
少女の過酷な戦争体験を綴ったノンフィクション
『ガラスのうさぎ』は、高木敏子が少女時代の実体験を元に描いたノンフィクションです。
主人公の敏子は、東京の下町で生まれ育ちました。家ではガラス工芸品工場を営んでいましたが、太平洋戦争がはじまったことで、軍需品を生産する指定工場となります。2人の兄は志願兵として出兵。戦争は激しさを増し、敏子と妹2人は疎開することになりました。ところが、2人の妹が家を恋しがり、自分たちだけで東京に帰ってしまったのです。
そして3月10日の東京大空襲。母と妹たちは戦火の犠牲となり、その遺体が発見されることはありませんでした。敏子は父と共に自宅の焼け跡を訪れ、母と妹たちの遺品を懸命に探します。そこで半分溶けた状態の、父が作ったガラスのうさぎを見つけたのでした。

作者 | 高木 敏子 |
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出版社 | 金の星社 |
出版日 | 2005年06月01日 |
作品内では、母と妹2人が犠牲となった東京大空襲の他、父を目の前で失った二宮駅での機銃掃射や、終戦後の過酷な生活が克明に綴られています。わずか12歳の少女が、「しっかりと生きなければ」と日々奮闘する姿には、読んでいて心を揺さぶられてしまうでしょう。
心から憎んでいたアメリカ兵が、終戦後優しい笑顔を見せながら子供達にお菓子を与える様子に戸惑い、「ひとりひとりは優しい人間なのだ」「戦争ではなく話し合いで解決できたはずだ」と、戦争に対し様々な考えを巡らせる様子が本当に印象的です。実際の体験を綴ったものだからこそ、その悲惨さに胸を締め付けられ、同時に、著者のたくましさには脱帽するばかり。多くの方に読んでいただきたい不朽の名作です。
原爆の恐ろしさを痛感する一冊
井伏鱒二による小説『黒い雨』は、広島で原爆被害に遭った重松静馬の日記や、軍医の岩竹博の手記などを元にして描かれた作品です。
広島市に原爆が投下されてから数年後。主人公の重松と妻のシゲ子、そして姪の矢須子は、広島から遠く離れた小畠村で暮らしていました。原爆が落とされた当時、3人は広島で暮らしており、重松は被爆し「原爆病」の診断を受けています。
そんな重松が心配するのは、矢須子の縁談について。直接の被爆を免れ、健康診断でも「異常なし」と言われていた矢須子でしたが、村では矢須子が原爆病だという噂が流れ、持ち上がった縁談もすぐに断られてしまっていたのです。
重松は次の縁談こそはと、相手の誤解を解くため、原爆投下時期につけていた日記を清書して、仲人に提出しようと考えました。

作者 | 井伏 鱒二 |
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出版社 | 新潮社 |
出版日 | 1970年06月29日 |
矢須子や重松の被爆当時の日記と、終戦から数年がたった現在の様子が、交互するように物語は進んでいき、矢須子の間接的な被爆が徐々に明らかになっていきます。
重松の「被爆日記」には、怒りや悲しみなどといった感情はほとんど綴られておらず、原爆が投下されてからの地獄のような光景や、生き残った人々の様子がただ淡々と記されています。あちこちに黒焦げの死体が転がる様子や、亡くなった母親の体をいじる幼児、蛆の湧く死体を処理する兵隊の様子などが客観的に詳細に描かれ、それゆえ、その凄惨さがひしひしと痛いほど伝わってきます。
直接被爆せずとも、黒い雨に打たれたことで「原爆病」を発症してしまう恐ろしさにも触れられ、改めてその恐ろしさを痛感せずにはいられません。内容はとても重いものですが、当時を生きた人々の、真実の姿を知ることのできる作品です。
沖縄戦を知り、人の優しさを知る感動の名作
灰谷健次郎によって執筆された長編小説『太陽の子』は、優しく明るい一人の少女を主人公に、太平洋戦争で沖縄の人々が負った心の傷を描いています。
主人公の大峰芙由子は、神戸に住む小学校6年生。天真爛漫で誰からも好かれ、みんなからは「ふうちゃん」と呼ばれ可愛がられています。そんなふうちゃんの両親は沖縄出身です。家では「てだのふあ・おきなわ亭」という琉球料理の店を営み、夜になると店は、個性豊かな常連客たちで賑わっていました。
ふうちゃんのお父さんは「心の病気」を患っており、最近では笑うことも外に出ることもなくなっています。これまでと変わらず明るく接するふうちゃんでしたが、ある日発作を起こし、「ふうちゃんが殺されるやろが」とイラブーのくん製を引きちぎるお父さんを目の当たりにして、初めてお父さんが怖いと思いました。お父さんの心を苦しめている原因は一体なんなのか。
ふうちゃんは、過去の沖縄での体験にその原因があるのではと気づき、沖縄のことを自分で調べはじめることにするのです。

