中野重治のおすすめ本5選!詩人としても名高い作家

更新:2021.11.7

大正から昭和にかけて、革命詩人として数々の小説や詩を発表してきた作家・中野重治。彼が綴った言葉の数々は、現代でも高く評価されています。ここでは、そんな味わい深い作品を多く残す中野重治の、おすすめの本をご紹介していきましょう。

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独自の文学を貫き革命家としても活躍した作家、中野重治

中野重治は、1902年に福井県で生まれます。金沢市の第四高等学校に入学すると、後に文学仲間となる窪川鶴次郎らと知り合い、詩や短歌などの作品を発表するようになりました。1924年、東京大学に進学した中野は、仲間たちとともに同人誌『驢馬』を創刊。『夜明け前のさよなら』や『歌』など、雑誌に発表された中野の詩は、芥川龍之介からも高い評価を受けます。

大学を卒業後、日本プロレタリア文学運動に参加した中野重治は、左翼的思想を深めながら本格的な文学活動を開始しました。1931年、共産党に入党するも、翌年には弾圧を受け検挙投獄。1934年、転向を条件に出所します。その後も文学者として抵抗を続けた中野重治は、終戦後再び共産党に入党し、民主主義文学運動の中心人物として活躍しました。1978年には、その長年の功績が讃えられ、朝日賞を受賞。翌1979年、癌のため77歳でこの世を去りました。

子供時代に思いを巡らす中野重治の自伝的小説

主人公の少年の視点から、田舎町の日常の様子を綴る長編小説『梨の花』は、中野重治の代表作であり、読売文学賞を受賞しました。著者の子供時代の思い出を元に描かれた、自伝的作品となっています。

主人公の良平は、尋常小学校1年生。祖父母の元で育てられ、両親とは離れて暮らしています。

良平の住む村には、林という大地主がいました。そこには鼎(かなえ)という同い年の子供がいるのですが、鼎は村の学校ではなく町の学校まで通っています。良平は常々、林家の人間が皆器量よく、美しいことを不思議に思っていました。

良平が4年生の時、祖母の「おばば」が亡くなります。「おばば」は、歯のない口で、良平によく昔話を話してくれました。良平は、「これからもう、昔話をしてくれるものは誰もいないだろう」と、祖母がこの世からいなくなってしまったことを、只々惜しむのです。

著者
中野 重治
出版日
1985-04-16

物語には、大きな事件などが起きることはなく、淡々と平凡な日々が流れています。それぞれの出来事が、少年の視点から断片的に語られ、決して多くのことを細かく描いているわけではありません。それでも、静かに展開されて行く子供の日常は、読んでいてとても心地よく、自然とページをめくり続けてしまいます。

読み進める内に、徐々にこの少年に愛着が湧いてきてしまい、気づけば見守るような気持ちで成長を追っているのです。当時の日本の生活を知ることもでき、読後には、自分の子供時代にも思いを馳せたくなる1冊です。心が穏やかになる味わい深い作品ですから、ぜひたくさんの人に読んでみていただきたいと思います。

革命詩人・中野重治の傑作詩集

『中野重治詩集』には、彼の初期の抒情詩から、革命に燃えやがて転向を余儀なくされるまでのプロレタリア詩などが、執筆された順に収録されています。

初期の頃、中野の詩には人の哀しみや寂しさに、愛情深い眼差しを向けて綴られた作品が多く、どこか切なさを醸し出した、情緒溢れる詩の数々が発表されていました。

「しらなみ」という詩では、秋の海の物悲しさを綴り、「浪」では誰もいない海で、浪だけが繰り返し打ち寄せる風景を描き出しています。叙情的な哀しさにうっとりさせられ、著者の優しさも感じることができるでしょう。

著者
中野 重治
出版日
2002-09-18

読み進めるうち、徐々に中野重治の詩には、自分が生きる社会に対する、強い怒りが顔を出すようになり、批判精神や嘆きと、叙情が見事に融合した作品へと変貌を遂げていくのです。時には激しい口調で憤怒を露わにすることもあり、メッセージ性の強い詩が大いに心に響いてきます。

環境や時代の流れによって変化していく、中野重治の詩人としての道のりを知ることができ、魅力溢れる詩の数々に引き込まれる重厚な詩集です。読んでみていただければ、お好みの詩が見つかるかもしれません。気になった方は、ぜひ手に取ってみてくださいね。

