演劇のニオイがする表題の本3冊【結城洋平】

更新:2021.11.9

涼みに入ったはずの喫茶店の冷房が強すぎてすぐ店を出てしまい、親切で冷房を入れてくれているはずなのに店の回転率を上げる為にわざと冷房を強風にしてるのではないか!? なんてことを考えてしまう自分に、コラっ!!!と言ってやりたい季節となりました。結城洋平です。今回は演劇のニオイを感じる本3冊です。

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この本そのものが演劇

見た瞬間のタイトルのインパクト、ポップでカラフルな表表紙(おもてびょうし)にワクワクして惹きつけられ裏に返して帯に書かれている一文を読み心を掴まれ、次の瞬間には財布を取り出していました。その名も「舞台」。帯には「29歳の葉太はある目的のためにニューヨークを訪れる。初めての一人旅〜…。」と続き、今年で29歳になる自分は西加奈子さんが描く29歳の主人公の葉太の一人旅を覗いてみたくなりレジにてお金を払いました。

舞台で芝居をしてお客さんに観てもらい生きている自分にとって舞台という言葉はとても身近な言葉ですが、この本を読み終わった瞬間は自分とは全く別の世界の「舞台」であるような、普段から触れている「舞台」そのものであるような不思議な感覚にさせてもらいました。

本を読み終えワクワクしたポップでカラフルな装丁(そうてい)のカバーを外し、本そのもののデザインを見たときには、その色使いやコンセプトに更にドキッとさせられました。

著者
西 加奈子
出版日
2017-01-13

カバーを外した本そのもののデザインはカバーと全く同じなのですが、色使いは表表紙(おもてびょうし)のポップさとは真逆の赤と黒でした。ポップでカラフルなカバーと、カバーをとった本そのものの毒毒しさはまさに主人公の葉太そのものなのではないか?と中身の文章だけではなく、本という物体を通して「舞台」を体感させて貰いました。

恥ずかしさや周囲からどのように見られているか?と自分を意識する自意識。その自意識をとても強く持っている主人公の葉太は、はしゃいでる人を見たり失敗する人を目の当たりにすることにさえ、"いたたまれなさ"を感じてしまう程。  そんな葉太にとって唯一素直になれる時間は好きな小説家の本を読む事。

そんな葉太がニューヨークへ一人で旅をして解放的な気持ちになり自意識からも解き放たれる描写はこちらも小躍りしたくなる程軽快でした。主人公、葉太と小説の関係は自分が演劇の舞台を観ているときの感覚と物凄く近くて、観客として舞台を観ているときは素直になれるし、周りに大勢の人がいるのに、観ている時間はまるで自分一人のような感覚になります。 本作を読んでるときはまさにそんな感覚のように素直でいられました。

演者としてお芝居をしているとき、観ているお客さんが自意識から解放されて素直になれる。そんな時間にできたら幸せだなと思いました。

面白い本って

著者
又吉 直樹
出版日
2017-05-11

面白いと思った小説や物語を読んでいるときは、文字を読むスピードが徐々に速くなり気持ちが高まり心拍数が上がっていき体の深部体温がドンドン高くなっていく。 そして読み終わった後には、今自分の身近にいる人をもっと大切にしたい。と強く思うのです。 
面白い演劇を観たときも同じくらい同じことを感じますが、普段から携わっている演劇となるとそれ以上に悔しさを感じて夜も眠れないのですが小さい男だと思われたくないのでそれはあまり言いたくないことです。 

演劇に携わる若者たちの日常を男と女、人間というフィルターを通じて描かれていた「劇場」。あれ? 又吉さんって劇作家やっていたのか!?と思うほど演劇に携わる若者たちはリアルでした。今自分が感じている事や悩みが文字になっていた「劇場」を読み終えたときはまさに、今身近にいる人をもっと大切にしたいと心の底から思わせてくれた物語でした。

物語の舞台となっていたのは下北沢の街。 前回の自分の舞台企画、結城企画でも使わせて頂いたOFF・OFFシアターや下北沢でも老舗の劇場、駅前劇場などが物語の舞台となっていて自分にとっては身近な場所で物語が進んでいき、後半はまるで自分の身に起きたことではないか!?と思うほどズンズンと作品に引き込まれ、読み進めるにつれて胸が苦しくなるほど締め付けられました。読み手もエネルギーをしっかり持たなければ読み進められない、威力のある文章に最後まで心を動かされてしまいました。 

 

 

 

 

マチネの終わりは何しますか。

著者
平野 啓一郎
出版日
2016-04-09

西加奈子さんの『舞台』を手に取り顔を上げたときに目に飛び込んできた平野啓一郎さんの『マチネの終わりに』。このタイトルを見たときは、夏の甲子園で6点を追いかける高校が9回裏2アウトからヒットを打った瞬間を見たときのようなワクワクしそうなタイトルに想像力を掻き立てられました。

あまり耳馴染みがない方も多いかと思いますがマチネ、ソワレは舞台をやっていると頻繁に耳にする言葉です。マチネとソワレは両方共にフランス語でそれぞれ「朝、午前」「夕方、日暮れ」などの意味を持っていて昼公演はマチネ、夜公演はソワレと呼ぶことが多いです。 昼夜2回公演のときはマチソワ、マチネとソワレの間はマチソワ間(マチソワカン)なんて呼ばれています。

初めてタイトルを目にしたときに想像したのはマチネだけの公演だったのか、マチソワの日のマチネの終わりなのか。もしそうだとしたらマチネとソワレの間で、ご飯食べないとソワレの公演中にお腹空いちゃうなぁ。自分がマチネとソワレの間で下北沢の公演だったら中華屋の眠亭でラーチャンを食べるだろうなぁ(下北沢でかなり老舗の昔ながらの中華屋のラーメン半チャーハンセットのこと。チャーハンが赤い色をしている名物セット。めちゃめちゃ美味しいです)。あ、お腹すいてきたな。

なんて想像を一気に掻き立てられるほどの「マチネの終わりに」。想像力を掻き立てられるタイトル以上に想像力を掻き立てられるこの作品には圧巻の一言です。冒頭から最後までなんて素敵な世界なんだ!!と普段の自分の生活と比べてしまうと、ガッカリ……。いや、ビックリする程、小手先ではなく根本からお洒落な世界観に酔いしれてしまいました。勿論洒落ているだけでなく、今の世界情勢や音楽、文学などの文化について多く考えさせられました。

マチネの終わりを想像してからこの本を読むと楽しみが増えること間違いなしです。

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