幻想小説をはじめ、SFやミステリーなど様々なジャンルの作品を発表してきた津原泰水。彼のおすすめの作品を5つご紹介します。
津原泰水は1964年、広島県広島市に生まれました。幻想的で独特の世界観を持つ作品たちは多くのコアなファンを集めています。 そんな津原ですが、以前は少女小説家の「津原やすみ」として活動していました。『星からきたボーイフレンド』でデビューし、「あたしのエイリアン」シリーズは15作以上の大人気シリーズとなりました。ペンネームから女性作家だと間違われる方も多くいたようです。
1996年の『ささやきは魔法』にて「津原やすみ」名義での活動を終え、「津原泰水」として執筆を続けます。2006年に自らの吹奏楽部での経験をモチーフにした『ブラバン』がベストセラーに。2012年には『11 eleven』 で第2回Twitter文学賞を受賞しました。
今回はそんな多彩な経歴を持つ津原泰水のおすすめ小説を5つ紹介していきます。
「豆腐好き」という共通点で出会った猿渡と小説家の伯爵。30歳を越えても定職に就いていない猿渡は、伯爵の取材に運転手として同行することになります。
しかし彼らを待ち受けていたのは世にも不思議なでき事の数々で……。
- 著者
- 津原 泰水
- 出版日
エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』を彷彿とさせるタイトルの本作は、猿渡を語り手として展開される、あらゆる恐怖にまみれた連作短編集となっています。
「猫背の女」では、猿渡がひょんなことから佐藤美智子という女と知り合うのですが、気乗りしないことから彼女との約束をすっぽかしてしまいます。しかしそれからというもの、彼の周りではボヤなど不可解なでき事が起こるようになりました。女の怖さを描いた身の毛もよだつ話です。
このほかにも虫を題材にした「埋葬虫」などテイスト豊かな物語が詰め込まれています。猿渡と伯爵のコンビが気に入った方は、引き続き2人が登場する『ピカルディの薔薇』や『猫ノ眼時計』もおすすめです。
「ルピナス探偵団」シリーズの第1作です。このシリーズは、津原の少女小説家時代の作品が元になっていて、当時のキャラクターがそのまま登場しています。 吾魚彩子は私立ルピナス学園に通う高校生。刑事である10歳年上の姉から頼まれて、仲間と共に殺人事件の推理していきます。
- 著者
- 津原 泰水
- 出版日
- 2007-06-01
本作の魅力は何といっても個性豊かなキャラクターたち。特に、度胸が取り柄の彩子と、物知りでクールな少年、祀島のやりとりは見ているほうがキュンとしてしまいます。肝のすわったキリエと美人な摩耶も含めた4人の掛け合いも見逃せないポイントです。
もちろんミステリー小説としての読み応えも十分。津原の作品にはたびたび「食」のモチーフがちりばめられていますが、本作の1話目、「冷えたピザはいかが」にもそれが言えるでしょう。
犯人はどうして犯行後に冷えたピザを食べたのか。ユニークなストーリーですが、本格ミステリーなので侮ることなかれ。
続編の『ルピナス探偵団の憂愁』も合わせて読んでみてください。
津原泰水の怪奇を感じたいのであれば外せないのが、15の短編を集めた『綺譚集』です。幻想、狂気、エログロ、生と死の世界を、緻密な文章力によって見事に炙りだしており、1度はまると抜け出せない沼のような雰囲気があります。
少女小説家としての顔からは一変して、ディープな美しさと醜さを探求しています。また、作品ごとに微妙に変化する文体からは作者の並々ならぬこだわりを伺い知ることができるでしょう。
- 著者
- 津原 泰水
- 出版日
たとえば「赤假面傳」には旧仮名遣いが用いられており、美しさを絵に写して対象の精気を吸い取ってしまう、おぞましい能力を持った主人公の姿が妖しく描かれています。
人間を解体したい欲望に取り憑かれた男が登場する「天使解体」では、場面のむごたらしさが津原の文才によってリアルに浮き上がってきますし、歯痛に耐えながら自らを回想する「黄昏抜歯」を読めば鈍痛の不快感が襲ってくるのです。
一方で、即死したにもかかわらず翌日何もなかったかのように登校する女の子と、それを不思議がる周囲の様子を描いた「アクアポリス」や、珍妙でおかしなマキノさんが登場する「隣のマキノさん」など、グロテスクな怪奇とは違った趣がある作品もあります。
15作読んで、ぜひ1番のお気に入りを見つけてみてください。
『奇譚集』に続く2作目の短編集である本作は、2012年にTwitter文学賞を受賞しました。うち「五色の舟」は近藤ようこにより漫画化され、文化庁メディア芸術祭漫画部門の大賞を受賞しています。
津原泰水の幻想文学に触れたい方におすすめの一冊です。
- 著者
- 津原 泰水
- 出版日
- 2014-04-08
「五色の舟」は戦争末期が舞台となっており、見せ物として生活する異形の家族が「くだん」という怪物に会いに行く物語です。
くだんは牛人間で、肩から指が生えていたり足がなかったりする異形の主人公と重なる部分があります。彼らなりの家族愛や、持って生まれた境遇に対する、苦しみや嘆きを織り交ぜた世界観の耽美を、存分に感じられる力作です。
「土の枕」は領主の息子であるにもかかわらず戦地に赴き、本来の名を捨てた主人公の生涯を描いた作品です。戦地から戻った後も本来の自分という人間は死んだことになっており、領民として暮らすことを余儀なくされた主人公は戦後の時代の流れに翻弄されていきます。
そのほか鮮やかで見事な物語たちが、タイトル通り11作収められています。津原泰水の世界に心ゆくまま浸かれる一冊です。
出版社に勤めていた主人公は、ある日リストラにあい職を失ってしまいます。そして新しい職場として知らされたのは、なんと吉祥寺にある立ち飲み屋。彼が調理師免許を持っていると知っての推薦でした。
店の長男で「ぐるぐる」をこよなく愛する一風変わった写真家、秋彦と共に、立ち飲み屋をエスカルゴ専門店「スパイラル」にしようと奮闘するのですが……。
- 著者
- 津原 泰水
- 出版日
- 2016-08-05
表紙からは怪奇的な雰囲気が漂っていますが、ページをめくると痛快で元気をもらえるストーリーが待ち受けています。エスカルゴの養殖を見学しにいく場面もあり、エスカルゴに少しだけ詳しくなれるかもしれません。
終始、個性豊かなキャラクターたちがくり広げる会話劇が愉快ですが、なかでも讃岐vs伊勢vs稲庭の「うどん対決」は見逃せません。伊勢のうどん屋の娘、桜に心惹かれるものの、皮肉にも主人公の実家は讃岐うどんの店を営んでいるのです……。
また秋彦の「ぐるぐる」に対する情熱にも思わず笑ってしまい、元気になれる物語です。
ジャンルにとらわれず、とにかく描きたいものを探求する津原泰水の小説は、思わずううんと唸ってしまう重厚な秀作が揃っています。怪奇小説が好きな方は必読ですし、そうでない方は「津原やすみ」の時代から読んでみるのもおすすめです。