生徒会を舞台にくり広げられる、高校生の挫折と成長を描いた青春物語、それが『1518!イチゴーイチハチ!』です。今回はこの作品のもつ魅力を紹介していきたいと思います。
松武に入学した女の子・丸山幸(まるやまさち)は、同じ中学校の先輩である、現生徒会長に誘われて生徒会に参加します。そこで幸は、ケガをしたことで野球部に入らずにいた少年・烏谷公志郎(からすやこうしろう)と出会います。幸は中学時代、烏谷の投球を見たことがあり、その時の鮮烈な印象を今でも抱いていました。
紆余曲折の末、野球への未練を断ち切り、生徒会に参加することになった烏谷を見た幸は、彼を「心から笑わせてやろう」という目標を見つけます。
こうして彼らの、生徒会としての高校生活がスタートしました。
作者の相田裕は、イタリア社会の闇と人々の信念を描いた『GUNSLINGER GIRL』の作者として有名です。そんなバイオレンスな作品とはうってかわって、今回相田が描いた『1518!イチゴーイチハチ!』は、高校生たちによる爽やかな青春群像劇となっています。
以前に相田が同人誌として発表していた『バーサス・アンダースロー』という作品が原案です。ちなみにこの『バーサス・アンダースロー』は、「文化庁メディア芸術祭漫画部門」の審査員推薦作品に入選するなど、同人誌ながら非常に高く評価されました。
物語の舞台は、埼玉県に存在する架空の高校「私立松栢学院大付属武蔵第一高校」、通称「松武(しょうぶ)」の生徒会。リアリティーのある学校描写や、キャラクターそれぞれの個性が魅力です。しかし、この作品における一番の魅力であり、物語を奥行きあるものにしているのは、「主要キャラクターたちが、何かしらの挫折を経験し、夢を諦めている」という設定です。
本来「主人公が夢を追いかける」という流れが王道といえますが、この作品は「夢を諦める」ことからスタートする物語になっているのです。かつての夢を手放し、新たな道を模索しはじめるという現実感ある設定が、この作品の最大の特徴といえます。
この記事では、そんな『1518!イチゴーイチハチ!』の魅力と各巻の内容をご紹介しましょう。
- 著者
- 相田 裕
- 出版日
- 2015-03-30
主人公は、やりたいことも特にないまま高校に入学し、先輩の手伝いという形で生徒会に入学することになった女子生徒・丸山幸です。
舞台となる松武高校は、県内トップの公立高校を受験する人たちの併願校とされる場合が多く「受験に負けた人たち」が入学する学校などと揶揄されています。しかし、その分行事や部活は盛んで「受験で負けたが高校生活では負けない」が松武の生徒の心意気です。
「生徒会室でラーメンを作る」などのちょっとしたいたずらや、生徒が教室で雑談する様子のワンカットなどから「この学校や学生は本当に存在するのではないか」と思わせるほどリアルな空気感が伝わって来ます。
彼らの心意気も相まって校内のイベント時には活気が溢れ、青春の追体験ができます。さらに「自分もこんな高校生活が送ってみたかった!」と、登場人物たちを羨ましく感じてしまうこともあるでしょう。その空気感も、この作品の魅力の一つです。
恋愛要素や重大な事件なども絡んでこない、生徒会を主軸にした現実的な高校生活が描かれていますが、だからこそ誰でも受け入れられる作品となっているのでしょう。
野球選手としての将来を有望視されていたものの、肘をケガして諦めざるを得なくなった少年・烏谷。
中学時代、そんな烏谷にボールを打たれ、男子に混じって野球をやることに限界を感じて野球を絶った生徒会長。
受験勉強を頑張ったものの、志望校の入試本番中に鼻血を出してしまい、結果として不合格になってしまった会計の東。
これまで、何事にも情熱を向けられなかった主人公の幸。
烏谷を筆頭に、この作品の登場人物たちはこれまでの人生で、大なり小なり挫折を味わっています。そんな彼らがかつての夢をきっぱりと諦め、松武で新たな夢ややりがいを見つけていきます。
人間誰しも、いくつもの失敗や挫折を経験して人生を歩んでいくものです。この作品の登場人物たちも、キラキラと輝いているだけでなく、そこに至るまでの挫折という暗闇があったからこそ、人間味のある魅力的なキャラクターとなっています。
登場人物たちがそれぞれの挫折の経験を噛み締めるだけで終わらず、そこから再び新しい夢・やりがいを見つけ出し、あらためて歩みだす過程を描いている部分が、この作品の何よりの見どころです。
つまずいたとしても、どん底に落ちたとしても、人生は続いていきます。なにより、そこからどう這い上がるかが、一番大切と言っても過言ではありません。
この『1518!イチゴーイチハチ!』の登場人物たちも、学校生活と生徒会の活動を通じて、新しい目標を見出していくことができるのです。
「仕方がない」と夢を諦めたその先にある成長と、いい意味での諦めの悪さを描いているこの作品は、高校生の青春群像劇であると同時に、極上の人間賛歌とも言えるのです。
松武に入学し、現在の生徒会長から「同じ中学だったから」という理由で誘われて生徒会に参加した丸山幸。彼女はここで、かつてシニアチームのエースとして活躍していた野球少年・烏谷公志郎と再会します。彼の投球姿を見たことがあり、それが今でも強く印象に残っていた彼女は大興奮しますが、烏谷は肘のケガで野球を続けられなくなっていました。
