CMディレクターから作家に転身し、小説はもちろん、数々の歌詞も手掛けている伊集院静。非常に知名度が高く、栄誉ある賞もたくさん受賞している、日本を代表する書き手の一人だと言えます。
伊集院静は、元々はCMディレクターとして活躍していました。広告代理店の第一線で働きつつ、1981年に、『皐月』で小説家デビューを果たします。出身地である山口県をモデルにした作品『機関車先生』は、アニメ化や実写映画化も果たし、大ヒット作となりました。
1991年には、『乳房』で吉川英治文学新人賞、1992年には『受け月』で直木賞を受賞するなど、数多くの賞を獲得していることでも知られています。2014年には『ノボさん 小説正岡子規と夏目漱石』で司馬遼太郎賞、そして2016年には紫綬褒章を受け取るなどの功績があるのです。
また、伊集院は作詞家としても豊富な実績があります。「伊達歩」という名義で、近藤雅彦の「ギンギラギンにさりげなく」や「愚か者」などのヒット作も手掛けました。野球や麻雀、競馬やボウリングなど、多彩な趣味を持ち、ギャンブルへの造詣も深く、数多くのエッセイで自らの世界観を語っています。
私生活で世間の注目を集めたこともありました。長年の不倫関係や、大学まで野球をやっていたことによる人間関係など、話題のつきない人生を送っている伊集院静。そんな彼の作品の中から、特にチェックしておきたいものをピックアップして紹介していきましょう。
主人公の少年・神崎武美は、夜鷹の母親に生み落とされ、浅草の侠客・浜嶋辰三のもとで育てられます。彼は成長するにつれて辰三の技と精神を受け継ぎ、裏社会を代表する存在になっていきます。本書は、そんな武美の人生を追った連作短編集です。
武美の人生は裏切りを許さず、自らを育ててくれた父親に対する恩義で成り立っています。一方で父親の辰三は、保身のために武美を見離したり、売り飛ばしたりするような男。信念を守ることにひたむきになる武美は、多くの人々と関わり合いながら、殺し屋としての人生をまっとうしていくのでした。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2010-05-07
物語はそれぞれの章ごとに、主人公の武美に近い登場人物がピックアップされ、その人物の視点で展開されていきます。他者の視点を通すことで、武美がいかに殺し屋として優れているか、凄惨な人生にも屈することなく、仁義を守り、無垢な存在として君臨しているかが描かれるのです。
母や父、武美はもちろん、登場人物たちの心理描写や人物描写が非常に優れているため、クライマックスでは思わず手に汗握ってしまうことでしょう。神を信じず、親だけを信じると言い切ってしまう武美の人生と、その行く末を、見届けてください。
本作は、作者である伊集院静の人生を色濃く反映した自伝的小説となっています。主人公をはじめ、最愛の妻で女優のマサコ、敬愛する先生の存在など、現実の伊集院を取り巻く人間関係を知っていると、何倍にも楽しめるでしょう。
愛した妻の死後、アルコール依存症に苦しみ、ギャンブルに溺れてどんどん壊れていく主人公・サブロー。ぼろぼろになった彼が出会うのが、いねむり先生と呼ばれる色川武大でした。作家であり、ギャンブルの名手であった色川との交流をメインに、哀しみから再生していく男の様子を描いたヒューマンストーリーです。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2013-08-21
人気俳優をキャストにテレビドラマ化したことや、一般知名度の高さから、伊集院静の代表作のひとつと言えます。本作は著者自身の人生を、色川との交流を通して掘り下げた作品でもあります。
ナルコレプシー(夜間にしっかり眠ったとしても、日中に耐え難い眠気に襲われてしまう病気)を抱えているがゆえに「いねむり先生」というあだ名をつけられた色川の存在により、どん底から這い上がっていくサブローの姿には、勇気をもらえる人も多いでしょう。
一方で、ただ美しいだけのストーリーではなく、人間ならではの退廃も描いています。ギャンブルに狂っていく様子や、人と人の泥臭い関係を壮絶な筆致で描き切っている部分もまた、本作の見どころでしょう。
伊集院静の繊細な心理描写が、巧みに活かされた恋愛ストーリーです。
物語の舞台は鎌倉。主人公の真也は、花を生けるために屋敷にやってくる女性・文枝に、人生初の恋心を抱きます。幼いころから身体が弱く、病床に伏せりながらも、文枝を想い耽っていく真也。一方で、かねてから真也の看病を担当してきた志津は、文枝に嫉妬心を燃やします。深い妬みはついに、彼女を狂気に走らせてしまうのです。
3人の恋の行く末は、一体どうなってしまうのか、最後まで目が離せない作品となっているでしょう。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 1995-08-02
長きに渡って病気と付き合ってきたがゆえに、自らの死期を悟っている真也と、惹かれあう文枝の切なさは、読者の心を苦しくさせるかもしれません。一方で、誰かに恋をしたことがある人ならば、志津の嫉妬に燃える気持ちも、共感できることでしょう。登場人物の誰もが、リアリティを持って存在しているのが特徴です。
