金井美恵子のおすすめ文庫本5選!映画批評家でもある彼女の小説とエッセイ

更新:2021.11.8

作家、エッセイストなどマルチに活躍する金井美恵子。官能的な文体が特徴で多くのコアなファンを魅了しています。また映画から日常生活に至るまで、鋭い視線で抉るエッセイは癖になる毒舌として人気です。今回は特に人気の高い5冊をご紹介しましょう。

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官能的な文体が魅力的な金井美恵子

金井美恵子は1947年群馬県高崎市出身の小説家、エッセイスト、映画評論家です。彼女の作品は初期のころから反リアリズムの作風とされ、その官能的な文体が人気を博す一方で、エッセイでの歯に衣着せぬ毒舌も、幅広い世代の読者に支持されています。

「ともかく試験とか勉強とか学校というのは大きらいで、だからもうただただ受験勉強いやさのために、大学へ行くのをあっさりやめてしまった」(『夜になっても遊びつづけろ』より引用)という一面があり、高校卒業後すぐに作家活動を開始しました。1967年、『愛の生活』が太宰賞の最終候補に残ったことをきっかけに作家としてデビューを果たします。

また6歳で父親を失い母子家庭に育ちました。映画好きな母親の影響を強く受け、辛辣な映画評論家としての地位も確立。特にジャン・ルノワールの映画に強い愛着がある一方、独特の冷めた洞察力で様々な監督の作品に言及しています。

金井美恵子初の長編小説『岸辺のない海』

金井美恵子の原点とも言える、最初の長編小説です。のちに補遺が発表され、本編と共に収録されています。

主人公は作家以外のものになりたいと思ったことがない割に、書くことがないという男性。彼は独特の物の捉え方をするため、社会にもあまり馴染むことなく、毎日苦悩しています。孤独と絶望の中で灰色の表紙のノートに「岸辺のない海」と書いた主人公は、死ぬまでの膨大な時間をどのように過ごしたらよいのか日記を綴り始め……。

著者
金井 美恵子
出版日
2009-08-04

作家になることしか考えたことがない、しかし書くことがないという主人公の男性は、物書きらしい独特の感性を持った人間です。

特に恐ろしささえ感じられるのは、果物籠をぶら下げてすれ違った女性とのやり取りでしょう。女性とぶつかってストッキングを破いてしまったことに対し、

「会社までついて行って、あなたの仕事が終わるまで待って、どうしてもストッキングを弁償させてくれるまで、あなたから離れません。」(『岸辺のない海』より引用)

と言い放ちます。怖がって拒否を続ける女性に対し、女性の意思など顧みず、結局洋品店でストッキングを選ばせて弁償し、また何事もなかったかのように歩きはじめるのです。

街中に居たらちょっと避けてしまうであろう変わり者である主人公。その凡人とは相いれない物事の捉え方をリアルに味わうことのできる作品です。

金井美恵子の代表作品群「目白四部作」の1作目!『文章教室』

金井を代表する作品「目白四部作」の1つです。目白を舞台として描かれた小説で、登場人物がそれぞれの作品にゲストとして登場しています。本作は、普通の専業主婦、娘の女子学生、優しい夫、そして現役作家など様々な人々の恋愛模様を描いた傑作長編小説です。

主人公はごくごく普通の専業主婦である佐藤絵真。彼女は娘の桜子と、優しいだけが取り柄の夫と暮らしていますが、散歩中に偶然出会った顔見知りのデザイナー兼絵本作家の吉野暁雄と関係を持つこととなります。

後に不貞を解消する旨を吉野から告げられた絵真は、悶々とした日々から脱却するために新聞の折り込み広告で見つけた「文章教室」へと向かうのです……。

著者
金井 美恵子
出版日

「課題① 私はなぜ文章を書きたいと思うのか
 

課題② 私とは誰か-自分史として自己を見つめる、見つめ直す」(『文章教室』より引用)
 

文章教室に通い始めた主人公の絵真は2つの課題を出されます。彼女は文章を紡ぐため、「折々のおもい」と名付けたノートに、事あるごとにでき事や思いを書き連ねていくのです。彼女が書く文章は40歳過ぎの女性とは思えないほど自分本位であったり、稚拙であったりしますが、実はこれが一般的な40代の女性の姿なのでしょう。

この物語の登場人物はほぼ全員が道ならぬ恋に悩んでいます。特に女性たちは、男性に二股をかけられていたり、妊娠してもぞんざいな扱いを受けたり……。しかし読み進めていくと、最終的に恋愛で勝者となっているのは女性ばかりなのです。金井美恵子が描くリアリティのある強い女性像を思う存分堪能できます。

