2017年12月9日に堺雅人、高畑充希らで実写映画化される漫画『鎌倉ものがたり』。平凡でつつましく暮らす夫婦の日常と、そこに訪れるミステリーの数々を描いています。1984年に「WEEKLY漫画アクション」で連載開始以来、多くの読者を惹きつけてきた本作の魅力とは?主要キャラと最新刊34巻の見所を含めてご紹介いたします。
本作の魅力は何と言っても、ほのぼのとした日常とミステリーを違和感なく一つの世界のうちに溶け込ませていることでしょう。それを可能にしているのは、作品の中に常に流れている「昭和のにおい」です。
それは絵として描かれているものとして、日本家屋や人々のファッションなどからも感じることはできますが、人々の生活と魔の世界との近さ、それらの雰囲気からも感じることができる奥深い作品です。
作中で登場人物たちは、様々なミステリーに出会います。時には人災であったり、時には妖怪の仕業であったりします。例えばちょっと夜道をひとりで歩いていると狐に化かされたりする、また食べ物を粗末にして遊びに行くと、食べ物の怨霊がおどかしてきたり……といったことが住民の間ではしばしば起こるのです。
描かれている鎌倉では、今では失われた、人々の安定した暮らしへの喜びと不可思議なことへの畏怖と親しみが残っています。人と妖怪は互いにぶつかり合って、和解して、生き生きと互いの営みを続けてゆく……。そういった古き良き時代の空気がこの作品には一貫して流れており、それが人間と妖怪をつなげているのです。
一見このような世界観は、今現在私たちが生きている現実とは程遠く感じられ、ただのファンタジー作品を読んでいるような気がするかもしれません。しかし読んでいてどこか懐かしい独特の雰囲気は本作ならでは。確かに読者に身近な空気が流れているのです。
この懐かしさの理由は、作品を貫いている「昭和のにおい」というべきもの。経験してない者をも懐古的な気分にさせてくれます。言葉で言い表しがたい本作の「空気」が私たちの心に入り込んでくるのです。
この記事では作品一色夫婦、独特の魅力、最新34巻の内容をご紹介します!
- 著者
- 西岸 良平
- 出版日
- 1985-05-19
- 著者
- 西岸 良平
- 出版日
- 1986-07-01
この作品の作者は、『三丁目の夕日』で知られる西岸良平です。古都鎌倉に住むミステリー作家、一色正和とその妻・亜紀子の日常を描いた本作。
彼らの送る慎ましやかな暮らしには、数々の怪事件が起こります。主人公の正和はそれに挑んでゆくのですが……。
日常と非日常が奇妙に入り混じる世界観での癒し系漫画です。
33歳で、不思議がいっぱいの鎌倉に子供の頃から住んでいるのが正和です。映画作品では堺雅人がキャストをつとめます。
ハンサムで東大文学部というスペックの高さですが、雑誌にミステリー小説や論文を書いているものの仕事が遅いし単行本が大ヒットしたことがあるわけではないというくらいの作家です。
しかしだからこそ鎌倉の街で起こる怪奇事件を解く時間があるのかもしれません。作家としてはあまり売れていないのかもしれませんが、彼はミステリー小説を書くだけあってさすがの早さで謎を解いてしまうのです。
1話完結で面白いのは彼の推理力があってこそのもの。少し情けない三枚目のようなところもありますが、この作品では不思議な街の名探偵です。
正和の妻で、12歳という年の差を超えて愛し合っているのが亜紀子です。映画作品では高畑充希がキャストをつとめます。
21歳で成人しているとはいえ、亜紀子は小柄で未だに高校生に間違われるほどの幼さ。洋服屋や靴屋でもサイズがないことが悩みです。
テレビに若い子が出ているとついつい見てしまう正和の好みはそういうところにもあるのかもしれませんね。
そんなふたりの出会いは亜紀子がまだ短大生だった頃。出版社でのバイトで原稿をとりにきた彼女は彼の大人な様子に好印象を感じ、「こんな素敵な男性がどうしてまだ独身なのかなあ」と感じます。
