「カドフェス」2017で読むべき角川文庫おすすめ作品15選!

更新:2021.11.8

角川文庫がおすすめする名作が揃った「カドフェス」。今回は2017年版の作品の中から鉄板ともいえる15作をご紹介します。

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カドフェスいち推し、天才同士が演劇でぶつかり合う『チョコレートコスモス』

役者である父と、宝塚出身で歌舞伎役者の娘である母の間に生まれた東響子は、両親や2人の兄と同じく役者の道を歩んでいました。

一方、W大学演劇研究会のはみ出し者たちが作った劇団に、佐々木飛鳥という女性が入団してきます。彼女は入団テストの場で凄まじい演技力を見せつけ、皆を唖然とさせていました。

ひとりは生まれついての天才、もうひとりは経験によって自分を鍛え上げてきた努力による天才。大御所女優や売り出し中のアイドルなども参加する話題作のオーディションで、彼女ら天才の、才能と才能がぶつかり合います。

 

著者
恩田 陸
出版日
2011-06-23

演劇に対する真摯な思いが胸を打つ響子と、本能で演じる勘の良さを見せつける飛鳥は、お互いにライバル意識を持つわけではなく、あくまで演じることを共有するかのような関係です。足を引っ張り合うということは決してなく、読者はまるで客席で実際に演劇を鑑賞しているかのような感覚で物語を読み進めることができます。
 

この2人のほかに、彼女らと関わる中堅脚本家の神谷と、明日香と同じ大学の劇団員の梶山巽を入れた4人の視点で物語は動いていきます。作中劇も細かく作り込まれており、恩田陸の高い表現力に驚かされるでしょう。

生と死を描いた推理短編集『MISSING』

作者の本多孝好は「生と死」をテーマに据えた作品を中心に執筆しており、特に言葉選びが秀逸だと評されている作家です。本作は推理短編集で、その収録作品のほとんどが「自殺」にまつわる物語となっています。内容は悲しいものや切ないものが多いですが、後味はさっぱりしていて憂鬱さを感じさせません。ミステリーというよりは、人生や恋愛など人々の日常生活を描いた「人間小説」ともいうべき作品です。

本作は「このミステリーがすごい!」2000年版でトップ10入りを果たしました。また、収録作の「眠りの森」は小説推理新人賞を受賞しています。

著者
本多 孝好
出版日
2013-02-23

「眠りの森」の主人公である教師の男は、ある日飛び降り自殺をしようとしていたところを、ひとりの少年によって助けられます。男は過去に、道路に飛び出してきた子どもを避けてハンドル操作を誤り、海に転落するという事故を起こしており、大切な人を失っていました。そして彼は、自殺をしようとしたいきさつを、少年に語り始めます。

彼は教え子の佐倉と恋愛関係にありました。彼女の母親はアル中で、彼女もまた空虚な気持ちを抱えながら日々を過ごしていたのです。そして男は、自分が運転する車によって彼女を死なせてしまいます。

しかし、男と少年の会話の中から、ある隠れていた真実が浮かびあがってくるのです。男が辿り着いた謎の真相とは......。

話の構成や伏線の張り方、結末への収束の仕方などどれも素晴らしく、また独特の言語感覚と絶妙なテンポを持った文章で会話が綴られていて、読んだ後も余韻が残ります。展開としては少し重いものもありますが、心理描写がさっぱりと描かれているので、不思議とスカッとした気持ちになるでしょう。『MISSING』というタイトルどおり、誰かや何かを失った寂寥感がそのまま物語として詰まっている短編集です。

乙一が描く喪失の物語『失はれる物語』

短編6編に書下ろしを加えた、乙一の魅力がたっぷり詰まった短編集です。ミステリーだけでなく泣ける作品やコメディもあり、様々な作風が楽しめる一冊となっています。非現実の中に不思議な世界観と儚さのある物語が読め、これまで乙一の作品を読んだことのある方も、初めての方も、彼が作り出す新しい世界を垣間見ることができるでしょう。