しかし野球への未練が断ち切れていなかったことから、どの部活にも入っていなかった烏谷。それを見かねた会長は、「負けたら野球への未練を断ち切れ」という条件で、烏谷に1打席勝負を持ち掛けます。その勝負の結果生徒会長に負けた烏谷は、生徒会に参加することになりました。
ある日幸と烏谷は、会長から「目安箱の中身回収」を言いつけられます。2人は回収した意見のなかから「アイス大作戦」と銘打たれた投書を見つけました。その内容は、学校内にアイス自販機を設置して欲しいというもので……。
こうして、幸と烏谷の、生徒会役員としての初仕事が始まりました。
- 著者
- 相田 裕
- 出版日
- 2015-03-30
第1巻は、烏谷を生徒会に参加させるまでの前半部と、アイスの自販機を設置するまでの生徒会の活躍を描いた後半部にわけられます。
新入生の丸山幸と烏谷公志郎。2年生で会計を務める東慧汰(あずまけいた)に、庶務の三春英子(みはるえいこ)。3年生で生徒会長の亘環(わたりたまき)や、副会長を務める山崎克己(やまざきかつみ)。生徒会一同もさっそく全員そろいます。
見どころは、何と言っても烏谷が生徒会に参加するまでの過程。この作品のテーマを全て詰め込んだと言っても過言ではないほど重要な場面です。
ケガで野球を辞めたものの、そこで立ち止まってしまっていた烏谷。中学時代、野球で彼に惨敗した経験を持つ生徒会長は、彼に1打席勝負を持ち掛けます。その結果、変化球を駆使して見事に烏谷を抑えました。
彼に野球を諦めさせようとしつつ、夢を諦めることの辛さを知っている会長は、こんな言葉をこぼしました。
「他にも楽しいことがいっぱいあるって、教えてやりたいんだよ」
(『1518!イチゴーイチハチ!』1巻より引用)
野球をやっていた烏谷に強い印象を抱いていた幸も、「野球のことしか知らない」とどこか虚しそうにしている彼に、「野球とは違う面白さがある」と生徒会参加を持ち掛けます。こうして烏谷は、生徒会に参加することになりました。
幸とともに、初仕事である「アイス大作戦」も成功させた帰り道、烏谷は「甲子園も、プロを目指すのももう無理だ」と幸に打ち明けます。そんな彼を見た幸はこの時から、彼を心から笑わせてやろう、という目標を見出すのです。
物語のコンセプトはまさに、先ほどの会長のセリフに集約されています。この物語がどんなメッセージを持ち、読者に何を伝えたいのか、そのすべてが詰め込まれたのが『1518!イチゴーイチハチ!』第1巻なのです。
無事生徒会の正式な役員として任命された幸と烏谷。そんな2人にとっての高校生活初イベントは「新入生歓迎マラソン」でした。生徒会長からの推薦もあり、烏谷は新入生代表として旗手を務めることになります。
一緒に靴を買いに行くなどして、少しずつ烏谷との仲を深める幸たち。そんななか迎えたマラソン大会当日。幸は生徒会長にある勝負を挑みます。
はたして、幸が持ちかけた勝負とは?マラソン大会は、どんな結末を迎えるのでしょうか?
- 著者
- 相田 裕
- 出版日
- 2015-11-30
第2巻描かれるのは、松武伝統の「新入生歓迎マラソン」のエピソードです。前半は、大会に向けての準備と生徒会のほのぼのとした日常を描き、後半では、マラソン大会当日の、幸たちが奮闘する姿が描かれています。
生徒会長から推薦され、新歓マラソンの代表旗手を務めることとなった烏谷には、「過去に彼女の夢を砕いてしまった身として、どんな嫌がらせでも耐えるしかない」という気持ちがありました。
しかし「烏谷にも野球以外の楽しみを見出してもらいたい」という会長の本意を知っている幸は、マラソン大会当日、会長にある勝負を仕掛け、無事に勝利します。そして「嫌がらせで生徒会に入れたんじゃない」と、烏谷の誤解を解いて欲しいと要求したのでした。
しかし、自分も「男子に混じって野球を続ける」という夢を諦めたことがある会長は「「恨んでないよ」なんて言葉は通じないんだ」と拒否します。落ち込む幸でしたが、無事旗手として完走し、戻って来た烏谷は会長に「推薦してくれてありがとうございました」と笑顔を見せたのでした。
幸の願いを拒否した生徒会長の言葉は、物語を単純なハッピーエンドへは運ばない、重みのある言葉になっています。相手を励ますつもりで言うすべての言葉が、相手の心を必ずしも救うとは限らないのです。
しかし、少しずつですが、野球への気持ちでいっぱいだった烏谷の思考が、他の方向にも広がり始めているのが見て取れるのも事実。また彼が心からの笑みを浮かべるのは、このシーンが初めてとなります。
今後も、幸などの生徒会メンバーたちとの交流を通して、烏谷の塞がれていた心がほぐれていくことを願いたくなるエピソードです。
生徒会が最も注目されるイベントである「生徒総会」の準備に追われる生徒会メンバー。生徒会の活動内容を知ってもらうためにと、幸の立案でミュージカル動画を流す事になりました。
試行錯誤しながらムービーを完成させた幸と烏谷でしたが、総会当日、アクシデントに見舞われてしまいます。そのせいで、せっかく作ったミュージカル動画がお蔵入りの危機に!