作者 | 灰谷 健次郎 |
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出版社 | 角川書店 |
出版日 | 情報なし |
戦争での悲惨な出来事から目を背けずに、懸命に知ろうとする健気な少女の姿に、様々なことを教えられる作品です。その言動一つ一つに心を揺さぶられ、どうしようもなく涙腺を刺激されてしまいます。
物語では終戦から30年という長い年月が経過しており、心の病を発症してしまった父親だけでなく、店に通う沖縄の人々は皆、優しく温かい笑顔の裏に、いつまでも癒えることのない深い心の傷を隠しているのです。
現在の幸せは、多くの犠牲や悲しみの上にあるということに気づかせてくれる、泣きたくなるほど優しい人々の物語になっています。戦中・戦後、沖縄で何があったのか。本当の優しさとは何か。大事なことを知るためにも、読んでいただきたい作品です。
若き青年兵が体験した硫黄島の戦い
硫黄島での戦いから奇跡的に生還した秋草鶴次が、自らの手記をまとめ、一冊の本とした『十七歳の硫黄島』には、まさに生き地獄としか言いようのない、壮絶な体験が綴られています。
秋草鶴次は15歳で入隊を志願し、17歳のとき通信兵として硫黄島に派遣されてやってきました。地下に掘られた壕は、昼夜問わず熱気と悪臭に満ちています。水も食料も限られており、硫黄臭のするバケツの水は、一回に小さな茶碗一杯だけ飲むことが許されていました。ただでさえ過酷な状況の中、ついに米軍上陸の時を迎えることになります。
戦闘が開始されてからは、米軍による本土への攻撃を一日でも遅らせるため、玉砕禁止の徹底した持久戦が行われました。極限までの飢えや渇きの中、ジッと息を潜めゲリラ戦の機会を窺う状況が続きます。次々と仲間が死んでいき、あたり一面に転がる死体はもはや肉片と化しており、「おっかさん!」や「ばかやろー!」といった兵士の最後の叫びが、どこからともなく聞こえてくるのです。

作者 | 秋草 鶴次 |
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出版社 | 文藝春秋 |
出版日 | 2006年12月01日 |
戦いの壮絶さが、直視できないほどのリアルさで克明に記されている一冊です。著者は17歳という若さでこの地獄を体験し、栄養失調で倒れた後、米軍に発見され捕虜となりました。「これは人間の耐久試験だ」「俺は生きる」という強い思いを失わずにいた、著者の生命力には敬服するばかりです。
感情は極力抑えられ、一人の青年兵から見た硫黄島の戦いが、つぶさに綴られた本作。衝撃的な内容には心を締め付けられますが、現実に起こった出来事として、私たちが知っておかなければいけないことではないでしょうか。
日系人たちの苦しみを描いた傑作小説
『二つの祖国』では、日米間での戦争が開戦され、二つの国の狭間で苦悩することになる日系アメリカ人の姿が描かれています。上・中・下の3巻からなるこの大作は、数々の名作を残す山崎豊子によって執筆されました。
主人公の天羽賢治は日系二世。日本の大学で教育を受け、アメリカに戻ってからはロサンゼルスの日本語新聞社「加州新報」に勤めていました。
真珠湾攻撃の後、日米開戦が宣言され、日系人たちはマンザナール強制収容所へ入れられてしまいます。天羽一家も例外ではなく、収容所での過酷な生活を強いられました。
そんな中、アメリカで生まれ育った3男の勇は、米軍の志願兵となり収容所を出て行きます。次男の忠は日本への留学中に開戦となったため、日本軍として徴兵されてしまい、アメリカと日本どちらも大事に思っている長男の賢治は、悩みながらも日本語教官となる道を選択。収容所を離れ、やがて軍人になることを志願し、日本人捕虜の尋問などを行うようになるのです。

作者 | 山崎 豊子 |
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出版社 | 新潮社 |
出版日 | 2009年09月14日 |
この作品は、実在した日系人をモデルに、史実に基づいて描かれた小説です。真珠湾攻撃から東京裁判までの出来事が、主人公の生き様を軸に切々と綴られ、悲しい運命に翻弄されるその苦しみが、読むものの心に深く伝わってきます。
収容所での差別や理不尽な仕打ち。弟の忠に銃を向けることになるフィリピンの戦場。広島に投下された原爆。そして通訳モニターとして参加することになった東京裁判。どの出来事でも、誠実であるがゆえに苦しみ、心を引き裂かれていく様子はとても痛々しく、こちらまでつらくなってきてしまいます。
戦争の恐ろしさを伝える作品は数多くあれど、アメリカで日系人がどのような思いをしてきたのかは、広く知られてはいないでしょう。7名が絞首刑となった東京裁判の真実も、わかりやすく噛み砕いて説明してくれています。決して後味の良い作品とは言えませんが、多くの悲劇を知ることができる傑作となっています。
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