長きに渡り小説家としてのキャリアを積んできた名小説家・津村節子。旦那であり作家の吉村昭の影響を色濃く受けた作品や、彼女ならではの女性的な視点が活きているおすすめの作品をご紹介します。
津村節子とは、1928年に生まれ、1959年に処女作を出版して以降次々と女性心理を描く作品を生み出した小説家です。1965年「玩具」で芥川賞受賞を果たした後も、川端康成文学賞、菊池寛賞など多くの受賞を続けています。
小説家としての華々しく長いキャリアも有名ですが、作家・吉村昭と半生を共に生きた伴侶である一面も見逃せません。私小説も多い津村の作品には、吉村との淡々としつつも愛を窺える生活が多く描きました。
今回は津村節子の魅力的な女性心理の描写を感じられるおすすめの作品5冊を紹介します。
作家として、妻として生きる育子の夫が、健康に気を遣い続けてきたにも関わらず舌に癌を患います。懸命な通院も空しく、癌は転移し、やがて夫は死を覚悟するようになるのです。夫と暮らした幸せな日々を回想しながらも、妻・育子は夫が死へ刻一刻と近づいていく姿を受け止めるため、そばに寄り添います。
夫も育子と同じく小説家であった性分か、あえて延命措置をとることを拒みました。しかし、自然な死を望むことは、それだけ死に近づけば近づくほど精神的苦痛や体の痛みを伴うことを意味します。そしてやってきた死の間際、夫は自らの死を伝えます。育子もまた、夫の死に涙ながらに向き合い、彼に捧げた言葉は……。
- 著者
- 津村 節子
- 出版日
- 2013-07-10
『紅梅』は吉村昭を喪うまでの記録を小説として残した作品です。育子という名で登場する津村節子本人は、長い時間を共に過ごしてきた吉村の死を小説として書き記すことを数年せず、小説家としての活動そのものも辞めようとしていました。
それでも作品として残した『紅梅』には、小説家としての技と、妻としての愛が入り交じった複雑な情感が味わえます。タイトルでもある「紅梅」をキーにした夫との思い出のシーンは、美しい映像が脳裏によぎる素晴らしい表現が味わえるのでおすすめです。
詩人・高村光太郎の妻となった智恵子は、平塚雷鳥の創刊した雑誌『青鞜』の表紙絵を描くなど、女性芸術家として脚光を浴びた女性です。智恵子は裕福な家庭に育ちましたが、結婚後は貧しくも光太郎に尽くす日々を過ごします。光太郎もまた智恵子を愛し、智恵子を題材にいくつもの詩を書きました。しかし智恵子を父の死や一家離散などが襲い、智恵子のデリケートな心は統合失調症に悩まされていきます。
光太郎が愛とともに寄り添い続けますが、智恵子の病状は悪化し、やがて自殺未遂を引き起こすのでした。智恵子は闘病中新たな切り絵という手法に出会いますが、心の病と体の衰えは、もはや回復できないほど彼女を侵しています。
- 著者
- 津村 節子
- 出版日
高村智恵子は才能があるにも関わらず病に侵された悲劇の芸術家として知られています。津村節子にとって智恵子は、同じ表現の世界に生きる旦那に嫁いだ女性として何かシンパシーを感じていたのではないでしょうか。
類稀な津村の表現力と女性の感性を切り取る文体が、智恵子の中に渦巻いていた光太郎への愛と、愛とは呼べない何かによって次第に犯されていく過程を描いている傑作と言えます。悲劇に襲われた智恵子の硝子のような繊細な心と、それに気付けない光太郎のもどかしさも感じますが、このもどかしさは女性特有のものなのかもしれませんね。
作家であった亡き夫・吉村昭は、作品の中に描く取材のため三陸海岸田野畑を訪れていました。その作品が出世作となった夫は、家族を連れて田野畑を旅行したこともあります。家族にとって、そして夫にとって大切だった風景、場所。
その場所は東日本大震災で大津波に襲われます。夫が愛した特別な場所が、風景を変えてしまうことの悲しさ。しかし、それから目を背けることは津村節子にとってもっとつらいことでした。きっと夫がもし生きていたならば、東日本大震災を経たこの地を歩きたいと願っただろう。そう考えた津村は、残された息子や孫とともに三陸の海を巡る旅へ向かいました。
