現代を代表する若き歴史小説家と言えば、木下昌輝。その筆力はデビュー作が直木賞候補に選出されたという事実からも窺い知れます。歴史小説好きの方にとってはもちろん、歴史小説は少し苦手という方も、その世界観にのめり込むこと間違いありません!
木下昌輝は1974年生まれ、奈良県出身の小説家。大学では工学部に進学し、建築学を専攻しました。卒業後はハウスメーカーに勤務するなど、時代小説家では珍しい経歴の持ち主です。
2012年『宇喜多の捨て嫁』にて、オール讀物新人賞を受賞し、小説家としてデビューを果たしました。同作が直木賞候補に選ばれるなど、期待の新人としてデビュー作から注目を集めます。
その後2015年には『人魚ノ肉』で山田風太郎賞の候補、さらに『天下一の軽口男』が吉川英治文学新人賞の候補に選ばれます。翌2017年には、『敵の名は、宮本武蔵』が直木賞候補に選出され、デビュー以降、輝かしい経歴を放つ若き歴史小説家です。
万人受けのキャッチーな小説なのでは?と思って読み始めると、その斬新なストーリー構成に、はっと驚かされます。歴史小説は既成概念の多いジャンルですが、木下の小説はそういった概念を取っ払い、歴史を多面的に捉え、読者に新たな形として提供してくれるところに大きな魅力があるといえます。
子どもの頃は漫画家やアニメーターを志していたという木下昌輝。小説家となった今では、漫画が持つ幅広い世界観を自身の作風として取り入れているように感じます。 まさに、次世代の文壇界を担う期待の新人という表現に相応しい小説家です。
『宇喜多の捨て嫁』は木下昌輝のデビュー作にしてオール讀物新人賞受賞、また直木賞候補に選出された注目の作品です。
政略結婚が当たり前であった戦国時代においては、娘を嫁がせて信頼を得た上で、娘ともども裏切るという非情な策略も珍しくありませんでした。中国地方の三大大名の梟雄と名の知れた宇喜多直家は、そんな非情な策によって勢力を拡大してきた戦国武将の一人です。
直家の四女である於葉も、その策略のために後藤勝基の家へ嫁に出されてしまいます。果たして於葉もまた、姉や母と同じく父に利用され切り殺されてしまうのでしょうか……。
他、「夢想の抜刀術」、「貝合わせ」など、残忍男、宇喜多直家にまつわるエピソードをオムニバス形式で描き切っています。 表題作の「宇喜多の捨て嫁」を始め、宇喜多直家にまつわる計6篇を収めた中短編集です。
- 著者
- 木下 昌輝
- 出版日
- 2017-04-07
木下昌輝の作品を初めて読むという人には、入り口としてぜひ読んで貰いたい小説です。
出世のためには自分の身内をも切り捨てるという宇喜多直家。彼の策略は全く共感できない冷血なものばかりですが、全編を読み終わった後にはなぜか直家の事が少し理解出来るような不思議な気分を味わえるでしょう。
全ての登場人物の感情にのめり込みやすく、一気に最後まで読み進められます。1話から6話までの構成が緻密でかつ美しく、読後は直家という男についてもう一度深く考えさせられるのです。
木下昌輝がこの作品を描いたきっかけとなったが、古武道稽古の体験だったと言います。古武道では相手を裏切る精神が基本にあり、そこから下剋上の本質を痛感したという木下は、その思いを『宇喜多の捨て嫁』に表したとインタビューにて語っています。
小説全体のプロットが特に素晴らしく、歴史小説は少し苦手だという人でもどっぷり世界観に浸かれるような仕掛けとなっているため、おすすめです。
木下昌輝が描く滑稽本『天下一の軽口男』は、上方落語の始祖と呼ばれた話芸の天才、米沢彦八を主人公に据えて臨んだ芸人一代記です。
時は江戸時代中期、大阪。生國魂神社の境内では、当時、様々な芝居小屋や見世物小屋が軒を連ね、娯楽文化が華やいでいました。そんな中、声色真似や滑稽話で話を盛り上げる男一人、名は米沢彦八。彼の芸は大阪、江戸と場所を変えて評判となり、いつしか全ての人を笑わす娯楽を完成させようと決心するに至ります。
彼はなぜ笑いを極めるのでしょうか。笑いを商売とし、人生の糧にする事は果たして可能なのでしょうか。彦八の飽くなき笑いへの追及には、実はある少女への思いがあり……。
上方落語の伝説となる、軽口男の一代記です。
- 著者
- 木下 昌輝
- 出版日
- 2016-04-07
『天下一の軽口男』は、前作の『宇喜多の捨て嫁』とは打って変わり、「笑い」を追求した男の一代記です。『宇喜多の捨て嫁』を読んだ後で、同じ木下昌輝作品を読もうと思って本作を手に取った方は、そのギャップに驚かされるかもしれません。幅広いジャンルに挑戦しようとする作者の意欲が感じられる作品と言えるでしょう。
作風は前作と異なりますが、作品の没入感は『天下一の軽口男』も全く同じです。『宇喜多の捨て嫁』同様に、直ぐにその世界観にのめり込んでいけます。彦八はその抜きん出た才能ゆえに、様々な同業者から嫌がらせを受けます。そうであっても彦八はめげず、江戸・大阪を舞台に笑いを純粋に追及していくのですが、それはまるで現代の落語家や芸人と同じくストイックなものです。
