野球名門校である「PL学園」をモデルとした青春野球漫画『バトルスタディーズ』。作者の「なきぼくろ」はPL学園野球部出身であり、本人だからこそ描けるリアルさがあります。 本作を通して、野球と青春、そしてPL学園に近づいてみましょう。
野球の名門高校「PL学園」をモデルとした「DL学園」を舞台に、高校球児の青春を描いた作品です。このDL学園での生活を表す言葉は、作中でも多用される「素でエグい」の一言。また、PL学園をモデルにしているだけあって、リアルな部活の様子と高校球児の生活が描かれます。
なぜ、リアルに描けるのかというと、なんと作者の「なきぼくろ」が本当にPL学園野球部に所属していたからです。そのうえ「9番・ライト」として甲子園にも出場した経験を持つ異色の漫画家。そんなPL学園野球部で実際に生活した作者だからこそ、リアルな様子を読者に伝えられるのでしょう。
- 著者
- なきぼくろ
- 出版日
- 2015-04-23
本作の最大の魅力はやはりその「リアル」な点です。PL学園野球部の内情という、ある種の秘密を覗いている気分になります。どこまでが真実なのか、そればかりは作者やPL学園野球部、または関係者の方々にしかわかりませんが、作者が自らの経験をもとに描いていることから考えれば、そこまで誇張した話でもないのでしょう。
特に試合や練習よりも、寮生活などの私生活に焦点があてられることが多く、そこで展開される監獄のような生活には思わず身震いしてしまいます。さらに、先輩後輩の縦社会も過酷です。ただ、本作のDL学園は寮生活を義務づけられていますが、PL学園は寮生活が必須というわけではないようです。実際に、作者は野球部専用寮である「研志寮」は未経験でした。
さて、今回は『バトルスタディーズ』のリアルさを感じられるエピソードをご紹介していきましょう。あくまでPL学園はモデルであり、作中の舞台はDL学園であることを念頭において読み進めてください。
- 著者
- なきぼくろ
- 出版日
- 2015-07-23
狩野笑太郎(かのうしょうたろう)は中学1年生の夏に「DL学園対横羽間高校」の延長17回の死闘をテレビで観戦して以来、DL学園の熱狂的なファンとなり、自らも学園の野球部に入部するために努力を重ね続けました。そしてその努力が実り、中学野球の日本代表を経て念願の「DL学園硬式野球部」に入部を果たしたのです。
しかし、そこに待ち受けていたのは厳しすぎる上下関係と過酷な寮生活でした。同じくDL学園に進学してきたチームメイトとともに、日々の練習や先輩からの命令を遂行します。
笑太郎とチームメイトの「野球以外のすべてを投げ捨てて甲子園を目指す」という、果てしない生活が始まるのでした。
上下関係に厳しいDL野球部ですが、4月1日の入寮日から入学式までは猶予期間のようなものでした。もちろん、その期間では何をしても許されるということはなく、多少の失態には目をつぶってくれるというくらいです。しかし、その猶予期間であっても並みの部活より厳しい日々が待ち受けています。
そして、いよいよ入学式を迎えると、お客様期間は終了。本当のDL野球部が新入生に牙を剥きます。
まず、今まで2年生が手を貸してくれていた「グラウンド整備」は、その後は1年生だけでおこなうようになります。 鉄のとんぼ(土を均す道具)と木のとんぼを二重にかけ、仕上げにライン引きと水まきをするという作業を1時間以内に終わらせなければなりません。
間に合わない、などということは決してあってはならないので、1年生は必死にグラウンド整備を行います。もし間に合わなかったり不備があったりすれば、上級生から激しく叱咤されます。
ただ、こうして1年生が必死に整備する球場は「日本一の球場」と称されるほどです。上級生は完璧な整備がされていればそのことを認めてくれます。
- 著者
- なきぼくろ
- 出版日
