天皇から庶民まで、各階層の人々が詠んだ4500首あまりの歌を集めた日本最古の歌集である『万葉集』。その構成はどのようになっているのでしょう。また、誰が編纂したのでしょう。『万葉集』を読むための、あるいはもっと知るための本もあわせて紹介します。
『万葉集』は奈良時代末期に編纂された20巻からなる日本最古の和歌集で、4500首あまりの歌が収められています。いわば、奈良時代とそれ以前に詠まれた歌の集大成。
歌人は、額田王、柿本人麻呂、山部赤人、大伴家持など、天皇や貴族、宮廷歌人が名を連ねています。その一方で、作者不詳の防人や農民などさまざまな身分の人の歌も含まれており、人間性豊かで素朴な表現も多くみられるのが特徴です。
地域的には大和の国が中心ですが、東国で作られた「東歌」など全国各地方の歌も取り入れられていて、なかには方言で詠まれた歌もあります。7世紀から8世紀の政治や社会を知るうえでの、貴重な史料だといえるでしょう。
原文はすべて漢字で書かれており、漢文の体裁をなしています。編纂当時はまだ仮名文字が作られていなかったため、漢字を意味どおりに表記している部分と、漢字の意味とは関係なく漢字の音訓だけを借りて日本語を表記する「万葉仮名」と呼ばれる表記法が多く用いられています。
『万葉集』の名前の由来は「万(よろず)の言の葉を集めたもの」とする説もありますが、「葉」を「世」の意味にとって「万世(よろずよ)に長く伝えるため」の歌集という考え方が、研究者の間では通説です。
2019年4月1日に新元号「令和」が発表されましたが、その出典として『万葉集』の「梅の花の歌」32首の「時に、初春の令月にして、気淑く風和く。梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す」という歌が用いられたことでも話題となりました。
「厳しい寒さの後に春の訪れを告げる、見事に咲き誇る梅の花のように、日本人がそれぞれの花を大きく咲かせることができる、そんな日本でありたい」という意味が込められています。これまでの元号には中国の古典が用いられていて、日本の古典が元号の出典とされたのは初めてです。
それぞれの時代を通して100年以上にもわたって詠まれた4500首あまりにおよぶ歌を、和歌集としてまとめ、編纂するのは大変なことです。ひとりの編者が一からまとめあげたとは考えにくく、それぞれの時代ごとに編集されていたものを、最終的にひとつに編纂したものと考えられています。
巻ごとの成立年代を示す史料がないためはっきりと限定はできないものの、詠まれた歌の内容や人物から、次のような区分と編者が推測されています。
巻1の前半は、持統天皇やその時代に活躍した歌人の柿本人麻呂。巻1の後半から巻2は、元明天皇や文官の太安万侶(おおのやすまろ)。巻3から巻15と巻16の一部は元正天皇や大伴家持。そして、それ以降巻20までは大伴家持が編集に関係したと考えられています。いずれにしても、天皇や宮廷歌人たちの手によって編集がなされました。
巻17以降に大伴家持の歌が多いことや、最後の歌が家持の歌で締めくくられていることから、最終的に完成させた編者は大伴家持というのが定説になっていますが、天皇の勅撰なのか家持の私撰なのか、さらに他にも編者がいたのかなど諸説あり、不明なことも多く残っています。
『万葉集』の各歌は部立てに分けられており、各巻はその部立て、年代、国ごとに配列されています。部立ては、人を愛する恋の歌である「相聞歌」、死者を悼む歌である「挽歌」、それ以外の「雑歌」の三大部立てで、「雑歌」には旅情や自然を詠んだ歌や、宮廷に関する歌などが含まれています。
巻1は雑歌、巻4は相聞歌、などひとつの巻がひとつの部立てからなっている場合もあるのです。また巻14は、これらの三大部立てを含んでいますが、総題として「東歌」という別名があります。
歌体としては「短歌」「長歌」「旋頭歌」があり、五七五七七の五句からなる「短歌」が4200首あまりで多くを占めます。五七を長く続け、最後を基本的に七音の句で締めくくる「長歌」が260首あまり、五七七を2回くり返す六句からなる「旋頭歌」が60首あまりです。また、「長歌」の後に1首あるいは数首添えられたものは「反歌」といわれています。
巻ごとの歌数はかなり差があって、もっとも少ないのは巻1の84、もっとも多いのは巻10の539です。
歌が作られた120年間を「万葉の時代」といいますが、それは大きく4期に分けられます。629年の舒明天皇即位から672年の壬申の乱までを「初期万葉」、その後710年の平城京遷都までを「白鳳万葉」、遷都以降729年の天平元年までを「平城万葉」、天平元年以降759年までの聖武天皇時代を「天平万葉」とそれぞれ区分されています。
それぞれの時代に代表歌人がおり、歌風もそれぞれの時代の特色を感じることができるでしょう。
