テレビプロデューサーとしても、日本のテレビ史において、大きな貢献を果たした久世光彦。小説家としても非常に多数の作品を発表しており、受賞作も豊富です。実業家としての実績もある、多彩な書き手として君臨していました。
久世光彦は、東京大学文学部美学美術史科を卒業したあと、ラジオ東京(現在のTBS)に入社しました。プロデューサーや演出家として多数の人気テレビドラマに関わり、大きな実績を残しています。退社後は1980年に、制作会社カノックスを設立しました。
1987年に発表した『昭和幻燈館』で、作家デビューを果たしています。この頃、久世はすでに50歳を過ぎていましたが、小説はもちろん、評論やエッセイなど幅広い分野で活躍し、多くの賞を獲得しました。耽美で繊細な作風は、多くのファンに支持されています。
1992年には、『女正月』で芸術選奨文部大臣賞を、1994年には『一九三四年冬 乱歩』で山本周五郎賞を受賞。直木賞の候補にも挙げられ、ドラマ制作の現場で戦友であった向田邦子とのエッセイも人気を博しました。そんな久世光彦の作品の中から、特にチェックしておきたい代表作を、5つに絞って紹介していきましょう。
本作の主人公は、執筆に行き詰った江戸川乱歩です。たまたま通りかかった異人ホテルに身を隠すことにした乱歩は、そこで突然『梔子姫』のアイディアを思いつき、執筆を始めます。
しかし、小説を書き進めていくごとに、次々と不可解な怪奇事件が発生しだしたのです。 スランプに陥り、情緒不安定になっている乱歩に降りかかる事件の真相とは?乱歩特有のエロティシズムに溢れた怪奇作品が生まれるまでの、幻想的なストーリー展開が見どころの一作となっています。
- 著者
- 久世 光彦
- 出版日
- 2013-01-19
本作は直木賞の候補作にもなっており、久世光彦の小説家としての知名度を引き上げた、代表的な作品のひとつです。山本周五郎賞を獲得するなど、非常に高いクオリティの迷宮小説として、国内評価はもちろん、海外でも評価されました。
タイトルにもなっている「1934年」というのは、乱歩が当時の新聞連載小説『悪霊』を、突如自ら打ち切り、世間からバッシングを浴びた年です。小説家として非常に大きな悩みを抱えており、数カ月間行方をくらましてしまったという背景もありました。
本作は乱歩が姿を消し、次の傑作を発表するまでの空白の時間を、並々ならぬ想像と、史実に基づく取材によって構成しています。久世ファンはもちろんのこと、乱歩ファンにも大満足の仕上がりだと言えるでしょう。
桃をテーマに、8つの短編を収録した短編集です。
「桃色」は、父の通夜に来た女性の、喪服からのぞいていた襦袢の色について語った作品です。「むらさきの」は、仏壇に供えられた熟れ過ぎた桃を、侵入者に投げつける話。「囁きの猫」は、豆本(手のひらサイズの本)を作りながら、猫と暮らしている初老の男性の物語となっています。
これに加えて、「尼港(ニコライエフスク)の桃」「同行二人」「いけない指」「響きあう子ら」「桃 お葉の匂い」が集められており、どれも久世作品ならではの、耽美かつ大人の魅力に満ち溢れた物語をとなっています。
- 著者
- 久世 光彦
- 出版日
想像力をかきたてる絶妙な表現力が魅力の一冊です。テーマの桃は、果実としても、漢字としても、色としても、作品ごとに多様な解釈を持って取り扱われています。丁寧な心理描写が胸に迫ると共に、繊細な情景描写で、臨場感を味わうこともできるでしょう。
亡くなった父のトランクから出てくる桃のミイラや、放置されて腐りかけた桃の強い香り、襦袢の鮮やかな桃色など、五感のあらゆるところから、テーマについて語りかけてくるのも、本作ならではの魅力です。美しい世界観に浸りたい読者には、必見の作品でしょう。
本作では、芥川龍之介、菊池寛、小島政二郎、大正時代をメインに活躍した3人の偉大な文豪の日々が繰り広げられます。
彼らが夜ごと蕭々館で繰り広げる豊かな文学分義や、名文の暗誦合戦について、新鮮な筆致で綴った作品です。語り手には、「麗子像」で知られる、5歳の麗子が選ばれています。幼い子どもならではの、無邪気かつ鮮烈な口調により、作品の世界にぐっと引き込まれるのでしょう。読者は、実際に蕭々館にいるような錯覚を感じるかもしれません。
- 著者
- 久世 光彦
- 出版日
久世光彦は、芥川、菊池、小島の3人と、自らの青春時代を共にしていました。蕭々館で進んでいく、嘘か真実か分からない不思議なストーリーの数々は、本作でとても大きな存在感を放っています。 本作では、彼らが物語の世界の魅力に浸っていた、豊穣な時間そのものを感じることができるのです。
久世にとって、特別な時間であった大正時代に対し、美しい想いをしたためた作品。『一九三四年冬 乱歩』をはじめとして、自分以外の書き手に対する敬意を持った作品が多い久世光彦の世界に触れるのには、うってつけの一冊です。
全16作品が収められている短編集です。昭和の時代を舞台にに、久世光彦本人の体験や、日々考えているモチーフなどについて、徹底した美意識を持って綴られています。単語ひとつの選び方にも、どこまでもこだわるという久世らしい、完成された雰囲気が感じ取れるでしょう。
人攫いに合った少年が、そこから官能の匂いを感じ取る物語。街角にひっそりと棲んでいた狂女を語った作品、線路に飛び込んで死んだ若く美しい小説家の話など、久世ならではのテイストがちりばめられた、原点とも言える作品です。
- 著者
- 久世 光彦
- 出版日
本作は、作家としての久世光彦の処女作となっています。第二次世界大戦の末期、激動の時代を少年として体験してきた久世が、記憶を泳ぐようにして綴った作品たちは、どれも麗しく、それでいて独自の迫力を持った仕上がりです。
建築や文学、映画など、久世が愛してやまないテーマをピックアップし、その想いを切々と書き綴られているところも魅力です。久世作品をひとつでも読んだことがある人や、もっと久世光彦という書き手について知りたいと思っている人は、ぜひチェックしておきたい作品だと言えます。
テレビドラマの制作現場では「戦友」として、20年もの月日を共にした久世光彦と向田邦子。本書は、そんな久世だからこそ語ることができる、向田邦子の素顔について綴ったエッセイ集です。日本のテレビドラマ史上において、大きな軌跡を残した彼女の知られざる姿について、久世ならではの美しい文体で描いています。
52歳でこの世を去った向田邦子の思い出を、残された久世が綴った本書は、切なくも愛しく胸に迫る内容となっています。親分肌でありながら、どこかそそっかしく、人としての魅力に溢れた彼女の姿を知るのにぴったりの作品です。
- 著者
- 久世 光彦
- 出版日
- 2009-04-08
作中には、「向田は、抱えきれないほどの思いを、誰にも、一つも口にしたことはなかった。では、どのように始末したかというと、それは小説だったかもしれない。小説の中には悔しがる彼女も、泣く彼女もいた」という内容の描写があります。
この言葉は、向田邦子を誰よりも側から見ていた、久世光彦だからこそ描けるものかもしれません。 没後も人気が衰えることのない向田の愛すべき素の姿や、意外な一面を紹介しているのも、本作にしかない魅力です。時代が刻々と移り変わっていった昭和において、清濁共に乗り越えてきた2人の姿を知ることが出来るでしょう。
いかがでしたか?久世光彦の作品は、どれも繊細で魅力にあふれるものばかりです。あなたも是非手にとってみてください。