2つの課題を紐解いて絵真と一緒に文章を綴ってみたくなる、読み応えのある一冊です。

男性の目線で描かれた長編小説『タマや』

「目白四部作」のなかで『タマや』は唯一、男性目線で描かれたものです。

主人公の夏之は、優しいけれど少し優柔不断で頼りない青年。ある日彼の元に、友人のポルノ俳優アレクサンドルが、妊娠中の猫「タマ」を連れてやってきます。

夏之のまわりには、どこか欠落した部分を持つ気の弱い人々が集まってきます。彼らがもがきながら前を向いて行く物語です。

著者
金井 美恵子
出版日

主人公の夏之とアレクサンドル、そして猫のタマが対峙する冒頭から、物語は高速で進んでいきます。

タマは妊娠している、アレクサンドルの姉の恒子も妊娠している、恒子のお腹の子どもの父親は誰なのか、アレクサンドルは夏之に何を頼みたいのか……。ともすれば事実を誤認してしまいそうな情報量なのです。

息をつかせないほどの話の展開、そして妖艶な文章。しかし投げ出すことなく物語をじっくりと味わうことができるのは、夏之の一歩引いたやさしい物腰によるものでしょう。

別れた男性とのあいだにできた子どもの名前を忘れてしまう母親、3人の男性からお腹の子をダシにしてお金を取る恒子など、この物語にはどこか欠落している人間が多数出てきます。

「この小説のテーマは、一ことで言うなら、猫も人間も、生まれて来る子供の父親の正体を探そうとしても無意味だ、ということになるでしょう、ということは、自分の正体についても、また同じことです。」(『タマや』あとがきより引用)

彼らを通じて、自分とは何なのかをぼんやり考えてみたくなる一冊です。
 

19歳の女子大学生を描いた少女小説『小春日和』

こちらも「目白四部作」の1つで、1990年にはTVドラマ化もされた作品です。

東京の大学に入学することになった桃子は、母親に強引に押し切られる形で小説家であるおばの家に居候することになります。何かと口うるさい母親、同性の恋人と東京で暮らす父親、気の合いそうもないクラスメイト……面倒くさいこと、合わないことにめげることなく、毎日をマイペースに生き抜いていく19歳の少女の成長の物語です。

著者
金井 美恵子
出版日
1999-04-01

この物語の主人公、桃子は19歳の女子大生ながらゴロゴロと寝てばかりいるような、まさに『小春日和』がピッタリな居住まいで生きている少女。一方桃子の母親は、何から何まで口を出したがるガサガサした印象の女性です。さらに母親と別れた父親は調子の良い人間ですが、同性の恋人がいます。

母親以外全く乗り気でないにもかかわらず、勝手にセッティングされたおばとの同居生活。しかし桃子と作家であるおばとの関係、そしておばの大ファンだという友人の花子との関係には心地の良い空気が流れています。

少女から大人の女性への成長を遂げる桃子や花子のような世代、そして昔少女だった女性たちにぜひ手に取っていただきたいです。

金井美恵子の神髄ともいえる毒舌エッセイ『目白雑録』

朝日新聞出版のPR誌『一冊の本』に連載していたものをまとめたエッセイです。

作家としてひとこと言いたい「おかしな言説」や、日々の生活の中で目にする「おかしな現象」、映画評論家らしい辛辣な映画批評、金井美恵子自らの体調にまで過激に切り込んだクスッと笑える毒舌満載の文章が並んでいます。

本編のエッセイに負けない、テンポの良さと小気味よい語り口調が笑いを誘う中森明夫の解説も見逃せません。

著者
金井 美恵子
出版日
2007-04-06

「何かの醜悪な滑稽さを言葉で笑うことのほうが、結局は免疫が高まり、体力保持にもつながるような気がします。」(『目白雑録』あとがきより引用)

あとがきに記してあるとおり、ストレスを感じさせず損得勘定のない毒舌がたっぷりと味わえます。

出版社のPR誌に寄稿されていたエッセイのため、テーマは他の物書きに対するものや映画についてのものなど、専門分野に関することが多数あります。しかしそのなかに時たま、近所のスーパーの話が出てきたり、自身が夏風邪を引いた話なども登場したりしますので、金井美恵子が得意とする分野に詳しくない方、もしくは彼女の本をまだ手にしたことのない方でも十分楽しめるでしょう。ぜひ気軽に手に取っていただきたい一冊です。

歯に衣着せぬ物言いで人気を博す金井美恵子の小説とエッセイを5冊ご紹介しました。ピリッとした風刺はエッセイだけでなく小説にも効いています。そして、彼女の小説には欠かせない官能的な文体は、テレビやインターネットなど動画で育った世代にもぜひ堪能していただきたい文章です。ぜひ1冊手に取って、彼女の世界を味わってみてくださいね。

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