西洋ファンタジーとも東洋ファンタジーとも趣が異なる冒険譚『マギ』。そこにあるのは不思議なオリエンタルの雰囲気です。今回は『マギ』のような空気感、爽快なアクション、雄大な歴史を楽しめる5作品を紹介していきます。
古代エジプト、そこには神話で語られる神々が確かに存在しました。そして現在、その神々の偽物たる「マガイ」が人々に災いを振りまいていました。事態を重く見た神官たちは、かつて創造神を冒涜した罪で封印されていた大神官を蘇らせるのです。
大神官イムホテプ。イムと名乗る少年姿の彼は、マガイ退治のため日本へ流れ着き、羽羽方陽乃芽(はわかたひのめ)という少女と出会います。偶然か必然か、彼女にはマガイが憑いていました。
イムは陽乃芽を救った縁で羽羽方家に居候をすることに。彼はそこを拠点として、人の弱みに付け込むマガイ祓いを始めるのでした。
- 著者
- 森下 真
- 出版日
- 2015-07-22
本作は2015年から「月刊少年ガンガン」で連載されている森下真の作品です。
神話を元にした創作や漫画は数あれど、エジプト神話をモチーフにしたものは多くありません。イムホテプはエジプト第3王朝でジェゼル王に仕えた神官として知られています。本作に登場するイムは、史実の人物像とは多少異なりますが……紀元前2600年頃というと、ほとんど神話時代の人物なので、気にしても仕方ありません。
エジプト神話といっても、イムや他の登場人物の固有名詞などのエッセンスなので、詳しく知らなくても充分楽しめます。もちろん、イムが封じられていた理由であるトト神(史実のイムホテプはトト神の神官でした)や、マスコットとして登場するアヌビスの元ネタであるアヌビス神を知っていればさらに面白く感じられるでしょう。
マガイ、すなわちまがいものの神は、人の負の心に取り憑きます。ヒロイン陽乃芽もそのせいで長い間、声を発することができませんでした。イムはその原因たる「マガイ・セクメト」に気づき、神々の力を借りて消し去ります。
物語は、マガイに憑かれた人を探し、戦って退散させるのが基本の流れとして進んでいきます。このあたりは非常に王道の少年ファンタジー漫画といえるでしょう。
しかし、物語はそれだけに終始しません。マガイはなぜ発生したのか?ということや、イムが3千年間封印されていた原因、そして彼を派遣したアメン神官団の思惑、それに反発するキャラクターの登場など謎はどんどん深まっていきます。キャッチーな絵柄とテンポのよい展開で読者を飽きさせません。
魔神が人間を支配する世界。魔神を束ねる男「ドグラマグラ」に対抗し、攫われた姉のライラを救うため、少年トトはルーキーと一緒に正義の魔神と伝えられていた魔神の封印を解きました。ところが「鉄拳魔神ランプ」は、言い伝えとは似ても似つかぬ暴れん坊だったのです。
トトの説得を歯牙にもかけないランプでしたが、彼は救い出したライラにひと目惚れしてしまいます。
ところがドグラマグラ配下の魔神に再び連れ去られてしまったライラ。彼女を助けるため、ランプたちの打倒魔神の旅が始まりました。
- 著者
- ["小畑 健", "泉藤 進"]
- 出版日
- 2011-12-16
本作は1991年から「週刊少年ジャンプ」で連載されていた泉藤進原作、小畑健作画の作品です。
「魔神冒険譚」と書いて「アラビアン」と読み、アラビアンナイトをベースにしていることがここから窺えます。そういった部分は『マギ』と共通していますが、描き手が違えばこうも雰囲気が変わってしまうもの。
本作は初期『ドラゴンボール』を思わせる、非常にストレートな王道バトル漫画です。無茶ばかりする型破りな魔神ランプが、対決や人助けをくり返しながら、捕らわれたライラを取り戻しにいきます。作画の小畑は今でこそ美麗漫画家として知られていますが、本作はかなり初期の作品であるのに、この時点でほとんど完成された描写、構成力が発揮されています。
