『されど罪人は竜と踊る』は、科学的に魔法を操る主人公ガユスが持ち前の不運体質をいかんなく発揮し、戦闘狂の相棒と共に厄介事に巻き込まれるエログロ残酷ファンタジー小説です。クセになるエグさにハマるファンは数知れず。漫画化もされた人気作です。今回は角川スニーカー文庫から出版された『されど罪人は竜と踊る』の魅力をネタバレ紹介します。
量子世界の基本単位であるプランク定数を操作し、森羅万象を生み出す力「咒力」(じゅりょく)。その咒力を操る者は咒式士と呼ばれます。
主人公のガユスは、やたらと不運に見舞われがちな青年です。彼は理詰めの頭脳を武器に、人殺しや化け物退治を行う「攻性咒式士」として働いています。
しかし、ガユスの不運体質がたたったのか、役所の下請け仕事として巨大竜を倒したことが原因で、皇国の陰謀劇に巻き込まれてしまうのです。
- 著者
- 浅井 ラボ
- 出版日
- 2003-01-30
1巻の魅力は、ガユスと、その相棒の咒式士ギギナの殺し合いも辞さない言い合いです。
ガユスは前述のとおり、何かと不幸や不運に襲われ、それもあって常に悲観的であり、毒を吐くことが日常となってしまっています。しかし彼は化学練成や咒式に関しては豊富な知識を持っており、それを戦闘に応用する能力に長けているのです。
一方ギギナは竜を屠ることを職とするドラッケン族と人間との間に生まれたハーフであり、銀髪に白い肌をもっています。そんな彼は美しい見た目を裏切る戦闘狂いであり、達人級の剣術を有することも相まって仕事のたびに無駄に被害を拡大させる天才です。
この二人が共に仕事をこなす以上、性格が合わないどころの話ではありません。無駄に戦闘力をもつ二人だからこそ、単なる暇つぶしで殺し合い、暴言が飛び交います。
全13階級あるうちの最高クラスの力をもつ二人が圧倒的な力を持って暴力的に突き進む、ブラックかつグロテスクで、すこし切ない物語となっています。医学と化学、物理の用語が散乱し魔法を科学として扱う世界観はファンタジーとSFの融合だといえるでしょう。
警察からの、本来回ってくるはずのない大きな依頼。それは、異界から出現する化け物「禍つ式」の駆逐と、巨額身代金の引き渡しでした。
偶然重なったと思われていた二つの事件は、やがて市全体を揺るがす大事件へと発展します。独裁国家ウルムン共和国と、その反体制組織「曙光の戦線」を巡る血生臭い政治と謀略が、ガユスとギギナの前に立ち塞がるのです。
- 著者
- 浅井 ラボ
- 出版日
今作の魅力は、天才咒式博士であるレメディウスと、彼の恋人ナリシアの物語です。レメディウスは一度記憶したことは二度と忘れられないという驚異の記憶力を持ち、数法系の咒式を得意としており、咒式を人々のために使おうという高潔な精神を持っています。
しかし、レメディウスはウルムン共和国の独裁者ドーチェッタに武器を売っていたことで反体制組織「曙光の戦線」に誘拐されてしまうのです。
もっとも、彼はただ被害者となったわけではありませんでした。「曙光の戦線」で過ごすうちに独裁者ドーチェッタの傍若無人な振る舞いと、ウルムン共和国の惨状を知ることになるのです。
やがて、家族をウルムン政府に殺され「曙光の戦線」に所属している少女ナリシアと恋仲になったレメディウスは、ウルムン政府にナリシアと共に拉致されます。
ドーチェッタによる拷問を受け、放逐された二人。飢えの中でナリシアはレメディウスに自分の身体を食べるように言い、自害するのです。ナリシアを口にしたレメディウスは言います。
「これでナリシアのすべては僕の中だ」(『されど罪人は竜と踊る』2巻より引用)
凄惨なのに美しいその描写は、狂気と共に深い愛情を感じさせます。その後、伝説に登場する救国の人喰い竜の名を名乗ったレメディウスが大量虐殺咒式の使用も辞さない過激な革命家となり、ガユスとギギナを圧倒する姿もお見逃しなく。
