『氷菓』はアニメ化に続き映画化までされた大人気ライトノベルです。ヒロインの千反田えるは「わたし、気になります!」と白い肌に黒い髪、まさに清楚なお嬢様でありながら興奮した様子で声を上げます。高校古典部に襲いくる謎の数々に、無気力な同級生奉太郎の推理能力が動き出します。恋と絶望と勢いと切なさの詰まった青春ミステリーです。
角川学園小説大賞のヤングミステリー&ホラー部門で奨励賞を受賞した『氷菓』から始まるシリーズ作品です。舞台となった岐阜県高山市は、2012年に本作がテレビアニメ化されたことをきっかけに聖地として一躍有名となりました。
そんな「古典部」シリーズは、緑豊かな地方都市にある高校の古典部が舞台となるミステリー小説。ヒロインが千反田えるは、黒髪に色白の肌と、一見清楚に見える名家の一人娘です。
しかし彼女は、外見からは想像できないほどに旺盛な好奇心を有しており、同級生で主人公の奉太郎や古典部部員、そして読者を「わたし、気になります」の一言で振り回すのでした。2017年11月の実写映画化に先立ち、「古典部」シリーズを全巻ご紹介します。
主人公は神山高校1年生の奉太郎。姉のすすめで古典部に入部した彼は、ある日の放課後、部室である地学講義室の扉の鍵を開けて中へと入ります。しかし、そこにはすでに一人の少女がいました。
内側からは鍵がかからない講義室で、なぜ少女えるは閉じ込められていたのでしょう……。
「わたし、気になります」(『氷菓』より引用)
これが、好奇心旺盛な少女と、やる気はないのに推理力はピカイチな少年の出会いでした。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2001-10-31
古典部は活動目的が不明で、文化系クラブに力を入れている神山高校にしては珍しく、人気のない部活です。そんな部活に集った4人の高校1年生は、古典部の歴史から、失踪したえるの伯父、関谷純が関わったある事件を読み解くことになります。
本書の魅力は、些細なことでも「気になります!」と言って真相を知ろうとするえると、彼女に巻き込まれつつも推理を披露し、彼女を満足させる奉太郎の掛け合いだと言えるでしょう。
えるは奉太郎に、「伯父に何かを聞かされて、恐ろしくて泣いてしまった」という幼い頃の記憶を語ります。そして、その時伯父がえるに伝えたかったことは一体なんだったのか、それを忘れたままではいられないと訴えるのです。
そんな彼女のために奉太郎は、他の部の部長の弱みを握って資料を手に入れたり、めんどくさいと言いながらも調べものに走ったりと、面倒見の良さを発揮します。そして、周りが何も掴めていない中から、推理により真相へと辿り着くのでした。
『氷菓』というタイトルに収束する事件の真相に、ひりつくような痛みと切なさを感じさせられる……。そんな至極のミステリー小説です。
2年F組の生徒が文化祭で発表するために自主制作したというミステリー映画がありました。しかし、脚本家の体調不良のため事件の結末が描かれず、完成に辿り着かないままとなっています。2年F組の生徒は映画を完成させるため、架空の殺人事件の解決を古典部に依頼しました。
フィクションとして描かれた、結末不明の密室殺人事件。犯人は一体誰なのか、えるの「気になる」に巻き込まれた古典部メンバーは奉太郎を中心に、探偵役として映画の完成に向け尽力します。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2002-07-31
本作で古典部メンバーは本当の事件ではない、架空の事件の解決を目指します。
まず前提として、この映画には脚本、すなわち事件の答えがあるはずでした。しかしその答えを握る脚本担当の生徒は体調不良のために口を閉ざしています。
そんな状況にも関わらず、誰も脚本担当の生徒に事件の答えを聞きに行くことをしていません。さらに、現場の撮影スタッフたちが事件発生シーンの撮影を行っているときに、脚本担当の生徒が同席していなかった、という不自然な事実が明らかになります。
「行き着く先を知らない、多数の人によって作り上げられた」という特徴を持つこの事件は、その構造にこそ鍵があります。物語の終盤に奉太郎は、事件を解決することと、それによってたどり着く真相とは別物だということに気づくのでした。
「真実を告げることだけが正解ではない。」多くの探偵がぶつかってきた壁に対し、奉太郎はどのような結論を出すのでしょうか。その答えはご自身の目でご確認ください。
古典部の文化祭活動は、頑張るのが嫌な奉太郎の意向もあり、文集を販売して終わるはずでした。しかし、事件は起きます。囲碁部からは碁石が盗まれ、占い研究会からは運命の輪のタロットカードが盗まれてしまいました。
そして、料理研究会からおたまが消えた時、それらが「十文字」による窃盗事件であることが明らかになるのです。部活の五十音順に、その部活の頭文字がつく物が盗まれる……それに気づいた10文字目「こ」の古典部が動き出します。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2008-05-24
古典部メンバーがそれぞれの思いを持ってはじめた「十文字」による窃盗事件の犯人探し。捜査を進めるにつれ、この事件がただの愉快犯によるものではないことが明らかになります。実はこの窃盗事件は、特定の人物へのメッセージだったのです。
本書の本当の見どころは、単なる推理と解決だけにありません。事件の中に潜む人の期待と驕り、絶望と嫉妬、羨望……裏でうごめく様々な感情も、読者を引き込む要因になっています。
