幕末からやってきた武士、武市半平太が現代日本でドタバタ生活をおくる姿を描いた『サムライせんせい』。ちょんまげ姿の「武市先生」が体験する日常のあれこれや、人との交流を通じて紡がれる物語の魅力をご紹介します。全巻のストーリーを紹介する際、ネタバレもありますのでご注意ください。
- 著者
- 黒江S介 (著)
- 出版日
- 2014-11-10
2016年2月に、大阪から高知へ移住して創作活動を続ける女性漫画家である黒江S介が手がけるのが、『サムライせんせい』です。
激動の時代・幕末に、尊王攘夷を掲げて戦った武市半平太が、タイムスリップして平成の時代にやってきた!という斬新な設定になっており、ちょんまげ姿で現代の子どもたちに勉強を教えるという姿はかなりシュールです。
わけが分からず彷徨っていたところ、親切な老人・佐伯と出会い、居候させてもらえることになりますが、現代の日本の生活は、武市にとって衝撃的なことばかりなのです。無口で真面目な彼が自動販売機に驚いたり、電話の使い方が分からず途方に暮れたり、戸惑っている姿は可愛らしくもあります。
ほんの少しだけ現代の生活のことが分かってきた彼が元の時代に戻れる日はいつなのか、また彼はなぜタイムスリップしてしまったのかなど、理由を考えながら読み進めるとより一層作品を楽しむことができるでしょう。
タイムスリップしたばかりで現代になかなか馴染めない武市は、助けてくれた佐伯さんの代わりに、佐伯さんの営む学習塾で「先生」をすることになりました。
子どもたちからは「上様」「殿さま」などと呼ばれ、その都度「やめろ」「恐れ多い」などと反論しながら、楽しく(?)勉強を教えている「武市先生」が、平成の世にやってきたばかりの時のことを回想するところから物語は始まります。
幕末の激動の時代に、尊王攘夷運動の中心となって活躍していたのが武市半平太。土佐藩の出身で、その男気溢れる様子は過去でも現代でも変わりません。
獄中で眠っている間に現代にタイムスリップしてきてしまった彼は、見るもの全てが目新しい!その驚き方がまたいちいち真面目なのが面白いです。
そして興奮すると土佐弁が出てくるのもご愛嬌。
しかし彼が主役としてふさわしいのは、時代が変わっても変わらない信念を持った様子ではないでしょうか。多少現代的におかしいところはあれど、いつも正しい道を選び、周囲に影響を及ぼしていきます。
特にほっこりするのが、塾で関わるようになった子供たちとまっすぐと向き合う展開。性格の良さが面白い方向にいってしまう様子が見られます。
作者も一般的には有名ではない武市を主役にしたのには、そんな人柄に惚れ込んだところがあったと語っています。
家族や尊王攘夷運動での責任が心残りになっている武市。果たしてサムライせんせいは過去に戻れるのでしょうか?
映画作品では市原隼人がキャストをつとめます。
武市よりも先に現代にタイムスリップしており、完全に現代に馴染み、その利を享受しているのが楢崎です。
彼は歴史でいうところの坂本龍馬。史実に基づく柔軟な様子はタイムスリップしても健在のようで、スマホやタブレットを使いこなし、時にはスーパーでのバイトまでこなして武市に武士としての誇りはどこへいったのだ、と詰め寄られるくらいです。
そこまで頑なにならなくてもいいのでは、とも思えますが、それもそのはず、楢崎はとってもチャラい。マジで、「〜だし?」という言葉遣いが板につきすぎて、本当にただのチャラいおっさんにしか見えなくなってくるのです。
作者いわく、今世に出ている龍馬のイメージに疑問があったとのこと。調べれば調べるほど出てくる口達者なさまからは、幕末のため、という大義よりも自分がいかに楽しめるかということを追求する人柄が感じられたと言います。
黒江S介独自の龍馬像をご覧ください。映画作品では神木隆之介がキャストをつとめます。
武市がお世話になることになった学習塾を営み、歴史に博学な佐伯家の孫が虎之助。彼の幼馴染がサチコです。
歴史好きな佐伯の孫というだけあって、本作では歴史の解説役をする虎之助。歴史とか難しいのはよくわかんなーい、というサチコに色々と説明してあげます。
しかし実はギャルで派手な見た目のサチコも頭がいい!虎之助の解説を的を射た解釈で咀嚼するのです。
