を開始し、無事3つ子(正確には双子ともう1人)を出産させます。
- 著者
- ボリス ヴィアン
- 出版日
- 2001-05-01
このように「これぞヴィアン」とでも言うべき荒唐無稽なエピソードで始まる小説ですが、やがてその作品世界は異常に暗く歪みはじめます。
その日以来、女性の家に居候するようになったジャックモールは、たびたび近所の村を訪れます。そこで彼が目にしたのは、奴隷のように叩き売られる老人たちや、死に至るまで酷使され働かされる子供たちでした。
肝心のジャックモールの精神分析も、患者の女性とセックスを繰り返すばかりで一向に進展がみえません。8月28日からはじまる各章に記された日付も、「いちよん月55日」「じゅうすう月24日」と次第に狂いだしてゆきます。
ヴィアンのペシミズムが充溢した、奇想天外な幻想世界をぜひ味わってみてください。
第二次世界大戦後、パリのセーヌ川左岸に位置するサン=ジェルマン=デ=プレには世界中から芸術家や思想家が集まり、夜な夜なカフェや地下クラブで酒を飲み、ダンスを踊り、バカ騒ぎに興じていました。そんな狂騒の日々を「サンジェルマン=デ=プレのプリンス」と呼ばれたヴィアンが綴ったのが本書です。
何と言っても登場人物が豪華。ジャン=ポール・サルトル、シモーヌ・ボーヴォワール、ジャン・コクトー、パブロ・ピカソ、ジャン・ジュネ、ジュリエット・グレコ、デューク・エリントン、マイルス・デイビス……。ジャンルも流派も入り乱れた、綺羅星のような名前が並んでいます。
- 著者
- ボリス・ヴィアン
- 出版日
- 2005-07-25
「ジュリエット・グレコ、別名トゥトゥーヌ(子猫ちゃん?)は、1928年、モンペリエ生まれ(正しくは、1927年生まれ)。色白の顔、褐色の瞳(なんと大きな瞳!)、褐色の髪(なんと豊かな髪)、バスト90センチ(何と!)、ヒップも同じ、体重58キロ、身長1メートル65。他の特記事項なし?いや、いつも黒い服装をしている。」(『サン=ジェルマン=デ=プレ入門』より引用)
「温和な性格の彼女だが、一度だけタブーで尊敬すべきヴァロン氏をぶん殴ったことがある。(中略)彼女が誰かのことを『あいつは犬だ』と言ったら、彼女はその人が嫌いだという意味だ。」(『サン=ジェルマン=デ=プレ入門』より引用)
正しい生年やスリーサイズまで晒されたグレコが、ヴィアンのことを「あいつは犬だ」と言ったかどうかは定かではありませんが、彼女同様その他の有名人たちの素顔も、このようにヴィアンならではの軽妙な文章で活写されてゆきます。
当時の写真も多数収録されており、パリに憧れている方はもちろん、登場するそれぞれの芸術家のファンにもたまらない、ページをめくるだけで楽しめる本です。
ひとり故郷を離れ、田舎町バックトンの本屋で雇われ店長として働くリー・アンダーソン。地元の不良グループとつるんで酒とセックスに明け暮れる日々を送る彼には、ある秘められた計画がありました。
白人によって惨殺された弟の復讐のために、白人を殺すことです。
弟と同じく、リー自身も黒人の血を引いていましたが、見かけはまるっきり白人のため、気づく者はいません。彼はその自分の白い肌を利用して白人たちに近づき、復讐のための格好の獲物を探していたのです。
- 著者
- ボリス・ヴィアン
- 出版日
- 1979-03-22
1946年、ヴィアンは架空のアメリカ黒人作家ヴァーノン・サリヴァンをでっちあげ、10日間で書き上げたこの小説で文壇デビューしました。
その過激な内容でたちまちベストセラーになりましたが、3年後、風俗紊乱のかどで発売禁止になってしまい、翻訳者として名を連ねていたヴィアンは10万フランの罰金刑をくだされてしまいます。
たしかに冷徹な文体で描かれたリーの白人に対する暴力とセックスは、今読んでも十分にショッキングです。しかしそこには、パリ占領中、黒人音楽だからという理由でジャズの演奏を禁止したナチスドイツに反抗してトランペットを吹き続けたヴィアンの、人種差別に対する強烈なメッセージを感じずにはいられません。
かしこまった言葉なんてボリス・ヴィアンには似合いません。さあ、今すぐヴィアンを読んで退屈な毎日を蹴飛ばしましょう!