様々な文学賞を受賞し、世界的な知名度も高い小説家、吉本ばなな。女性ならではの切なく美しい作品から、多くのファンを獲得しています。著作数も非常に多く、書き手ならではの世界観を確立したベストセラー作家と言えるでしょう。
吉本ばななは、5歳のころから小説家になろうと思っていたそうです。東京都内で育ち、日本大学芸術学部文芸学科に入学、卒業制作の『ムーンライト・シャドウ』が日大芸術学部長賞を受賞しました。同年9月には、『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞し、小説家としてのデビューを果たします。
1989年の年間ベストセラーでは『キッチン』が1位に、『TSUGUMI』が2位に輝き、デビュー間もなくから実力派作家として高い評価を受けました。多くの人気作品を発表するなか、『アルゼンチンババア』や『白河夜船』が映画化されたことでも話題を集めます。また、小説だけではなく、『パイナツプリン』や『日々のこと』『ばななのばなな』など、エッセイ作品も人気です。
その作品評価は海外でも非常に高いものであり、英語訳はもちろん、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ベトナム語などにも編訳されています。このように、世界中にファンを持つ吉本ばなな作品の中から、特におすすめしたいものをピックアップして紹介しましょう。
主人公は、唯一の肉親である祖母を亡くしてしまった大学生、みかげ。祖母がよく利用していた花屋でアルバイトをする雄一と知り合い、彼の家に居候をすることになります。オカマバーの経営をする母・えり子を加えた三人での生活のなかで、みかげの心は少しずつ元気を取り戻していきます。
やがて居候をやめ、大学を中退し、働き始めるみかげ。いきいきした生活を送っている中、えり子が殺されたことを知り、今度は雄一と二人きりの生活が始まります。なかなか理解されない二人の同居や、えり子の死から立ち上がれないまま失踪する雄一を、みかげはある方法で追いかけるのでした。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
みかげが雄一の家に居候している間、眠るのはいつもキッチンです。
「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。」(『キッチン』より引用)
上記の冒頭からも、作品の中で「キッチン」という場所がいかに重要かを知ることが出来るでしょう。キッチンを大切な風景にしながら、様々な人やものが変化していく様子を、切なく美しく描きだしています。
また、本作は「生きててよかったと思えるくらいおいしい。」というセリフが登場するほど、料理に関する描写も丁寧に行われるのが特徴です。死によって失われたものを、完全に取り戻すことは出来なくても、ゆっくりと前を向くためにできることをする登場人物たちに、心を打たれることでしょう。
語り手の白河まりあと、従妹の山本つぐみの交流や、二人を取り巻く様々な変化について描いた青春小説です。
病弱ながら、粗野でいたずらっ子なつぐみと、その被害を受けつつも彼女を理解し、絆を深めているまりあ。夏休みの帰省やお祭り、手紙のやり取り、淡い恋の物語など、少女たちの成長を軸に物語が描かれます。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
病弱ですが、容姿端麗で成績も良いつぐみは、地元一の美人と評判です。しかし、作中ではまりあに対し、「よう、ブス」と言い放つなど、口が悪く、容赦のない態度も目立ちます。
そんなつぐみに、酷いことを言われようと、ケンカをしようと、彼女をかげえのない存在として奔走するまりあの姿に、胸を打たれる人も多いでしょう。
また、本作で二人の手紙によるやりとりをします。1番の見どころは、つぐみからまりあへ手紙を送る場面でしょう。体調の変化を知り、まりあにだけ胸の内を語るつぐみの手紙は、相変わらずの粗野な言葉遣いでも、切なく染み入るはずです。
表題作の「とかげ」は、プロポーズを受けたとかげが、長い沈黙の末に、自らの秘密をそっと語りだします。とかげには、子どものころに遭遇した衝撃事件の影響で、目が見えなかった時期がありました。傷を抱えながらも、手を取り合って再生を目指していく二人の物語です。
6編の作品で構成される短編集で、「とかげ」の他に「新婚さん」「らせん」「キムチの夢」「血と水」「大川端奇譚」が収録されています。不幸な生い立ちや悲しい出来事を乗り越え、暗がりから脱出していく姿を、瑞々しく綴った作品です。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
- 1996-05-29
