実写化で大注目のBL漫画の見所を、結末までネタバレを含めご紹介いたします。自殺を図った男を監禁し調教するという『性の劇薬』は、生きていると感じる瞬間とは?という問いに一つの答えを示してくれます。
『性の劇薬』は、水田ゆきによるBL(ボーイズラブ)漫画作品。webコミックにて配信されていたところ、過激な性描写と切ないストーリーで支持を集め、人気となりました。2019年2月19日にジュネットよりコミックス版が発売されています。
物語は1人の男があられもない姿で拘束されているという、ショッキングな場面から始まります。桂木誠は33歳、サラリーマンとして順風満帆な日々を送っていました。しかし、ある日を境に人生に影が差します。
性の劇薬〜淫らに開発される身体〜
2018年06月21日
桂木がプレゼントした旅行先で、両親が事故に遭い死亡。仕事では彼が忌引きの間、大手のクライアントとの仕事で失態があり、責任を取る形で桂木は辞職に追い込まれてしまいます。付き合っていた彼女とも連絡が取れなくなり、自暴自棄となった彼は、自殺を図ろうとします。
ビルの階段の手すりを乗り越え、飛び降りようとした桂木を、1人の男が止めました。他者を巻き込むことを考えていなかった彼を淡々と諭した男は、「自分から捨てようとした命なら、俺によこせ」と言います。その後、昏睡してしまった桂木が目覚めると、全裸で拘束されていました。男、余田龍二は食事も性欲もすべて管理すると桂木に告げ、その身体を責め立てるのでした。
命を投げ捨てようとしていた桂木と、正体のしれない謎の男余田。物語は基本的に2人を中心に進んでいきます。性によって生を感じさせるという、余田の本当の目的は何なのでしょうか。序盤の濃密な凌辱ともとれる調教シーンの中にある、生というものへの狂おしいほどの問いかけに、心が揺さぶられます。
特に序盤の性描写が過激で、監禁や凌辱、調教といったジャンルに抵抗のある方は注意が必要です。そのまま物語が進むわけではなく、最終的には純愛ルートなのでご安心を。
凌辱と聞くとびっくりしてしまいますが、なんと本作は実写映画化が決定しています。2020年公開予定で、監督は城定秀夫が務めることが発表されました。
水田ゆきは、主にBL作品を発表している漫画家です。ウェブコミックスを中心にオリジナル作品を発表しているほか、イラスト投稿サイトで二次創作の作品を発表しています。ペンネームは一部本名からとったのだとか。本作は、自分の好きなものを詰め込んでできた作品とのことです。
水田ゆき作品の大きな特徴は、愁いを帯びたような特徴的な絵柄にあります。特に30代以上の、どこか影がある男性の描写が秀逸で、愁いの中に仄かな色気が感じられます。物語の運びは淡々とした部分はありますが、どこか映画的。場面がすっきりとして美しく、作品世界に没入させてくれます。
物語がすっきりとした印象と解説しましたが、淡泊というわけではありません。性描写は濃厚なものが多く、特に表情の描写が綺麗です。身体の描き方など不自然なところはなく、性描写に移行する流れにも強引さはありません。ストーリーの中に、性描写が違和感なく組み込まれています。
ページをひらいて、真っ先に目に飛び込んでくるのは、全裸で拘束された桂木の姿です。そういった作品だとわかっていても、かなりの衝撃を受けるでしょう。読者的にこの段階での認識は「調教凌辱もの」だと思いますが、本作は純愛です。完全なる純愛ストーリーなのです。
余田には「桂木を、性の強烈な快楽によって生きていることを実感させる」という目的があります。開発して快楽堕ち、というルートを進むには、どうにも余田自身が性に対して淡泊すぎますが。
快楽に翻弄される桂木と同様に、余田の目的がまったくわからないことに読者もやきもきすることでしょう。実は余田には人の命を救わなければならない、辛い過去の事情があったのです。救急の外科医として働き、人の命を救い続けながらも、自身の家族の死に囚われ続けています。
偶然出会った2人ですが、気持ちを通わせていく過程には、過去の傷と向き合うという痛みを伴います。桂木が余田を受け入れ、余田も桂木の存在を必要としていく。静かに気持ちが深まり、高まっていく様子に胸がきゅっと締め付けられます。