全編を通して何かが失われていく物語が展開し、「喪失」がテーマにされています。しかし最後にはわずかな光も見え、ただ哀しいだけではない物語だということがわかるのです。乙一は『GOTH』や『ZOO』などではダークな世界観を全開にしていましたが、今作には柔らかなストーリーも含まれています。

著者
乙一
出版日

表題作「失はれる物語」の主人公の男性は、交通事故によって全身不随になったうえ、五感をほとんど全て失ってしまいました。彼に残されたのは、右腕の皮膚感覚のみです。あとは人差し指を上下に動かすことができる程度でした。「死にたい」と明確に意思表示をすることも叶わず、ただ苦痛だけが圧し掛かる絶望的な状況です。

彼にはピアニストの妻がいました。彼女は夫の腕をピアノの鍵盤に見立て、「演奏」をすることでメッセージを伝えようとします。昔は仲が良かった2人でしたが、子どもが生まれた頃からはケンカが絶えず、すれ違うことも多くなっていました。彼はケンカをした後、まだ妻に謝っていなかったことを思い出します。しかしもう二度と彼女に謝ることすらできない......深まっていく絶望のなかで、彼が決意したこととは何なのでしょうか。

乙一の斬新な発想力とアイデアや独特の着眼点は健在で、彼の作品の世界観を知るための入門編としても最適です。人間の寂しさと、そこからくる弱さ、デリケートな面とシュールな面が不思議に交差しあって、読後には清涼感も感じることができます。

痛快な日本版シンデレラストーリー『おちくぼ姫』

1000年以上も前に描かれた和風シンデレラというべき作品で、まるで少女漫画のような王道古典ラブストーリーです。主人公は中納言源忠頼の娘。彼女は貴族の姫でありながら、意地の悪い継母に育てられて毎日召使いのように働かされていました。床が一段落ちくぼんだ部屋で暮らしているため「おちくぼ姫」と呼ばれます。

ところがある日、都で評判の貴公子、左近少将道頼がおちくぼ姫に求婚してきました。惨めな生活から一転、華々しい変化を遂げる姫の物語が、ユーモアたっぷりの語り口で綴られています。原作の作者は未詳ですが、当時流行した継子話の代表作として知られ、田辺聖子の現代語訳によってより親しみやすくなりました。

著者
田辺 聖子
出版日
1990-05-25

シンデレラと違い、結婚して幸せになって完結というのではなく、これまで彼女をいじめていた継母を貴族が懲らしめて大団円を迎えるので、勧善懲悪のような爽快感があります。また登場キャラクターたちも非常に魅力的で、特に侍女の阿漕(あこぎ)は姫のために尽くしてくれ、とてもいい味を醸し出した人物として描かれています。翻訳がライトなので、すらすらと読み進められるのもポイントでしょう。

当時の貴族生活がリアルに描写され、ドタバタ劇も交えながら現代版にわかりやすくアレンジされているので、普段古典作品を敬遠している人にもおすすめです。平安時代に暮らす人たちの日常生活に関する解説もあり、古典の世界が一気に身近になる一冊となっています。

またラブストーリーということで、女性には嬉しい、甘くて素敵なセリフもたくさん散りばめられていますよ。

キュートでちょっとおかしな恋物語『夜は短し歩けよ乙女』

京都が物語の舞台で、有名な地名も多く登場します。本屋大賞では第2位、山本周五郎賞を受賞し、130万部を超えるベストセラーとなりました。また2017年にはアニメ映画が公開され、多くのファンを獲得した恋愛青春ストーリーです。

語り手である「先輩」は、あまり友人関係の広くない大学生で本名不明ですが、クラブの後輩である「黒髪の乙女」に密かに恋をしています。硬派で奥手な彼が乙女と距離を縮めるために取った作戦は、なるべく彼女の目にとまるという通称「ナカメ作戦」でした。

