ファンタジー小説でデビューを飾りながらも、短編SFやミステリーアンソロジーなど、当時から多彩な実力を惜しみなく発揮し続けていた田中啓文。シナリオライターや新作落語の講じ手としても活躍する、田中の世界は、とどまるところを知りません。
田中啓文は、ホラー小説、推理小説、SF小説など、多岐にジャンルに渡って活躍している小説家です。デビュー作は、1993年のファンタジーロマン小説『背徳のレクイエム』ですが、同年に公募短編アンソロジーで、短編ミステリー小説『落下する緑』も発表しています。
その後5年ほどは、ヤングアダルト小説を中心に作品を発表し続け、1998年には、自身初の長編ホラー小説『水霊 ミズチ』を発表するなど、どんどん活躍の幅を広げていました。
初のホラー小説を発表した1998年には、同じく自身初のSF短編集である『銀河帝国の弘法も筆の誤り』を発表しており、表題作は星雲賞を獲得するなど、ジャンルの拡大と共に、より多くの評価を受けるようになります。『渋い夢』で日本推理作家協会賞、『怪獣ルクスビグラの足型を取った男』で、再び星雲賞を受賞しました。
田中啓文本人は、音楽にも造詣が深く、自身ではテナーサックスを演奏しています。バンドを組み、バンドマスターを務めるほどの腕前なのです。この趣味は、作家活動にも反映されており、新書として『聴いたら危険!ジャズ入門』を出版したほどでした。
また、上方落語を愛好しており、2005年からは自らも新作落語を講じています。『かまいたちの夜2 監獄島のわらべ唄』ではシナリオライターとしても参加するなど、新たなチャレンジにも積極的です。今回は、どんどん活躍の世界を広げる田中啓文のおすすめ作品を、ピックアップして紹介していきます。
物語は、過疎化が進む村の遺跡から湧き出た水を目玉商品として売り出すという、村おこし企画から始まります。当初は順調に思えたはずでしたが、村おこしの関係者が次々と「あり得ないほどの食欲を見せたあと、衰弱して死んでしまう」という異常な異変を見せはじめ、計画は崩れていくのです。
この異常な出来事を、遺跡の湧水と関連づけた民俗学者の杜川は、独自に調査を開始。徐々に明らかになっていく衝撃的な事実と、事件の顛末に注目してください。
- 著者
- 田中 啓文
- 出版日
本作は、古事記をモチーフとして用いており、田中啓文の民俗学的な視点が感じ取れる一冊です。ホラー小説ではありますが、得意のミステリーのスタイルも取り入れており、伝記として「イザナミ」や「イザナギ」などについても詳しく触れられるなど、豆知識となる情報も満載となっています。
ある水を飲んだ人々が、次々に異変を見せて衰弱死するという流れは、幽霊や妖怪といった分かりやすい恐怖要素が出てくる訳ではないので、ホラー作品としては一風変わったスタイルであるとも言えるでしょう。
2006年には、実写映画化もされており、忍び寄るようなぞくぞくとした展開が話題になりました。原作小説と映画の両方を手にとってもらえれば、作品を芯まで楽しむことができると思います。
主人公は賞金稼ぎをしている青年、ジグル。親友の仇である、とある殺人犯を追っていました。同じターゲットを追っている、名高い賞金稼ぎのグラードに出会ったことから、ジグルの人生が大きく変化していきます。
グラードを追って辿り着いた王国は、国王と王妃の対立から、今にも戦火が上がりそうな状態でした。水面下ではたくさんの思惑が蠢き合い、人外の力も動き出そうとして……。
ジュブナイル作品として世に送り出された本作にも、既に田中啓文独自の世界観が、随所に散りばめられています。
- 著者
- 田中 啓文
- 出版日
第2回ファンタジーロマン大賞で、佳作入選をした田中啓文のデビュー作です。応募時のタイトルは『凶の剣士』であり、発行時に『背徳のレクイエム 凶の剣士グラード』となりました。
悲惨な運命を背負いながら、歯を食いしばって生きる主人公は、正義の味方ではないものの、どこか憎めない人物でもあります。様々な神話や、有名なミステリー小説のトリックをオマージュしたパートなどもあり、田中啓文の作品に興味を持たれた方には、是非チェックしてもらいたい一冊です。