荒事を請け負う事務所を構え、攻性咒式士として働いているガユスとギギナ。もっとも、彼らの仕事は化け物退治ばかりではなく、人探しをするなどの日常的な探偵業も請け負っています。
3巻は、そんな二人に訪れる、主にガユスの不幸体質によって引き起こされる災厄の日々をつづった短編集となっています。収録作品は「翅の残照」「道化の予言」「黒衣の福音」「禁じられた数字」「始まりのはばたき」の5篇です。
- 著者
- 浅井 ラボ
- 出版日
「翅の残照」では、ガユスのほんわかした日常……と思いきや、あるヤクザは足抜けしようとして組織に負われており、その恋人である娼婦もまた狙われていたことで、殺伐ワールドへ突入します。夜の蝶と呼ばれる娼婦、そのハネ(翅)のもぎれゆく様が描かれるのです。
「道化の予言」では多種族が暮らす本作だからこそ起きるリアル人狼ゲームにガユスが挑みます。もっとも、論理破綻が起きえない推理小説と違い、現実は矛盾と破綻の宝庫。ガユスが迷推理を発動する様子は必見です。
「黒衣の福音」は思春期に一度は訪れる暗黒期を描きます。暗黒期の中で足掻く少女と、殺された少年をめぐる、出口のない迷路を進むようなノワール小説です。
「禁じられた数字」はガユスとギギナ、そしてガユスの恋人であるジヴーニャや咒式士たちが数字ゲームを行うギャグコメディです。もっとも、暴力的な彼らがただのゲームをするはずはありません。普段は正義感が強くお人よしなジヴーニャが「闇の女皇」として覚醒し、その場の高位咒式士たちを廃人寸前に追い込むほどの恐怖を与える存在へと変貌する場面はかなりの衝撃をもたらします。
「始まりのはばたき」は国家最重要人物であるモルディーンと、主君モルディーンのためなら何百回でも死ねる男イェスパーと、モルディーンの従える12人の敏腕咒式士たちの命がいくつあっても足りない日常物語です。
事務所所在地を離れたガユスとギギナ。彼らは咒式訓練のために辺境の森へと来ていました。しかしその森で、竜に襲われた旅芸人一座と一人の少女と出会うのです。竜の顎から少女を救出したガユスとギギナは、少女に請われるまま、少女の故郷を探す旅に出ることになります。
少女アナピヤと一匹の猫、そしてガユスとギギナのほんわか人助け旅行……で終わるはずもなく、見た目も戦い方もえぐい咒式士五人組に襲われるのです。気づけば事件に両足を突っ込んでいるガユスたちの、暴れる旅が始まります。
- 著者
- 浅井 ラボ
- 出版日
新登場の少女アナピヤ。彼女の元気で健気なところが、作品に清涼感を持たせています。
特に、家庭の事情により料理がプロ級に得意となっているガユスが記憶喪失のアナピヤに料理を振る舞うシーンはまさにほのぼのとした日常を描いた場面だといえるでしょう。しかし話は一転、急速に暗鬱な方向へと堕ちていきます。
アナピヤを狙って襲い掛かってくる追手の中でも、一番特徴的なのは「同族殺しのユラヴィカ」です。彼はドラッケン族の咒式士であり、竜ではなく強い戦士を殺すことに生きがいを覚えている狂人でした。
化学系の咒式士であり、ギギナと同等の剣術を有するユラヴィカは、ギギナを英雄だと認め、それゆえに何度も彼に襲い掛かってくるのです。知られざるアナピヤの秘密と、さらなる暗黒展開は下巻である5巻に続きます。
4巻で少女アナピヤを助けたガユスたち。記憶喪失のアナピヤのため、ともに故郷を探す旅を始めたはずが、気づけば正体不明の凶悪な咒式士たちに追われることになっていました。
悪化の一途をたどる事態の中でもガユスたちは真実を求めて旅をつづけます。しかし、それは同時に戦いの熾烈さを増すことに繋がっていたのです。旅の終わりが行きつくのは、生か、死か――。
