ミステリーとファンタジーの要素が交じり合う世界感が魅力で、多くのファンを持つ富安陽子。山姥の娘や鬼が登場する絵本や、生と死について考えさせられる作品まで、幅広いジャンルの物語を生み出しています。今回はその中でもおすすめの5冊を紹介します。
1959年に東京都で生まれた富安陽子は、和光大学を卒業後、25歳の時に児童文学作家としてデビューしました。その後は数多くの絵本や児童書を生み出し、梅花女子大学の特任教授としても活躍しています。
『クヌギ林のザワザワ荘』は日本児童文学者協会新人賞を受賞していて、その作品の中には鬼や妖怪など、日本に古くから伝わる伝説の生き物たちが生き生きと存在しているのです。自らのエッセイの中では、幼少期に祖母にねだって聞かせてもらった妖怪の話が現在の作品を生み出す源になっていると語られています。
この物語の主人公である少女まゆは、やまんばの娘です。ある時まゆが山の中で出会ったのはお腹をすかして獲物を探している最中の鬼でした。まゆは鬼を見ても怖がらず、まさか鬼が自分を食べようとしていることなど気づきもせずに鬼に言われるがまま、家までついていきます。
鬼はまゆを茹でて食べてしまおうとたくらみ、大きなお鍋に水を張ってお湯を沸かし始めます。寒いからお風呂に入るためだと聞かされてその作業を素直に手伝っていたまゆは、母親であるやまんばの教えに従い、一番風呂を鬼に譲るべく、人並み外れた力で鬼を持ち上げてぐつぐつと煮えたぎるお湯のなかに鬼を投げ込んでしまうのです!
- 著者
- 富安 陽子
- 出版日
- 2004-03-10
天真爛漫なまゆがとても可愛らしく、まゆを食べようと悪だくみを重ねる鬼を素直な心で撃退してしまう物語は痛快です。
鬼は結局お尻に火傷を負ってしまうのですが、まゆは自分よりもずっと大きな鬼を抱えて母親の元へ走り、鬼を助けてあげます。まゆがやまんばの娘だということを知った鬼は感心して、2人は友達になるのでした。
まゆにひょいと持ち上げられてしまう鬼の姿はちょっと情けなくて、読み手の笑いを誘うことでしょう。節分の時期や、絵本の読み聞かせ会にもとてもおすすめの絵本です。
この物語は、鬼が人間のように会社へ行き、愛妻弁当を食べて仕事をするというコミカルな設定の物語です。人間と鬼の違いは、スーツを着て向かった先が会社ではなくエンマさまの待つ地獄だというところです。
主人公の鬼はその日、血の池地獄の監視を任されました。血の池地獄と聞くと恐ろしい光景を想像しますが、その実はプールの監視員のような仕事で、飛び込む罪人や、ゴムボートを持ち込む罪人を注意したりと大忙し!しかし、昼休憩で美味しい愛妻弁当をおなか一杯食べるとウトウトと眠気に襲われてしまい……。
- 著者
- 富安 陽子
- 出版日
- 2015-10-10
鬼がスーツを着て、子どもたちに見送られながら家を出て、満員のバスに揺られて勤め先へ向かう…‥その姿はとてもコミカルでシュール。鬼の世界でも父親は大変なんだな、と感心させられるでしょう。
物語の中には、芥川龍之介の作品『蜘蛛の糸』のパロディがほんの少し顔を覗かせていて、子どもの知識欲をくすぐる内容になっています。
居眠りしてしまった鬼のお父さんがエンマさまに叱られてボーナスをカットすると脅されるくだりは、どこかの会社で交わされている言葉をそのまま現しているようです。サラリーマンが日々頑張っていることを子どもにとても分かりやすく教えてあげられる作品でもあります。
この物語には、お盆の時期に親戚の家に行った少女・なっちゃんが大人たちからいろんなホラ話を聞かされながらお盆という時期について理解を深めていく姿が描かれています。第一章は8月12日、そして8月15日が近づくにつれて、なっちゃんは過去に起きた出来事に近づいていきます。
