在日朝鮮人としての生き方と、日本の在り方を熱く描く作家、梁石日。その作風で多くのファンを持ち、何度も直木賞候補に選ばれた実力派です。今回は梁石日のおすすめ本を5つ紹介します。あなたの知らない日本をきっと知る事が出来るでしょう。
梁石日は1936年、大阪府にて、済州島出身であった両親の元に生まれました。
学生時代は詩を同人誌へ投稿するといった文学志向の活動を行っていましたが、成人後は父親が経営していた蒲鉾工場の跡地で美術印刷会社を経営するなど、事業家としての道を歩みます。しかし印刷事業は失敗し、経営が破綻しました。
その後は10年間タクシードライバーの職務に就いていましたが、偶然評論家である岡庭昇と出会い、執筆作業を勧められて『タクシー狂操曲』で文壇デビューします。同作は1993年に崔洋一監督により映画化もされています。
その後も旺盛な作家活動を続け、1994年に発表した『夜を賭けて』は直木賞候補、1998年には実父をモデルに描いた『血と骨』が山本周五郎賞を受賞し、再び直木賞候補作に。同作は2004年には崔洋一が再び監督に就き、映画化もされました。2002年にはタイの人身売買を焦点に当てて書かれた『闇の子供たち』を刊行。日本国内に止まらずタイでも大きな反響を生みました。
在日朝鮮人としての立場で描かれた作品が多く、その作風は幼少期や、仕事に従事していた頃の環境を題材に、実体験を基に描かれたものがほとんどです。執筆以外にも映画出演や講演を行うなど、幅広い活動を行っています。
在日人のコミュニティや、人身売買や臓器売買に巻き込まれる子どもたちを主題に据え、貧困や差別、社会の在り方に言及する作風が多く、読者に深い感慨を生みます。
1930年代の大阪が舞台。朝鮮の済州島から一旗揚げようと大阪へと渡ってきた金俊平は、強靭な身体と暴力的かつ残忍な性格により、周囲からは恐れられる存在でした。
俊平は、子どもを抱えながら一人で飲み屋を切り盛りする李英姫を強引に妻にし、やがて二人の子どもが産まれます。家庭を持った後にも俊平の暴力的性格は変わらず、家族への暴行は日々激しさを増すばかりでした。
やがては愛人を作り、事業の成功から高利貸し業へと転身し金儲けを重ねる俊平。しかし年齢を重ねた彼の人生にも影が射し……。
在日朝鮮人コミュニティが抱える闇を克明に描いた作品です。
- 著者
- 梁 石日
- 出版日
一度ページを開くと、強烈な世界観にぐいぐいと引きずり込まれてしまう、中毒性のある一冊です。本作は梁石日の実の父親をモデルに描いた小説であり、そのため小説の端々に生々しい程のリアリティを感じさせます。
主人公である金俊平には決して共感できず、憎悪を抱くしかありませんし、そんな俊平に振り回される家族の姿は不憫で仕方ありません。しかし、金と暴力と精力の権化である俊平の姿を追っていくと、やがて彼が、あまりにも人間臭い人物である事に読者は気付きます。
夢を追って単身大阪に訪れ、帰属する故郷った在日朝鮮人は、たとえ差別が剥き出しになっていようと日本で生きていくしかなかったのです。そこに必要なのは圧倒的な精神力と強靭な肉体。朝鮮人も日本人も、極道すらも恐れて逃げだす、戦後の時代を生きた在日朝鮮人の姿が強烈に描かれています。
本作の舞台はタイ。貧しさから親に売られた子供たちは、日本や欧米といった世界中の異常な富裕層たちに買われ、性倒錯者の玩具にされたり、臓器売買として処理されたりしていきます。
待ち受ける残虐な運命を背負う子供たちを、大人たちは救う事ができるのでしょうか……。人間の底知れない醜い欲望を描いた衝撃作です。
- 著者
- 梁 石日
- 出版日
2008年には映画化もされている本作。映画でも大きな反響を呼びましたが、原作である小説の内容もショッキングで、読後には遣り切れない悲しみが広がります。
梁石日による完全な創作であるという事ですが、あまりに生々しく、凄惨すぎる描写は、ノンフィクションなのではないかと疑ってしまう程です。
その残酷な描写ゆえ「こんな本を本当に読んでよかったのか」と、一種の罪悪感のようなものを感じるかもしれません。しかし、読後には自分の置かれている環境や立場について考えさせられる、意味の深い作品となっています。
本作は、戦後の在日朝鮮人を取り巻く問題を描いた一冊です。時は1950年代の大阪、戦争当時日本最大級の兵器工場であった「大阪造兵廠跡」にて、売り捌きを目的に鉄屑を求めて忍び込む在日朝鮮人たち(アパッチ族)と警察官との間には、日夜激しい攻防が繰り広げられていました。
