終戦直後、太宰治などと並び、無頼派作家として活躍した檀一雄。虚無的且つ自嘲的なその作風は、当時の若い読者たちから絶大なる人気を博しました。ここでは、食に関するこだわりが強かったことでも知られる檀一雄の、おすすめ作品をご紹介していきましょう。
1912年、山梨県に生まれた檀一雄は、高等学校へ入学する頃には、すでに同人誌を製作し、小説や詩の発表を行っていたのだそうです。1932年、東京帝国大学へ入学後『新人』創刊号に、デビュー作となる「此家の性格」を発表。このことをきっかけに、太宰治らとの交流がスタートします。
1934年、作家仲間たちと同人誌『青い花』を創刊。1937年には出世作となる「花筐」を『文藝春秋』に発表するも、その年、戦争による召集を受け戦地へ向かうことになります。文壇に復帰したのは1950年。翌年には「長恨歌」と「真説石川五右衛門」の2作で、直木賞を受賞しました。
「最後の無頼派 」作家とも呼ばれた檀一雄は、1975年、遺作となる『火宅の人』を発表。死後、読売文学賞及び、日本文学大賞を受賞しています。
檀一雄の『檀流クッキング』は、日本のみならず世界各地の伝統料理を、男性らしい豪快なレシピと共に紹介する料理本です。
檀一雄の料理レシピでは、大さじ・小さじ・計量カップなどの料理アイテムは一切使われません。調味料の割合などは「好みのままでよい」のであり、選ぶ肉は「自分の体質と嗜好とフトコロ具合」に合わせれば良いのです。
調味料の分量が書かれている場合もあるのですが、「コップ半分くらい」と至ってアバウト。まさに「男の料理」と感じられる豪快なレシピが、次から次へと紹介され、お腹が空くこと必至です。
- 著者
- 檀 一雄
- 出版日
- 2002-09-25
鶏の白蒸し、カレー、コロッケ、ローストビーフにクラムチャウダー、そしてボルシチ。作品内には92種類にも及ぶ、多種多様な料理が登場します。ふらりと旅に出ては各地の食市場を巡り、様々な料理を実際に食してきたという檀一雄。その食に対する、愛着のようなものの強さには驚かされるばかりです。
一般的に、「料理は女性がするもの」と思われていたこの時代。男性作家が自ら作った世界中の料理を紹介する本書は、当時の世間に新しい風を巻き起こしたことでしょう。ユーモアたっぷりに綴られた文章は、とても面白くて読みやすく、料理が苦手な方でも楽しんで読むことのできる作品になっています。
自身の体験を元に描かれた、私小説的長編小説『火宅の人』。檀一雄の遺作となった、上・下2巻で構成される本作は、妻と子に囲まれながらも、不倫と酒に溺れてしまう男の姿を描いています。
主人公の桂一雄は、先妻を病で亡くした後、現在の妻ヨリ子とお見合いで再婚します。先妻との間に生まれた子も含め、5人の子供に恵まれているのですが、次男である次郎は、5歳の時にかかった日本脳炎の後遺症が原因で、寝たきりの生活となっていました。
末の子が生まれて間もない頃、桂は昔から気になっていた女性、矢島恵子と体の関係を持ってしまいます。ヨリ子にそのことを打ち明けた際、「事はおこしたがこの家を破壊する気はない」と言う桂。結局離縁することはありませんでしたが、桂は家族と離れ、愛人の恵子と暮らすようになるのです。
- 著者
- 檀 一雄
- 出版日
- 1981-07-28
それぞれの登場人物が、とても生き生きと描かれている作品です。檀一雄自身の姿と重なる主人公は、どこまでも自由奔放。この作品でも、著者が料理にこだわる様子が、様々な場面で綴られています。やがて妻も愛人も置いて、ニューヨーク、パリ、ロンドンを巡る放浪の旅へと出てしまうのですが、どこか憎めない魅力を感じてしまうのです。
豪快で自分勝手な反面、感受性豊かで傷つきやすい。頻繁に次郎を気にかける描写も印象的。小説としてもたいへん面白く、登場人物それぞれの人生に思いを馳せながら読むことができるでしょう。最終章の「キリギリス」は、病の床から口述筆記によって書き上げられ、20年以上の時を経て完成した、檀一雄渾身の最後の一作です。
『美味放浪記』は、日本全国はもちろん、世界中を放浪して、ありとあらゆる食材や料理を食べ歩いてきた檀一雄の、旅の様子を綴るエッセイ集です。
第1部では日本各地を食べ歩き、第2部では世界各地を食べ歩くという、なんともスケールの大きい放浪記。