著者
森見 登美彦
出版日
2008-12-25

しかし、黒髪の乙女は先輩の恋心には全く気付きません。それどころか、不自然なくらいに街でばったり会っても「奇遇ですねぇ」と言うだけ。さらに、先斗町や下鴨神社を駆け回る先輩は、いつもその恋路を邪魔する様々な事件に巻き込まれることになるのでした。果たして、先輩の恋の行方はどうなってしまうのでしょうか。

本作はただの青春ストーリーではなく、ファンタジーの要素も取り込まれています。天狗を自称する男、偽電気ブランの卸元、助平な春画コレクター、パンツ総番長など登場人物たちが行き過ぎてるくらい個性的です。

乙女はそんな奇妙な京都の街を歩き回り、知らず知らずのうちに先輩を翻弄していきます。何とか彼女と距離を縮めたい先輩ですが、何をやってもどうにもならない姿に思わず笑いがこぼれてしまうでしょう。深く考えず、テンポに身を任せて読んでください。

カドフェス屈指のスパイ小説『ジョーカー・ゲーム』

柳広司のミステリースパイ小説で、作者としては初めてのオリジナルキャラクターを扱った作品となります。「このミステリーがすごい!」では第2位、日本推理作家協会賞を受賞し、アニメ化や実写映画化もされました。「D機関」シリーズと名前が付けられ、大戦前夜のモダンな雰囲気で描かれるスタイリッシュスパイアクションです。

1937年、陸軍中佐である結城の提案で設立されたスパイ養成学校「D機関」。学生たちはここで様々な訓練を受け、スパイへと成長します。超人的な試験を潜り抜けた彼らは「怪物」と恐れられていました。本作は、D機関の監視役として派遣された佐久間の視点で展開していきます。

著者
柳 広司
出版日
2011-06-23

1939年、佐久間は参謀本部からの命令で、スパイ疑惑のあるアメリカ人の邸宅をD機関の訓練生たちと共に調べることになりました。憲兵に化けて捜査を開始した彼らでしたが、実はこれはD機関を解体しようとする人間たちの仕組んだ罠だったのです。さらに機関員の三好が「何も見つからなければ、自分が腹を切る」と言い出し......窮地に陥る彼らの、手に汗握る潜入作戦が展開します。

「スパイがその存在を知られるのは、任務に失敗した時――即ち敵に発見された時だけだ。失敗しないためには一瞬の気の緩みもゆるされない」(『ジョーカー・ゲーム』より引用)

「死ぬな、殺すな、とらわれるな」という戒律を叩き込むD機関は、軍隊組織のあり方を否定するとして猛反発を受けます。騙し騙されるのが当たり前のスパイの世界を、硬派に、そしてスタイリッシュに描いています。悲惨な描写はなくエンターテインメント性が強いので、読みやすいですし、伏線がどこで回収されるか、ハラハラドキドキの連続です。

全く新しい明智光秀像『光秀の定理』

若き日の明智光秀、侍の新九郎、僧侶の愚息。この3人の出会いから物語が始まります。これまでにあった歴史小説とは一線を画し、人間としての明智光秀の姿を新たな視点から表現しています。

都でひと旗上げようとしたが上手くいかず、辻斬りまがいの所業を繰り返す新九郎、特定の宗派には属さずに博打を生業とする愚息。この2人と光秀の出会いが歴史の大きな流れとなり、彼らの友情を中心に物語が展開していきます。友人の2人はフィクションのキャラクターですが、それが史実と上手く絡み合い、明智光秀という武将の人間性を高めているのです。

著者
垣根 涼介
出版日
2016-12-22

光秀が織田信長を裏切り、本能寺の変を起こした理由。それははっきりと明言されてはいませんが、本作をラストまで読むことで伺い知ることができます。というのも本作では合戦の場面がほとんど描かれず、かの有名な本能寺の変のシーンにも全く触れられていないのです。これまで本能寺の変ありきで明智光秀を見てきた読者にとっては、新鮮な構成です。