- 著者
- 浅井 ラボ
- 出版日
アナピヤを巡る一連の騒動の裏には、争いのない愛のある世界を作ることを目的とする、ある人物の存在がありました。その人物は理想を追い求めるあまり現実が見えておらず、犠牲にした人間の苦しみを一切考えることはありません。そんな彼の犠牲者の一人がアナピヤです。
アナピヤは実は竜と人間のハーフであり、精神支配を行う咒式士を製造を目的とする研究所の実験体でした。非道の限りを尽くした性的、肉体的な虐待と実験の中、彼女は死してなお屍肉をとりこんで再生し続け、気が狂うほどの生と死を繰り返します。
化け物と呼ばれ、人間らしい扱いもされてこなかったアナピヤ。それゆえに、彼女はひたすら愛を求めています。その悲愴な姿は、4巻でアナピヤが見せた無邪気な可愛らしさと相まって読者の胸を突き刺すのです。
6巻は長編後の息抜き、短編集です。もっとも、今回はギャグコメディは収録されておらず、すべて重めのシリアスなテーマで編成されています。
収録作品は「朱の誓約」「覇者に捧ぐ禍唄」「演算されし想い」「打ち捨てられし御手」「青嵐」の全5篇です。
- 著者
- 浅井 ラボ
- 出版日
「朱の誓約」は、結婚詐欺師として逃げ回っているワイマートの捜索を依頼されたガユスたちが、何の因果か五百歳級の竜を一人で倒したという逸話を持つ老齢の咒式士と戦う話です。
「覇者に捧ぐ禍唄」は何者かに追われている商人を見つけたガユスたちがうっかり首を突っ込んだが最期、この星最強の覇者である竜に出会ってしまうストーリーとなっています。
「演算されし想い」では、「擬人」という人造人間もしくはロボットのような存在を家政婦としていた女性が、ある日突然擬人に家出をされてしまうという話です。人形に捨てられた、と憤る女性の姿や、人造人間に感情や心が存在するのかといった古典的なSFらしいテーマになっています。
「打ち捨てられし御手」では、臓器の欠けた死体が特徴の連続殺人事件と、不治の病を抱える少年と宗教との関係が絡み合ってゆく社会派な物語です。
「青嵐」ではラルゴンキン事務所の所長であるランドック人のラルゴンキンと、副所長である確率論が得意なヤークトーの出会いと、未来を担っていく咒式士たちに向けられた思いが語られます。事務所では最弱であるものの、故郷では天才と呼ばれた少女リャノンの成長が楽しみな一篇です。
「俺は君を失うということの本当の意味を知らなかったらしい」(『されど罪人は竜と踊る』7巻より引用)
7巻は3冊目の短編集となっています。収録作品は「黄金と泥の辺」「しあわせの後ろ姿」「三本脚の椅子」「優しく哀しいくちびる」「翼の在り処」の5篇です。その中でも「しあわせの後ろ姿」はガユスが恋人のジヴーニャと破局した後の姿に胸が苦しくなります。
- 著者
- 浅井 ラボ
- 出版日
- 2005-06-30
「黄金と泥の辺」は、自分の大切なもののために命を懸けた男と、彼の得た金と、報われない友情の物語です。純粋であたたかい感情が金の絡むことによって汚れ、憎しみへと変わってゆく様はまさに救われないの一言です。
「しあわせの後ろ姿」では、男女間の色恋にかかる揉め事が、双方の戦闘力の高さのせいで収まりがつかない様子が描かれます。収まりがつかないどころか被害が拡大していく状況と組織に潰される男の姿は爽快感がありながらも感傷をもたらすのです。
「三本脚の椅子」では、ギギナの過去が明らかになります。美形で身長も高く、女性にモテるギギナは、やはりと言うべきか、ステージに立つ存在だったのです。そんな彼がなぜガユスの相棒でいるのかが語られます。苦労があっても才能を貫き通すことは幸せなのか、考えさせられる作品です。
「優しく哀しいくちびる」はギャグストーリー。今回も真っ黒に覚醒したジャヴーニャが強気で女王様な名言を繰り出し、哀れで愚かな挑戦者を叩き潰していきます。