王道のファンタジー作品でありながら、登場人物たちの設定や、楽観的にばかり進むのではないストーリーを堪能できるでしょう。
田中啓文初めてのSF短編集であり、全部で5編の作品が収録されています。
表題作「人類圏」は、星雲賞・日本短編部門を受賞しました。人類存亡の危機に立ち向う、高僧・弘法大師の勇気ある姿勢が描かれています。
- 著者
- 田中 啓文
- 出版日
表題作以外にも、田中作品に見られるダジャレとギャグ、シリアスな世界観が絶妙なバランスで混ざり合った作品が収録されています。知識生命体から、敵意を込めた禅問答を送られてしまった「ブラックホールの中にホトケはおらぬか、そもさん」や、大量の吐しゃ物と共に銀河を渡った物語「嘔吐した宇宙飛行士」など、どれも魅力的な遠未来のストーリーです。
荒唐無稽ながらも、どこか愛着の湧く登場人物たちと、簡潔ながらしっかり作り込まれたストーリーが魅力の作品集であり、田中啓文が、SFジャンルに本格的に乗り出すきっかけになった一冊だとも言えます。
パロディやダジャレが好きな人には、特におすすめしたい作品ですね。「火星のナンシー・ゴードン」「銀河を駆ける呪詛」など、収録作それぞれが持つ独自の世界観と、引き込まれる文章、目を離せないストーリー展開。その末にあるあまりに意外な結末に、是非とも驚き、呆れ、そして関心していただきたいです。
表題作「辛い飴」の主人公は、天才と呼ばれるテナーサックス演奏者の永見緋太郎。音楽に没頭する日々を送っていますが、一度謎めいた出来事にぶつかってしまうと、探偵としての一面が出現します。名探偵であり、名演奏者である永見は、年老いて初めて日本を訪れるアメリカバンドグループにまつわる事件に臨むことになるのです。
「辛い飴」のほかにも、デビュー作である「渋い夢」や、特別編にあたる「さっちゃんのアルト」など、全8編が収録されています。音楽とミステリーが絡み合う、本格的な推理作品であり、ジャズファンからの支持も厚い一冊です。
- 著者
- 田中 啓文
- 出版日
- 2010-11-11
「辛い飴」のほかにも、デビュー作である「渋い夢」や、特別編にあたる「さっちゃんのアルト」など、全8編が収録されています。音楽とミステリーが絡み合う、本格的な推理作品であり、ジャズファンからの支持も厚い一冊です。日本推理作家協会賞・短編部門を受賞した「渋い夢」は、田中啓文が、より本格的に推理ジャンルに進出した作品だと言えるかもしれません。
また、本作は総じてジャズミステリーとなっています。これは、音楽を愛し、自らもサックス奏者としてステージに立っている田中啓文だからこそ、描けた世界でしょう。音楽やジャズに興味がある人には、特におすすめの作品です。
表題作は、古典落語の名作である『地獄八景』を、上方落語の大ファンである田中啓文が、独自のスタイルで再構築した作品です。地獄随一の名探偵のもとに、閻魔大王から極秘の依頼が舞い込みます。私立探偵の地獄ならではの奮闘が描かれた傑作でしょう。
タイトルにちなみ、全8編の作品が収録されています。無実の罪を着せられて地獄にきた男が主人公の野球ものや、演習中の戦車をめぐった風刺ものなど、地獄という同じ舞台で、それぞれまったく毛色の違う物語りが繰り広げられます。様々なジャンルで、精力的に活動を続ける田中啓文ならではの作品集でしょう。
- 著者
- 田中 啓文
- 出版日
- 2016-09-06
本格ミステリーとして、トリックや探偵節が炸裂したと思いきや、元SM嬢の亡者と、獄卒になった元客が出会ったり、とにかく突拍子もないスタイルが特徴です。ただのダジャレものかと思い込んでいれば、衝撃の展開が待ち構えているものもあります。元のネタを知っている人にとっては、パロディとして楽しめるポイントもあちこちに散らばっているでしょう。
田中啓文自身、新作落語の制作も行っています。独自のストーリーと、テンポの良い展開で、気軽に手に取りやすい一冊。ユーモアのある登場人物たちも魅力的な、おすすめ作品ばかりの短編集です。
いかがでしたか?様々なジャンルで活躍を続ける田中啓文。あなたの好みに見合うものもきっと見つかるはずです。ぜひ、気になったものから手にとってみてください。