2011年に森山未來、長澤まさみ主演で映画化されて有名になった『モテキ』。映画は大人気となりましたが、実は本当に面白いのは原作漫画の『モテキ』なんです。映画では描かれなかったさまざまなドラマがある本作の魅力を、ネタバレしつつご紹介いたします。
『モテキ』は、2008年から2010年に連載された漫画です。主人公は29歳の契約社員の男性。彼と、彼をめぐるさまざまな女性との関係を描いた恋愛物語になっています。この作品の魅力は、普通の恋愛物語とは違い、主人公の葛藤がやけにリアルなこと。
モテるはずのない男がモテる。そんなこと夢物語だと思ってしまうのは、勿体無いです。なぜ彼がいろんな女性にモテたのか、そしてなぜそれを活かしきれなかったのか……
そして、次々に出てくる彼に気のある行動をする女性陣。彼女たちが、単なる男の欲望の対象としてではなく、リアルな女性ならではの葛藤をもって描かれているのも魅力的です。
彼女いない歴=年齢の男がはまる、女性の謎。それに振り回され、ドタバタ劇を巻き起こしながら、彼女たちの誰と付き合うことになるのか、そもそも付き合えるのか……最後までわからない展開にぐぐっと引き込まれてしまいます。
- 著者
- 久保 ミツロウ
- 出版日
- 2009-03-23
漫画『モテキ』は、彼女いない歴=年齢の男性が、ある日突然、人生で1度は訪れるという「モテキ」に入ったところから始まります。
数少ない女性の知り合いから、相次いで連絡があります。そこで恋愛に発展しそうなチャンスがあるものの、ことごとく逃していく主人公。そんな彼が、傷つきながらも女性たちとの関わりのなかで、成長したり、後退したり、デブになったり、童貞を卒業したり……そんな物語です。
主人公である29歳の契約社員、藤本幸世。彼女いない歴=年齢の、冴えない男性です。作中で30歳になる彼ですが、ビジュアルは眼鏡をかけた細身の男性。悪くはないような外見にも見えますが、太りやすい体質らしく、落ち込んでしまったときに驚くほど太って別人のようにブサイクになっています。
20代前半のときは、太ってるうえに肌荒れもしており、まさに典型的なオタクのイメージを体現していました。
4巻の最後の方は、漫画の主人公らしくかっこいいところもあるのですが、基本的にはブサイクで、小心者で、受け身で、仕事もありません。さらに、女性関係にうとい割には女性に興味津々なので、はたから見ていると結構不誠実なことを平気でしてしまったりもするような、典型的なダメな男です。
童貞のまま成人をむかえ、妙な女性を好きになったあげくに、好きでもない女と寝ることで童貞を捨てた幸世。そんな自分の経歴を卑下しているからか、性格も非常に後ろ向きで卑屈です。自分は誰にも愛されるはずがない、と決めつけて、自らの気持ちを伝えることもできず、傷つく前に自分の殻に閉じこもって鎖国しています。
そんな彼の性格を表しているのが、自虐モードに陥ったときの怒涛の思考でしょう。
「自信もないのに愛されたくて、なのに優しくしてくれる女の人に出会ったら今度は愛されてない証拠探しばっかりしてしまう。自分から好きになってないから彼女に愛されてるか愛されてないか、その為の努力が自分は出来てるかばかり気になってしまう。愛される理由がわからなくて不安定で、どんな自分でいたらいいのかわからない。俺が側にいたらきっとこれから何度も呆れられて見捨てられるだろう。俺は自分から好きになってないから、大事な所で踏んばれずに逃げてしまうだろう。俺なんか一生恋愛できない方がいい。誰のことも好きにならない。そうしよう」(『モテキ』3巻から引用)
自分と同じように不器用で誰からも愛されないと思い込んでいる女性、中柴いつかと良い関係になっているとき、彼のことを好きな土井亜紀の気持ちを知り、亜紀にキスをしてしまった幸世。そのシーンをいつかに見られ、さらにいつかとの曖昧な関係を亜紀にも知られてしまったときの彼の思考です。