しかし、本作は人間のどろどろした心理ではなく、あくまで恋愛を取り巻く美しさを際立たせて描いています。鎌倉の情緒ある景色の中、それぞれの選択に注目して読み込んでみてください。
この作品は、読者の恋愛観を変えるかもしれません。
本作は伊集院静の父親が、実際に朝鮮戦争に行った経験をもとに書かれました。主人公の「ボク」が、かつて父のもとで働いていた権三から、若き日の父と権三の話を聞きます。
朝鮮戦争の勃発で戦乱に巻き込まれながら、過酷な潜伏生活を送る登場人物たち。夫婦、家族の絆の強さと、それゆえの苦しみが繊細な筆使いで描写されています。戦地へ赴いた息子の生還を祈る家族や、戦火を駆け抜ける主人公たちの、命をかけた懸命な姿に、胸を打たれることでしょう。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2012-03-15
著者の自伝的な要素も含みつつ、読み応えたっぷりの大長編となっています。ありありと描き出された朝鮮戦争時の様子には、決して感動ばかりではなく、目を背けたくなるような凄惨なシーンもあります。戦争の激しさや、引き裂かれる人々の悲しみが、ページをめくるたびに迫って来るのです。
家族を守るために、懸命に闘ったありし日の父の姿が鮮明に綴られた本作。漁船を偽装し、たったひとりで上陸を果たして、命をかけて陸路を突き進む姿は、大黒柱そのものです。息子と父の葛藤や、素直に告げられなかった尊敬など、複雑な心理が繊細に表した著者渾身の一作です。
本作は、野球をテーマにした7つの作品が収録されている短編集です。
鉄拳制裁も行っていた厳格な老監督の引退試合を描く表題作の「受け月」をはじめ、野球に関わる親子の心情を切々と綴る「ナイスキャッチ」、野球選手として華々しい時代を過ごしていた男たちとの交流を描いた「冬の鐘」など、伊集院静ならではの心理、景色の描写が発揮されています。
「夕空晴れて」「菓子の家」「苺の葉」「切子皿」と合わせ、どの作品も「野球」に寄り添う人、それぞれの心を美しく描き出しています。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
伊集院静は、1992年に本作で直木賞を受賞しました。中でも収録作品のひとつ「切子皿」は、選考員が非常に高く評価しました。野球という身近なスポーツをテーマにし、あらゆる角度から斬りこんだ一冊です。
選手としての経験がある人はもちろん、家族のうちの誰かがそうであったり、選手と交流を持ったり、7つの短編のどこかに、きっとあなたの姿を見つけることが出来るはずですよ。
柴田錬三郎賞を受賞した作品です。舞台は昭和30年代、瀬戸内海の葉名島。「機関車先生」こと吉岡誠吾が、臨時教師として転任してきたことから物語ははじまります。
吉岡のあだ名は、彼が幼少期の病気の影響で言葉を話すことが出来なかったこと由来しました。「口をきかん先生」ということで、機関車先生だったのです。
小さな小学校とその先生、周囲の人々との交流を通して、絆の大切さを語る感動の物語です。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2003-03-01
本作の舞台である葉名島は、書き手である伊集院静の出身地・山口県防府市の野島がモデルになっています。アニメ化や実写映画化などさまざまな媒体で発表されており、現地には記念碑も建てられました。伊集院静の知名度をぐっと引き上げた、代表作のひとつとも言えます。
本作の舞台である「水見色小学校」は、生徒数7人のごく小さな学校。機関車のように大きな身体の吉岡は、言葉こそ話せないものの、心と心を通い合わせ、子どもたちにとってなくてはならない存在になっていきました。
教頭先生やお医者さん、女将さんや漁師など、島の人々との温かな交流もまた、読者の心に染み入ることでしょう。
本作は伊集院静の自伝的小説です。三部構成になっており、一部では小学生時代、二部で中学生時代、三部では大学生時代の内容がメインとなっています。自身の出身地でもある山口県にスポットを当て、海と山の情緒ある風景と、そこで育つ少年の多感な精神の成長や、人間関係の変化を細かく描いています。
舞台は、まだ戦争の傷跡が生々しく残っている日本です。主人公の高木英雄は、朝鮮からやって来て一代で事業を成功させた、大きな家の長男として生まれました。
心の中に持つべき、大切なものを教えてくれる作品となっています。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2002-06-28
本作の主人公・英雄は、自然豊かな土地で、多忙かつ厳格な父や、誰にでも優しい母、友人や教師、好きになった相手などのさまざま人と交流し、多くの変化を遂げていきます。
少年の爽やかな成長ストーリーの一方で、時代背景を知れるのも本作のポイントです。朝鮮から共にやって来たものの、やがて祖国に帰っていく人々や、政府の移民政策で遠方に移り住み、身体を壊してしまう人、原爆の後遺症に苦しむ人など。当時の日本で何が起こっていたのかも詳しく知ることができるでしょう。