- 2015-10-23
次に、「嘘つかない。陰口言わない。喧嘩しない。」を基礎に、先輩に対する言葉遣いを正されます。ナメた口などきけるはずもなく、自分では厳守しているつもりでも、些細な言葉遣いで怒られるようになります。そして、些細なことが積み重なり続け、許容範囲が超えると、それは「事件」へと変わるのです。
自分がまったく関係なくとも「連帯責任」となり、上級生の「説教」を受けます。その後、一部屋に集められて正座をさせられた後、トレーニングという名の罰を受けさせられるのです。場合によっては殴る蹴るなどの体罰もあります。
また、上級生の命令には絶対服従です。それは野球部として活動している間だけでなく、学校生活でも適用されます。先輩に会ったら礼とあいさつを欠かさず、何か言われれば即実行しなければなりません。ただし、この点に関しては、PL学園野球部体験者が「学校の中だけが気を休められる場だった」と述べているので、真偽のほどは不明です。
しかしこれらの厳しい上下関係は、野球のためだけではありません。高校を卒業して野球から離れた時に「何も持たない者」になることを避けるべく、ここまで厳しい上下関係を叩き込まれるのです。
だからといって、過度な体罰や叱咤が許される絶対的な上下関係には賛否両論あるでしょう。こればかりは時代の流れというべきか、現代ではすぐ問題にされてしまうので減少傾向にあります。それでも、PL学園の野球部が強かったことも事実です。したがって、この上下関係と強さが無関係だと切り捨てることもできません。
笑太郎はこういった上下関係まで含めたすべての事柄から、DL学園の強さの秘密に迫ろうとするのです。読者もさまざまな視点からPL学園もとい、DL学園の強さの秘訣を発見してみましょう。
DL学園では「付き人制度」という制度が導入されています。この制度は本当にPL学園でも導入されていた制度です。
どのような制度なのかというと、1年生がそれぞれ3年生の付き人となり、先輩のすべての世話と雑用をおこなうというもの。洗濯、ごはんの用意、夜間練習の相手などさまざまなことにおよびます。もちろん自身の事は後回しで、先輩に付きっ切りです。
そのため、先輩方の趣味などの細かな点まで覚えなければならず、メモ書きは必須。時には先輩の気分にまで左右されるので、慣れてきても気は抜けません。
また、極端なこだわりを持った先輩などもいます。たとえば「食事」については細かい先輩だと、食器の配膳やおかずの並べ方にうるさかったり、お箸を手に通してあげなければならなかったりするのです。
さうがにPL学園にここまで要求する先輩がいたかはわかりませんが、食事の支度は1年生の仕事であり、先輩の趣味嗜好を把握しなければならなかったのは事実です。その先輩に関することでノートを使い切るなんてことはあり得たかもしれません。
- 著者
- なきぼくろ
- 出版日
- 2016-01-22
そして、この付き人制度の仕事のなかでもっともキツいのは「洗濯」だといいます。練習が終わった後のユニフォームがどれだけ泥まみれだろうが、血が滲んでいようが、汚れをすべて落として真っ白にしなければならないのです。
洗濯機に入れればすぐに解決かと思われますが、グラウンドの黒土汚れは洗濯機では落とせません。したがって、汚れがひどいユニフォームは洗濯板を利用してタワシで必死に磨きます。特に、フィールド内でプレイする内野手の先輩のユニフォームは、土で真っ黒になることが多かったそうでした。
しかも、この洗濯は付き人の先輩だけのものではなく、他の上級生のもすべてを行わなければなりません。洗濯機の数には限りがあるので、下級生内で洗濯機の利用の順番をめぐる争いが起こってしまうのだとか。
また、これらすべての仕事は練習終了時間がどれだけ遅くなったりしても必ず行わなければならないものです。あまり遅く練習が終わると、雑用を終える時間が深夜になることもあります。その場合は睡眠時間を削るしかないですね。
