幻想的な演劇作品で、寺山修司等の劇作家とともに「アングラ四天王」として知られた唐十郎。その作品は映像・舞台で高い評価を得ていますが、文字を読むことで広がる世界を楽しむと一味違って感じられます。文字で読みたい唐十郎の名作5作をご紹介します。
唐十郎とは、寺山修司、鈴木忠志、佐藤信とともに「アングラ四天王」と呼ばれる1960年代にムーブメントを巻き起こした劇作家です。花園神社をはじめとした新宿各所にゲリラで「紅テント」と呼ばれる真っ赤なテントを建て行われた上演は、幻想的かつコアなファンを魅了する世界観を生み出しました。
韓国やバングラディシュ、レバノンなどの海外公演にも足を運んでおり、メッセージ性の強い作品を次々と世に送り出します。劇作家としての活動の傍ら1980年頃から小説の執筆活動をはじめ、独特の世界観を帯びた小説も残しました。
1981年、フランスに留学していた佐川はオランダ人女性を射殺し、死体と交わった上でその肉を食べました。猟奇的事件に対してフランス当局は精神状態の逸脱を指摘し、不起訴処分が命じられます。
しかし、佐川は幼いころから人肉を食することに興味があることを訴えており、高校時代には精神病院へ相談にも行ったようでした。佐川本人と3ヶ月にわたって手紙をやりとりした唐十郎は、佐川と出会うためにフランスへ赴きます。
そこで唐十郎はカニバリズムに魅了された佐川の胸の内、周辺、そして事件の真相に迫っていくのです。
- 著者
- 唐十郎
- 出版日
- 2009-05-30
パリ人肉事件は、当時センセーショナルな猟奇事件として日仏共に衝撃を与えました。佐川は不起訴処分で帰国後、マスコミや世間から一躍注目され、講演や執筆活動に引っ張りだこになりました。
唐十郎はそんな佐川本人から、このパリ人肉事件を元とした映画の脚本を作ってほしいと依頼されたのです。しかし、唐十郎が発表したのは脚本ではなく小説でした。しかも唐十郎はこの作品で芥川賞を受賞します。作品はドキュメンタリーテイストをとりながら小説的表現を取り入れており、1本のドキュメンタリー映画を見ているような感覚です。
何より佐川との文通を自分の思うままに作品に閉じ込めた唐十郎の奔放さがにじみ出る一冊となっています。
しんいちは結婚を控えたごく平凡な男ですが、過去に角膜移植を経験しています。その角膜の持ち主の妻であったと名乗る女性・くるみとの出会いをきっかけに、しんいちの人生に狂いが生じていきます。くるみという存在を目で追う、この目は自分の意志なのか、それとも……?
ダッチワイフに心奪われるくるみの上司や、死んだ犬に捕らわれ続ける少年など周囲の人物を交えながら、身体と自我の関係性について、読者は惑うことになるでしょう。
くるみは「ジャガーの眼」と呼ばれる角膜そのものに恋をしており、三人の男の元を巡っていく角膜に惹かれて、しんいちの元へと誘われていきます。
- 著者
- 唐 十郎
- 出版日
- 1986-07-26
『ジャガーの眼』は「紅テント」で実際に上演されていた作品です。アングラらしい設定とセリフ回し、耳に残る音楽が話題となり、一部のファンから愛される作品となりました。
治療や延命のためにとられる臓器移植という手段が人間に与える矛盾を通じて、唐十郎は自分という存在の不確実さを問うており、悪夢のさなかにいるような独特の作品に仕上がっています。
舞台上演の際にはコミカルな演出や笑えるシーンも多々用意され、怪奇な中にも緩急をつけたリズムが魅力的とされました。文字として読む際にも、そんな空気を想像しながら読むとより唐十郎の世界観を感じられると思います。
「山手線」という通り名を持つスリの小林は、蛇のうろこのようなアザのある女・あけびと出会いました。あけびは蛇のアザを消し去る方法を探して故郷から旅を続けており、そのカギとなるのは亡き母の日記だといいます。小林はあけびに「蛇姫様」というあだ名をつけ、アザを消す力を持つ「黒あけび」を探して旅に出ました。