戦闘で使われるランプの必殺技にもご注目ください。「ドゴーン・パンチ」という非常に強烈な拳で、圧倒的な魔神すら一撃で葬り去ります。これは後に、ランプらの住む世界とは別に存在する、ドグラマグラがやってきた「アラビアン世界」を利用した力であると判明。その力を導いて発揮する能力を「アラビアンゲート」と呼んでいます。
かつては人間と共存していた魔神に、悪の心を与えたドグラマグラ。アラビア世界、アラビアンゲートという謎を含みながら、ランプたちはライラ奪還の旅を続けていきます。残念ながら短期間で打ち切りとなってしまいましたが、その分、テンポよく読むことのできる隠れた名作です。
一体いつ頃からのことか、地上は異形の姿をした「オニ」と呼ばれる怪物が支配する世界となっていました。
危険から逃れて人類が生活している地下空間のひとつ、ピスタの街に流れ者の少年が行き倒れていました。その少年ホロは危険な地上の住人、「アヤナシ」でした。
人間の営みを嫌って地上に出たホロは、そのせいで弟を亡くしています。彼は弟の仇「1つ目の男」を討つため、各地を放浪してオニと戦っているのです。
- 著者
- 梶本 ユキヒロ
- 出版日
- 2017-02-17
本作は2016年から「少年マガジンR」で連載されている梶本ユキヒロの作品です。
オニの絶対的な暴力に怯え、地下に隠れ住む人々。このオニというのが謎に包まれた存在で、さまざまな姿をしています。最初に登場したのは、顔のない大柄な巨人でした。オニは周囲の生物を腐食させる瘴気を備えており、近づくだけで大変危険です。
劇中でほとんど唯一オニに対抗できるのが、主人公のホロです。腕に装備した短刀に炎を宿し、瘴気を文字どおり払ってオニに致命傷を与えることができます。
ホロは強い戦闘力を持っていますが、まだまだ精神的には未熟です。特に人嫌いは顕著。望むと望まざるに関わらずオニを倒して人助けをし、その関係をとおして彼は成長していきます。
本作は作者のデビュー作となっています。とても新人とは思えないほど、すべてのコマが一枚絵のように感じられる美麗な作画です。その迫力ある戦闘シーンだけでも一見の価値があります。
地下世界を舞台にしたダークファンタジー。まるで暗い地下そのもののように、物語には先行き不透明な謎が山積していきます。旅を続けるホロは、いつかその謎の答えに辿り着けるのでしょうか。
高校に合格したばかりの女子中学生、鈴木夕梨(すずきゆうり)は惹かれ合っていた男子生徒との仲も進展して、幸せの絶頂にありました。
そんな彼女の周りで、不審な出来事が起こりはじめます。ついにある日、夕梨はデートの最中に、水溜まりから出現した謎の手によって連れ去られてしまいました。何者かが「やっと捕まえた」と言っています……。
次に気がつくと、夕梨は紀元前14世紀のヒッタイト帝国首都ハットゥサにタイムスリップしていました。もちろん、そんな事情を知らない夕梨。聞いたこともない言葉、見たこともない姿の兵士に追われることになります。
彼女は第3皇子カイルに救われたことで、ことなきを得ますが、誰が、なぜ彼女を呼んだのでしょうか。夕梨の運命は一体どうなるのでしょう……。
- 著者
- 篠原 千絵
- 出版日
本作は1995年から「少女コミック」で連載されていた篠原千絵の作品。ヒッタイト文明を舞台としたオリエントの香り漂う歴史ロマンかつ、ラブロマンス漫画です。
普通に暮らしているとヒッタイトとはなかなか縁遠い世界ですが、本作には実在の地名、実在した人物が数多く登場します。ちょっとした世界史の勉強にもなり、これをきっかけとしてヒッタイト文明を紐解いてみるのもいいですね。
