日常で起こる不思議なでき事を、独特のリアリティで描くイラストレーターの村上勉。実に出版総数は800を超えています。今回は長く愛される「コロボックル」シリーズをはじめ、猫や魔女、カエル、おばあちゃんなど、笑いあり、涙ありのお話をご紹介します。
村上勉は1943年、兵庫県に生まれました。高校生の頃にはすでに画才が認められていて、卒業後は兄のデザイン会社を手伝いながら、絵の勉強を続けて画家となります。
1964年に作家の佐藤さとると出会い『星からおちた小さな人』の挿絵を描くことになります。これをきっかけに、児童図書での活躍が始まりました。その後は、佐藤とコンビを組んで作品を次々と発表するほか、自ら文章も書き、数多くの児童書を生み出してきました。
村上の柔らかで知的な絵は、ポエジーで優しい静けさに満ちています。子供にはわかりやすく、大人には懐かしさを感じさせる魅力があり、広く受け入れられる作風です。代表作ともいえる人気の「コロボックル」シリーズをはじめ、村上ならではの、ほのぼのとして多彩な世界をご堪能ください。
ノラ猫だったナナは、サトルに助けられて幸せな5年間を過ごしました。しかしある時、サトルに事情ができて、ナナの面倒をみられなくなってしまうのです。ふたりは里親探しの旅に出発しなければなりませんでした。
旅の先々で、サトルは懐かしい友人たちと次々に再会します。幸せで、悲しくて、切ない、これまでの人生の記憶がよみがえり……。ナナはそんなサトルのすべてを受け止めながら、残された最後の旅の時間を語るのです。
ナナは、サトルの苦しみや弱さをすべて受け止めたうえで、絶対的な愛を持って見つめます。そして、最後の最後までそばにいると覚悟を決めているのです。サトルがいなくなったら自分はまた、もとの誇り高いノラ猫に戻るだけのことだ、と。
- 著者
- 有川 浩
- 出版日
- 2014-02-28
この話は、ナナがサトルの人生を語る、猫目線の物語です。サトルが里親を探しながら幼なじみに再会するたびに、彼の過去のエピソードが明かされ、そこにナナの優しい視線が挟み込まれながら物語が進んでいきます。
終盤でナナは、病気が悪化して入院してしまうサトルといつでも会えるように、自らノラ猫に戻り、病院の植え込みで待機をします。そして、真っ青な顔でやって来たサトルの叔母と一緒に病室へ駆け込み、ナナはサトルの胸の中で最後のお別れをするのです。
村上勉の描く挿絵は、すべて本書のための書き下ろしです。切なく、大人も子供も涙なしには読めないこの物語は、心に深く残る一冊となるでしょう。
小学3年の夏休み、少年はとりもちの木を探して、人が寄り付かない鬼門山に入ります。昔から祟りがあると恐れられる山です。しかし実際は、見事な椿やきれいな泉がある、静かで美しい場所でした。そこで少年は、コロボックルといわれる小人と出会いました。
不思議なでき事を、騒ぎ立てることなく見守る少年に、コロボックルたちは少しずつ姿を現してきます。邪心のない美しい心を持った人にしかコロボックルを見ることができないというのも、この物語のメッセージのひとつなのかもしれません。
時が流れ、大人になった主人公は、久しぶりに鬼門山でコロボックルと再会します。しかしこの山が国の計画で潰される予定だと知り、どうにかピンチをくぐり抜けようとするのです。
- 著者
- ["佐藤 さとる", "村上 勉"]
- 出版日
- 2010-11-12
人が寄りつかない小さな山でコロボックルと出会い、守りたいと思う主人公。少年らしい優しく正義感のある心は、大人になっても変わりませんでした。
一方コロボックルたちは、人間に脅かされた過去があり、自分たちの王国を守るためにとても注意深く行動し、必要があれば攻撃も辞さない構えでもあります。危害を加えようとした者は、蜂を装ったコロボックルに毒針で目を刺され、つぶされるというのです。
コロボックルを愛する者にとっては、そのかわいらしい姿を見て楽しく交流することができる存在で、脅かす者にはまるで魔物のような存在になってしまう……。コロボックルが住む鬼門山に昔から人が寄りつかないのには、説得力があります。
村上勉と佐藤さとるがタッグを組んだなかでも、代表作といわれる作品です。児童書界をけん引している「コロボックル」シリーズの1作目である本書、ぜひ1度は読んでおくことをおすすめします。
