『銀の匙』好きにおすすめの漫画5選!

更新:2021.11.10

青春学園モノに農業という異質な新風を吹き込んだ『銀の匙』。そこでは人と人だけでなく、食べ物としての動物や植物との関係も描かれます。今回は『銀の匙』の農業要素や生き物を食べるというところに着目して、5作品ご紹介したいと思います。

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これが農業学校のキャンパスライフ!

主人公の沢木惣右衛門直保(さわきそうえもんただやす)は、幼馴染みの結城蛍(ゆうきけい)とともに、家業である種麹屋を継ぐため東京の「某農業大学」へ入学しました。彼らが世話になる樹慶蔵(いつきけいぞう)教授、そしてその下で学ぶ院生ゼミ生は揃って曲者ばかりです。

また個性的なのは人間だけではありません。種々様々な「菌」たちもいます。直保は、なんと菌やウィルスを肉眼で見ることができ、コミュニケーションをとれるという特殊能力を持っていたのです。

直保やその周囲では、人も、人には見えない菌も、荒唐無稽な騒動を巻き起こしていきます。

本作は2004年から「イブニング」などで連載されていた石川雅之の作品です。

農業学校が舞台という点で、『銀の匙』とは共通しています。しかし中身はまったくの別物。高校と大学という違いもそうですが、メインで取りあげられるのが片や畜産動物で、片や菌類です。

本作最大の特徴は、マスコットと言っても過言ではない「ゆるキャラ」風の菌類、ウィルスにあります。デフォルメされたそれらは愛らしく、緩い喋り方も相まって非常に人気があるのです。

菌類にはそれぞれ人(?)格があって、人間以上に個性的です。菌の特徴にのっとった口癖があったり、性格が違ったり、一人称が違ったり……ひとつのキャラとして成立しているのが面白いところでしょう。

菌だけでなくもちろん人間にも無茶なキャラがたくさんいます。ドSな院生に密造酒を造る問題児や、挙げ句の果てには女装癖の男の娘まで出てくる始末です。周りがあまりにも強烈で個性的なため、主人公である直保の存在感が、比喩ではなく、段々と無くなっていきます。

ただ、そうは言っても基本は農業学校。農業関連の専門知識や、それらにまつわる諸問題なども飛び出してきて、『銀の匙』とは違う角度から学べることがあるはずです。

夢の牧場生活!恋も仕事もステップアップ!

主人公の久世駿平(くぜしゅんぺい)は高校1年生。春休み中に北海道へツーリングにやってきました。ところが不注意で財布をなくし、バイクもガス欠……行き倒れ寸前となっていた彼は、たまたま馬の散歩に出ていた渡会ひびき(わたらいひびき)に発見され、無事に保護されたのです。

彼女は近くの競走馬生産牧場の娘で、駿平は旅費のためにしばらくそこでアルバイトをすることに。厳しい受験戦争と冷たい実家に辟易していた彼は、渡会家の家族団らんと、そこでの暮らしの充実っぷりに、しだいに牧場生活に惹かれていきます。

ほとんど一目惚れ同然だったひびきへの想いも日増しに募り、遂には高校を中退して、牧場での住み込み生活を決意するのでした。

本作は1994年から「週刊少年サンデー」で連載されていたゆうきまさみの作品。

競馬を題材に取った漫画は数あれど、競馬に出走する競走馬、それもその育成現場の牧場をメインに据えた漫画は他にありません。農業系を題材にした少年漫画ということで、サンデー連載作品としては『銀の匙』の先輩筋に当たります。北海道が舞台というのも共通点ですね。

荒川弘は『銀の匙』連載に先立ってゆうきまさみと対談をおこなっており、『銀の匙』の構想にも本作の影響が大なり小なり及んでいるものと思われます。

ゆうきの作品といえば、「ゆうきまさみ調」とでも言うべき軽妙な語り口と、練られた展開、そして明るい人々が特徴です。本作でもそれはもちろん健在。緩める時は緩めて、締める時は締める、シリアスとコメディの配分はベテランならではの手腕です。

本作では、男女の恋愛模様が本格的に描かれます。それも三角関係、四角関係といった複雑なもの。当然その中心人物は主人公の駿平で、ひびきとの鞘当てを軸にして展開されます。

人と人、人と馬の関わりが物語の重要なポイントとなります。開放的でアットホームな牧場生活と、そこでくり広げられる人間模様。フィクションなのにリアルで、リアルなのに見事なエンタメとなっています。

親に敷かれた人生のレールを逸脱し、農場生活へと自ら踏み出した駿平少年は、渡会牧場でどんな経験をし、どのように成長していくのでしょうか。

少し不思議で、少し泣ける、ほのぼの第一次産業物語集

秋月菜苗(あきづきななえ)と彼女の母は、家族経営の小さなワイナリーを甲州で営んでいました。秋月家は降って湧いたワイン需要の注文に忙殺され、その発送作業中になんと父と兄が事故で亡くなってしまいます。

それを見かねたのが行基上人。甲州葡萄にゆかりのある上人が、秋月家の葡萄に宿る精霊「葡萄野精(ぶどうのせい)」を実体化させたのです。

その出来事と前後して、酒販メーカー「リーベル社」社長の都築貴英(つづきたかひで)が商談のために秋月ワイナリーを訪れます。彼の娘である七実(ななみ)が菜苗に懐いた縁で、彼もまた人手不足の秋月ワイナリーの手伝いをすることになりました。