「翼の在り処」はモルディーンと彼が従える12人の翼将の話です。ガユスを視点として展開される『されど罪人は竜と踊る』は、ガユスとギギナは圧倒的な力をもった存在として描かれています。
しかし、翼将はそのさらに上を行く存在であり、視点を変えてみれば主人公たちは小さな存在だと知らしめるような話です。ガユスたちがどんなに頑張っても問題を解決することができず、虚しく終わっていく展開の理由の一端が示されているといえます。
『されど罪人は竜と踊る』Assaultは、ガユスたちが以前所属していた事務所での出来事が語られると共に、若かりし頃の彼らの青春が描かれる過去編です。
本編では険悪な仲の相棒しか仲間がいないガユスが、かつては本当に仲間と呼べる存在に恵まれていたことや、ガユスの元恋人クエロとのあれこれがあり、明るく楽しい空気がある一冊となっています。
もっともその空気も、最後には裏切りによって失われてしまうのですが――。
- 著者
- 浅井 ラボ
- 出版日
- 2006-04-28
今回初登場なのが、ガユスの師匠であり、上司たる事務所所長でもあるジオルグ。彼はエリダナで最も尊敬される咒式士の一人でありながらも、おどけた面をみせたり、咒式の使い方を背中で教えたりと父性溢れる存在です。
そんなジオルグに咒式士として育てられているガユスは、事務所で仲間たちと協力して仕事をこなしていきます。このジオルグ事務所時代のガユスの特徴は、これまでの巻に比べて悲観的な考え方が少なく、人間味のあることです。
ここから、ガユスがジオルグ事務所を出る際にいかに大きな事件があったかを予想させるものとなっています。さらにそれだけではなく、ガユスの元恋人、クエロとの恋模様も描かれるのです。
猫のような仕草で激しい気性を持ちながらも物事を俯瞰し説明するタイプである彼女は、電磁系の咒式を操り、「不殺」をモットーとして働いています。
結局は死と隣り合わせである以上、悲しいことも報われないことも多いのですが、その中に輝く楽しみや人間関係が非常に魅力的な一冊です。特に、この巻を読んだ後に2巻を読み直したくなること間違いありません。
「宙界の瞳」を求めて訪れたルゲニア共和国で敗戦したガユスとギギナは、エリダナへと帰ってきました。一方、各地で勃発する進軍、そして巨竜の台頭。「宙界の瞳」を巡って巻き起こる争いの行方とは……!?
- 著者
- 浅井 ラボ
- 出版日
- 2018-03-20
いよいよシリーズも21巻目。登場する勢力やキャラクターがとにかく強くて、主人公の影がやや薄らいでいるような印象もありますが、それだけ主人公の周りの話が盛り上がっているともいえます。
最強レベルの災龍が登場したり、大3次大陸大戦が勃発したりと、とにかく世界が混沌としています。こんなカオス状態の世界でガユスとギギナはどうやって生き残っていくのかと不安になりますが、そこでキーワードとなるのが、やはり「宙界の瞳」のようです。
この「宙界の瞳」というものの本当の力はまだはっきりとわからないのですが、それでもかなり反則級の力を持っていることは確かです。
各勢力はこれを使って世界の覇権を奪おうと画策しています。もちろんガユス達もその1人で、自らの生き残りをかけて動き出していました。
主人公達の活躍より周りの戦いを楽しむような1冊ですが、最強レベルばかりの戦いは結構楽しいもの。主人公の活躍はこれからに期待しつつ、本巻ではぜひあらゆる戦いを楽しんでみてください。
『されど罪人は竜と踊る』は難解な説明が多く見慣れない漢字も多いため、最初は読みづらく感じるかもしれません。しかし、ひとたび読み始めてしまえば最後までページをめくる手がとまらない、蠱惑的な作品です。