中村真一郎のおすすめ本5選。代表作『四季』も紹介。

更新:2021.11.8

中村真一郎は評論、小説、詩作、と多岐にわたる才能を発揮した作家です。プルーストや「源氏物語」、はたまた漢詩まで彼のフォローする領域は幅広く、知識人の社会に対する役割を終生にわたって考え続けた作家でもありました。

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中村真一郎とは

中村真一郎は1918年に生まれました。福永武彦や加藤周一と同年代で、東京帝国大学在学中には堀辰雄とも知り合い、終生堀に師事することとなりました。大学在学中には加藤や福永らとともにマチネ・ポエティクの運動の中心に位置し、その活動を推し進める活動に邁進しています。

妻である新田瑛子の睡眠薬自殺後は漢詩に接近し、それに伴って作風も大きく変化をしていくこととなりました。当初は知識人の社会的役割の探求をテーマに作品を執筆していましたが、漢詩や古典文学などの要素が作品に多く見られるようになります。

またこちらは意外かもしれませんが、映画『モスラ』の原作になる『発光妖精とモスラ』を福永、堀田善衛と共作したり、数多くのラジオドラマ脚本を執筆したりもしています。

日本のプルースト、中村真一郎の傑作

『死の影の下に』は1947に刊行された長編小説。その後は『シオンの娘等』、『愛神と死神と』、『魂の夜の中を』、『長い旅の終り』と続いて刊行され、全5部の連作長編小説の第1部です。

突然の無意識の記憶の喚起によって、主人公・城栄は静岡の田舎で伯母に育てられた牧歌的な日々の回顧に引き込まれるところから始まる物語です。喪失の意味を幼くして知った城栄は伯母がなくなった後、野心溢れる実業家の父と暮らし始めます。そこで城栄は社交界に出入りするようになりますが、次第にそこに出入りする虚飾に満ちた人々を眺め渡し、観察することになってゆくのです。

著者
中村 真一郎
出版日
1995-12-04

この作品において中村真一郎はヨーロッパ文学の手法を用いて戦後作家の旗手としての地位を確立しました。冒頭の伯母との日々の回想はプルースト『失われた日々を求めて』を彷彿とさせます。マチネ・ポエティクをはじめフランス文学を誰よりも享受した中村真一郎にしか書けない作品であるといえるでしょう。

またこの作品の魅力は、フランス文学に漂う憂鬱や郷愁をうまく日本文学に落とし込んでいるところであるといえるのです。社交界の虚飾に満ちた世界が、伯母の記憶の喪失を背景に、むしろやけっぱちな魅力としても映ってきます。フランスの詩人や文学が好きな方ならきっと気に入っていただける作品です。

中村真一郎の代表作

『四季』は1975年に刊行されました。中村真一郎の最も代表的な作品といってもよいでしょう。物語は50代の作家が20歳のころの一夏の情景を思い出すところから始まります。主人公はそのころの記憶のほとんどを失ってしまっており、銀行員の友人Kを頼りに失われた記憶をひとかけらずつ取り戻してゆこうとします。記憶を取り戻してゆく過程で徐々に作家の残された記憶が明らかになってゆくという物語です。

著者
中村 真一郎
出版日

失われた記憶を主人公の作家が一つひとつ取り戻してゆくことによって物語が進行しますが、それによって私たち読者も物語を構築していくという仕組みになっています。この物語が単なる甘い記憶の回顧録として映ることがないのは、その行為自体が、私たちが追い求めている何かをつかもうとする行為に他ならないからであるといえましょう。

私たちは常に何かを求めて行動していますが、その最も普遍的な行為が記憶の回想による再分析による新解釈であるといえるのではないでしょうか。

中村真一郎による古典の教養の結晶

中村真一郎による頼山陽の評伝です。芸術選奨賞も受賞しています。この作品では生い立ちや生活から頼山陽という人物と思想を浮かび上がらせています。

そして古典に通じ東洋と西洋の文学から演繹(えんえき)した作品世界を作り上げた中村真一郎のルーツともいうべきものがこの作品には詰まっているのです。大変長い作品ですが、その作品を読み終えると、頼山陽という教養の巨人の一生と偉業がぐっと近く感じられます。

著者
中村 真一郎
出版日
2017-03-08

後期の中村の大作で、彼の漢詩への思い入れやその評価が惜しげもなく書き入れられています。前期の中村の作風は極めてロマネスクなフランス文学に影響を受けたものでしたが、こういった大著も残すことができる幅の広さを感じさせられる一冊です。

とりわけその文学的な要素には著者の独特の視点での切り口で新しい頼山陽説がクローズアップされていて、専門的な研究者でなくとも面白く読んでいただけるものとなっています。

近現代総まとめ!『文章読本』の集大成

『文章読本』といえば谷崎潤一郎や三島由紀夫が有名ですが、実は中村真一郎も書いています。とりわけ彼が生きた現代における文章とはどのようなものであるのか、そしてその理想的な形を追い求めた作品となっています。

夏目漱石や森鴎外から安部公房や大江健三郎を例に挙げながら、日本近代文学史や口語の歴史までをも含んだ文章のお手本書です。豊富な例文あり、また文章を書く際の心構えまでを含んだ現代の文章の教科書的存在となっています。

著者
中村 真一郎
出版日

この本はどちらかといえば文学史における口語表現に焦点を当てた作品となっており、文学や文章のみならず、言語に興味がある方にも是非一読していただきたい内容となっています。いわゆる言語学を専攻している学生の方にも読んでいただきたい一冊です。

また『文章読本』は様々な人が書いているので、それらを比べ読みしてみるのも面白いかもしれません。気に入った作家がいれば、中村真一郎の『文章読本』と読み比べてみるのも興味深い発見があるものです。

再読日本近代文学

こちらは中村真一郎が著した近現代文学史の評論になります。夏目漱石や森鴎外、永井荷風をはじめとして、堀辰雄や戦後文学の作家までを網羅した一冊になっています。何より興味深いのが、中村らしい世界文学の視点と王朝文学の視点を首座に置き、その双方向からの視点で各作家と文学史を眺めた評論になっていることです。

著者
中村 真一郎
出版日

こちらも先ほどの文章読本と同様に、他の文学史をまとめたものと読み比べてみると面白いかもしれません。それぞれの文学史にそれぞれの視野や商店があり、解釈もまた違うことが読み取れるでしょう。そこからあなただけの文学史観を築いていってみるのも面白いことだとは思いませんか。

中村真一郎は西欧文学をはじめとして、中古文学や漢詩めで、様々なボキャブラリーを持っていてその著作もまた多岐にわたります。詩作、小説、評論、評伝など、皆様の興味のある一冊からまずは手に取ってみてはいかがでしょうか。

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