いつかを傷つけ、亜紀に呆れられて、落ちるところまで落ちました。一気にネガティヴに振り切っていける彼の性格がよく表れているシーンです。まさに面倒くさい男を代表するかのような性格ですね。
- 著者
- 久保 ミツロウ
- 出版日
- 2010-01-22
作中のキーマンともいえる女性陣のなかで、冒頭から出てくるのが土井亜紀です。契約社員として働く幸世と同じ職場の彼女は、美人で少しきつそうな女性。その雰囲気のせいか、幸世からは苦手意識をもたれていました。彼との交流は、亜紀がたまたま夏フェスに幸世を誘ったことから始まります。
友人たちとも一緒に楽しむなか、手をつなぎ、良い雰囲気になる2人。しかし幸世は、亜紀に彼氏がいることを知ってしまい傷ついて、その後の交流はなくなってしまっていました。
実は、その日のうちにその彼氏と別れていた亜紀は、それからずっと幸世のことが忘れられないでいました。彼女がライブのお誘いメールを幸世にしたのが、彼のモテキの始まりです。物語のきっかけを作った女性ともいえます。
受け身な幸世に対して苛立つ場面や、周囲の男たちに笑顔を向けながら黒いことを考えている場面、気合いが入っていないときに幸世と会って慌てる場面、幸世に呆れて「愛されたくないモード」に入ったときの鬼の形相など、作中に数多く出てくる女性のなかでも、とくに生き生きとして描かれています。
亜紀は美人でスタイルがよく、じつは愛想も良くて、まさに典型的なモテる女。幸世からすればレベルが高く、自分になんて絶対見向きもしないだろうと思われています。
しかしそう思っているのは、周りの男たちだけでした。彼女自身は、そんなふうに思われる自分と本来の自分との間に悩み、男たちが自分を怖がって立ち入らないことに孤独感を覚える普通の女性だったのです。そんな彼女が酔っばらって、
「藤本君もオム先生も私の中に踏み込もうとしてないじゃん。私のこと怖がんないでよ」(『モテキ』3巻から引用)
と本音をもらす姿は、まさに等身大の姿ではないでしょうか。
物語が展開するにつれて、彼女は独特の立ち位置になっていきます。いつしか作中に登場する漫画家のマネージャーになっていたり、幸世と徹底的なすれ違いを起こしたり、そしてその結果、付き合うようになったり、ライバルの登場や遠距離恋愛で心が離れていったり……
幸世のパートナーとして位置付いていくにもかかわらず、どこか不安定な立ち位置の彼女。2人の関係がどうなるのか、最後の最後まで分かりません。
- 著者
- 久保 ミツロウ
- 出版日
- 2009-08-21
23歳の照明アシスタントをする女性、中柴いつか。幸世とは彼女が20歳になった頃からの飲み友達で、出会った頃は、童貞処女コンビとしてお似合い認定されていました。
そんな彼女とのイベントが、物語の冒頭で始まります。いつかが幸世を誘い、2人で山形まで旅行に行くことになったのです。
「友達だよね」と再認識したうえで、旅館に泊まることになった2人。……いや、友達ってなんだ?そう自問する幸世。結局、いつかが許して一緒に寝ることになったのですが、幸世が実は童貞ではないと知ったいつかは一気に手のひらを返して彼を拒否。それから2人が会うことはなくなっていたのです。
いつかと幸世の再会は、幸世の中学時代からの親友、島田がきっかけでした。2人の共通の知り合いの彼は、実はいつかの好きな人。しかし、島田は他の女性と結婚し、いつかは失恋してしまっていたのです。
そんな悲しい恋をしたいつかは、女性版、幸世のような存在。ビジュアルも作中の他の女性より劣り、自分自身も女性として扱われることを毛嫌いしていました。その一方で知り合った島田に初恋をし、見ているだけでいいというピュアな恋をしていた彼女。島田の結婚式で、自分は誰かに愛される「お姫様」になりたかったのだと悟ってしまいます。
そして、傷心中の彼女の処女を奪ったのは、島田と共通の知り合いの40代の男性。たった1回きりの愛のない関係を、割り切って受け止めつつも、深く傷ついてしまいました。