最終章ではお寺での盆踊りの最中、なっちゃんの目の前に不思議な少年が現れるのです。名前は知らないけれど、どこかで見たことがあるような気がするその少年は、仏壇に置かれている写真の人物にそっくりなのでした……。
- 著者
- 富安 陽子
- 出版日
- 2011-07-09
この先もずっと子どもに伝えていきたい大切なことが、この作品の中には描かれています。両親以外の大人たちと触れ合うことで生じる心の変化や、古くから伝わる日本の妖怪や伝承など。そして堅苦しい言葉ではなく、心に染み入るようにお盆の意味を教えてくれる作品でもあります。
この作品を読めば、お盆という風習だけでなく、戦争の時代に何が起きたのか、そしてそれがどれほど悲しい出来事だったのかを知ることもできます。日本人の良さを感じられて、古くから伝わるものを尊ぶ心を育んでくれる作品ではないでしょうか。
主人公は小学4年生の弥(ひさし)、弥は夏休みに親元を離れておばあちゃんの家で過ごし、不思議な経験をします。
電車やバスを乗り継いでやっと到着したのは稲荷山。そこは108匹の伝説のキツネに守られているという場所でした。そこで弥はキツネの少年・オキ丸に出会います。弥はオキ丸と一緒に空を飛んでキツネ火を見たり、女の子に化けて泥棒を懲らしめたり、不思議な冒険を経験するのです。
- 著者
- 富安 陽子
- 出版日
- 1994-07-01
ノスタルジックな雰囲気のこの作品は、大人が読めば子どもの頃の夏休みに引き戻されるような懐かしい気持ちを味わうことが出来ることでしょう。
臨場感あふれる自然の描写のなかで、本当に爽やかな夏の風が自分の頬を撫でているような気持ちを味わうことができ、読み終わった後には夏の思い出が一つ増えたような不思議な気持ちになるかもしれません。
物語に登場するキャラクターもさることながら、登場する食べ物も魅力的です。田舎のおばあちゃんが作ってくれる水まんじゅうにちゃんちゃん焼き。どんな味がするのかと想像を膨らませながら読み進めるとより作品を楽しめる事でしょう。
不思議な力を持った2人の少女が本作の主人公です。育ての親を亡くしたばかりの月明(あかり)と養護施設で育った美月(みづき)が、大富豪である津田節子という女性の屋敷に養子候補として招かれたところから物語は始まります。
月明と美月が互いの能力について打ち明けると、2人の身に次から次へと不思議な出来事が降りかかってくるのです。
大富豪の津田節子は、ある秘密の目的を果たすために2人を引き取ったのでした。その目的とは、3年前に口論した直後事故にあって亡くなった孫をこの世に呼び戻すという途方もない事でした。
- 著者
- 富安 陽子
- 出版日
- 2012-10-24
中学2年生の美しい少女が2人、大自然の中で不思議な体験をするシーンは妖しげで、美しい描写も相まって読み手の心を掴みます。
「どんなにお金を払っても、手に入らないものがある」この作品からはそんな教訓も伝わってくるようです。ラストシーンは、悲しい決断を下す津田の姿に疑問を抱く大人もいるかもしれません。しかし、読んだ後には2人の少女の未来に希望を持てるような、心地よい気持ちを抱くことができるのではないでしょうか。
富安陽子の描き出す世界は、どこか懐かしい雰囲気に包まれていて、そこに登場する妖怪変化は決して恐ろしい存在には見えません。大人は子ども時代を思い出し、子どもは別世界へ足を踏み入れたような気分を味わえる作品ばかりです。奇天烈な展開に心を翻弄されながらも、瑞々しい爽やかさを感じる読後感を味わえる、富安陽子の作品をぜひ一度手に取ってみてください。