やがて「黒あけび」のある谷へと導かれるあけびと小林でしたが、そこにはあけびの母の霊を宿した女がいます。そこで明かされるあけびの出生の秘密。あけびは果たして、自身の過去と向き合い、それを乗り越えることができるのでしょうか。
- 著者
- 唐十郎
- 出版日
『蛇姫様ーわが心の奈蛇』は唐十郎の監修した舞台作品の中でも一般にも知られている作品です。
古からの伝説のような設定に胸を躍らせ、因果に立ち向かっていくあけびの姿に勇気をもらえます。ちなみに蛇のアザは誰しもが持つ過去やコンプレックスを象徴しているという考察もあり、そこからとった「蛇姫」というあだ名を与えられても、しれっとしているあけびは素敵です。
蛇というアイコンは唐十郎の他作品にも登場するもので、唐十郎の描く女性はいずれも動物的で快活、純真な魅力がある一方、謎を秘めているという点で「蛇」というイメージとぴったり合致します。
主人公の織部は、世間の汚さに耐えきれず摩擦を起こし、精神病院に収容されます。どこかに自分を風とともに連れ去ってくれる風の又三郎がいるはずと信じてやまない織部は、精神病院から逃げた先でエリカというホステスと出会いました。
織部は、恋人を探しているというエリカの飄々とした態度に、風の又三郎を垣間見ます。エリカは織部を引き連れて恋人を求める旅へと出るのでした。
エリカの恋人は自衛隊の練習機に乗って、そのまま逃げてしまって以降エリカと連絡がとれていません。なんとか恋人の元へとたどり着いたエリカですが、そこにはすでに恋人の命はありませんでした。
- 著者
- 唐 十郎
- 出版日
もともと「風の又三郎」は宮沢賢治の描いた、子どもたちが大人になるプロセスを寓話的に描いた作品です。唐十郎はこれを現代の東京を舞台に再現し、1人の青年が変化するまでをホステスの女性との関係性の中で描いていきます。青少年の心理を描くというところが今回のテーマであり、そのみずみずしさは一種の青春小説とも近いものを読者に与えてくれるでしょう。
唐十郎のイメ―ジのふくらみは、柔軟かつ複雑に描かれるト書き(脚本において、役者の動きや音響効果などの演出を指摘する文章)に現れており、シナリオの体をとりながらも読み物として面白く仕上がっています。
同じく唐十郎の魅力的な言葉回しを感じられる「少女仮面」も含め、代表作2編が読める一冊です。
豚九はいもしない妹の存在にあこがれ、想像し続ける青年。「豚九匹に交じってもわからない」というのが「豚九」というあだ名の由来というくらい、自分にさして執着心のない男です。
ある日、賭けマージャンで負けた友人から「マージャンの支払いのツケとして妹を貸し出す」という条件を提案されます。豚九ははじめは嫌がるものの、友人の妹「さちこ」との同居生活をはじめ、徐々にその魅力に心奪われていきます。さちこは突拍子もないことを考えつく不思議な少女なのですが、彼女には秘密が隠されていました。
三日間の契約期間を過ぎ、さちこは豚九の元から姿を消します。さちこを知る男性の訪問から、豚九はさちこへの慕情の念を強め、思い出と溢れる想いを抑えきれず驚きの行動に出るのです。
- 著者
- 唐 十郎
- 出版日
儚くも純真なさちこという女性に胸が締め付けられる名作です。唐十郎の現実と幻想がまじりあう設定とストーリー展開が美しく、アイコンとして登場する緑色のスカーフや麦わら帽子なども視覚的に楽しめます。ここにも蛇のアイコンが登場しますが、さちこの、つかんだら消えてしまいそうな存在感を出すのに一役買っています。
ちなみに本作はNHKでドラマ化されており、幻想的なストーリー展開は当時のテレビドラマでは珍しく、多くの視聴者に議論を巻き起こしました。何度か見ると伏線やメッセージがわかってくる、とコアなファンを生み出しましたが、文字で楽しむことでその深みをより知ることができるでしょう。
唐十郎は劇作家としての顔が広く知られていますが、彼の記す文章の深さと拘りのない自由な世界は、小説としての楽しみも十分読者に与えてくれることでしょう。最近の作品には飽きてしまったという方は、ぜひこの独特の世界でアングラ界を楽しんでみてください。