『シュガーウォール』は漫画家ninikumiの初連載作品です。今回は、不穏な空気が漂う恋愛模様が描かれる本作の魅力を全巻考察していきます。ちなみにネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。
『シュガーウォール』は「アンソロジーコミック」に掲載されたオールカラー短編「送電少女」で話題を集めた作者の初連載作品です。
姉が亡くなってしまい、ひとりで暮らしている高校生の柚原(ゆはら)が、10年ぶりに幼馴染の黄路(こうろ)と再会するところから物語は始まります。
ひとり暮らしの高校生が10年ぶりに幼馴染の女の子と再会し、しかもその女の子はお弁当まで作ってくれるようになる……当初はまるでギャルゲーのような設定です。
しかし、ギャルゲー展開で進んでいくと思いきや、ヒロインの黄路は時折不気味な笑顔を見せ、意味深なセリフをつぶやくのです。たびたび不穏な空気を醸し出し、ホラー漫画かと思わせるようなゾクりとする描写が散見される作品でもあります。
ではヒロインの黄路は、いわゆるヤンデレキャラなのか?と聞かれると、そうとも言い切れません。彼女の不気味な雰囲気こそが、本作の最大の特徴であり魅力でもあります。それに呼応するかのように、少しずつ壊れていく主人公の柚原と彼らの日常の描写も、作品の醍醐味となっています。
今回はそんな本作の見所を全巻ご紹介します!ネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。
両親と姉が亡くなってしまい、独りになってしまった男子高校生の柚原。そんな彼は、10年ぶりに幼馴染の黄路と再会します。久しぶりに再会した彼女は、ひとり暮らしの柚原にお弁当を作ってくれたり、家事をしに来てくれたりと、積極的な女の子でした。
しかし、一緒に過ごしていくうちに、彼女のおかしな様子が気になりはじめ……。時折不気味な様子を見せる黄路と接していくうちに、柚原の様子にも変化があらわれていきます。
おかしな関係の2人は、一体どうなっていくのでしょうか。
- 著者
- ninikumi
- 出版日
- 2014-01-11
10年ぶりに再会した幼馴染の黄路。死んだ姉にお線香をあげたいと柚原の家に上がった彼女は、汚すぎる彼の家の様子を見て、掃除をしてくれます。しかも翌朝、家にお弁当を持ってきてくれるなど、非常に献身的な女の子なのです。
その後も、お弁当を持ってきてくれる彼女とすぐに遊びに行く関係になるなど、ギャルゲーさながらの展開が続いていきます。
そもそも、柚原が久しぶりに再会した黄路のことをすぐに把握できたのは、自分のことを「ゆんちゃん」と呼ぶのが彼女くらいしかいなかったから。
柚原自身は彼女の顔すらまともに覚えていないため「自分のことをゆんちゃんと呼ぶ、黄路という幼馴染がいたのは確かだけれど、目の前の彼女がその人なのかはわからない」といういびつな状況で話は展開されていきます。
その後も作中では、衝撃的なモノローグも登場し、どうやらひと筋縄ではいかない様子。さらに、柚原が食べたものを吐き出させたり、不気味な笑顔を見せたりするなど、サイコホラーのような描写も見受けられ、話は徐々に単なる恋愛ストーリーではなく、鬱展開ともいえる様相を見せていきます。
再会した翌朝、黄路は当たり前のように柚原の家の前にいて、お弁当を渡してくれます。「自分の作るついでだよ」と言う彼女ですが、日に日に手渡されるお弁当は豪華になっていくのでした。
ついには三段重になるなど、明らかに「ついでに作った」と言えるようなものではなくなっていきます。しかもどうやらそこに冷凍食品は入っておらず、毎朝そんなに手の込んだものを作り続ける彼女の狂気のようなものを感じてしまうのです。
初めて弁当を作ってきてくれた際、黄路は柚原に「毒なんかはいってないよ?」という言葉を投げかけるのですが、なぜか柚原はそれを冗談だと思えず、ゾッとしてしまいます。
さらに、黄路はこれまではあまり料理は好きではなく、しかも不器用だったということが判明。そんな彼女が柚原に毎日お弁当を作り続ける理由は、愛情からだけなのでしょうか。
朝食はとらず、夜はコンビニ飯という生活だった柚原は、黄路に弁当を作ってもらうようになって初めて、2ヶ月間も冷蔵庫を開いてすらいなかったことを唐突に思い出します。
おそるおそる中を確認してみると、やはりカビだらけで酷いありさまでした。特に、亡くなった姉が最後に作ったカレーの入った鍋が、酷いことになっていたのです。それを見た彼は、きちんと全部を片付けよう、と決意します。
掃除用品をそろえようと足を運んだスーパーで、彼は黄路が食材をまとめ買いしているところに遭遇します。そして、不本意ながら彼女に掃除の手伝いを頼みました。
冷蔵庫の中身は黄路が片付けを担当し、柚原は風呂とトイレの掃除を担当させられ、2人がかりで汚い家を掃除します。
結局、柚原は疲れ果てて途中で寝てしまいました。そんな彼を残し、黄路は帰宅します。しかし、なぜか彼の家の鍵を持って帰ってしまうのです。彼女は一体何のためにその鍵を使うのでしょうか……?