スラムとも呼べる生活環境の中で逞しく生きる在日朝鮮人たち。彼らは警察に捕まれば、在日の中で「日本のアウシュビッツ」と呼ばれて怖れられる長崎県の大村収容所へ収監されてしまうのでした。
戦後の日本社会において、日本人と在日朝鮮人の間に横たわっていた闇の歴史が鋭く描かれています。
- 著者
- 梁 石日
- 出版日
文章の端々から力強いエネルギーを感じさせる梁石日の著書の中でも、特にエネルギー量の高い作品です。
本作の内容は大きく三段階に分かれます。まずはじめに「アパッチ族」と呼ばれた在日朝鮮人と警察の攻防を描き、第二段階では主人公である金義夫が逮捕され、大村収容所に収監されるまでが描かれ、第三段階では、時を経て出監した金が、かつてアパッチ族として共に盗みを働いていた仲間と再会します。
読む前には、時代背景や在日朝鮮人の問題を扱う物語であるという事で、肩に力が入りるかもしれませんが、文章表現や話のテンポの良さにぐいぐいと引き込まれ、最後まで一気に読み進める事ができるでしょう。
どんなに苦難な環境に身を置いているにも関わらず、主人公たちの気の抜けたような会話が面白く、惹きつけられます。また大村収監所を始め、当時の在日朝鮮人を取り巻く問題が多く取り扱われているため、あらゆる面で知識を深く吸収する事ができる作品となっているでしょう。
タクシードライバーである趙奉三は交通事故に遭い、失業してしまいました。以来困窮した生活を送っていた趙の元に知り合いの李南玉が現れ、健康マットを売る商売に勧誘されます。当初は商売に否定的な趙でしたが、李に誘われ訪れた研修会を経て、次第に健康マット商法へと取りつかれてしまい……。
金が無いという理由から、物事の判断がつかなくなる恐ろしさ。簡単にマインドコントロールされてしまう人間の業の深さを感じる一作です。
- 著者
- 梁 石日
- 出版日
- 2002-12-01
主人公の趙と同じく、梁石日もタクシードライバーの経歴を持っています。著者自らの体験を元に描かれた作品ゆえに、リアリティを感じさせる小説です。
当初はマルチ商法に半信半疑であったにも関わらず、次第にのめり込み、手を染めていってしまう様子にゾッとさせられます。人間の脳とはこんなに単純な構造なのかと戸惑うことでしょう。本作を読むと、マルチ商法に陥ってしまった人というのは、騙されたのではなく、自分を騙して手を染めていくのではないか?と考えられるかもしれません。
作中では関西弁が使われていますが、この関西弁の独特のリズムが本作に独自の世界観を与え、読者をのめり込ませていくでしょう。
2004年に刊行された本作の舞台はバブル期の日本です。日本社会で生きていく三人の異邦人に焦点を当て、物語は展開します。
在日韓国人である事を隠しながら生きる木村。彼は自分の父親を殺した経緯から日本へ逃亡し、暴力団や大物政治家と関りながらも成功を収めた実業家でした。一方、仕送りのために日本へ出稼ぎにやって来たフィリピン人娼婦、マリア。彼女は整形し、日本人としてバーを構えようと奮闘します。
木村の娘である貴子は、自分が在日韓国人である事をしり、自分の存在を認めるために氏名変更の裁判を起こすのですが……。
三人の異邦人の運命が交互に描かれていきます。
- 著者
- 梁 石日
- 出版日
- 2006-12-01
本作は『断層海流』という小説の続版として刊行されました。『断層海流』を読めば登場人物たちの関係性が把握できますが、本作から読み始めても十分に理解できるかと思います。
梁石日の作品の主人公の多くは、在日朝鮮人などの異邦人です。著者自身が在日であるという事から、異邦人が日本で生きる辛さやその気持ちが文章の端々に表現され、淡々としながら熱く滲み出ています。
本作を読めば、いかに日本人が異邦の人々を受け入れない民族であるのかが分かると同時に、日本という国で、異邦人が異邦人として生きていくには、どれだけ多くの苦難が潜んでいるのかという事にも気づかされます。
日本人であるならば一度は読んでおいても損はしない作品となっているでしょう。
梁石日の作品はどれも強烈なエネルギーを放ち、読み手を一度捉えれば決して離さないという力強いイメージを持ちます。作者自身が幼少期から感じてきた日本人への反骨精神が基となり、その筆力を生み出しているのでしょう。在日問題が未だに解決されない今日。日本人にも在日の人たちにも複雑な思いがあるかと思いますが、その問題の端々が知れるという意味でも、梁石日の描く作品は意味深いもののはずです。是非一度手に取って開いてみて下さい。