幕末好きな歴女である黒江S介が書くので歴史的な内容も楽しめる本作。こだわりのキャラはサチコだそうで、彼女はなかなか作品の風通しを良くする良い登場人物です。
ギャグ漫画ではあるけど難しいかも、と踏みとどまっている方はサチコに救われること間違いなし。本質を掴んでおり、だいたい大枠は当っている彼女の考えはなかなか分かりやすく、勉強になるものです。
映画作品では藤井流星、黒島結菜がキャストをつとめます。
ふと目が覚めると、自分は見ず知らずの世界にいた……と武市が衝撃を受けるところから物語が描かれていきます。
道の真ん中で呆然としているとトラックにひかれそうになったり、ガングロのギャルを見て「山賊!?」と驚いたり、スーパーを異人の公使館かと勘違いしたり、とにかく思考や行動が忙しい武市は、端から見るとただの不審者です。
そんな不審者のような彼を助けてくれたのが、元・社会科の教師である佐伯さんでした。自分が武市半平太であることを名乗ると、彼が150年の時代をタイムスリップしたことを教えてくれた優しい老人です。
タイムスリップの事実に衝撃を受けつつ、佐伯さんの元で居候させてもらいながら、彼は佐伯さんの学習塾の手伝いをすることになります。こうして「武市先生」として現代で生活していくのです。
- 著者
- 黒江S介 (著)
- 出版日
- 2014-11-10
1巻で印象的なのは、なんといっても佐伯さんの優しさでしょう。周囲が奇異の目で武市を見るなか、佐伯さんだけは最初から武市を助けてくれるのです。
ある日佐伯さんは、「果たして自分は元の時代に戻れるのか」と悩む武市に、戻れるかも戻れないかも分からないが、平成の世で過ごす限りはさまざまな目にあうだろうと忠告します。
さらに佐伯さんは彼に「大半の人があなたが元治の世からやってきたとは信じない」と伝え、それでも、「少なくとも私はあなたを信じますよ。これといった根拠はありませんけどね……」と彼を信じる気持ちを告げるのです。
その言葉を聞いた武市も「何と度量のある人だろう」と感じ入り、自分が逆の立場であった場合に、よく知りもしない人間を同じように庇護することは多分無理、と考えているほどですから、佐伯さんは菩薩レベルで優しいといえるでしょう。
この佐伯さんの言葉は、おおいに武市を勇気づけるくれるのです。信じてくれる人がいるというのは、幸せなことだ、と読者にも思わせてくれる印象的なシーンとなっています。
武市の教え子3人が、ある日森の中の小屋を秘密基地にしようと訪れ、すでに潜んでいた指名手配中の殺人犯に捕らえられてしまった後から、2巻はスタートします。
ぼろ小屋まで子どもたちを探しに来た武市が犯人を倒してしまうのですが、さすが攘夷志士、剣の道に邁進してきただけあって、木の棒1本で悪漢を倒してしまう腕の持ち主であることが分かります。
しかし、それだけでは終わりません。その圧倒的な強さに度肝を抜かれたところで、さらに衝撃の事実が発覚するのです。それこそが2巻の最大の見どころといえるでしょう。
- 著者
- 黒江S介
- 出版日
- 2015-09-10
武市が倒した殺人犯が捕まったことで、世間は連日そのニュースで持ちきりになります。
そんななか、事件に興味をもったフリーライターの楢崎が、取材のため武市の元へやってきました。彼は昔、武市が住んでいる町で暮らしていたことがあり、佐伯さんやその孫の寅之助とも顔見知りだというのでした。
楢崎にも武市の存在が露見し、面白おかしく記事になるのかと思いきや、実は楢崎も150年前からやってきた「坂本龍馬」だということが判明するのです。
すっかり現代人として生きている龍馬は、タイムスリップしてからすでに5年の月日を過ごしているそうで、昔馴染みの武市が捕らえられ切腹したことも、自分の身に何が起きるのかもすべて知っているのでした。
自らが死に、その2年後に龍馬も死ぬことを知った武市は衝撃を受け、2人ともいなくなったら日本はどうなってしまうのかと嘆きます。
そんな武市に、龍馬は「この世こそが、アシらが日本のためじゃなんじゃ言うてがむしゃらに奔走した その結果の日本じゃろうが」と現実を突きつけるのです。