柚原の家の鍵を勝手に持ち帰っていた黄路。彼女は柚原の許可もなしに、勝手に合鍵を作ってしまうのです。
ある休みの朝、柚原は朝7時前に起床しました。早朝で、しかもひとり暮らしのはずなのに、なぜか物音が聞こえてきたのです……。
おそるおそる物音のする台所へ行くと、なんと黄路が朝ご飯を作っていました。「カギかかってたよな」と確認を取る柚原に対し、彼女は胸元から鍵を取り出し、この前鍵を借りた時に合鍵を作ったことを告白します。
普通の人なら怪しむであろう彼女の言動に対し、彼は「盗られて困るものねーし」とまったく動じず、「家の合い鍵は別にいいけど俺の部屋には絶対入んな!」と釘を刺すだけでした。
黄路が何を考えているかわからず、不気味で恐ろしいキャラクターとして描かれているのは相変わらずなのですが、このあたりから柚原もおかしなキャラクターであることに気づくことでしょう。
さらに、黄路との交流を続けていくうちに、彼女の行動を「変なやつ」のひと言で済ませるようになったり、言動が暴力的になっていったりするなど、少しずつ柚原の行動がおかしくなっていき……。
このおかしな2人の関係の結末は、ぜひ作品で確かめてみてください。
今までにご紹介してきた鬱展開はすべて1巻でのもの。徐々に不穏な空気になっていきます。そのほかにも1巻ではその不穏な空気のなか、今後に繋がりそうなさまざまな伏線が張られていきます。
- 著者
- ninikumi
- 出版日
- 2014-01-11
まずは柚原の姉の死にまつわること。彼女の死を、黄路はあまり悲しんでいる様子ではありません。むしろ死んでよかったとすら思っているかのような、彼女から柚原を奪ってやったというような発言が目立ちます。
また、柚原と黄路の過去。幼馴染だと言って登場する黄路ですが、柚原はその記憶が曖昧です。そして表面上はにこやかに接する彼女ですが、どこか自分の父親の死に彼が関わっていること、それゆえに憎んでいるかのような感情を見せることがあります。
すべての謎は過去にあるよう。そんな伏線だらけのストーリーには、ところどころで傷を舐めるという、何か象徴的なシーンが挟み込まれます。
そして作品の不穏さ、細かな伏線は、何とカバー裏にまで仕込まれています。ぜひ最終回まで読んだ後は丁寧に読み返してほしい1巻です。
黄路の恐ろしい行動が加速した2巻。ついに彼女の口から過去の真相について明かされます。
父親の死に柚原が関わっていること、そのことを彼の姉が忘れさせたこと、そして忘れさせるために姉が黄路を遠ざけたこと。
その話を空虚な目で続ける黄路に、柚原は彼女がどこを見ているのだ、何を考えているのだ、と不思議に思います。そして黄路が現実を生きずに、死んだ父や柚原の姉のことばかり考えて生活を送っていたのだと気づくのです。
それに気づいた時、柚原は彼女を押し倒し、その自傷による怪我をえぐって……。
- 著者
- ninikumi
- 出版日
- 2014-08-12
今まで霧のなかを進んでいるかのような展開でしたが、おそらくそれはその霧、謎をつくっている黄路自身も自分の感情、目的がよく分からなくなっていたからなのかもしれません。
そんな現実感がなく、ふわふわと記憶、過去の傷ばかり舐めて過ごす彼女を、柚原が身体的な痛みを与えることで揺り動かすのです。
ヤンデレというには、柚原と黄路、どちらからもあまり愛情らしき愛情が感じられないふたりの物語。ただお互い大きく欠落している部分があり、そこにひかれあっているのは確かです。
それを一般的な私たちのイメージする愛と呼んでいいのかは、少し躊躇するところがあります。最後に余韻を残したまま、いったん彼らの物語は閉じます。
3巻からは柚原の唯一といってもいいかもしれない、友人・武内と、彼のことが気になっている音子の物語。1、2巻で柚原たちの乾いた激情にハマった方は少し物足りないかもしれませんが、3、4巻の武内と八坂の物語は、少し「普通」に近い部分があることで、より生っぽい気持ち悪さのようなものを感じられます。
- 著者
- ninikumi
- 出版日
- 2015-04-13
美術部の音子はが最近気になっているのは同級生の武内。彼は周囲からはイケメンだけど地味というイメージを持たれていますが、彼女は彼に他の人にはない「白さ」を感じていました。そこから八坂は持ち前の素直さでどんどん彼に近づこうとしていきます。
柚原に比べ、静かに密かに歪んでいる武内。BL漫画を描いている彼は、自分のそんな趣味を気持ち悪いと思い、息を殺すように生きていたのです。