凡人が才人に対して抱く、絶望、羨望、強い期待。それらの感情が、才能を持つ者を追い込んでしまう。そんな、ちくりと痛む切なさが今作のテーマです。
その他にも、奉太郎を除く古典部メンバーが出場する三人一組のチーム制お料理対決イベント「ワイルドファイア」が見どころと言えます。ここでは、えるが食材を使いすぎてしまい、三人目に食材が残らないというハプニングが発生するのです。
そこで、普段はできるだけ省エネルギーで生きていくことをモットーとする奉太郎が声を張り上げます。奉太郎が仲間に渡したアイテムで古典部が優勝する場面はまさに青春そのものです。
「古典部」シリーズ4作目は短編集です。地元の祭事「生き雛まつり」で起こるハプニングに、突然の呼び出し放送、神山高校の怪談に、チョコレート消失事件……。
1巻から3巻までの間に起きた古典部メンバーの恋と日常と、少しの謎が展開されます。収録作品は「やるべきことなら手短に」「大罪を犯す」「正体見たり」「心あたりのある者は」「あきましておめでとう」「手作りチョコレート事件」「遠まわりする雛」の全7篇です。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2010-07-24
本書の魅力は、「手作りチョコレート事件」と「遠まわりする雛」の関連性です。前者では、古典部メンバーである里志が、中学時代に摩耶花からのバレンタインチョコの受け取りを拒否したことが語られます。
里志は、「カカオ豆から作られたチョコレートでなければ受け取らない」という理由で一度はチョコの受け取りを断っていますが、真意はそこにはありませんでした。
その里志の感情に奉太郎が気づくのが「遠まわりする雛」。えるが生き雛まつりでお雛さま役をすることになり、奉太郎は狂い咲きの桜の下を歩むえるの十二単姿を見て心をかき乱されます。
えるに対する好意を自覚した奉太郎でしたが、えるが豪農の家たる千反田家の娘として進路を選択することを奉太郎に語ったことで、彼は自分の想いを胸のうちにしまい込むことになるのです。そこで奉太郎はやっと、里志の感情が理解できたのでした。
これまで一人でいることが多く、人生経験の不足から勘違いや空回りをしがちだった奉太郎が、古典部メンバー、特にえるとの接触によって他者への理解が深まっていく。その様子が興味深い一冊となっています。
春、それは出会いの季節。高校2年生となった奉太郎たち古典部メンバーは、新入生の大日向を仮入部員として迎え入れます。これから仲良くやっていけそうだ……と思った矢先のことでした。
彼女は突然、本入部を辞退してしまうのです。原因はどうやらえるにあるようですが、奉太郎は納得がいきません。なぜなら、奉太郎はえるがやみくもに他者を傷つけるような人間ではないと信じているからです。
大日向の思考を推理し大日向のえるへの誤解を解くため、奉太郎は走り出します。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2012-06-22
今作は、回想形式でストーリーが進んでいくところが特徴。これまでは随時状況が動いていたのですが、今回はすでに情報が出そろっている中で取捨選択し、どうやって正解にたどり着くかが鍵です。
また、奉太郎が学年合同マラソン大会でコース走りながら推理をすることで、真相に近づくほどに大日向に物理的にも近づいていく、というシチュエーションが、読者に臨場感を感じさせます。
これまで、無駄なことはしたくない、何かをするなら最小限の労力で済ませたい、と考えていた奉太郎ですが、今回は一味違います。自分が誤解されるのは受忍するくせに、えるが誤解されるのは耐えられないと自ら動いていく奉太郎の姿はまさに青春です。
「古典部」シリーズ6作目の本書は、シリーズで2冊目の短編集となっています。合唱祭でソロパートを担当するえるの突然の失踪に、生徒会長選挙の不正、そして奉太郎が効率的な生き方をすることにしたきっかけ。古典部の四人の過去が語られます。
収録作品は「箱の中の欠落」「鏡には映らない」「連峰は晴れているか」「わたしたちの伝説の一冊」「長い休日」「いまさら翼といわれても」の全6篇です。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2016-11-30
今作のおすすめは、奉太郎が省エネな生き方を選ぶきっかけが語られる「長い休日」と、えるが自分の人生を考える「いまさら翼といわれても」です。
「長い休日」では、奉太郎の小学生時代の思い出が奉太郎の口から語られます。それは、他人のためや自分のために一所懸命になることが無意味に思えるような、ある事件の思い出でした。
まっすぐで勤勉で正直者であることが善しとされる社会において、それが根本から覆される経験を経て、さらにその経験から行動を縮小させるようになった奉太郎の、一種の処世術に胸が痛くなります。
「いまさら翼といわれても」では、合唱祭の出番が近づくも会場に現れないえるの心情が語られます。えるは名家の一人娘であり、家の恥にならないようこれまでずっと慎重に生きてきました。これまでの進路もまた、家のために選んでいるのです。
そんなえるが突然、父親から家を継がなくても良いと言われてしまいます。いまさら未来へ自由に羽ばたけと言われても、家のためにと考えてきた自分に自由に羽ばたく翼はない……そんなえるの孤独な葛藤が見どころです。
輝きあり、悩みあり、成長ありの青春ミステリー「古典部」シリーズ。時系列はあるものの、どの巻から読んでも楽しめるのが魅力の一つです。