辻邦生のおすすめ文庫作品5選!歴史小説で名高い作家

更新:2017.7.30

「73年の3羽烏」と称えられた辻邦生。膨大な文章量と文学的な内容で有名ですが、その作品はどれも素晴らしく、何度も読み返したくなるようなものばかりです。今回はそんな辻の作品の中から、特におすすめの5作品をご紹介します。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena

辻邦生とは

辻邦生は1925年9月24日に東京で生まれました。父親はジャーナリストであり薩摩琵琶の伴奏家の、辻靖剛。母親は代々の医家の出身です。

信州大学を卒業後、東京大学文学部仏蘭西文学科へ入学し、大学に通いながら民生ディーゼル工業で働き、同時に父親の手伝いとして新聞記者の仕事もしていました。

1957年から1961年までフランスのパリに留学。その間「ハンニバルの城」の原稿を北杜夫へ送るなど、執筆活動をしています。これがきっかけとなり、『城』に改題したものが雑誌『近代文学』に掲載され、ついに辻の作品が世に発表されることとなりました。

その後1963年に『廻廊にて』で近代文学賞、『安土往還記』や『背教者ユリアヌス』など歴史小説でも数々の賞を受賞し、小川国夫、加賀乙彦らと共に「73年の3羽烏」と称されます。

晩年は西行の生涯を描いた『西行花伝』で谷崎潤一郎賞を受賞し、1999年に別荘がある軽井沢で急逝するまで執筆を続けました。亡くなる直前まで信濃毎日新聞で連載していたエッセイは、後に『辻邦生が見た20世紀末』として出版されています。

辻邦生が背教者と呼ばれたローマ皇帝を描く

古代ローマで293年に始まった4分割統治制度。副帝として君臨していたコンスタンティヌスは、324年にローマ皇帝になります。

様々な業績を残したコンスタンティヌスの死後、ローマ帝国は3分割され、3人の子供がそれぞれ統治をすることになりました。そのうちの1人は父親同様キリスト教を優遇。また猜疑心の強さゆえ、厳しい粛清をたびたび行います。コンスタンティヌスの甥であるユリアヌスも、彼に家族を暗殺されてしまいました。

その後ユリアヌスは異教の復興をかかげ、キリスト教を弾圧。「背教者」と呼ばれるようになります。

暗殺の恐怖にさらされ、戦争や癒着が渦巻くなかで多くの友人や哲学と出会い、逞しく美しく成長していくユリアヌスの運命は......。

著者
辻 邦生
出版日
1974-12-10

1973年に毎日芸術賞を受賞した本作は、1969年から1972年まで文芸雑誌で連載されていました。

上、中、下巻に分かれている長編ですが、読み始めるとやめられなくなり、読後には感嘆の声を漏らしてしまうほど濃い内容で、歴史小説の名作として呼び声が高いです。歴史上に存在した1人の人間の深い心情や情景を、これほどまでに表現した作品は数少ないでしょう。それはまさに辻邦生の筆力の高さを伺わせるものです。

内容、文章量共に読み応えのあるおすすめの作品です。

戦国時代を生きる織田信長の人物像を辻邦生が深く読み解く

時は戦国時代、宣教師を送り届けるために、遠くイタリアから日本にやってきた元軍人の船乗りは、戦いに生きる織田信長と出会います。そして間近で見た信長の栄華と衰退を記録として書き残していくのです。

信長は延暦寺の焼き討ちで、女性も子どもも容赦なく惨殺した圧倒的な君臨者である一方で、外国から来た元軍人の船乗りに興味を示し、鉄砲に対する技術やまだ見ぬ世界に関することを熱心に聞きます。