初日からたまたま時間があり、少し話すことになったふたり。そこから仲を深めた彼らは、正和の原稿が早くあがった時、鎌倉案内としてデートを重ねていきます。そこからドライブや食事に出かけるようになり、晴れて結婚となったのです。
本作は結婚してから半年の新婚ホヤホヤのふたりの物語。しかしふたりのラブラブっぷりは巻を経ても変わることがありません。
当初から憧れの鎌倉に住めて、「世界で一番素敵な男性と結婚して」幸せだと喜ぶ亜紀子はとても可愛い女性です。
- 著者
- 西岸 良平
- 出版日
先述しましたように、この作品の魅力は人々の生活と魔の世界の近さにあります。そのため没頭して読んでいると、自分でも知らないうちに境界を超えて魔界に入っているかのような錯覚に陥ります。
ふとした拍子に自分が魔界にいることに気づいて作品世界の深さに驚くことがあるかもしれません。そのようにして作者は作品の世界に私たちを引き込んでくるのです。
こういった2つの世界の行き来が何気なく行われるので、当たり前すぎて何だかあっけない感じがするかもしれません。しかしそれぞれの話は人情の機微に寄り添ったもの。遠い世界で私たちの心に近しい話が進んでいくのです。
話全体を通して、どこか憎めない人間性というものを表現する本作。遠いようで近い不思議な世界観がここにはあります。
魔界のような不可思議な世界観もこの作品を特徴付ける重要な要素ですが、やはり大きな魅力にひとつとなるのは夫婦の生活と鎌倉で繰り広げられる人間模様です。
夫婦はお互いを愛し思いやって暮らしていますが、時にはやきもちを焼いたり、夫のじじくさい行動に文句を言ったり、相手の機嫌を取ろうとして失敗したりします。何も珍しくない普通の夫婦の日常なのですが、それらの言動すべてに善意や厚意など、「正」の方向の気持ちがにじみ出ているのです。
それは作者の人間愛と言ってもいいかもしれません。派手さはないものの、読んでいると心が温まるような優しさがあります。
次回をワクワクして待ちかねるような展開はありませんが、日々の生活でストレスが溜まっていて、ほっこりと癒されたい人におすすめの本といえるでしょう。
- 著者
- 西岸 良平
- 出版日
- 1988-06-01
ここではおすすめのエピソードとして2巻に収録されている13話をご紹介します。
夫婦はある日、鎌倉で名所として知られている銭洗弁天を訪れました。銭洗弁天でお金を洗うと何倍にも増えるという信仰から、多くの訪問客がお金を洗い、金運の上昇を祈願しています。
フィクションが入った不思議な世界観なのに、実在の鎌倉の名所旧跡が多く取り上げられるのも魅力です。実際にその地に赴き、作品の世界観に想像を膨らませるのも楽しいかもしれません。
さて、この場所で夫婦はひとりのおばあさんに出会います。この人こそ、この話のキーマンです。
そのおばあさんは鎌倉では有名な守銭奴で、高額な利子でお金を貸しては取り立てて回るといったことを繰り返していました。本人も随分儲けているにもかかわらず、質素な暮らしをしてお金を貯め混んでいます。
そしてある三月の寒い日、そのおばあさんがぽっくり亡くなってしまうのです。生前には身寄りがないと言っていた彼女でしたが、お葬式には遠い親戚が多く参列しています。言うまでもなく、彼らは遺産目当てで集まったのでしょう。
その後、集まった親戚一同はおばあさんの遺品のなかから金品を探し回ります。お金に大変執着していたおばあさんはそれらを隠しており、親戚たちはなかなか見つけることができません。
しかしついに畳の下に金庫が発見されてしまいます。そして親戚たちが鍵が見つからなかったため金槌で金庫を壊していたその時。おばあさんは文字どおり金の亡者となり、自分の財産に手を出そうとする親戚を殺してしまうのです。