僧侶の愚息は博打で8割に近い勝率を誇っていますが、これにはある秘密があります。戦での戦略において、確立や定理など数学的な要素が重要な鍵を握っているのですが、光秀自身も愚息が得意とした「四つの椀」の博打を思い出すことで、勝機を見出していくのです。

作者の垣根涼介は、現代小説を書く傍ら、本作のために10年かけて資料や文献を読み漁ったとのこと。その取材を活かし、まるで考察のように詳細に描写された光秀の行動は、深く感情移入することができます。

「かりそめの一場面にいたずらに惑わされるな。その背後にある連続する必然を見よ。」(『光秀の定理』より引用)

戦国武将としての戦の記録ではなく、人間としての成長に焦点を当てた、青春小説ともいえる作品です。

とある雑貨店から生まれた奇跡『ナミヤ雑貨店の奇蹟』

中央公論文芸賞を受賞した、東野圭吾による長編小説です。有名劇団により舞台化され、2017年9月には映画が公開予定となっており、タイトルを目にした方は多いのではないでしょうか。

全5章で構成された本編は、「ナミヤ雑貨店」という少し変わった雑貨店と、そこに迷い込んだ少年たち、そして過去に雑貨店と繋がりがある人々の間に起こった奇跡を描く物語です。

コソ泥をして逃げている途中で車が動かなくなった敦也、翔太、幸平の3人は、以前に見つけた「ナミヤ雑貨店」という廃屋で夜明けを待つことにします。彼らが店の中を物色していると、突然郵便口に手紙が投函されるのです。そこには「月のウサギ」なる人物の悩み相談が書かれていました。

慰問のために児童養護施設を訪れたミュージシャン志望の克郎は、演奏を聴く子どもたちの中にひとりだけ自分の方を見ようとしない女の子がいることに気が付きます。しかし、彼があるオリジナル曲を演奏すると、その子が突然克郎に話しかけてきました。

著者
東野 圭吾
出版日

一方、浪矢貴之は父の雄治に対し、彼が経営する雑貨店を畳んで同居しようと提案を持ち掛けます。当初は聞く耳を持たなかった雄治でしたが、ある日突然その提案を受けると言い出します。
 

敦也、翔太、幸平が飛び込んだ廃屋の「ナミヤ雑貨店」は、悩み相談を請け負う雑貨店でした。突然受け取ることになった「月のウサギ」からの悩み相談に、3人は店主の浪谷雄治に変わって返事を書くことになります。

しかし実は、この雑貨店にはある秘密が隠されていたのです。

それぞれの章が繋がっていて、ラストで全ての伏線が回収されてひとつの物語に収束します。ナミヤ雑貨店と児童養護施設の繋がりとは?

愛と絆に思わず涙する感動作で、登場人物たちが希望に向かって進んでいく姿に暖かい気持ちになることができます。物語の最後に起こる奇蹟をぜひ体感してください。

深紅の大地で開催されるゼロサム・ゲーム『クリムゾンの迷宮』

主人公の藤木芳彦が目覚めると、そこには異様な光景が広がっていました。一面に連なる深紅の奇岩に囲まれた峡谷、そしてなぜか傍らに置かれた携帯ゲーム機。呆然としていると、突然ゲーム機のディスプレイがメッセージを表示します。「火星の迷宮へようこそ」……何が起きたかもよくわからないまま、恐怖に満ちたゼロサム・ゲームが開始されました。

主人公の芳彦は元証券マンで、バブルが弾けた後はホームレスとして生活していた経験もあります。登場人物は彼を含めて男性7人、女性2人の合計9人で、みなお互いをあまり信用しておらず、協調性を持とうとしません。いつか誰かが裏切るのでは?という緊張感のなか、物語が進んでいきます。

著者
貴志 祐介
出版日
1999-04-09

極限状態に置かれた人間の描写や、それぞれが生き残ろうとする強い意志から生まれる激しい攻防戦など、エンターテインメントの面を重視して、誰が何の目的でおこなっているかわからない謎のサバイバルゲームを舞台とすることで不気味さを助長しています。
 