普通の人と同じように、悩んで迷っている彼の姿や心情が、回顧録のように描かれています。この船乗りの目に、信長最後の日はどのように映ったのでしょうか。

著者
辻 邦生
出版日
1972-04-27

本作は1968年に刊行、翌年には文部省芸術選奨新人賞を受賞しています。

外国からの来訪者に心を開き、わからないことは素直に聞いて様々な世界観をどんどん吸収していく信長の様子は、一般的な織田信長像とはかけ離れているのではないでしょうか。冷徹なイメージが強い彼をここまで人間味のある人物に書きあげられるのは、この小説における書き手の視点、背景、人物設定が作り込まれ、またそれを表現する作者の力があるからです。

そのすべてが集結された本作は、信長好きだけでなく、むしろ今まで歴史にあまり興味のなかった人にも読んでいただきたいです。

未だ名を残す西行の生涯を、華やかな世界観で描く

本作は1995年に谷崎潤一郎賞を受賞しました。

西行の生涯記でありながら、作中に出てくる歌や詩はどれも美しく、歌集のような側面をもっています。

古からある日本古来の美しさや儚さ、可憐さ、神羅万象に宿るその小さな輝きを、辻が西行の人生を通して鮮やかに描き、芸術にも通じる歴史小説です。

著者
辻 邦生
出版日
1999-06-30

歌人である西行の生涯を、彼の知人たちが交代で語り手となって、1章ごとに回想していく形式がとられています。幼児期には西行の乳母であったり、出家する時には友人であったりと、彼が成長するにつれて、語り手もその当時もっとも身近であった人物に変わっていくのです。

平安時代、源平の戦いを経て鎌倉時代へ突入する動乱の時に、武士であることを捨てて出家をし、後世にも名を残す歌人となった西行の生涯を、辻邦生が美しく華麗に描きます。

辻邦生と水村美苗の、手紙という名の小説

辻邦生と水村美苗が1年ほどやりとりを続けた、往復書簡をまとめた興味深い作品です。

作中で2人は様々な本について語り合うのですが、内容は『若草物語』『嵐が丘』『浮雲』など、日本の小説に留まらず様々なジャンルに及んでいます。

双方とも幼いころから外国に慣れ親しんだという共通の経緯もあって、さすがともいえる絶妙なやり取りが行われています。膨大な量の本に親しんできた2人の手紙の内容を覗き見ることができる貴重な一冊です。

著者
["辻 邦生", "水村 美苗"]
出版日
2009-12-09

書簡とはいえ新聞に掲載されることを前提としているので、私的な内容ではなく、片方が投げかけた本について語り、深く掘り下げ、思いを伝えるような、一種の対談のような内容になっています。

しかしその端々に季節の言葉が入っていることが、「手紙」という体裁ならではの情緒深さを演出しています。

2人のやり取りを見ると、登場する作品を思わず読んでみたくなるような魅力的な一冊です。

人が持つ儚さと生の美しさを描いた、辻邦生の金字塔

ある夏の日、北欧の孤島に織物を学びに来ていた支倉冬子は、忽然と姿を消しました。

友人である語り手が、冬子の残した日記や手紙を頼りに彼女の人物像を紐解き、幼少期に過ごした古い家や、家族の記憶、生活や育ってきた環境などを徐々に明らかにしていきます。

生きることの儚さ、生とは何なのか、そして織物に魅了された冬子は何を感じ取っていたのか......美しい情景と共に繊細な心情を澄み切った文体で見事に描いた、辻邦生を代表する作品です。

著者
辻 邦生
出版日

1966年に発行され、以降何度も絶版をくり返しながらも未だに求め続けられている人気作です。

失踪した女性の半生に迫るミステリ仕立てのストーリーですが、読み進めていくと、生や死について深く考えさせられる内容になっています。

辻邦生の文章はもちろんのこと、綿密に組まれたプロットも美しく、この作品自体が芸術であると言っても過言ではないものになっています。

辻作品のすばらしさは、文章の美しさはもちろんのこと、登場人物を生き生きと描いていることではないでしょうか。しかしどれも決して難しい内容ではなく、作品がもつ世界観は日本の美を思わせるような情緒深さがあります。気になったものからぜひお手に取ってみてください。