本作は1986年から「花とゆめ」で断続的に発表されていた、川原泉の作品が収録された短編集です。同名タイトルで内容違いの書籍があり、初版に当たる花とゆめコミックス版は表題作を含めた農業系3作+1作の4編ですが、文庫版ではこれに加えて2つの短編が追加されています。

「愚者の楽園」、「大地の貴族」、そしてタイトルにもなっている「美貌の果実」の3作が農業をフィーチャーして描かれた短編連作です。すべて別々の農家の物語となっており、ストーリー的な繋がりはありません。それぞれが順にラブコメディ、ラブロマンス、しんみり感動物語となっています。

特に表題作が異色の出来映えなのです。弱小ワイナリーを救う葡萄の精、しかも行基上人にせっつかれた怠け者、と設定だけ見ればトンデモファンタジーなのですが……。ワインの話でなぜお坊さんが?と不思議に思われるのも当然。奈良時代に甲州葡萄を発見したのが行基上人という伝説があり、そこから転じて葡萄の精に喝を入れる展開になったようです。

そして彼らに負けない存在感を放つのが、小さな女の子の七実。「子はかすがい」とはよく言ったもので、秋月ワイナリーにまつわるこの不思議な話を、しっかりと意味あるものにまとめあげています。

これ以外のいずれの短編も素晴らしいものばかりです。きっと心の琴線に触れるものがあるでしょう。ぜひとも手にとって笑って、ときめいて、感動してください。

愉快、痛快、垂涎!色んなポロリもあるよ!

主人公の杉元佐一は日露戦争帰りで、砂金目当てに北海道へ出稼ぎに来た男です。ひょんなことから一攫千金の話を知った彼は、隠されたアイヌの財宝を探すため、その手掛かりが記された「入れ墨」の捜索を開始します。

財宝を隠したのは「のっぺらぼう」という網走監獄の囚人。入れ墨は暗号になっており、獄外の仲間に財宝のありかを知らせるために、のっぺらぼうは脱獄囚の体にそれを彫ったのです。

こうしてアイヌ少女アシリパの手助けを得た杉元と、同じく財宝を狙う陸軍第七師団、そして入れ墨の持ち主である脱獄囚達による三つ巴の財宝争奪戦が幕を開けました。

本作は2014年から「週刊ヤングジャンプ」で連載されている野田サトルの作品。これまでにご紹介したものとはテイストがまったく異なる漫画です。

本作の内容にはアクションあり、ドラマあり、笑いあり、アイヌ文化あり、明治風俗あり、三者三様の正義あり……奇人変人が入り乱れ、面白おかしい要素がごちゃ混ぜになり、さながら闇鍋状態になった和風ウェスタン活劇ともいうべき漫画です。

それと同時に、昨今注目を集めるジビエを扱った、ジビエ漫画の急先鋒でもあります。

ジビエはフランス語で、猟で得た食材を使った料理のこと。いまでは珍しくなったものの、畜産が主流になる前は、獣肉を手に入れるために当たり前のように狩猟はおこなわれていました。

本作ではアイヌ伝統狩猟や、マタギの狩りなどもおこなわれ、登場する料理はほぼ自給自足です。熊に鹿、リス、果ては海のギャングといわれるシャチまで。およそ普段目にしない食材の、野趣あふれすぎる料理の数々は必見です。見るからに美味しそうでたまりません。

テレビアニメ化も発表された本作、未読の方はこの機会にチェックしてみてはいかがでしょうか。
 

猟師の、猟師による、猟師のための猟師飯。

幼い頃、近所の年老いた猟師に慣れ親しんでいた主人公の、岡本。自分も当たり前のように猟師になると思って成長した彼は、2009年に一念発起して東京から田舎に戻ります。そして狩猟免許を取得し、見事に猟師となりました。

相棒となるのは中古のエア・ライフルに、手作りの仕掛け罠。喧嘩別れした東京の彼女いわく、「野蛮な山賊」生活の始まりです。

本作は2011年から「イブニング」で連載されている岡本健太郎の作品。

ストーリーは、猟師の主人公が毎回出かけては獲物を獲る、というのが基本の1話完結型短編となっています。とはいえ単なるフィクションではありません。作者自身が狩猟銃所持許可を得た、狩猟免許持ちの立派な猟師。狩りのエピソードや料理などは、実際に見たり体験したりしたノンフィクションとなっています。

『ゴールデンカムイ』のジビエが物語に付随するジビエなら、こちらはあくまでもジビエがメインです。正確にいえば猟師漫画ですが、狩猟の目的は獲物を狩ることにあり、そして獲物を美味しくいただくことこそが狩猟の醍醐味でしょう。

登場する獲物は、ウサギにタヌキ、鴨など比較的イメージしやすいものから、マムシやキジバト、さらには猟師ですら普通食べないカラスまで、多種多様な動物が登場します。カラスのあの黒い羽根の下に白い鳥肌があるなんて、本作以外で知ることはできないでしょう。ちなみに油っ気のない牛肉のような味だとか。

作者が狩猟免許を取得するまでの様子も描かれていて、狩猟入門書としても最適です。思っているよりずっとハードルが低いため、本作の影響で猟師の世界に飛び込む人も多いようです。あなたもぜひ、そんな未知の世界を垣間見てください。

いかがでしたか?農業というとどうしても泥臭く考えてしまいがちですが、こんなにも新鮮な世界があるのだと驚かされます。一読すればあらためて生き物への感謝の念が湧いてくることでしょう。

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