田舎でひとり暮らしをするおばあさんは、編み物がとても上手。家の前には「あみものなんでもひきうけます」と札を下げています。
ある日、おばあさんの膝に蝶がとまりました。その羽はよく見るととてもきれいで、おばあさんはこの模様の肩掛けを編むことにします。
しかしやってもやっても上手く編めないのです。すっかりなんでも編めると思っていたのに、いくら頑張っても1センチもできません。
- 著者
- 佐藤 さとる
- 出版日
ここでおばあさん、落ち込むどころか、俄然燃えます。まだ自分に編めないものがあったと、喜々として挑戦を繰り返すのです。そしてコツコツと編み物を続け、やっと5センチほど編みあがると、なんとその編み物がフワフワと浮き上がるようになるのでした。
それを見たおばあさんは、今度は飛行機を編んでみよう!と決意します。設計図を書いて、竹竿を組み、着々と飛行機をつくり、そしてその飛行機に乗って夜空の旅に出かけるのです。
この物語のいちばんの魅力は、おばあさんが歳をとったからと消極的になったり諦めたりしていないところにあります。村上勉の描くおばあさんの生き生きとした表情が、さらにその魅力を引き立てています。
長い間、高くて寒い山の上に住んでいた魔女は、もうすぐ371歳。年をとり、寒さに耐えかねて街へ引っ越しをすることにしました。ほうきに荷物をくくりつけて、空を飛んでのお引っ越し。しかしほうきも年をとり、家具や雑貨をくくりつけられて、よろよろと飛びます。
街の郊外に住み着いた魔女は、さっそく日用品を買いに出かけます。素敵な洋服や、美味しそうな食べものがいっぱい。でもほうきが出してくれたお金は少しだけ……。しかし、意外なことから魔女は街の暮らしに馴染んでいくのです。
- 著者
- 村上 勉
- 出版日
- 2013-09-11
魔女の暮らしが描かれたこの絵本は、グリーンとブルーの2色をテーマカラーにして描かれています。薬草を使って作る魔法の薬や、空飛ぶほうきなど、魔女の暮らしぶりはしゃれていて、不思議な世界です。
ちょっと不便な状況を抱えて街の外れで暮らす魔女は、ほうきが魔法で出してくれたブレーキが利かないおんぼろ自転車で、花屋のバケツに突っこんでしまいます。ところがこの失敗をきっかけに、魔女の周りにはたくさんの人達が集まってくるのです。
村上勉著作の本書は、絵が細かいところまで緻密に描かれていて、視覚的な魅力がたくさん。読み聞かせにもぴったりです。
主人公の少年の家には、イチジクの木に赤い郵便ポストがかかっています。ある日少年がポストを開けると、そこにカエルが引っ越してきていました。
カエルは少年の家に届いた手紙を、すべて先に読んでしまいます。少年がカエルに止めてほしいと言うと、カエルは自分も手紙が欲しいと言うのです。
- 著者
- 山下 明生
- 出版日
- 1976-12-01
鮮やかなイチジクの木の緑と、赤いポストのコントラストが美しい絵本です。ポテッとして、おじさんみたいなカエルがかわいらしく、村上勉の絵の世界が存分に表現されています。
ある時、急に主人公の「ぼく」の家のポストに住みついたカエル。少年がポストを開けると、部屋(ポスト)の壁をペンキで塗り替えているところでした。
手紙がほしいカエルに少年は、まずは自分から手紙を出して、それに返事をもらえばいいとアドバイスをします。そこからカエルは、葉っぱにせっせと手紙を書くのです。
ハッピーエンドではありませんが、カエルの手紙が、心と心を届け合う手紙はたったひと言でもいいのだと教えてくれます。
村上勉の絵本の世界は、ちょっと不思議で、しかし、誰もが親しみを感じられるような普通の日常や普通の人たちが描かれています。だからこそ、リアリティを持って物語の世界に入り込んで楽しむことができるのでしょう。
本が好きな人であれば、子供の頃、一度は目にした作品があるかもしれません。時代が流れ、絵本が書かれた当初とは人も街も変わった部分があります。しかし、不思議なものへの憧れや冒険心などは、変わらず子供たちの心の中にあるでしょう。
日常の生活からワープするように、ちょっと知的で美しい村上勉の絵本の世界に遊ぶことは、子供たちにとっても、また、親世代にとっても楽しいひと時となるのではないでしょうか。