「食事」「洗濯」「練習の相手」を主とし、命じられた雑用はすべてこなす付き人制度ですが、その目的は「先輩の姿を間近でみることで、先輩から学ぶ機会を増やす」ということにあります。決してパシリにすることが目的なのではなく、先輩とのコミュニケーションの一環と、気配りのできる人間にすることなど、さまざまな効果が期待できるのです。
DL学園には「べべ3(べべすりー)」と呼ばれるものがあります。こちらもPL学園で実際に採用されていたものです。ベベ3の説明の前に、リアルエピソードで触れたグラウンド整備について少し振り返りましょう。
グラウンド整備は1時間かけて行います。しかし、学園の授業が終わる時間は2時で、練習開始は3時。グラウンドは学園から2km離れた場所にあるため、瞬間移動でもしないかぎり1時間すべてをグラウンド整備にあてることはできないのです。
そのため、1秒でも長く整備の時間を確保するために、1年生は全速力でグラウンドへと向かいます。ここで出てくるのが「ベベ3」です。
- 著者
- なきぼくろ
- 出版日
- 2016-03-23
簡潔に言うとグラウンドまで競争をし、下位3人がその日の雑用係となります。下位になってしまった3人は、先輩から押し付けられる雑用のすべてをこなさなければならないのです。
そして、この3人が担当するはずだった整備場所の穴は、残りの1年生が埋めなければなりません。その際、外野のように広い範囲を担当する部員が雑用に回った場合、整備する1年生にかかる負担が大きくなり、迷惑もかかります。
こういったことから募った不満は亀裂となり、ケンカに発展することもあったそうです。ちなみに、ケンカは禁止とされています。
だからといって、べべ3に入ったほうがよいのかというと、もちろんそんなことはないのでしょう。皆ベベ3に入ることを恐れて必死にグラウンドまでの道のりを駆けることから、グラウンド整備のほうが圧倒的に楽なことがうかがえます。
しかし、このルールには「グラウンドまでの道のり2kmを全速力で走れる体力がつく」という大きな副産物が生まれます。その他にも、「互いを助け合う心を養う」という狙いがあったかもしれませんが、それに関しては逆効果なようです。
3対5の劣勢で迎えた8回裏、主将・烏丸のバッドが兵安投手・平の球をとらえて1点を返します。烏丸の渾身の一打はDL学園に勢いをもたらし、逆転への狼煙をあげました。
そして、その流れに続くように長野が出塁し、3番古谷の打席を迎えます。その裏でDLの投手・金川が、今試合幾度となく平に抑え込まれてきた4番の石松に喝を入れるべく、「リボルバー」をしようと提案します。
リボルバーとは、試合などは一切関係なく、投手と打者が対峙して「打つか、打たれるか」だけを競う一騎打ちのことです。この2人によるリボルバーの結果は72戦14勝58敗と、圧倒的に石松に軍配があがっています。金川相手にここまでの戦績を収めているのであれば、それより格下である平の球を打てない道理はないのです。
- 著者
- なきぼくろ
- 出版日
- 2017-08-23
そして、古谷と平の激突は、的確に平の球をとらえた古谷に軍配があがったかにみえました。しかし、兵安高校の怪物・早乙女のファインプレーによって2アウトを取られ、逆転ムードは一転します。
2アウト3塁という窮地の打席に立つのは、金川とのリボルバーを追えたばかりの石松です。打席に立つ彼に、観客はこれまでのふがいなさから大ブーイングを浴びせます。しかし彼はそんなブーイングをものともせず、なんとホームラン宣言をするのです。
春の選抜から、合計7三振を石松から奪っている平は完全に石松を見下していました。しかし、いざ向かい合った石松はまるで巨人のようなオーラを発しているのです。そのオーラは平のみならず、DLのチームメイトたちにも伝わり、金川に至っては平に「勝負するな!」とまで叫びます。