余田は桂木を凌辱していますが、女性との性描写をしたことがある旨の描写があるため、いわゆるノンケの様子。桂木も序盤で恋人に捨てられたと描かれているため、元々男性が好きだったというわけではないようです。
恋愛感情を自覚していく過程は、桂木のほうが明確に描かれているのですが、心境の変化はもちろんのこと、行動が可愛らしく、ニヤニヤしてしまいます。桂木は拘束から解かれ、外に出ることも可能になりました。凌辱されたものの、余田に命を救われたことに変わりはありません。
桂木は自分の意思で余田の元に残ることを決め、恩返しをしようと試みます。この時点で明確に好意を自覚していないものの、余田のために料理を頑張ってみたり、役に立とうと奮闘している姿がとても健気。生気を失っていた表情が徐々に明るくなり、満面の笑みを見せた時には、読者の心にも安堵感が広がります。
メインは桂木と余田が過去を克服し、絆を深めていくストーリーですが、BL作品で忘れていけないのは性描写。本作でも濃厚かつマニアックなプレイを堪能することができます。
何度も言いますが、本作の序盤は監禁拘束凌辱という、アブノーマルプレイが盛りだくさん。特に道具を使用した描写が多く、まさかそんなプレイまで、とコアなBL読者もうならせるようなシーンが登場します。後に純愛になるとはいえ無理やり感は否めず、苦手な方は、序盤は特に注意が必要です。
アブノーマルプレイは序盤だけで、後半は両想いのノーマルかつラブラブな雰囲気が漂います。後半ではしっかりと桂木と余田の性描写が描かれており、気持ちを通わせた2人ならではの濃密さが堪能できます。
性の劇薬〜淫らに開発される身体〜
2018年06月21日
余田のものとなり、強烈な性の快楽を植え付けられた桂木でしたが、初めて自殺の理由を語った後、余田が現れなくなり1人きりの時間が続きました。冷静に自分と向き合った桂木でしたが、与えられた性の快楽と余田自身に囚われ、心を乱されます。
久しぶりに顔を合わせた余田に桂木は感情を爆発させます。泣く桂木に向かって俺のために生きろと言った余田に対し、桂木は余田自身との身体のつながりを求めるのでした。この行為をきっかけに、拘束から解き放たれた桂木でしたが、余田に何も返していないからと、自分の意思で余田の元へ残ることを決意します。
桂木の名前が「まこと」であることで、自身の過去に囚われてしまった余田。余田の本心がわからず、桂木は苦悩します。感情に翻弄されすれ違う2人でしたが、桂木の両親の墓参りにともに行ったことをきっかけに、余田は自身の想いと過去の出来事を口にするのでした。
余田は過去に囚われており、それが桂木を拘束するきっかけにもなりました。なぜ桂木にあのような行為をしたのか。余田の過去を知れば、その行動の意味と余田の声にならない心の叫びを感じることができるでしょう。性をきっかけにし、生きていることを肯定できるようになった2人。
「生きてて良かった」
(『性の劇薬』より引用)
という余田のセリフに、胸が温かくなります。
始まりが過激だっただけに、幸せになったことを素直に喜べるカップル。互いに生かされているという関係性に、ニヤニヤが止まりません。コミックス版ではその後の2人の様子を描いた描き下ろし漫画『初めての感情〜その後の2人〜』と、カバー下漫画も収録されています。
本作は実写映画化が決定しています。2020年2月14日より東京の池袋シネマ・ロサを皮切りに全国で順次公開される予定です。
今回が映画初主演となる渡邊将が桂木誠を、北代高士が余田龍二を演じます。ポスターには、作者描き下ろしの2人が絡み合う姿と、外された足枷のイラストが。写真ビジュアルでは誠が苦悶の表情を浮かべる調教シーンやベッドシーンも。映画公開より一足早く、本作がどのように実写化されるのか見ることができます。
映画『性の劇薬』公式サイトでは、作者自らが実写映画の撮影現場へ訪れた際の様子をレポートした漫画もアップされています。原作のファンには見逃せないものとなっていますので、ぜひチェックしてみてください。
描写の過激さに驚かされますが、生きることとは何かという、哲学的なテーマを描いた意欲作でもあります。実写映画では何をどこまで描写するのか、というのが大変気になるポイントではありますが、完成を心待ちにしましょう。