大西巨人は、評論家としても小説家としても活躍した人物です。自身の兵隊経験を活かして執筆した代表作は、完結までに実に四半世紀を要し、激動の人生を、小説と共に送ったことでも知られています。
大西巨人は、福岡に生まれ、九州帝国大学の法文学部を中退したあと、大阪毎日新聞に入社した経歴があります。その後、1942年には対馬要塞重砲兵聯隊に入り、兵隊として過ごしました。当時の経験をもとに書きあげた長編小説『神聖喜劇』は、彼の代表作でもあります。
評論分野でも活躍の経歴があり、1946年に宮崎宣久と共に『文化展望』を立ち上げ、時評分を掲載。福岡県から上京してからは、新日本文学会の事務局に勤めつつ、評論文を発表し続けました。作品評価や遺伝子関連など、数々のジャンルにおいて、論争を繰り広げたこともあり、自らの主張を論理的に展開する能力に、非常長けていました。
やがて、1992年には推理小説『三位一体の神話』を執筆し、多くの注目を浴びます。大西巨人自身をはじめとして、実在の人物を反映したモデル小説とみなされ、界隈では論争が巻き起こったほどでした。このように、彼ならではのスタイルで構築された数々の作品の中から、特にチェックしておきたい5作品を、ピックアップして紹介します。
本作の舞台は、戦前の日本軍です。主人公は陸軍二等兵の東堂太郎。彼は非常に優れた記憶力を持っており、苛烈を極める軍隊生活の中、自らの長所を活かしながら、理不尽に立ち向かっていく姿が描かれています。
この世界を、真剣に生きるに値しないという虚無主義者である主人公。彼が配置された、極寒の駐屯地の内務班長、大前田軍曹。過酷な新人教育の中、東堂がたどり着く場所とは?大西巨人が、四半世紀をかけて完成させた代表作です。
- 著者
- 大西 巨人
- 出版日
- 2002-07-01
大西巨人の軍隊生活を元に構築されたストーリーなので、本格を極めた世界設定は、本作の大きなポイントでしょう。軍隊生活のディティールも見どころです。戦記ものとしても非常に高いクオリティとなっており、激動の日本軍の歴史を学ぶことができますし、内包されていた様々な問題に向き合うきっかけにもなってくれるはずです。
また、本作は人生に希望を見出していない主人公が、上官や同輩をはじめとした、数々の出会いの中で、新しい価値観を見つけていく物語でもあります。それぞれの哲学や過去を知りながら、激動の世界に触れることもできる、壮大なヒューマンドラマともいえるでしょう。
尾瀬路迂(おせみちゆき)という批評家であり、小説家である男性が殺されました。犯人は尾瀬の実力に嫉妬している、同じく小説家の葦阿胡右でしたが、遺体の側に残された遺書により、自殺と処理されてしまいます。
自殺という判断を疑ったのは、殺された尾瀬の娘である、咲梨雅だけでした。彼女は父の死の真相を暴き出すことが出来るのでしょうか?文学的な視点から切り込まれた推理小説として、多くの注目を集めた一作です。
- 著者
- 大西 巨人
- 出版日
- 2003-07-10
本作が発表された当時、被害者が大西巨人自身、犯人を井上光晴としたモデル小説という読み方が、大きな話題になりました。被害者が本来あるべき小説家であり、犯人は商売を重視した俗物として描かれていたため、論争により作品の知名度も上がり、多くの読者が手にとる話題作となったのです。
一方で、こうした世間の話題を抜きにしても、本作は文学ミステリーとして、非常に高いクオリティとなっています。前半では、登場人物の心理描写を極力少なくし、客観的な描写に重きをおいて展開していくため、読者は容易に真相に辿りつくことが出来ません。最期まで一体どのような展開を迎えるのか分からない、手に汗握る仕上がりとなっているでしょう。
第一部「笑熱地獄」では、新人小説家の大螺狂人が、終戦直後を舞台に、依頼小説の執筆を決意するまでを、戯画的に表現しています。第二部「無限地獄」は、一部で主人公が書いた作品そのものとなっており、第三部「驚喚地獄」では、二部の小説が発表されたあとの反響が描かれているのです。
戦後間もない文壇の裏事情や、出版業界の秘密などを、赤裸々に描いた一冊となっています。新人小説家の決意や、その作品に対する辛辣な評価など、世間と文学の結びつきが、ひしひしと伝わってくる、大西巨人の原点とも言える作品でしょう。
- 著者
- 大西 巨人
- 出版日
- 2010-09-09
本作では、実在した人物の固有名詞にアレンジを加え、登場人物としています。本作だけでも十分に楽しむことができますが、関連の人物を知っていたり、作品のファンであったりすれば、さらに奥深く作品を堪能することが出来るでしょう。
また、第一部で主人公が執筆を決意した小説を、第二部でそのまま読むことが出来るのも、本作ならではの面白い設計です。本作の読者は、第二部を経て、作中の読者にもなることが出来ます。そしてその作品の反響を知れる第三部。これまでにない臨場感を味わえるはずですよ。
物語は、元作家の皆木旅人が謎めいた形で亡くなったことからスタートします。寡黙ながら、完成度の高い作品を送り出していたことで、世間の人気も高い書き手でしたが、二十年ほど前に文壇から突如姿を消していました。
皆木の死を追うことになるのは、彼の遠い親戚である春田大三です。遺書こそ残されていたものの、どうしても皆木の自殺を信じられない春田は、その死の謎に立ち向かっていきます。文学とミステリーが融合された、大西巨人ならではの仕上がりでしょう。
- 著者
- 大西 巨人
- 出版日
元人気作家の謎の死を巡り、主人公の春田が奔走する姿は、まさに王道ミステリーと言えるでしょう。一方で、理想の死に方や、死後の身の処し方や、安楽死をめぐる論争など、一筋縄ではいかない難題が、次々と問いかけられてくるという、深みのある一作にもなっています。生と死にまつわる、人類の普遍的なテーマを考えるきっかけにもなるでしょう。
書き手である大西巨人をどこか感じさせる人物をはじめとして、数々の作家や詩人、哲学家や詩人についても、詳しく言及しています。ミステリーと哲学の二方面から切り込んでいくことが出来る、書き手ならではの世界観となっているため、大西作品を初めて手に取る人にもおすすめです。
実在した事件をモデルに、様々な社会問題について切り込みつつ、フィクション作品として書きあげられた衝撃作品となっています。戦争とテロリズムはもちろんのこと、宗教団体や死刑精度、天皇制や改正問題をはじめとして、現代が抱えている様々な闇を取り扱っており、読み応えのある一冊になっているでしょう。
また、献題から前書きまで、すべてを小説として書きあげているのも、本作の特徴です。気づかないうちに、作品の世界に引きずり込まれているかもしれないほど、圧巻の世界観となっています。
- 著者
- 大西 巨人
- 出版日
- 2005-07-26
本作には、大西巨人の作品にたびたび登場する、俗情との結託というテーマも出現しています。現代日本の様々な難点を取り上げ、多様な視点を持つ登場人物たちが論争をしているシーンも出てくるため、批評家としても活躍し、独自の哲学を持つ書き手ならではの仕上がりだと言えるでしょう。他の大西巨人の作品を、一作でも読んだことがある人は、彼独特の作風を感じることが出来るはずです。
また、多数の文学作品や、思想家の発言なども登場します。文学に造詣が深い人であれば、より一層楽しむことができるでしょう。
いかがでしたか?様々な楽しみ方が出来る大西巨人の作品を、あなたも是非手にとってみてください。