夕梨は運動こそ得意ですが、それ以外は普通の中学生。当初は言葉にさえ不自由していました。カイル皇子の機転で窮地を逃れますが、それが縁で彼とキスをして、それ以降彼女はヒッタイトの言葉がわかるようになります。作劇の都合といえばそれまでですが、彼女が何者かの思惑で選ばれたことに原因があるのでしょう。
実は夕梨を呼び出したのは第6皇子ジュダの母、皇妃ナキアでした。しかも召還した理由は、皇位継承権を持つ他の皇子を呪い殺すため。それがこともあろうに次期皇位最有力候補であるカイルのもとに夕梨が匿われたのですから、ナキアも気が気ではないでしょう。
本作は少女漫画であるため、ラブロマンス要素が多くあります。しかし、注目すべきはヒッタイト帝国と周辺国家との動乱です。帝国内部でも政争がくり広げられ、夕梨はとにかく生き延びて元の時代に戻るため、死力を尽くしていきます。
古代にはない、現代人ならではの感覚が、彼女の身を助ける一助となります。その結果、やがて夕梨は古代オリエントで崇められる戦女神イシュタルと同一視されるように。一介の女子中学生が皇子カイルの後援を得てのしあがり、ユーリ・イシュタルとなって戦功をあげていくダイナミックな展開は見物です。
主人公である16歳のキャロル・リードは考古学好きが転じて、エジプトにまで留学する才女です。偶然にもリード家が出資する発掘隊が、未知の王メンフィスの墳墓を発見し、彼らは勇んで調査を始めました。
長きにわたって墓を守り、眠っていた祭祀アイシスが目覚め、墓暴きの呪いをリード家にかけていきます。やがて現代に存在できなくなっていったアイシスは、キャロルを道連れに。こうしてキャロルは、3千年前の古代エジプトへとタイムスリップするのでした……。
- 著者
- 細川 智栄子
- 出版日
本作は1977年から「月刊プリンセス」で連載されている細川智栄子あんど芙〜みんの作品。芙~みんとは細川の実妹で、姉妹による連名の漫画となっています。
本作の舞台は古代エジプト。華やかなオリエント文化時代の歴史ファンタジーです。エジプト考古学を学ぶ主人公のキャロルは、運命的にエジプトへの時間旅行を果たし、知識を総動員して地位を確立していきます。
ここまで読んで、おや?と思った方がいらっしゃるでしょう。本作は何かと『天は赤い河のほとり』と引き合いに出される作品なのです。確かに古代オリエントという共通点、設定に似通った箇所はありますが、辿る道筋はかなり異なります。
キャロルは未来人として、古代エジプト人に予言を与え、金髪碧眼の美女ということから神の化身「ナイルの娘」として崇められていくのです。彼女には考古学という確かな知識がバックボーンとして設定されているので、それを活かした成りあがりには一定の説得力があります。
『天は赤い河のほとり』の主人公が身体的なアドバンテージを持っているのに対して、キャロルは知識を活用する者として打ち出されているのです。
また最大の相違点として、本作では時間の往還が描かれています。最初のタイムスリップは古代の石板によっておこなわれた一種の呪いでしたが、その後は幾度となく、偶発的にキャロルや兄のライアンが過去に介入していくのです。
なぜ彼女がタイムスリップをくり返すのか。そしてメンフィスの死の真相とは一体……。
若くして亡くなるメンフィス王とのロマンス。キャロルは過去と現在を行き来しながら、彼との交流を通して古代文明のよりよい明日を目指していきます。
ちなみに連載は『天は赤い河のほとり』よりこちらの方が先ですが、本作はまだ完結していません。休載期間を挟んでいるものの、40年にわたる超長期連載作品です。古代エジプトだけでなくその周辺国、メソポタミアにミノア、インダスと古代オリエント文明の数々が登場し、バラエティ豊かな異国情緒を楽しめます。
いかがでしたか?西洋的とも東洋的とも違う、独自の雰囲気を備えた物語ばかり。一風変わったファンタジーをお求めの方はぜひどうぞ。