果たして、彼らは無事に生徒総会を乗り切ることができるのでしょうか?
- 著者
- 相田 裕
- 出版日
- 2016-11-30
第3巻では、生徒総会の準備と本番の風景がメインとして描かれます。決算の打ち込みなど、徐々に生徒会役員としての仕事も増えてきた1年生2人組の様子や、三春や東の生徒会参加のいきさつなども明かされますが、見どころはやはり烏谷の変化です。
冒頭から、右投げ投手だった烏谷が、右手でカバンを持っている場面が描かれます。野球の、特に投手経験者なら、自分の利き腕でカバンを持つことがどんなにあり得ない行動か理解することはたやすいでしょう。このたったワンシーンだけで、烏谷が野球に対して1つの踏ん切りをつけたことがうかがえます。
さらに「これからの3年間、楽しく過ごそう。これが新しい俺の夢だ」と烏谷は語るのです。夢を諦めることになった彼が、自らの口で新しい夢について語った、作中屈指の名シーンです。
また、その後に描かれる三春と東の生徒会参加のいきさつも注目ポイント。生徒会長に言いくるめられ生徒会に参加した三春と。その三春に誘われる形で役員になった東。特に東は受験で失敗して松武に来ているため、どこか冷めたところがある生徒でした。
「生徒会に入ったことを少し後悔している」と彼は言いますが、同時に「生徒会に参加することで松武での学生生活を楽しんでいる」という旨の発言もしています。ここにもひとり、一度夢に敗れながら新しい場所で頑張っている生徒がいたのです。こちらも、本作のテーマに則った名場面といえるでしょう。
生徒総会では、時間の関係で、せっかく作り上げたミュージカル動画が上映できそうにないという事態に陥ってしまいます。この一件の結末は、ぜひ直接読んでほしいところになります!その時の烏谷のセリフと、表情に注目してください。
季節は巡って初夏になりました。生徒総会も終わり、手の空いた幸と烏谷は3年生の負担を減らすために新しい仕事をしていくことになりました。
烏谷が選んだ仕事は応援部会のオブザーバー。行事だけでなく部活にも力を入れている松武は、野球部ももちろん強豪です。
しかし応援部会のオブザーバーを引き受けたということは、野球部の応援にも参加しなくてはなりません。かつて野球という夢を諦めた烏谷に、その大役を果たすことはできるのでしょうか。
一方、生徒会長は自身の進路について一つの決断を下します。彼女の決断とはいったい……?
- 著者
- 相田裕
- 出版日
- 2017-08-30
応援部長の日野江碧と生徒会長の出会いや、烏谷のリトルリーグ(12歳以下の少年硬式野球)時代の仲間との再会、夏の高校野球初戦の様子に、会長と烏谷の野球の因縁の結末など、見どころ盛りだくさんな巻となっています。
しかし今巻のメインキャラクターは、何と言っても生徒会長です。この巻では高校生になりたての生徒会長の姿を見ることができます。
中学時代に烏谷に負けたことで「女であることに引け目を感じてプレーしたくない」という気持ちから野球を辞めた生徒会長。しかし1年生の頃の彼女は、それまで男子にまじっていた経験が足を引っ張り、女子競技に行くこともできずにいました。
その頃、たまたま仲良くなった日野江碧から「渡った先でなにか始めないとだめだろ」と言われたことで、応援委員に参加することに。そこから生徒会役員になるまでの詳しい経緯については語られていませんが、現在の彼女を見るに、その時から充実した高校生活を送れてきたのだろうと想像することができます。
また彼女は、生徒会メンバーとしての烏谷と交流していくなかで、「大学に入ったら女子硬式野球を始める」という、新たな目標にたどり着きました。これまでは烏谷を導く立場にいた彼女の挫折と、新たな夢を見つけた姿、そして2人を縛り付けていた因縁が解消された様子は、彼らの1学期を締めくくるにぴったりな内容となっています。
もちろん、ここまで語られてきた烏谷の物語も進行していきます。リトルリーグ時代のチームメイトと再会した烏谷。再会した元チームメイトに彼が与えた印象は、相手を驚かすものでした。
また、心配されていた烏谷の応援部会での活動でも、野球に対してフラットな考えを持てるようになった彼を見ることができます。さらな成長を見せた烏谷の、ラストの姿は必見です!
夢に破れた若者が、新たな夢を見出し追いかける物語。それが『1518!イチゴーイチハチ!』です。皆様ぜひ、これを読んで青春のキラキラとした輝きを感じませんか?