それゆえに周囲からは地味ともとられることもあったのですね。しかしまっすぐに好きという感情をぶつけてくる八坂に、少しずつほだされていってしまいます。
素直に武内に好きという気持ちをぶつけ、彼に子犬のようについていきたがる八坂ですが、彼女もまた、少しだけ歪んだ部分を持っています。
八坂は武内の「白さ」に惹かれ、彼をうめてしまいたい、汚してしまいたい、どうにかしてしまいたい、と考えていました。しかしそれがどういうものなのか、自分はそれをどうしたいのかが分かりませんでした。
- 著者
- ninikumi
- 出版日
- 2015-12-12
そんなある日、柚原に彼との関係を相談したのをきっかけに、自分のこの気持ちがただ好きだというだけではなく、好きになってほしいという気持ちも含んでいることに気がつきます。普通ではないと思っていた自分の気持ちが、世間一般のそれに近いものだと気づいたのです。
そこからおこした行動はやはり少し違うものなのですが、八坂は気持ち悪くて近づきたくないと思っていた恋心が、それだけではないということに気づいたのです。
少し怖いけれど、それを自分はあきらめきれない。
ふたりの関係もまた、柚原たちと同じく卒業式の日で閉められます。
個人的にはこの人を好きになる感情の気持ち悪さというものはよく分かります。特に幼い頃などは性差など気にしないで生きていたのに、徐々に自分にそんな生々しい面が出てきたことに戸惑い、イノセントな世界に戻りたいと思う気持ちを感じることもありました。
自分の歪みや欲情をありのままに表せる柚原たちと異なり、葛藤しながら生きていく武内たちには、勢いや激しさはないものの、とても人間らしい汚さ、尊さを感じられます。
2巻での卒業式以降、自分だけ合鍵を持っているのが不平等かな、と自分の家の鍵を渡して黄路は消えてしまいました。そろそろ1年が経つ頃でしたが、何の連絡もなく、あったとしても自分には関係のないことだ、と柚原は自分に言い聞かせていました。
- 著者
- ninikumi
- 出版日
- 2016-07-13
ある日、武内が就活のために、と柚原の働く写真館にやってきました。そのあと食事にいったところで、何と黄路がひょっこりと姿を表します。
柚原は何事もなかったかの世に現れる彼女に近寄り、何も言わずにはたきます。そしてそのあと、まさかの行動に出るのです……。
自分には関係ないと言いながらもずっと彼女の不在を考えながら生活していた柚原にとって、彼女をどこにも行かせたくないと考えるのは自然なことかもしれません。天涯孤独の身であり、過去を共有できる相手ももはや黄路しかいないのですから。
しかしそんな気持ちが暴走してとった自分の行動に、彼自身も戸惑います。1、2巻ではどちらかというと柚原が黄路を導くような流れでしたが、今回は彼女が彼をあやすような展開になっています。
5巻の柚原の行動で分かったのは、1、2巻で思っていたよりも、実はずっと彼のほうが依存していたということ。嘘だらけで気味の悪い行動をしていた黄路よりも、実はずっと闇が根深いようです。果たしてこのふたりの関係はどう動いていくのでしょうか?
1、2巻の展開に比べ、ふたりが1年といえど歳を重ねて大人になったからか、5、6巻では劇的な展開はあまり訪れません。そもそもシチュエーションが異常ではあるのですが、普通の日常が描かれます。
- 著者
- ninikumi
- 出版日
- 2017-01-13
徐々に手枷、足枷を外してやり、最終的に彼女を自由にすることに決めた柚原。彼女はまた自分の家の鍵を渡し、彼の前から姿を消そうとしています。
黄路はここにはない何かを探して旅に出るのですが、柚原の言葉が少し彼女を変えます。そしてふたりは、以前よりも少しずつ相手のことをありのままで見られるようになるのです。
さらに行間や空白を読み取って物語を理解することが必要になる柚原と黄路の第二部。最後までふたりを繋ぐ感情や関係性には名前がつけづらいものでした。
しかし確実に以前よりはいい方向へと進んでいる、そんな最終回でした。余白が多い分、人によってさまざまな感想がでることでしょう。歪で、でも光のある方へと進んでいこうとする心の物語の結末をぜひ作品でお確かめください。
いかがだったでしょうか。意味深なセリフと登場人物たちの不気味さが『シュガーウォール』の魅力です。ちょっと刺激的な恋愛漫画を読んでみたい方におすすめです!