実在した米沢彦八の生涯に、木下昌輝の筆力によって様々なエッセンスが加えられ、読む者を飽きさせないエンターテイメントに仕上っています。
宮本武蔵、その名前を知っていても、実際の人物像をはっきりと知っている人は、実は少ないのかもしれません。木下昌輝作、『敵の名は、宮本武蔵』はそのタイトル通り、日本史上最も有名な剣豪である宮本武蔵の人物像を、武蔵と戦った7人の敗者の目線より描かれる短編連作小説です。
宮本武蔵が若干13歳にして打ち破った有馬喜兵衛の物語である「有馬喜兵衛の童打ち」を始め、武蔵の描いた絵に衝撃を受けた吉岡源左衛門との対戦を描いた「吉岡憲法の色」、そして有名な小次郎との一騎打ち「巌流の剣」などが収録されています。勝者として君臨し続けた宮本武蔵の生涯を、敗者の目から読み解いた異例の話題作です。
- 著者
- 木下 昌輝
- 出版日
- 2017-02-25
実在した歴史上の人物をテーマに作品を描く木下昌輝ですが、彼の描く宮本武蔵像はこれまで私たちがイメージしてきた宮本武蔵とは、少し趣の違う武蔵であり大変興味深いでしょう。
宮本武蔵というと、これまで様々な媒体で取り上げられてきた人物ですので、皆さんも一度は何処かで宮本武蔵に触れてこられたかと思います。しかし、これまでの作品はあくまでも武蔵側の目線で描かれている事がほとんどで、本作のように、武蔵と一戦を交えた敗者側の目線で描かれた事など無かったでしょう。実在人物を多面的に、より深く描き出す才を発揮する木下昌輝らしい作品です。
敗者側の目線で描かれると、どうしても武蔵に肩入れできなかったり、好印象を持てなかったりするものですが、本作ではそうならず、反対に宮本武蔵をより深く吸収できる作りとなっている事に驚かされます。宮本武蔵が好きな人も、あまり知らないという人にもおすすめの作品です。
より重度の濃い木下昌輝作品を堪能したいならば、『人魚ノ肉』がおすすめ。本作は、坂本龍馬や中岡慎太郎、沖田総司に芹沢鴨といった幕末の人物にスポットライトを当て、彼らと人魚の血肉伝説とを絡ませて描かれた意欲作です。
少年時代、岡田以蔵と共に海岸に打ち上げられていた人魚の肉を食べてしまった坂本龍馬。人魚の肉には不可思議な力があるとされ、それはやがて坂本竜馬の人格を変え、また以蔵の人格も変えてしまいます。そんな人魚の肉を、岡田以蔵から奪い食してしまった新選組の志士達。彼らにもやがて次々と怪異が始まるのでした。
江戸・明治に活躍した人物達と人魚伝説を融合させた、新しい幕末エンターテイメントです。
- 著者
- 木下 昌輝
- 出版日
- 2015-07-09
人魚の肉を喰らってしまうという突拍子のないエピソードを付与する事により、有名な維新志士や新選組達の史実が非常に面白く、ミステリアスな雰囲気を醸し出している作品です。
今まで知っていた新選組の話や、維新志士の話のオチに、人魚伝説が加わるとどうなってしまうのか、先が読めなくなるスリルや高揚感を持ち合わせ、最後まで一気に読めます。
作中には、少々グロテスクな表現がありますので、苦手意識がある人にはあまりおすすめできないかもしれません。幕末ものが苦手だという人や、あまり知らないという人でも、一つの怪奇談として読めるので十分に楽しめますし、また、細かな仕掛けが随所に散りばめられているため、幕末ファンにとっては、より一層楽しいエンターテイメント作品に感じられるかと思います。
豊臣秀頼、伊達政宗、今川義元、山元勘助、足利義輝、徳川家康という名だたる戦国武将の最期の一日を描き出した連作短編小説『戦国24時 さいごの刻』。
大阪夏の陣にて、豊臣秀頼が亡くなるまでの24時間を描いた第1話「お拾い様」から、伊達政宗が、畠山義継に拉致された父の輝宗を火縄銃で射殺するまでを描いた第2話「子よ、剽悍なれ」。今川義元が討ち死にされるまでの24時間を描いた「桶狭間の幽霊」など、歴史に刻印される24時間を数話ピックアップし、戦国武将の最期に迫った話題作です。
- 著者
- 木下 昌輝
- 出版日
- 2016-09-15
木下昌輝が描く『戦国24時 さいごの刻』は、2016年本屋が選ぶ時代小説大賞にノミネートされた力作です。これまでにも多くの受賞や、大賞の候補に選出された著者の小説は、とにかく読む者を決して裏切る事はありません。それは本作に関しても同様です。
『戦国24時 さいごの刻』は、一見すると史実に忠実に準えているように読み進められるのですが、最後には必ずどんでん返しが待っています。随所に散りばめられた高度な仕掛けは、読後には何とも言えない高揚感を生んでくれます。ただの歴史小説にはせずに、ホラーやミステリーの要素をも取り入れ、一定の空気感を醸し出すのが上手な木下昌輝。彼の作品は、一度踏み込むと抜け出せない魅力を持っています。
木下昌輝の描く歴史小説は、単なる歴史ものではありません。歴史にあまり興味が持てない人に対しても、自信を持っておすすめできる作品ばかりです。時代小説に苦手意識を持っていた人も、木下作品を通して、ぜひその魅力に浸ってみてください。