ゲームのプレイヤー達は、情報を集めながら森や洞窟の内部を進んでいくのですが、時にはサバイバルも必要となり、道の途中にはアイテムも隠されています。彼らがいるのは、まるでロールプレイングゲームのような世界なのです。

「不規則な丸みを帯びた岩が、寄り添うように並んでいる。単なる無機質な岩山というよりは、キノコかホヤのような生き物の集合体のようだ。それ以上に不思議だったのは、その色彩と模様だった。見渡す限りすべての岩山が、同じ横縞で彩られているのだ」(『クリムゾンの迷宮』より引用)

読者をさらに混乱させるのが、ゲーム機の中のどこかで見たようなキャラクターたちです。ネズミのようなアヒルのような姿の彼らは、毒気と皮肉たっぷりにプレイヤーたちに指示とヒントを与えてきます。登場人物たちがくり広げる頭脳戦も面白く、後半から急加速するストーリーと相まってスピード感に溢れた展開に翻弄されます。果たして、芳彦は生きて戻ることができるのでしょうか。そして、このゲームが開催される目的とは......。
 

現役医師が描くメディカルミステリ『神酒クリニックで乾杯を』

若手医師の九十九勝己は、ある日勤務していた病院の当直中に意識を失い、そのせいで患者を死なせてしまいます。彼には「当直中に泥酔したため医療事故を起こした」というレッテルが貼られ、実名で報道がされたこともあって病院を退職、再就職も叶いませんでした。

そして、学生時代の先輩である新庄雪子に相談を持ち掛けます。やがてかつての恩師から「神酒クリニック」という病院を紹介してもらうことになるのですが......。

勝己は青山のバーでおこなわれる面接に向かいます。そこにいたのは、神酒クリニックの院長、神酒章一郎と精神科医の天久翼でした。神酒クリニックは世間から知られることなくVIPばかりを治療しており、当然看板も出してはいません。面接に合格した勝己はそこで働くことになるのですが、この病院には彼の知らない裏の顔があったのです。

著者
知念 実希人
出版日
2015-10-24

現役医師として活動する作者、知念実希人が描くメディカルミステリ小説である本作は、ライトノベル的な感覚ですらすらと読めるのが魅力です。

神酒クリニックは医療ももちろん行いますが、何より患者の抱える悩みを解決することで彼らを癒しています。しかしここにやってくる患者が抱える悩みは、みな様々な事件と繋がっているのです。クリニックに勤務する医師たちも、腕は良いけれど曲者ばかり。院長の神酒章一郎の経歴も謎に包まれています。

どう見ても少年にしか見えない精神科医の天久は、知念実希人の別シリーズ「天久鷹央の推理カルテ」に登場する主人公の医師、天久鷹央の兄という設定です。

作者が現役の医師だけあって、医療に関する描写が細かく、臨場感たっぷりに描かれています。アクション要素もある痛快な医療ミステリーです。

カドフェスいちのどんでん返し?教育の神が隠した疑惑『神様の裏の顔』

68歳で亡くなった、元教師の坪井誠造。生前は教育に全てを捧げ、誰からも慕われる人格者でした。通夜には多くの人が参列し、みな一様に涙を流して彼の死を悼みます。坪井の娘、晴美も、その様子を悲しみに暮れながら見つめていました。

しかし、通夜の席で生前の誠造のことを思い起こすうち、ある疑惑が少しずつ浮き上がってきます。それは何と、彼が殺人犯なのではないかというものでした。参列者たちは事件の真相を暴こうとします。

作者は2010年まで「セーフティ番頭」というコンビで活動していた元お笑い芸人の藤崎翔です。2014年の横溝正史ミステリ大賞の選考で、本作が選考委員の満場一致を受けて大賞を受賞、デビューを果たしました。

著者
藤崎 翔
出版日
2016-08-25

複数の人物の視点で進んでいく物語は二転三転し、ラストで驚愕の真相に至ります。新たな視点が増えると疑惑もまた増していき、読者は最後の最後まで謎に翻弄されていきます。「教育の神様」とまでいわれた誠造が隠している裏の顔とは何なのでしょうか。