そして今度は自分が生前金を貸していた人のところへ出向き、返済を迫ります。そうして取り立てて回るうちに、動き出した警察がおばあさんの亡霊を包囲します。
しかしそこにある考えがあった正和が警察の代わりにおばあさんと向き合い、銭洗弁天の聖水を振り掛けたのです。するとおばあさんは金への執念を取り払われ、やっと鎮まったのでした。
最後に銭洗弁天の聖水の、もう一つ別の効用を正和は語ります。その聖水が金への欲望を駆り立てると同時に、金への執念を取り払う力も持っていたのではないかと。この水は薬でもあり、毒でもあったのですね。
こうして物語は終わりを迎えます。
このようにミステリー・サスペンス的な要素を盛り込みながら、人間のさがを描いていく本作。しかし重いということは無く、絵柄同様、作品はどこかほのぼの。主人公たちは事件から多くのことを学んで教訓にし、前向きに明るく生きてゆくのです。
毎年1冊ペースでゆっくりと物語が紡がれる『鎌倉ものがたり』。ここでは最新刊34巻からおすすめのエピソードをご紹介します。
30巻以上続きながらも、今回も愛すべきお決まり展開を見せてくれた本作。日常系漫画でなかなか飽きがこない作品も珍しいです。
今回は一色夫婦がほぼ登場しないちょっと変わったエピソード、349話「鎌倉ミッション」をご紹介します。
- 著者
- 西岸 良平
- 出版日
- 2017-07-28
一色夫婦の住む鎌倉の町に降り立ったのは、アンドロドロ・タコス某国秘密謀報員。専門は暗殺及び破壊工作というなかなかに業の深い人物です。
彼は腕のたつスパイなのですが、今回は人手不足で鎌倉にあるというドーピング薬・ドロナワの入手という簡単な仕事をするために日本に降り立つこととなりました。
その情報を得た警視庁の木崎は、危険人物アンドロドロの目的を探るため、彼の跡をつけます。
普通の売店に売っていなかったドロナワですが、店番をしていたおばあさんが選手村の売店なら売っていると教えてくれました。彼女の言うとおりに道を進んだアンドロドロは魔界に入り込みます。
そして彼はたまたまその場に居合わせた魔界ゴリリンピック鎌倉大会の組織委員会のメンバーに捕まってしまい、どうせならとメインイベントでもあるコーカスレースに参加することとなってしまいます。
コーカスレースとは『不思議の国のアリス』にも登場する円形のコースを走り続けるレースのこと。魔界ゴリリンピックのコーカスレースは魔聖火を取り囲んでただひたすら走り続けるもの。
走らなければいけない訳では無く、歩いてもよし。ゴールも無く、順位も無い、競技時間もテキトーというゆるすぎる競技です。
しかしこのレースのいいところは、魔聖火の炎に憎しみや争いの心を友情や信頼に変える魔力があるということ。アンドロドロは正体を明かしてきた木崎とすっかり打ち解けてしまいます。
某国からの始まり、鎌倉への来日、さらに魔界に移動して、敵同士だった者が打ち解けあう……。予想もつかない展開がテンポよく進められていきます。
このエピソードの鍵は、魔界のドーピング薬・ドロナワ、そして打ち解けあったアンドロドロと木崎です。ドロナワの魔力に隠された秘密、もう二度と会うことは無いであろうふたりの友情、アンドロドロの生きる目的など、ついついほろりとさせられる結末です。
コロコロ展開されていくストーリー、さらに結末は予想できない終わり方とほのぼのながらも引き込まれていく物語となっています。一色夫婦の懐かしのほのぼのストーリーもいいですが、このように不思議な世界観がどんどんと広がっていくユニークなエピソードが入っていることも『鎌倉ものがたり』の魅力なのです。
このように、『鎌倉ものがたり』は土着の信仰がまだいきていた「昔」を舞台にした漫画であり、私たちに共通な心の故郷を見せてくれているかのようです。皆さんも人との繋がりを大事にしたいと感じることができる、オススメの作品です。