「万葉集には前後の歌とともに歌群として味わうことによってはじめて真価を表す場合が少なくない」(『 新版 万葉集 一 現代語訳付き』から引用)
本書は、このような著者の考えにもとづいて、『万葉集』の全首を歌群ごとに、書き下し文、注、現代語訳の順で解説している作品です。
- 著者
- 出版日
- 2009-11-25
『万葉集』は全20巻からなっていますが、本書は全4冊。そのうち巻1から巻5までを第1冊、巻6から巻10までを第2冊、「東歌」の題目が付く巻14を含む巻11から巻16までを第3冊、そして最終第4冊には大伴家持の歌が中心となる巻17から巻20までが収録されています。
さらに第4冊の末尾には、各巻冒頭歌群の原文、作者別索引、初句索引も掲載されています。
宮廷歌、旅情歌、生活歌、恋の歌、哀愁歌など壮大な万葉の世界を全首読むことができ、『万葉集』の入門書としては最適な本でしょう。
本書は4500首あまりある『万葉集』の歌のなかから、覚えてほしい歌を著者の視点で100首選び出したものです。
古典の授業で習ったようなよく知られる歌も多く取りあげられており、たとえば柿本人麻呂、大伴家持、山上憶良、山部赤人といった歌人の歌は8首以上選ばれています。
- 著者
- 出版日
- 2007-04-01
『万葉集』をとにかく読みはじめたい、習った記憶のある歌を内容を理解しながらもう1度読んでみたいなど、初心者や再入門者向けの本といえるでしょう。
覚えておきたい順は3段階に分けられ、第1章に「ぜひとも覚えておきたい」20首、第2章に「できれば覚えておきたい」30首、第3章に「なるべく覚えておきたい」50首を掲載しています。
各章とも、見開きの右ページに書き下し文と現代語訳、左ページに解説という構成になっているため、どの歌でも好きなところから読むことができます。
全4冊からなり、全冊とも万葉の歌の世界を、読み下し文、原文、全訳、語注で構成されています。
『万葉集』の全20巻のうち、巻1から巻5までを第1冊、巻6から巻10までを第2冊、巻11から巻15までを第3冊、そして最終第4冊には巻16から巻20までが収録されています。
- 著者
- 出版日
- 1978-08-28
『万葉集』の歌全首について、ページ上段に読み下し文と原文が併記されているので、照らしあわせながら読み進めることができ、著者の長年の研究の成果による現代語訳と語注によって、歌の内容や詠み手の心情を理解しながら読みこなすことができます。
第1冊の巻頭には、『万葉集』の概要を知るための解説も載っており、『万葉集』をじっくり読みたい人、より詳しく知りたい人にうってつけの本でしょう。
本書は上述した『万葉集 全訳注原文付』の別巻として編集されたものです。
各項目ごとに表や一覧形式を取り入れており、また用語が五十音順の見出し項目で並んでいるので、『万葉集』を読む際に手元に置いておくと非常に役立つ、画期的な事典になっています。
- 著者
- 出版日
- 1985-12-09
時代や主な作者、歌体と歌数、特徴などを表にまとめた各巻一覧からはじまり、諸本解説や研究文献一覧、万葉仮名一覧、系図、年表を含む豊富な各種資料が掲載されています。
人名、地名、動植物名の一覧解説は、それぞれの歌を読みこなすには欠かせない資料になるでしょう。たとえば「大伴家持」の項を調べると、その解説とともに彼が詠んだ歌479首の巻番号と歌番号が、短歌、長歌の区別とともに示され、家持の歌を選んで読む際にすぐに抽出することができるのです。
最後には初句索引も付いており、質量ともに、まさに万葉集事典としてふさわしい内容になっています。
初めての西洋出身の日本文学作家である著者が評する、世界文学としての『万葉集』を英訳した本です。単なる英訳ではなく、英訳を通して『万葉集』を読み解いた本という表現が適切でしょう。
約50首の歌を取りあげていますが、右ページに書き下し文と現代語訳、左ページに英訳した文が対照的に記載され、次の2ページに解説文という構成で統一されています。
解説文には翻訳する過程での原文の解釈も取り入れられ、どのような単語を用いるか、なぜその単語を使ったのか、語順はどうすべきかなどが述べられています。
- 著者
- リービ 英雄
- 出版日
- 2004-11-19
たとえば、巻1の長皇子(ながのみこ)の歌のなかにある「妻恋ひに 鹿鳴かむ山そ」という部分。「妻を恋しがって鹿が鳴く山なのですよ」という意味ですが、この「恋」という日本語を、「love」ではなく「longing(思慕)」の方が鹿の鳴き声の本当の意味を正確に伝えられると、その語を用いた著者は説明しています。
翻訳には原文の解釈がいかに重要であるかということを、この本が教えてくれるでしょう。
今回ご紹介した本は、初心者向けから詳しく読みこなしたい人向けまでさまざまなものがそろっていますが、自分に合った本でぜひ『万葉集』を読んでいただき、古代万葉の人々の心を感じとってほしいと思います。