父に憧れて教師になった長女の晴美、女優をしている奔放な性格の次女の友美、坪井の元同僚で体育教師の根岸、坪井の教え子でスーパーの店長をしている斎木など、彼に関わりのある人たちが衝撃の真相に迫っていきます。

作者藤崎の芸人の経験からか、語り口が非常に軽妙で「笑いとどんでん返し」が見事に効いた作品となっています。

カドフェスが誇る愛の物語『塩の街』

『図書館戦争』『空飛ぶ広報室』などで知られる有川浩のデビュー作。電撃ゲーム小説大賞を受賞し、異例の文庫からハードカバーになって発売された作品です。

「塩害」により、全てが塩で埋め尽くされ崩壊寸前の東京で、元自衛隊員の秋庭と女子高生の真奈は暮らしています。ここでは塩の結晶が隕石となって降り注ぎ、人間の体が塩の塊になってしまうという現象が起こっていました。もちろん交通機関などは完全に麻痺し、極限的な状況に人々のモラルも徐々に失われつつあります。人類は、滅亡への道を確実に歩んでいました。

著者
有川 浩
出版日
2010-01-23

街には謎の怪獣なども現れて人々は脅威に晒されていましたが、自衛隊の活躍により何とか生き延びることができていました。塩害で家族を失った真奈は、自宅を暴徒に襲撃され自身も襲われそうになっていたところを秋庭に助けられます。彼女に身寄りがないことを知った秋庭は、そのまま保護者に。

一見荒っぽくて素っ気ないですが実は照れ屋な秋庭と、大人しい性格ながら健気で一途な面を見せる真奈は、10歳の年齢差をものともせずにお互いを思いやっています。しかしある時、世界を救いたくないかと唆す者が街にやってきて、2人の運命は少しずつ変わっていくのです。

謎の災害による終末の世界が描かれていますが、パニック小説ではなく、情景や人間の感情の描写に重きが置かれています。秋庭と真奈以外の登場人物が背負う物語も作りこまれており、それが世界観に重厚さを持たせているのです。

2人の愛の形が塩に満ちた街の情景と混じり合い、どこか儚い美しさを感じさせてくれます。
 

医学を軸にした壮大なファンタジー『鹿の王』

主人公のひとり、ヴァンは、飛鹿(ピュイカ)を操る独角(どっかく)という一族の長です。彼は勇猛果敢な男性として知られ、「欠け角のヴァン」として畏怖の的となっていました。

しかし大帝国、東乎瑠(ツオル)と戦った独角の一族は敗れ、ヴァンはたった一人、生き残ります。そして奴隷として岩塩鉱で働くことを強いられていました。

ある日、岩塩鉱が奇妙な獣たちに襲われます。黒い体毛と光る目を持ったその群れは、奴隷やその監督者たちに襲い掛かりました。噛まれた人たちは発疹と痙攣を起こし次々と死んでいきますが、そこでもヴァンだけはなぜか生き残ります。

その獣たちは「キンマの犬」と呼ばれており、体内に黒狼熱(ミツツアル)という毒素を持っていました。

著者
上橋 菜穂子
出版日
2017-06-17

一方、奇病の流行で滅びた古オタワル王国に住むのが、もうひとりの主人公、ホッサルです。彼は天才的な腕を持ったオタワル医術の医師でした。

ある日、民がキンマの犬に噛まれる事件が多発し、やがてそれはアカファの呪いだという噂が広まります。ホッサルは、キンマ犬に噛まれても死ななかった男の話を耳にし、その男の血から黒狼熱に効く薬を作ることはできないかと考え、男の行方を追うことにするのです。

2015年に本屋大賞を受賞した本作は、国家と民族という、支配するものとされるものの衝突が描かれています。またファンタジーでありながらも医療や医学という題材も取りこまれた珍しい作品です。

