文芸

山川方夫のおすすめ文庫作品5選!芥川賞候補作となった『愛のごとく』など

更新:2017.7.17 作成:2017.7.17

教科書に使われた「夏の葬列」で山川方夫を知った方も多いでしょう。ショートショートの名手で、読後感に強い印象を残す面白さはどの作品でも発揮され、大人はもちろん若い世代にもおすすめです。34年の短い生涯で残した、珠玉の短篇を味わってみませんか。

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ショートショートの達人、山川方夫

1930年、東京に生まれた山川方夫は、幼稚舎から一貫して慶応育ちで、第3次『三田文学』の編集長となり、退いた後は着々と文学賞候補にノミネートされ、5編は芥川賞の候補にもなりました。小説を書いて10年ほど経った34歳で交通事故で早々にこの世を去ってしまいます。

山川方夫は、自身も若かったこともあり青春の作家と言われ、若者を主人公にした作品が豊富です。若さゆえの純粋さ、愚かしさ、コンプレックス、大人になりたい思い、ここではないどこかへ逃げたいという思い。若い世代には共感を、上の世代には懐かしさと切なさを呼び起こすでしょう。

また、時代は敗戦前後に設定し、文章にはガラスのような透明感がありながら刺すように鋭く深い悲痛さを含んでいます。15歳の多感な時期に敗戦を迎え、さらにその前年に父を亡くし母から一家の家長であることを言われていた山川は、戦争に対する思いもひとしおだったことが想像されます。

話の前半と後半では、同じ場所なのに急に景色が一変してしまうような、独特の展開が見事です。純文学やミステリーなどのジャンルを限定しない、独自のフィールドを持つ作家です。

戦争が少年に残した、消えない夏の記憶。山川方夫の代表作『夏の葬列』

夏の真昼。出張帰りの男が、ある海の近い町に立ち寄りました。十数年前のあの日以来ずっと彼を苦しめている思い出に踏ん切りをつけるために。

重数年前のある夏の日、彼が若かったころの話。同じく疎開していた友達のヒロ子さんと遊んだ帰り、二人はある葬列を見かけました。物珍しさに近づくと、その時凄まじい炸裂音とともに艦載機がやってきて、彼はとっさに芋畑の中に隠れました。

彼より年上だったヒロ子さんが助けにきましたが、彼女が標的にされやすい白い服を着ていたので、彼はヒロ子さんを突き飛ばしてしまいます。するとヒロ子さんは撃たれ、大人たちに運ばれていきました……。
著者
山川 方夫
出版日
夏の青い空と海、畑の緑。そして白いワンピースと鮮血。短い作品の中で色彩を豊かに表現する技術は著者ならではです。夏、そして戦争は山川方夫が多く描いたテーマでした。

「夏の葬列」の主人公の男にとって、夏という季節は重く暗いものでしかありませんでした。助けにきた友人を死に追いやってしまったという自責の念がいっそう強くなるからです。一方で、その責任から逃れてしまいたいという人間の弱さ、残酷さも描かれています。現実と本当に向き合うことになるであろうことを感じさせるラストが秀逸です。

絶妙な心理描写と、ひねりの効いた展開の面白さを存分に味わえる、傑作短・中篇集となっています。

傑作ショートショート集で山川方夫作品を存分に味わう『親しい友人たち』

冒頭の「待っている女」では、主人公の男性が近所に煙草を買いに行く途中で、ある若い女性を見つけます。

球場の金網に手をかけ、駅に向かう道の先を見つめて立つ、髪が長く脚の美しい彼女に目を奪われる彼。煙草屋は、あの娘さんはもう二時間もあそこに立っているのよ、と言います。

一時間ほど経ち、家の窓から眺めてみると、彼女はまだそこに立っています。底冷えのする冬の日、一体彼女は何をしているのか。どうにも気になってしまい、何か声をかけてやるべきか彼は何時間も逡巡します……。
著者
山川 方夫
出版日
2015-09-30
ショートショートで名高い山川の腕が存分に味わえる一冊です。きっと読書が苦手な方でもすいすい面白く読めるでしょう。

「待っている女」は、主人公と同じく、一体この女性が何を待っているのか、散々やきもきさせられます。彼が、気にはなるものの彼女を目の前にするとなかなか声が掛けられない様子もユーモラスです。夜遅く帰ってきた彼の妻が語る意外な話に、読んでいるこちらも完全に山川の掌で転がされている気分になります。

