野上弥生子は1885年生まれの作家です。漱石門下の野上豊一郎と結婚し、「ホトトギス」に掲載された『緑』で作家デビューを飾りました。1985年に逝去するまで生涯現役の作家であり続けました。
野上弥生子は大分県臼杵市の醤油蔵元、フンドーキン醤油の創業家の娘として生を受けました。14歳になると上京し、明治女学校に入学します。夏目漱石門下の野上豊一郎との結婚をきっかけに、「ホトトギス」に『緑』が掲載され、作家デビューをすることになります。その後も家事と育児の傍ら小説を書き続け、宮本百合子らとも親交を結びました。
また非常に博識な教養人で、上品に率直な物言いをする人間としても、多方面から尊敬を受けている人物として有名でした。大家である谷崎潤一郎や菊池寛、志賀直哉らに対しても、率直な批評を残すこともありました。
野上弥生子の執筆ペースは1日に200字詰め原稿用紙2、3枚で、多い日でも5枚ほどであったといいます。20年かけて執筆した『迷路』で読売文学賞を受賞しています。その後も生涯に幕を閉じる99歳まで精力的に執筆をつづけ、一生にわたって現役作家であり続けました。
『秀吉と利休』は野上弥生子の代表作といってもよい作品で、女流文学賞を受賞しています。千利休の一生を通じて、政治に生きる豊臣秀吉と芸に生きる千利休の対比を描きながら、千利休の心境に迫る作品です。
二人の偉人の生涯と心境を追うことによって、複雑に絡み合う政界と文化のサロンを取り巻く関係を詳細な筆致で描き上げることに成功しています。とりわけ切腹の際の心理描写は見ものです。
- 著者
- 野上 弥生子
- 出版日
千利休は秀吉の様々な相談にのる間柄ですが、弟子である山上宗二が秀吉によって殺されたことをきっかけに、秀吉に対して疑念を持つようになっていきます。そして秀吉と不仲になっていき、さらに考え方の違いもあり、蟄居(家から出ないこと)を言い渡された中でも詫びを入れようとせず、ついには切腹が言い渡されることとなってしまいます。利休の首は獄門にかけられ市中にさらされることとなりました。
異なる立場の利休と秀吉の二人のそれぞれの政治や芸術に対する情熱、そして人がうごめく社会の様相を迫力ある筆致で描いています。
『森』は野上弥生子晩年の作にあたる、ロマネスク小説です。近代日本の100年間を生きた作者ならではの大作。彼女の代表作である『秀吉と利休』も素晴らしい作品ですが、本作も傑作といえるでしょう。幕末から明治にかけての文化や女性の社会進出などの移り変わりなども時代を通して描き出されている物語です。
女性ならではの視点で激動の時代を生き抜いた野上弥生子にしか書けない小説となっています。青春小説としても素晴らしい出来栄えの作品です。
- 著者
- 野上 弥生子
- 出版日
1900年、15歳の菊池加根が女学校へ入学するために九州から上京するところから物語は始まります。「新しい女性」の理想を掲げた自由な校風のもと、恋愛や友情や嫉妬など加根を取り巻く女学生たちの姿を描くことによって、当時の女性たちの青春を切り取ることに成功しました。
当時の社会情勢や、思想を反映しているだけでなく、思春期の少女たちの様々な思いや希望に満ちた青春小説の金字塔でもあります。
さらに注目すべきは本作が野上弥生子の遺した最後の作品であるということです。99歳まで生きた彼女が最後に残した作品は、女学校での日々を綴った作品であったのです。いくつになってもだれにとっても大切な思春期の思い出を描いたこの作品はどんな読者にとっても大切な思春期の回想をさせてくれる様々なエッセンスに満ちています。
野上弥生子は夏目漱石の推薦もあって発表した小説『縁』で文壇に登場してから70年以上もの歳月を執筆に費やしてきました。
本作は、その中での生活における子供を見守る暖かい愛情、同時代の文人との交流や学者たちとの交流、そして市民としての社会に対する鋭い観察眼を備えた含蓄に富むエッセイ集となっています。近現代文学の歴史を生きた人間による文学史としても貴重な資料です。
- 著者
- 野上 弥生子
- 出版日
- 1995-06-16
夏目漱石の弟子としての近現代文学史の生き字引として、貴重な資料を私たちに残してくれるばかりでなく、現代に生きる私たちに対しても、様々な励ましを残してくれているのです。特に女性として社会で生き抜く方々にはぜひ読んでいただきたい随筆集となっています。
その内容は、社会や政治のことをはじめ、文人たちとの思い出や、普段の生活の細々としたことまで幅広い範囲を持っています。どなたでも楽しんで読める随筆集です。
哲学者・田辺元と野上弥生子の恋文300通以上を収めた作品です。当時田辺と野上は70歳を超える年齢で、田辺はハイデガー研究に打ち込んでいる時期であり、野上は『迷路』を書き上げようとしている時期でありました。互いの生活を気遣いながらも激しく燃え上がる二人の思いが必見の往復書簡集です。
老境に至ってもなお、人間と人間の関係を考えさせてくれる、そんな作品になっています。愛とは何か、ぜひこの随筆集を読んで考えてみてください。
- 著者
- ["田辺 元", "野上 弥生子"]
- 出版日
- 2002-10-29
野上弥生子といえば、野上豊一郎との家庭を大切にしながらも、中勘助をひそかに生涯にわたって慕い続けていたことは有名ですが、老境に至って激しい関係を結んだ男性がもう一人います。それが哲学者の田辺元です。この往復書簡集はその田辺との恋文のやり取りを集めたものとなっています。
この本の魅力は何といっても死を間近にした二人の恋愛や愛着を超えた人間同士のつながりを感じることができるところにあるといえるでしょう。二人は70歳を超えようという年齢で、互いに人生で一番の大作を仕上げようというところでした。
そんな中で往復された書簡の中には、本当の人間と人間のつながりを思わせる語句がいくつも登場します。彼らの互いを思う心が垣間見えるのです。人間と人間の心の交流を考えさせてくれる本作は、ぜひ思春期の方や人間関係に疲れを感じている方に読んでいただきたい作品です。
いかがでしたでしょうか。近現代文学の時代を始めから終わりまで生き抜いた作家野上弥生子。その作家が紡ぎだす作品はまさに近現代文学の集大成といえるでしょう。文学好きには必読の作家であることは間違いなしです。