壮大な世界観と作りこまれた歴史設定、人と自然を描いたスケールの大きさなど、児童向けでありながら大人でも楽しめる作品です。命の始まりと終わり、それを巡って国や人の思惑が交錯し、命を繋ぐことの大切さを自然と学べる作品でもあります。

 

その寿命、どう使いますか?『三日間の幸福』

主人子の「俺」ことクスノキは、学校では周りから浮いていましたが、唯一心が通じる幼馴染のヒメノの存在に助けられていました。2人は冗談で結婚の約束をしていましたが、ヒメノは10歳の時に引っ越してしまいます。

時は流れ、20歳になったクスノキは生活苦により本やCDを売って生活していました。そんなある日、彼は寿命を売ることができるという話を聞き、実際にその場に行ってみることにするのです。

寿命の査定をしてもらうと、余命にして30年と3ヶ月、値段は1年につき1万円という結果が出ました。彼は3ヶ月を残し、30年の寿命を売ってしまいます。そして余命が1年を切った場合は、それが残り3日になるまで監視が付くという決まりにより、ミヤギという女性が彼の監視員としてやってきました。彼女の姿は、クスノキ以外には見えません。

著者
三秋縋
出版日
2013-12-25

クスノキは「自分は幸せな人生を送ることができるはず」という観念にとらわれ、余命を使って半ばむりやり幸せに過ごそうとします。そして死ぬ前にヒメノに会いに行くことを思いつきますが、ミヤギがそれを止めました。聞けばヒメノは、17歳で出産して高校を退学、結婚するもわずか1年で離婚し、2年後には飛び降り自殺をすることになっているというのです。

ミヤギとの交流で少しずつ変わっていくクスノキでしたが、彼女が監視員をしている理由を知ると、彼女を開放するために残りの寿命も売ってしまいます。やがてクスノキは、彼女のために生きることこそが自分のやりたいことだと気付くのですが、その頃には寿命は3日を切っていました......。

「限りある生を悔いのないように生きる」ためには、人はどのように行動するべきなのか、自らに置き換えることで様々なことを考えさせられる作品です。数十年残されていた寿命を捨てて、大切な人と過ごすたった3日間は、どのような時間になるのでしょうか。

カドフェスで知る、自閉症の真実『自閉症の僕が跳びはねる理由』

世の中における「自閉症」という病気への認識は、そのほとんどが正しくなされていないといいます。作者の東田は、5歳の時に重度の自閉症と診断されました。知的な遅れはありませんが、言葉を発して会話をすることが非常に困難で、筆談やパソコンなどでコミュニケーションを取っています。

本書は、自閉症に関する58個の質問に東田が答えていくという形式です。

「どうしてパニックを起こすの?」「どうして相手の目を見て話さないの?」「いつも同じことを尋ねるのはなぜ?」などの質問への答えを通して、自閉症である彼が普段考えていることに近づくことができる内容となっています。

著者
東田 直樹
出版日
2016-06-18

「僕たちを見かけだけで判断しないでください」(『自閉症の僕が跳びはねる理由』より引用)

彼はこう訴えます。ひと口に自閉症といってもその症状は多様で、そこにはいつも内なる心が存在するのです。なぜそのような行動をするのか、どんな気持ちなのか、どんな伝えたいことがあるのか......彼らの考え方や人生観にもリアルに迫ることができます。

また自閉症の子どもを持つ親にとって、おそらく知りたいであろう内容が書かれた本でもあります。我が子のことを知りたいが、どうしても理解することができない時に、本書が助けになってくれるのではないでしょうか。自閉症患者との付き合い方の入門書にもなってくれ、読者の見解も広げてくれる作品です。

ラスト30ページには、東田による小説「そばにいるから」も収録されています。

ミステリからファンタジー、ノンフィクションまで、カドフェスには名作がいっぱいです。夏休みの課題図書としても最適な作品ばかりですので、ぜひこの夏はいろいろな物語の世界に没頭してみませんか。

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