山川は、鋭い人間観察の目と、アイロニカルな視点に秀でた人だったのでしょう。どの作品も読み手を翻弄するかのような、脱帽の展開をみせてくれます。

王子に扮した青年は、その夜本当に異国へ『安南の王子』

20歳の仁はクラリネット吹き。仁は、同じくその日暮らしのジャズ仲間5人で楽しく暮らしていました。いい加減で無気力な性格でしたが、美しく品があり、いつも微笑んで決して反論しないことで仲間から信用と愛情を得るようになり、いつしかプリンスと呼ばれていました。

ある日メンバーが知り合いの資産家宅に招かれ、彼らは仁を安南から来た王子だと偽って訪ねようという遊びを思いつきます。難なく騙しきってその家を後にした彼らは大喜びしながら帰路につきました。

しかしふと気づくと、忽然と仁の姿が消えていたのです……。
著者
山川 方夫
出版日
1993-10-01
「安南の王子」は愉快で悲しく、美しくてぞっとする話です。何のよすがもなくただ日々を暮らしている彼らは、一見楽しい生き方のように見えていましたが、ふいに生が揺らぐときに断固踏みとどまるような理由が何もありません。

戦後は皮肉的でアナーキーになった若者も多かったそうですが、純粋であることには今と変わりはなく、仁たちのように貧しくとも自由を謳歌することで希望を見出す姿勢には、現代の読者の幾人かにも生きるヒントを与えるかも知れません。仁は最後に愛にたどり着いたことも仄めかされているのが救いです。

短篇5集が収録されています。

人を愛せないと信じていた青年に訪れたある変化とは『愛のごとく』

主人公の男は脚本を書いて生活しており、母、姉、妹を養って暮らしている実家ではいつも誰かの愚痴を聞かねばならなかったので、週末だけ間借りした部屋で仕事を仕上げていました。男は昔から自分にしか興味がなく、家族を養うことが生きる目的で、他人には何にも興味がありませんが、彼なりにバランスを保って生活していました。

その下宿先に、偶然再会した古い女友達が通ってくるようになります。彼は、今では彼の友人の妻になっているその女友達と、毎週関係を重ねるようになります。しかし他人に興味のない彼は、人との付き合いが面倒で、生活には立ち入られたくないと思っているのでした。
著者
山川 方夫
出版日
1998-05-08
主人公の男は他人に関心も情熱もなく、すなわち冷淡であり、通ってくる女も内心は物としか見ません。自分のスケジュールを乱されることを嫌がり、泣かれても余計面倒なだけです。その身勝手な様子が淡々と語られるのですが、結末には、それが真実だったのか分からなくなります。

彼は幼いときから自身を「異常」だと信じてきましたが、後半では果たして本当にそうだったのか不確かになり、混乱します。読者も、確かにこの主人公は自分で言う通りの人間だろう、とすっかり同意してきたわけですが、本当にそんな人間だったのだろうか、と疑わしくなるような展開が起き、翻って前半の、完全に読者をコントロールする山川方夫の技術にはっとするでしょう。

初めて自らの人間らしさを知り、愛を見出し、しかし思い込みからそれに気付くのが手遅れになった、自分を見下し過ぎたことで起きる痛切な物語です。

朧げな恋の始まりとその終わりを描いた山川方夫の作品『春の華客/旅恋い』

「春の華客」では、著者自身が語り手となり、リアルタイムで物語を作っていきます。

英子が18、草二がまだ20歳の学生のときに二人は出会いました。草二は英子を呼び出し、奇妙な提案をします。あくまで友達として月に一回、五時から九時まで有楽町で会う。英子を独り占めする気もないし、結婚するまでの間でいい、と。

不思議と気が合い、その提案に同意した英子。散歩したり、お茶をしたり、映画を観るだけの交際が一年が過ぎたころ、英子に結婚が決まります……。
著者
山川 方夫
出版日
2017-05-11
「春の華客」は本当に春らしい明るく柔らかい雰囲気が溢れています。しかし春は、出会いと別れ、希望と切なさが同居する季節。もちろん山川は、明るいだけの物語で終わらせません。

先に妙な提案をしたのは草二でしたが、後に英子がする思いがけない申し出とその真相には驚かされます。愛の始まりと終わりが同時に起こるのは、山川の好んだテーマのようです。

紺のコートに赤いパンプスの英子をはじめ当時の有楽町や銀座のモダンな雰囲気が伝わって、ロマンとノスタルジアに満ち二人の思い出をより淡く美しく幻想的に染めています。

後半の「旅恋い」も「春の華客」と同年、23歳の時の作品です。

短篇・中篇というと、長篇小説に比べてその内容まで小さいものと思われがちですが、山川方夫の作品を読むと、そんなことは一概に言えるものではないと納得せざるを得ません。短い作品の中で、登場人物のそれまでとそれからの長い物語を読者にてこのように想像させる山川の腕にぜひ驚いてみてください。