自分たちのやってきたことが水の泡と知って落ち込む武市ですが、「今生きてるんだからいいじゃん」という素直な子どもたちの言葉に励まされるシーンは秀逸です。
過去や未来の出来事を嘆く前に、今を精一杯生きることが大切だと教えてくれる、印象的な場面といえるでしょう。
相変わらず現代で、洗濯機などと格闘しながら日常を過ごす武市と龍馬ですが、3巻の途中からは時代が遡り、150年前の江戸での武市と龍馬の日常のシーンとなります。
異人と戦うために剣の腕を磨きながら、本当に異人と戦えるのかと不安を覚え、来たるべき日に備える武市と龍馬を軸に、時流に揺れる彼らの実情が丁寧に描き出されています。
武市のもとで尊王攘夷運動に邁進する同志のなかには有名な岡田以蔵もおり、まだ武市道場で門下生として過ごしている姿が描かれているところが印象的です。
そして『サムライせんせい』3巻は、何といってもラストが衝撃的に描かれています。
- 著者
- 黒江S介
- 出版日
- 2016-07-09
岡田以蔵は、武市のもとで要人暗殺などの任務を数多く手がけるようになる凄腕の剣士で、いつしか「人斬り以蔵」と二つ名を冠するようになっていくのです。
3巻では、剣のほかには取り柄のない、無口で鈍感だけれども繊細な以蔵の姿が描かれています。
そして本巻のラストでは、150年前のシーンから場面が暗転した後、携帯電話のアラームで起きる男の姿が描かれており、なんと彼は岡田以蔵にそっくりでした。
まさかの以蔵もタイムスリップしていたという展開なのか、はたまた転生してきたのか、3巻では語られずに終わってしまいますが、以蔵と同じ顔をして、「テツくん」と呼ばれているその男は、どうやら現代でひとりで暮らしており、仕事をしているようです。
ウォークマンで音楽を聴くことはできても、携帯電話で留守番電話を再生することはできず、同僚の女性に「別の時代に生きているみたい」と言われてしまうほどつかみどころがなく、時々虚空を眺め、物思いにふけっている姿が印象的です。
この以蔵に似た人物は誰なのか、彼が武市と出会った時に何が起きるのか、そもそも2人は出会うことになるのか、何のために現代に存在しているのかなど、回を重ねるごとに謎は深まっていきます。
3巻で登場した以蔵のそっくりさんが、「本物の以蔵」だと判明した4巻は、彼が現代にタイムスリップしてきたところから物語が始まります。
ぼろぼろの服に傷だらけの体を引きずって歩いていた以蔵は、交差点の真ん中で車に引かれ病院へと搬送されます。そこで一命は取り留めるものの、何が起きたかわからない以蔵は、「わからない」とばかりくり返すので記憶障害と診断されてしまうのです。
名前を問われ、とっさに「どい てつぞう」と名乗り、以後は周囲に「土井」「テツ」などと呼ばれるようになります。
ここで、3巻のラストで以蔵が「テツくん」と呼ばれていたのは、「てつぞう」という名前からだったという伏線が回収されるのです。
その後、福祉事務所の紹介で、清掃会社で働きはじめる以蔵、もといてつぞうですが、ひょんなことからヒーローショーの悪役につかまってショーに出ることになってしまい……。
- 著者
- 黒江S介
- 出版日
- 2017-03-23
ヒーローショーの悪役を本当の敵だと誤解した以蔵は、持ち前の身体能力と体技で敵役を投げ飛ばしてしまいます。現場はてんやわんやの騒ぎになってしまいますが、当の以蔵は敵を倒すために「助太刀」をしただけで、まったく悪気はないのです。
そんな以蔵と、ヒーローショーを取り仕切る会社の女性が知り合うラストで4巻は終了します。
4巻のラストで以蔵と出会った女性が、3巻のラストで以蔵を「テツくん」と呼んでいた同僚の女性というわけです。
時間軸を整理すると、
上記のようになります。このあたりのタイムパラドックスのような時間軸の描き方が、物語にさらに彩りを添えているのです。
この後、以蔵はどのような生活を過ごすのか、同僚と思われる女性や、武市と竜馬との邂逅はあるのか?先の見えない展開から目が離せません。
ちょんまげ姿の先生が体験するさまざまな出来事を通じて、読者自身も忘れてしまったものを取り戻していくような感覚を味わえる作品なので、ぜひ手に取ってみてください。武市先生が、とっても愛おしくなるはずですよ。