梨木香歩の文庫本おすすめランキングベスト6!2位は『西の魔女が死んだ』

更新:2015.10.30

梨木香歩、というと映画化もされた『西の魔女が死んだ』が有名ですが、実は児童文学だけでなく幅広い年代向け・ジャンルの小説を書かれている事をご存じでしょうか。 穏やかで清々しく心温まる中に、ぐっと心臓を鷲掴みにされるようなスパイスを随所にちりばめたような梨木作品は、どの世代の方が読んでも楽しめる、そして考えさせられる深みがある作品ばかりです。「自然」「思想・宗教」「国際文化」など色彩豊かに織り交ぜながら、広がる梨木ワールドをご紹介します!

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奥深い世界観が魅力の作家・梨木香歩

1959年生まれ、鹿児島出身の作家。映画化もされた『西の魔女が死んだ』が日本児童文学者協会新人賞などを受賞してデビューした彼女ですが、当初は小説家として働くつもりはなかったそう。

しかしたまたま彼女の作品を読んだ河合隼雄がこれは出版すべき作品だと言って勝手に出版社に持ち込んだのがデビューのきっかけとなります。運命的なものを感じる作家人生の始まりですね。

梨木香歩の作品は世界観が独特。その理由は描写力の巧みさにあり、風景や生活の匂い、音、光が伝わってきます。

ファンタジーはもちろん日常生活を描いている時でさえ、深い森にいるような優しさ、少しの恐ろしさを感じさせる作風が魅力の作家です。

6位:梨木香歩の世界平和への思い『春になったら苺を摘みに』

主人公の女性は学生時代に英国のS・ワーデンというところに下宿しており、本作はその下宿屋の主人であるウェスト夫人と過ごした日々の思い出が綴られています。近所の人々との交流や羊が行き交う風景などが描かれたイギリスの片田舎の牧歌的な話かと思って読んでいる内に、それぞれのエピソードに込められた深遠なテーマに気づかされる作品です。

主人公と同じ頃に下宿生活をしていたジョーは、付き合っている彼が他人の小切手帳を盗んで勝手に使う男だと知っていながら付き合いを止めません。そしてジョーと一緒に下宿で暮らし始めた彼は、ウェスト夫人の小切手帳も盗んでしまいます。

また、ナイジェリア人の金持ちの男は自分の子供たちを続々と英国留学させ、昔なじみという理由から必ずウェスト夫人の家に子供たちを下宿させるのですが、彼らは常に尊大な態度で接してくるのでした。

その他、国の内外を問わず様々な人々がウェスト夫人の下宿屋を訪れますが、習慣や生活様式、考え方などがまったく異なる相手に困ったり嘆いたりしながらもウェスト夫人は決して彼らを拒否せず受け入れるだけではなく、彼らが困っている時は全力で助けようとさえします。その姿は、たとえ相手を理解できなくても相手の存在を受け入れることが大切なのだと主人公に伝えています。梨木香歩はウェスト夫人を描くことで、世界平和へとつながる道を読者に示しているのでしょう。

著者
梨木 香歩
出版日
2006-02-28

その後、主人公がカナダ旅行に行った話には主人公が受けた人種差別の話が書かれており、アメリカ出身のウェスト夫人が帰郷した時の話には、マンハッタンで現実に起こったテロ事件のことが触れられています。

最後はアメリカにいるウェスト夫人が日本に帰った主人公に宛てた手紙で終わるのですが、その手紙を読めば『春になったら苺を摘みに』という可愛らしい響きのタイトルに込められた梨木香歩の痛切な思いを知ることでしょう。誰もが一度は考えてみるべき悲しい現実を1人の女性の生き方に込めて描いた、全世界の全世代の人々に紹介したい作品です。

5位:「食べる事=生きる事」梨木香歩のメッセージ『雪と珊瑚と』

シングルマザーの珊瑚は、娘の雪を連れ思いがけず入った道で、「赤ちゃん、お預かりします」という貼り紙を目にします。雪を養うためにも働かなければ、という気持ちとは裏腹に、雪を預かってくれる保育園は見つかりません。途方に暮れていた珊瑚が、いくらかの不安を感じながらもその貼り紙の主くららに雪を預ける決意をするところから物語はスタートします。
 
珊瑚は、友人の那美の何気ない一言やパン屋「たぬきばやし」でのアトピーの男の子との出会い、くららから様々な料理を教わるうちに、徐々に「働いて帰って来る人にごはんを提供できるお店をつくりたい」という想いが膨らんできます。そして、雪を養うためにも、と自分のお店を出す事に決めます。くららやその甥の貴行、時生や由岐など周りの人の助けを借りながら、珊瑚はお店を持ち雪と生きていくのです。
 