ただ明るく、ほのぼのとした世界観を堪能する作品ではなく、辛い出来事や心の傷が描かれた作品ばかりを集めた一冊となっています。しかし、ただ暗く陰惨に終わらせるのではなく、出会いや努力の先に、光が見えてくる。そんな希望ある展開は、吉本ばななならではの仕上がりだと言えるでしょう。
結婚を前にした遊び人の明美が、かつて交流を持った男性と向き合う「大川端奇譚」。不倫の末に結婚をした二人を追う「キムチの夢」。恋愛や結婚をモチーフにした作品が多い傾向ですが、それぞれの作品ならではの血の通った生き様が魅力となっています。
主人公の弥生は、子どものころから、ふとした瞬間に不思議な啓示を受け取ることがある女性です。
弥生には、若く美しい音楽教師の叔母、ゆきのがいました。古い一軒家でピアノを弾きながら暮らす彼女のもとを訪れた弥生の、初夏の物語となっています。
吉本ばななが初めて手掛けた長編作品です。弥生は医師の父と元看護士の母と、力強い弟と共に暮らしながらも、子どものころの記憶がないため、どこか浮遊感のある日々を送っています。浮世離れした叔母の不思議な姿に惹かれながら、ゆっくりと人生を歩み出していく展開です。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
- 1991-09-01
のんびりとした美しい風景描写は、吉本ばななならではの雰囲気だと言えるでしょう。しかし一方で、子どものころの記憶がない弥生や、そこに深く触れない家族、やがて取り戻されていくひとりの姉の記憶、その先の衝撃的な事実など、様々な要素が含まれてきます。そして、弥生が叔母から感じていた不思議な懐かしさの理由も、ゆっくりと明かされてくるのです。
ノスタルジックな背景を作りつつ、ストーリーや人間関係が緻密に作り込まれているため、ただ雰囲気を楽しむだけの作品ではありません。両親を失ったことで、精神の浮き沈みを抱えながらも、弥生と向き合っていく叔母の姿や、ピアノの描写も魅力的です。
表題作の主人公、寺子は、アルバイト先で知り合った岩永との不倫に感じる強い不安や、親友の自殺のショックから、昼間はぐっすりと深い眠りに落ちていました。唯一寺子を目覚めさせることが出来るのは、岩永からの電話の音だけです。
表題作は映画化もされた話題作で、1989年に年間ベストセラー5位にランクインしました。「白河夜船」のほかに、「夜と夜の恋人」と「ある体験」の2本を収録した短編集となっており、三作品すべてに、睡眠や夢など、眠りのモチーフが採用されているため「眠り三部作」とも呼ばれています。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
- 2002-09-30
「潮が満ちるように眠りは訪れる。」という一文があるように、寺子はひとりでいると、どこまでも果てしなく深い眠りに落ちてしまう女性です。
恋人とは不倫の仲で、それに対する不安も、この深い眠りの起因になっていますが、この恋人もまた、植物状態からずっと目覚めない妻を抱えているのでした。
その他の二作でも、かつて共に暮らした女性が、「夢」を使って意図的に会いに来たり、死んだ恋のライバルに不思議な術で会いにいったりします。死と生の堺を、眠りと目覚めに置き換え、残された人々の心の再生を描いているのです。
主人公のほたるは、都会の生活に疲れ、ふるさとの田舎に帰ってきた女性です。
失恋の痛手を負った彼女を迎えてくれた、大きな川の流れるふるさとの町と、懐かしい友人と、赤いダウンジャケットの青年との出会い……。再会や新しい出会いを通し、ささくれ立っていたほたるの心は、少しずつ癒され、再生されていきます。
八年間という長い不倫と別れで傷ついた彼女の心にしみわたっていく、美しい景色の描写は、読み手のことも癒してくれるかもしれません。
- 著者
- よしもと ばなな
- 出版日
- 2006-06-28
麗しく澄んだ川の描写からスタートする作品です。本作『ハゴロモ』はもちろんのこと、吉本ばななの初期作である『キッチン』や、『白河夜船』など、著者が描くゆるやかな川の流れは、作品全体の雰囲気を作り出す役目をもっています。
帰省中、ほたるが手伝う祖母の喫茶店や、再会した友人の働くラーメン屋、思い出の中の病院など、懐かしい風景の数々も本作の魅力といえるでしょう。どこか神秘的な雰囲気が漂っているものの、優しいだけの物語ではなく、現実の辛さを乗り越えていく登場人物たちの歩みも、切々とした力を持っています。
表題作は、夫を確かに愛しているのに、気持ちのすれ違いが続き、離婚を言い渡されてしまった女性が主人公です。生活の何もかもに疲れ、自分の価値を信じられなくなっていたときに沖縄を訪れ、旅の中で大切なものを取り戻していきます。
このほかに、すれ違う両親の溝を感じている娘を描く「ちんぬくじゅうしい」、沖縄にハネムーンに訪れたカップルが、とある夫婦を訪ねる「足てびち」、バックパッカーのようにテント生活をしている少女と、浜辺の民宿に泊まる若者を描いた「リッスン」など、沖縄を舞台に繰り広げられるドラマが満載です。