- 著者
- 津村 節子
- 出版日
- 2015-10-15
津村の夫への死後の想いが綴られた作品のひとつ。この作品のきっかけとなる吉村昭の『三陸海岸大津波』は、東日本大震災以降増刷となりました。津波というワードに対する警句を発していた重要な資料と言えるでしょう。それを描いた夫と三陸にまつわる人間らしいエピソードや、夫婦で旅行した時のこと。それらが交わり、津村の中に生きる吉村像が浮かび上がるしっとりとした作品です。
特に本作では、吉村を交えて過去にあった人との関わり合いが強く描かれています。吉村の作家としての一面というよりは、人間としての素朴な一面が津村の視点によって描き出されることに暖かみを感じるシーンが多いです。これを書くことによって津村の中の吉村も整理されていくのだろう、と考えると感慨深いものがあります。
“夫が死ぬ”。それは育子の心に大きなショックを与えた出来事でした。夫が死んで以降の日々はただ細かなやるべきことに追われている育子ですが、やがてそれらが終わった時に待っていたのは、蘇ってくる夫との時間、思い出、感覚。
歯ブラシが2本並んでいること、温泉旅行、たった一人になったから建て替える住まい。それらの何気ない風景に育子は夫の面影を重ねては苦しく思います。夫は少しのユーモアと誠実さにあふれた素敵な男性でした。そして、死ぬ間際に夫が書いた日記には、育子が目覚めていなかったことがあったと記すページが。育子は仕事に追われ、夫のそばに寄り添えなかった日があったのです。その淋しさを想い、育子は悔いを抱きます。
- 著者
- 津村 節子
- 出版日
- 2013-01-16
夫である吉村昭が死んだ3年後に筆をとった短編集。愛する者が先立つということの悲しみ、女性としての心理の揺れが静かに描かれています。胸が締め付けられるような気持ちで満たされつつも、激情には襲われない、まるで梅雨の静かな音を思い出すような作品です。
収録されているうち2編は吉村の生前、3編は死後に描かれているそうです。この変化も作品の中から読み取れるかもしれません。小説家になってから作品を書き続けた津村の中で、吉村を喪って筆を置いた3年間、そしてその後再び机に向かった時の本作品。文章からにじみ出る作家としての冷静な筆致から感じ取れるわずかな震えに、心打たれます。
さよは、吉原に若くして売られた遊女です。昭和が始まったばかりのその頃、女性の価値はあまりに低く、貧困の中では物同然に扱われていました。さよは吉原に売られてからというもの、休みもなく客相手をし続ける日々を送ります。その中では、当然のように行われる理不尽の数々が、さよの柔らかい心や体を傷つけていくのです。
屈辱、絶望、壊れていく少女の心。そして、時代は戦争へとひた走り、吉原にもその影は徐々に広がっていきます。やがてさよは身請けされることとなりますが、彼女が幸せになれる日を思い描ける希望への道筋は、そこには到底見えません。
- 著者
- 津村 節子
- 出版日
- 1980-01-01
一人の遊女を主軸として描かれた昭和初期の陰惨な日常風景を見事に描いた津村の傑作です。一切オブラートに包むことなく、その当時の理不尽な女性への扱いと、それによって崩壊していくアイデンティティが表現されています。
石のように固まっていく女性の心を描く、というのは何とも苦しい所業のように思えますが、津村はそれを描くことによって、本来蝶のように舞う女性の姿を投影したかったのではないでしょうか。津村節子だからこそ描けるヒューマンドラマを楽しむことができる一冊です。
津村節子は自身の体験した出来事や出会った人々のことを女性的な視点で描く、極めて優れた小説家です。その静かながら胸を打つ文章をぜひ多くの方に読んでいただけたらと思います。今回おすすめの作品から、ぜひお気に入りの一冊を見つけてみてくださいね。