「私はなれないんだ。誰かの自慢のお姫様になんか。私はお城へ行く勇気のないシンデレラ……ガラスの靴も履けやしない……」(『モテキ』2巻から引用)
彼女が久しぶりに再会した幸世へ、島田への思いや処女喪失の経験を語ったときの彼女のセリフです。思考回路がまさに幸世とそっくりですね。さすがにこのネガティヴには、彼もストップをかけます。
幸世にとっていつかは、一緒にいて安心できる女性。彼が最終的に選んだのは亜紀でしたが、いつかがいたからこそ、彼は自分以外の誰かのために本気になることができたし、自分も頑張っていると認識することができました。幸世が成長するうえで、非常に重要な役割を担った女性です。
登場する女性陣のなかで最もミステリアスで、最も危険な香りのする女性が小宮山夏樹です。幸世にとって1番大好きだった女性であり、最後まで心のなかを占め続けていました。
彼女と幸世の出会いは、物語が始まる3年前。デブでまさに典型的なダメ童貞だった幸世が出会った彼女は、本音の知れないミステリアスな女性でした。2人でデートをしてくれた初めての女性でもあります。彼女と関わるなかで、幸世は女性と話せるようになったといえるでしょう。
酔うと他の男性と寝てしまうだらしなさがあります。男性との友情に憧れていますが、気を持たせるそぶりも多く、貞操観念も低く、おまけに美人なので、友達になれる男性はほぼ皆無です。
物語の終盤では、幸世の親友の島田とも関係をもってしまいます。それでも平気な顔をして島田と幸世の前にあらわれたり、幸世の実家に居座ったりすることのできる、腹の座ったところがあります。全編をとおして本心のしれない女性として描かれていた彼女ですが、物語の終盤に幸世の母校へ2人で行ったとき、
「ノリでテキトーに嘘ついたりもする。理想も決めないし、好きな人も1人って決めないし、好きなじゃい人とも寝たりもするよ。自分の思ってもいない方向に進む人生が好きなの」(『モテキ』4巻から引用)
というセリフは、彼女のすべてを表しているといえるでしょう。この言葉で幸世は、夏樹のなかには自分がいないことを知り、彼女との恋では自分は何も変われないことに気づくのです。
実家に帰省した幸世が再会した、元ヤンの林田尚子のセリフです。傷心して実家に帰省した彼から、亜紀やいつかたちの話を聞いた際に放ったこの言葉。モテない男性に、なぜ女が寄ってくるのか。なぜそんなチャンスがくるのか。
冒頭からの展開を「どうせ漫画だから」と思って見ていた読者をも納得させるような、強い説得力のある言葉です。
漫画『モテキ』の女性陣は皆、幸世にとってはレベルの高いよくわからない生き物として登場しますが、実はそれぞれどこかに傷を負いながら生きている人たちです。このセリフを言った尚子も、若い時に結婚し、小学生の子供をもつシングルマザー。彼女が言うからこそ説得力がありますね。
尚子がこうして現実を突きつけ、幸世の尻を叩いたことにより、彼はひとりひとりの女性と向き合うことを決意。この後も何度も、尚子の世話焼きに救われます。彼女とのフラグは最初の方でしか立ちませんでしたが、尚子もまた、彼にとっての大事なキーパーソンであったことは間違いありません。
- 著者
- 久保 ミツロウ
- 出版日
- 2010-05-21
夏樹と一緒に母校の学校へ遊びにきた幸世。彼女といることで非日常的なトキメキを覚える彼は、彼女に「本当の夏樹を知りたい」と告白します。それに対して、それまで笑顔だった夏樹は突然冷めたような表情をするのです。
「私の事色々聞いてさ、君は本当は淋しがり屋だとか本当は何かが欠けているとかサ、男の人って皆勝手に女を分析してカテゴライズするの好きよね。〝本当の私“を理解したなんて思い込みだか思い上がりが嫌なの。そもそも知ってもらいたい〝本当の私”なんて無いし。」(『モテキ』4巻から引用)
一見、無責任で傲慢な物言いにも思えるかもしれませんが、実は真理をついているんじゃないかと感じるセリフです。