- 著者
- よしもと ばなな
- 出版日
- 2007-05-29
タイトルの「なんくるない」は、沖縄の言葉で「どうにかなる」という意味を持っています。生真面目に必死気に生きている登場人物たちに、思わずかけたくなる言葉かもしれません。無意識に自分を縛っていたものを、少しずつ解いていくことが出来る作品が集められています。
沖縄の豊かな風景を、繊細に描いているところも、この作品の魅力でしょう。吉本ばななはハワイをモチーフにした作品を多く執筆していますが、本作は初めて、沖縄が舞台の作品です。
著者が描き出す情景に刺激され、沖縄に行きたくなってしまう、そんな一冊かもしれません。
吉本ばななが、初めて新聞で連載をした作品になります。2015年には映画化されるなどの話題作となりました。二人の女性が、自らの人生を抱えながらも、寄り添って歩み出す姿を描いています。
主人公のまりは、都会で仕事に悩みを抱えて退職し、ふるさとの西伊豆に帰ると、子どものころからの夢だった「かき氷とエスプレッソを出すお店」をオープンさせるのです。共に働くことになったのは、かけがえのない祖母を亡くしたばかりの、はじめという女性でした。
- 著者
- よしもと ばなな
- 出版日
- 2006-06-01
都会から帰って来た主人公をふるさとが迎えてくれ、第二の人生を送る後押しをしてくれる展開は、吉本ばなな作品ではおなじみでもあります。しかし、この作品の舞台となるふるさとの町は、寂れて疲れてしまった小さな町でした。
都会よりは自然が残っているものの、山も海も、大いなる力を持って迎えてくれるというものではありません。そんな故郷への想いを胸に、自分らしく生きる道を探していくストーリーです。
思い出いっぱいの町と、夏の景色の中を奔走していく女性の姿が印象的な物語となっています。力を無くしていたとしても、その町が大好き、ということが伝わって来ますし、海を泳ぎ、夜道を歩く様子は、ノスタルジックな思い出を彷彿させてくれるでしょう。
主人公のマオの祖母は、霊能力者です。その祖母を教祖とした宗教団体がありましたが、祖母の死後の後継者問題でもめており、その様子に嫌気がさしたマオは深夜のドーナツショップへ逃げ出しました。そこでマオはハチという青年に出会います。
ハチはインドからやって来て、月や星のことや、ヨガについて教えてくれるなど、マオは楽しい時間を過ごさせてくれました。やがて訪れる別れの予感を抱きながら、二人の日々が巡っていくストーリーです。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
- 1998-08-01
主人公の祖母をはじめとして、ハチの育ての親も、スピリチュアルな世界をとても大切にしています。本作は、全体を通し、「不確か」な要素を守っている人々がたくさん登場するのが特徴です。目に見えない世界を共有することで、彼らだけの絆を深めていくのでした。
物語のなかで、ハチはいつかインドに帰ることになっています。二人の出会いは、別れが前提のもので、切ない関係とも言えるでしょう。しかし作中の、あるシーンで出てくる「悲しいが、すばらしいことだ。」という一文が、ただ別れるだけの物語ではないことを教えてくれます。
主人公の朔美は、妹の真由を亡くしてしまいます。子役としてデビューしてから芸能界で華々しく活躍していた妹には、作家の竜一郎という恋人がいました。彼もまた、朔美たち同様悲しみに暮れています。そんななか朔美は、ある道すがら頭を打ったショックで記憶を失い、これまでの自分を取り戻せなくなってしまうのです。
物語が進むうち、弟の由男に見えないものが見えるようになったり、朔美と竜一郎に恋が芽生えたりするなど、劇的な出来事も発生してきます。これまでの日常にはなかったものや、ありえなかったことに直面しながら、生きることの幸福を実感していくストーリーです。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
- 2002-09-30
作中、記憶を失ってしまった朔美に対し「あなたは、半分死んでいるんだわ」というセリフが投げかけられます。記憶を少しずつ取り戻しながらも、「大切な何かが失われたまま」だという感覚が消えないのでした。
一読では掴みきれない、スピリチュアルなメッセージが随所に発生していますが、それぞれのメッセージは作中を生きている人たちの感情にたどり着きます。亡くなった妹の存在や、記憶を失った主人公の感覚など、失ってしまって取り戻せないものに対して、どのように向き合っていくのかを考えるきっかけになるかもしれません。
いかがでしたか?長編から短編まで、吉本ばななの作品はどれも魅力がたっぷりです。唯一無二の世界観に、ぜひ触れてみてください。