作品内には、太宰治や坂口安吾など、当時の文壇仲間が不意に顔を出すのも、この作品の面白いところではないでしょうか。例えば蟹のエピソードでは、太宰治との思い出が綴られています。
新宿界隈を歩きながら「生きてることそのものに、うんざりしていたような時間」を過ごす太宰と檀。毛蟹の夜店を見つけ、太宰はその場で立ったまま蟹を食べ出したのだとか。檀はこの時、生まれて初めて蟹を口にしたのだそうです。
- 著者
- 檀 一雄
- 出版日
- 2004-04-25
その土地土地の名産を食べ、酒を飲み、また美味しいものを探し求め旅をするという、それだけの内容なのですが、読んでいてわくわくが止まりません。国内では南は九州、北は北海道まで。海外へ行けばスペイン、ポルトガル、ソ連、オーストラリアなど。まったく臆することなく、縦横無尽にどこまでも行ってしまう姿には、とんでもないパワーを感じます。
各地の伝統的な田舎料理なども多く紹介され、味付けから調理方法まで、言葉巧みにわかりやすく描写されており、とにかく全てが美味しそうでたまりません。いつかこんな旅がしてみたいと、思わず夢想してしまう素敵なエッセイ集です。
エピソード集『太宰と安吾』は、同じ「無頼派」作家として交流の深かった、太宰治と坂口安吾の生前の姿が、檀一雄によって読み応えたっぷりに綴られている1作です。
第1部では太宰治について、第2部では坂口安吾についての文章がまとめられています。
檀が、『走れメロス』が生まれる発端となった出来事だと推測する「熱海行き」や、太宰の死についての、檀なりの見解が語られた文章など、様々な出来事を興味深く読むことができます。
坂口安吾が、収拾がつかないほど暴れ、警察沙汰になってしまった取材旅行。留置場から宿に戻ってきたタイミングで、安吾の息子が生まれたとの連絡が入り、「一息ついたような微笑」を浮かべる場面はとても印象的です。
- 著者
- 檀 一雄
- 出版日
- 2016-01-23
太宰治が38歳で自殺、坂口安吾が48歳で脳出血のためそれぞれ他界し、「最後の無頼派」作家と呼ばれた檀一雄の元には、生前の彼らの真の姿を知りたがる声が多く届いたことでしょう。本作では、新聞や雑誌、小説やエッセイなど、様々なところで書かれた彼らに関するエピソードが、1冊の本に集約されています。
いかにも「無頼派」作家らしい有名なエピソードの数々も、当時濃密な関係を築いていた檀の視点から語られれば、印象もまったく違って見えてきます。2人の姿を綴る檀の文章からは、温かい優しさを感じることができ、太宰と安吾について知ることができるのと同時に、檀一雄という人間の人柄についても窺い知ることができるでしょう。
満州に渡り日本人馬賊となった、伊達順之助をモデルとして描く長編小説『夕日と拳銃』。戦国武将として有名な伊達政宗の末裔であり、終戦後、戦犯として死刑判決を受けた伊達順之助の、波乱の人生を綴った名作です。
主人公・伊達麟之介は、伊達藩主直系の子孫です。幼少期を九州で過ごし、13歳になって、品川にある伊達の邸宅へとやってきました。麟之介は学習院へ通い始めるも、素行が悪く問題行動ばかり。様々な中学を転々とすることになります。
普段から拳銃を持ち歩いていた麟之介は、ついに射殺事件を起こしてしまい裁判にかけられることに。詮議の結果釈放されるものの「狭い日本にゃ住み飽きた」と、麟之介は中国大陸へと渡ってしまうのです。
- 著者
- 檀 一雄
- 出版日
- 2008-07-25
なんとも破天荒で型破りな主人公の姿から、目が離せなくなってしまうでしょう。物語には魅力的なキャラクターが、続々と登場してきます。主人公の周囲を彩る女性たちとの恋の行方も綴られ、青春小説としても読むこともできる作品です。
ハラハラドキドキするストーリー展開は、複雑なところもなく単純明快。満州のため、終戦までを走り抜けた男の姿が、なんともドラマチックに描かれています。五族協和や王道楽土についても考えさせられる、史実に基づいた壮大な物語ですが、歴史が苦手な方でも十分楽しめる作品になっています。
檀一雄のおすすめ作品をご紹介しました。リズミカルな文体が癖になる、切なくも魅力的な作品ばかりですから、興味のある方はぜひ読んでみてくださいね。