弾圧下にあった状況に必死の抵抗を見せた秀作

2編の中編小説が収録されている『空想家とシナリオ・汽車の缶焚き』は、弾圧による逮捕、転向、執筆禁止を受けた中野重治が、精一杯の抗いの思いを込めて創り出したと思われる物語です。

『空想家とシナリオ』の主人公、車善六は、区役所に勤め戸籍係を担当しています。いつかは作家になりたいと願い空想に浸る毎日ですが、一行も筆を進めることができません。脚本を書くことも考えるのですが、空想だけがどんどん広がっていき、結局それが原稿に描かれることはないのです。

創造の苦痛がない仕事に追われ、焦燥感を募らせながらも日常に流され、文学青年は今日も区役所に通うのでした。

物語からは、書きたいものが書けない苦しみや葛藤が、ひしひしと伝わってきます。いったい何をどう書けばいいのか……。そんな著者の思いが込められているかのような主人公の空想やつぶやきは、時にユーモアさえ垣間見えることもあり、不思議と重苦しさを感じることはないでしょう。

著者
中野 重治
出版日

『汽車の缶焚き』では、機関車を走らせるため、燃料の石炭をくべる機関助手の姿が描かれています。作業現場の様子が細かく生き生きと綴られ、過酷な労働環境や、労働者を取り巻く歴然とした格差が浮き彫りになっていくのです。

労働者が自由に物言えぬ弾圧の時代、文学者として必死に抵抗を続けた中野重治の思いに心を打たれる作品です。

愛蔵版として復刊された魅力的な詩集

『夜明け前のさよなら』は、レトロ感漂う初版時のデザインが装丁に用いられ、なんとも上品で風流な雰囲気を漂わせる詩集になっています。

表題作「夜明け前のさよなら」は、役人たちからの目から逃れながら、革命運動に参加する仲間らの姿を綴っています。中野重治の社会を批判する厳しい眼差しと、温かみのある優しさとが結びつき、感動を覚えずにはいられません。

「わたしは月をながめ」では、地球の裏側にいる「おまえ」のことを想い、同じ月を眺めることもできないと嘆くのです。それでも「わたしはおまえに逢いたい」と続く言葉に心を打たれ、詩の世界観に魅了されてしまいます。

著者
中野 重治
出版日
2000-02-25

その他にも、明るく屈託のない少女たちをまぶしそうに眺める、学生時代の著者の姿が想像出来る「明るい娘ら」や「たんぼの女」など、なんとも美しく切なげな言葉が並ぶ詩がとても魅力的です。

プロレタリア作家として有名な中野重治ですが、この作品の中には、ただの心優しい文学青年の姿も見ることができます。表紙のデザインも素敵な1冊ですから、愛蔵版としてはぴったりの詩集となるでしょう。

生前の手紙を収録した、中野重治感動の書簡集

愛する妻や肉親へと送られた、中野重治の手紙の数々が収録されている書簡集『愛しき者へ』。ノンフィクション作家・澤地久枝によって編集された本作は、中野の没後、上下2巻の大作として刊行された、感動の作品となっています。

1930年、中野重治は女優の原泉と結婚しました。ある日の妻への手紙では「小学校の先生にでもなろうか。」とつぶやく、意外な一面を見ることができます。「本はたくさん読み散らすのではなく、少し読んで多く考えること」と言った言葉には深く感銘を受け、その教養の広さにも頭がさがるばかりです。

著者
["中野 重治", "澤地 久枝"]
出版日

上巻では、結婚後投獄され、転向を条件に出獄するまでの手紙、全168通が収められています。獄中や旅先から、妻や母に宛てて書かれた手紙の数々は、取り繕うことのない、本来の中野重治の姿を赤裸々に浮かび上がらせ、ぐっと身近な存在へとイメージを変えてくれるでしょう。

下巻では、戦時下から終戦を迎えるまでの全331通が収録され、心を打つ手紙の後に添えられた、澤地久枝による心のこもった解説が、それぞれの手紙に絶妙の余韻を与えてくれています。

愛情深いロマンチストな文面を読むこともでき、やはり中野重治は詩人なのだ、と実感することができる作品です。詩集や小説にも負けず劣らずの読み応えですから、興味のある方はじっくりと味わってみてはいかがでしょうか。

中野重治のおすすめ作品をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。心に残る言葉が、いたるところに散りばめられた名作ばかりです。気になった方は、ぜひ1度読んでみてくださいね。

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