実際にこのカテゴライズは、物語がはじまったときから幸世が世の中の女性にしていたこと。「美人だから」「女性は」こういった枕詞をつけて人を理解する癖のあった彼を、批判するような言葉でもあります。
またこの言葉は、現実的にも的を得ているのではないでしょうか。どれほど長い間寄り添ったパートナーであっても、自分とは違う人間である以上、理解しきることなど本来は不可能なはず。でもそれを忘れてしまいがちなのが人間関係なのです。
夏樹はいろんな男性との関係があったからこそ、相手が抱く自分の像と本来の自分との差異や、それぞれの男性が勝手に持つ像に嫌気がさしていたのかもしれません。
モテキの感動のシーンと言えば、やはりラストシーンではないでしょうか。幸世は亜紀から別れ話を切り出されます。亜紀にはもっといい男性がいるはずだし、自分には到底無理だと諦めそうになった彼のなかに、尚子やいつか、そして夏樹の言葉が蘇ってくるのです。
すべては、亜紀はもっといい男性といい関係を築いているのだという勝手な理解と、傷つくことを恐れて逃げてしまう自分がダメなのだと思い知った彼が、彼女の名を呼びます。
「本当の俺とは別に皆の中にもそれぞれの俺がいるんだ。ずっと俺は自分が好かれる資格がないんだと思ってたけど、俺の実体とは関係なく誰かの心の中での姿は良くも悪くも変わってく。俺になんでモテ期が来たのか分かんなかったけど、きっと皆の中で「俺」が勝手に動き回ってたんだろうな。全部伝わらなくてもいいから伝えてみるよ。今の俺はこんなです。そこから、君の中の俺が変わる」(『モテキ』4巻から引用)
幸世の変わった姿が印象的なシーンです。この後、亜紀と幸世はどうなったのか。それは物語のなかで語られることはありません。ですがきっと、どういう結果になったとしても、幸世はもう大丈夫。そんな風に思える名シーンとなっています。
モテキが来ても、亜紀と付き合えても、幸世の心のなかにずっと居座り続けていた女性。それが小宮山夏樹でした。どんなときでも彼女にとらわれてしまうのは、幸世が1番好きになった女性だから。そんな彼女との会話のなかで、自分は彼女との恋では何も変われないのだと悟ります。
夏樹について、いつまでそんなキャラで生き残れるのかとか、どこかの男の奥さんに慰謝料請求されるようなことになるな、など心配事を述べながら、
「楽しんで生きろよ。そーゆー夏樹ちゃんが好きだから」(『モテキ』4巻から引用)
と、握っていた彼女の手を離す幸世。しかし言葉ではそう言いながらも、完全には割り切れずモヤモヤを抱えたまま、夏樹は彼の元を離れます。そして道路をわたりきったところで、彼女が
「ずっと言おうと思ってたけど私ね」(『モテキ』4巻から引用)
と振り返るシーン。その言葉は2人の間を走ったトラックの喧騒で聞こえないというオチなのですが、その終わり方すらもが、彼らの関係や性格を表しているようで、どこか切なくも、すてきな名シーンだといえるでしょう。
ちなみに、この直後に幸世は亜紀から別れ話を切り出され、傷心のまま家に帰ると母親が倒れて怪我をしているという怒涛の不幸な展開になるのも『モテキ』の面白さです。
ガラケーが主流だった時代の漫画『モテキ』。ですがいまも色褪せず、やけにリアルな物語でもあるこの作品。モテないと自負する全人類に捧げたい物語ですね。
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『モテキ』『アゲイン!!』など、ドラマ化や映画化されるほどの人気作を生み出してきた久保ミツロウ。フィギュア好きとして知られており、趣味がこうじて、2016年にはアニメ「ユーリ!!!on ICE」の原案も担当しました。 そんな久保の代表作といえば、やっぱり『モテキ』。映画化もされ、大きな話題となりました。ただ面白い作品は、『モテキ』だけではありません!今回は個性的なストーリーが光るおすすめの作品を、ランキング形式でご紹介していきます。