フィクションとノンフィクションの両方に触れ、物語を深くまで楽しむことが出来るはずです。
本作は、「少年」をテーマにした7作品が収録されている短編集です。
表題作である「少年譜 笛の音」の主人公は、ある老夫婦に拾われた少年です。名付け親の住職に剣道を教わりながら、老夫婦との田舎での生活していた少年。彼のいじめとの葛藤と、ある日果たした運命的な出会い、そして後に博士として成長していく姿を描いています。
このほか、「茶の花」や「朝顔」「古備前」「親方と神様」など、極上の作品ばかりを収録した、読み応えたっぷりの一冊です。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2011-11-10
収録されている作品の多くには、伊集院静の作品に散見される自然豊かな風景や、戦後間もなくの厳しい情勢などが出てきます。書き手の原風景に触れることが出来る一冊だとも言えるでしょう。近頃伊集院静のファンになった、という読者の方にも読んでほしい作品です。
また、作中に登場する魅力的な登場人物それぞれのエピソードは、本作の見どころのひとつです。下働きの子と親方、義父と養子など、人と人との繋がりを、淡々とした語り口ながら温かく描きあげています。
主人公の黒田十三は、躍進を続ける編集者。あるとき、雑誌の取材でケニアを訪れた彼は、現地の画家・ムパタの絵に魅せられてしまいます。すっかり絵の虜にされてしまった黒田は、後のパリでの取材も放り出して、再びアフリカの土地に向かってしまうのです。
現地の自然を、多くの人に堪能してもらいたいという一心で、黒田はロッジ建設に乗り出します。コネのひとつもないケニアの土地で、夢を追いかける主人公の、痛快な生き様を堪能できる長編作です。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2003-04-15
広大なアフリカの土地にロッジを建設しようと奮闘する黒田の姿には、非常に力強いものがあります。不慣れな土地での事業は前途多難で、何度も取り返しのつかないような災難に見舞われますが、それが余計に読者の応援したい気持ちを煽るでしょう。読後感はさっぱりした、気持ちのいいものになっています。
アフリカ・ケニアの美しい風景や、現地ならではの魅力を細かく語っているのもポイントです。おおらかな気質や雰囲気、文化や歴史に興味をもつきっかけとなってくれるでしょう。読者の中には、アフリカ旅行の計画を立てはじめる方もいるかもしれませんね。
本作は、吉川英治文学新人賞の受賞作です。5作品を収録した短編集で、どの作品にもしっとりとした読み心地があります。
表題作の「乳房」は、病に伏せる妻を、懸命に看病する夫の話です。その他に、高校受験をきっかけに、離婚してから長らく会っていなかった父娘が再会する「クレープ」や、旧友との再会で昔を思い出す「残塁」などが収められており、伊集院静ならではの名表現をたっぷり楽しむことが出来るでしょう。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 1993-09-03
さまざまな世代の登場人物に、それぞれの作品で焦点を当て、一編一編彩り豊かに描いています。誰もが想像できる日常の風景の中に、書き手ならではの瑞々しい感性が光る、芸術的な一冊だと言えるでしょう。
表題作の「乳房」では、病床で苦しむ妻と、その妻を愛し、足繁く病室に通う夫の姿から、書き手にまつわる実際のエピソードを思い起こさせます。伊集院作品を手にとったことがある人は、原点を知る意味でも、とても重要な一冊と言えるかもしれません。
俳句・短歌・小説・随筆、あらゆる表現を駆使し、明治の世にその文芸に多大なる影響を及ぼすこととなる正岡子規・通称「ノボさん」と『吾輩は猫である』『こころ』『坊ちゃん』など、名作をいくつも世の中に送り出した疑うことなき明治の大文豪、夏目漱石。
2人の文豪の友情を描きつつ、偉大なる文豪・正岡子規、明治時代を夢を持って駆け抜けた「ノボさん」の人生を描いた一大長編小説です。子規と同じく「野球」を愛する小説家である伊集院静だからこそ書けた友情物語であるといえます。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2016-01-15
全編を通して描かれるのは、「ノボさん」こと正岡子規の魅力にあふれた人物像と、暖かく人間的な人物として描かれる夏目漱石との心の交流です。
文章も大変に読みやすく、それでいて明治当時はこんなだったのだろうな、と思わせる情景描写、状況描写がふんだんに描かれ、当時の空気とともに登場人物の息遣いすら感じさせてくれるようなさわやかな読後感を与えてくれます。
正岡子規という人物の伝記的小説でありながら、伝記小説にありがちな説教くささのない軽妙さで、この時代に興味があるなし問わず、様々な方に読んでいただきたい一作です。
いかがでしたか?伊集院静の作品は、どれも趣深い魅力があふれたものばかりです。気になった作品があれば、あなたもぜひ、手にとってみてください。