そんななか、いよいよ平と石松の勝負が開始。ボールを見切った石松は、宣言通りバックスクリーンに球を叩き付け、DL学園に逆転をもたらしたのです。
そして9回表、兵安の攻撃で2アウト2塁。マウンドに上がる金川の前には、因縁の相手の早乙女が立ちます。春のセンバツで負けた悔しさを返すべく、金川は真っ向から早乙女と勝負しますが……⁉︎
近畿大会決勝はいよいよクライマックスです。3年生の雄姿は笑太郎ら下級生の心に深く刻み込まれます。特に、石松の姿は部員のみならず、観客にまで強く印象つけられたことでしょう。
さて、決着は目前。はたしてこの激戦はいったいどちらに軍配があがるのでしょうか。
ライバルである兵安高校との激戦を制し、近畿大会優勝を手にしたDL学園。笑太郎ら1年生は、激闘を戦い抜いたレギュラー陣の背中を目に焼き付け、自身のモチベーションを高めていきます。
おのおの甲子園でのレギュラーを狙うなか、年に1度の「外出日」が訪れました。この日は皆野球から離れ、外の空気を満喫するのです。笑太郎も、彼女のサクラと一緒に過ごすことにしました。
しかし笑顔の彼とは対照的に、サクラの顔は曇っています。そして「笑太郎の彼女でいることに自信がない」と告げてきて……。
- 著者
- なきぼくろ
- 出版日
- 2017-11-22
近畿大会を制したDL学園に、大きな変化が。笑太郎の懇願によって1年生の自主練が解禁され、野球部内での熾烈な争いが起きようとしています。
また、夏の甲子園の予選もいよいよという時期で、待ち受けているのは「レギュラー争い」。3年生だろうが1年生だろうが関係ありません。チャンスをものにした20人だけが、背番号を手にすることができます。
1年生内でも明暗が分かれました。実力世界とは理解しているものの、やはり諍いの火種になり、仲がぎくしゃくするように……。このままではチームワークが危ぶまれます。
笑太郎とサクラのカップルも含め、人間関係に注目の12巻です。
明暗分かれた「レギュラー争い」。本番が迫るなかでもその尾は確実に引いており、特に1年の和は崩壊寸前でした。しかし、それでも突き進むしかないDL野球部は地獄の強化合宿へと突入します。
レギュラーに選ばれなかった1年生はサポートに回りますが、地獄の光景を見ている鬼頭には限界が訪れていました。もともと親の夢であった「甲子園出場」を押し付けられていた鬼頭は、DLの野球が憎いものとなっていたのです。そして、それが転じて野球自体を嫌いとなってしまっています。
鬼頭は、訪ねてきた記者にDLの掟が綴られたノートを横流ししたり、自身の手を無理やり怪我させたりとDL野球部と自分を追い込もうとします。
そして、いよいよ限界を超えてしまった彼は、夏の大会の最中で飲酒で大事故を起こす事件を起こしてしまい……!?
- 著者
- なきぼくろ
- 出版日
- 2018-02-23
DL野球部の夏にまさかの結末が訪れます。いくら1年生のレギュラーでない人物が起こした不祥事といえども、こういった事件は連帯責任が常です。厳しい掟を守り続けたDLだからこそ、無視することは許されません。
その結果は……。
「甲子園」という大きな舞台でも、大きな視点では野球をする上での人生での通過点に過ぎません。しかし、甲子園を目指してきた者にとっては特別な意味を持つもの。『バトルスタディーズ』からはその特別な意味が伝わってくるのです。
高校球児の「夢」といっては過言ではない甲子園。はたして、笑太郎は夢を掴むことはできるのでしょうか。
新たな一歩を踏み出そうとするDL野球部に注目していきましょう。
恐るべし高校球児たちの裏側が、この『バトルスタディーズ』から覗けます。そして、その裏側はPL学園をモデルにした半実話なのです。本作から強豪野球部の実態をご覧ください!