著者
梨木 香歩
出版日
2015-06-20


珊瑚は食事が命を育むという事を身をもって知っています。小学校の頃のある経験が原体験としてあるのです。料理を作り提供することと並行するようにして、珊瑚は雪の命、自分の命と向き合っていきます。また、シングルマザーである珊瑚は同じくシングルマザーとして自分を生み愛情を注がなかった母保子への葛藤を感じています。その消化できずにいた想いを、雪との関係性を通し受け入れていく、という珊瑚の心の変容を描いた物語でもあります。

自分の生や雪の生、という命と真剣に向き合う珊瑚の姿は、応援したくなるひたむきさがあります。このように書くと切ないシングルマザーの物語のようですが、くららをはじめとする珊瑚を取り巻く人々の優しさが珊瑚を支えている様子が多く心が温まります。

また、作品中でくららが珊瑚に教える料理はどれも簡単に出来そうなのに意外性があり、「どんな料理なんだろう」と思わず作ってみたくなるような魅力があります。「おかずケーキ」や「メロンパン羹」「ホコリタケのデュクセル」など、名前だけでもわくわくする料理が次々に出てきてレシピとしても楽しめます。

4位:個を圧しない「いい加減」の群れ『僕は、そして僕たちはどう生きるか』

タイトルだけでもはっとさせられるオーラを放つこの作品、若々しい青春の空気の中にもの凄くディープなテーマをはらんだ深みのある作品になっています。

主人公は14歳の僕「コペル」で、ある日伯父の「ノボちゃん」と犬の「ブラキ氏」と一緒に友だちの「ユージン」の家に行きます。染織家であるノボちゃんが使うヨモギを「ユージン」の家に摘みに行くのですが、「ユージン」と会うのは久しぶり。なぜなら、2年前からユージンはぱたっと学校に行かなくなったからです。このユージンが学校に行かなくなった理由が、個人の枠を超えてとても壮大なテーマを孕んでいることに、徐々に読者は気付かされます。

ユージンに久しぶりに会ったコペルは、そのままユージンのいとこの「ショウコ」、ある差し迫った事情から隠者になった「インジャ」、オーストラリア人の「マーク」、そしてノボちゃん・ブラキ氏とユージンの家で1日を過ごします。自然豊かな庭でヨモギを摘み葉っぱごはんを作りBBQをする、という長閑な描写とは裏腹に、登場人物それぞれが持つ心の傷が剥き出しになっていきます。
 

著者
梨木 香歩
出版日
2015-02-18


この物語のテーマは、個を押しつぶす大勢の「普通」の危うさです。ユージンが学校に来なくなったきっかけやインジャが隠者になった理由、そこにかぶせてヒトラーユーゲントや戦時色の強い本の積まれた屋根裏部屋、戦時中兵役拒否をした男性のエピソードが交錯していきます。ユージンの個が押しつぶされたとき、コペルは気付かないうちに自分も大勢の1人になっていた事を知り、絶望的な気分に陥るというシーンがあります。そこでインジャが発する一言「泣いたら、だめだ。考え続けられなくなるから」という言葉は印象的です。

「群れから離れて考える必要があった」というユージンの気持ちを推し量りながらも、人が生きるために群れは必要で、そこで自分はどうするのか、という事をそれからコペルは考えていきます。複雑なものを複雑なままで考え続けることは難しく、ともすると私たちはそれらを単純化して考えたり、敢えて「思考停止」をしてしまうかもしれません。そうではなく、本当に必要なのは考え続ける事なのだ、という厳しくも力強く本質的なメッセージを訴えかける作品です。

そんな重く深いテーマを持ちながらも、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」のホールデン少年を想わせるようなコペルの口調や「屋根裏部屋」「秘密基地」といったワードが思わず少年時代のわくわくを思い出させてくれる、大人も楽しめる作品になっています。

3位:文化人が集う世紀末トルコのシェアハウス『村田エフェンディ滞土録』

こちらも印象的なタイトルで、「一体なんの話なんだ」と想像力が掻き立てられますね。
これは主人公の「村田」がトルコ(「土」耳古)に「滞」在していた記「録」という意味になります。(「エフェンディ」の意味は読んでからのお楽しみに。)

時は1899年、主人公の村田はトルコに文化研究のために留学をしている学者です。下宿先の主人であるイギリス人のディクソン夫人、他の下宿人のドイツ人のオットーやギリシャ人のディミトリアス、下働きのトルコ人のムハンマド、そしてムハンマドが拾ってきた鸚鵡との生活が村田の視点から描かれています。
 

著者
梨木 香歩
出版日


この作品の見どころのひとつは、国際色豊かなシェアハウスのリビングで繰り広げられる日常会話、とでも言えそうなバックグラウンドや信条の異なる住人達(+神々)の思わずくすりと笑ってしまう応酬にあります。

敬虔なキリスト教徒のディクソン夫人と回教徒のムハンマド、そして理を追求するオットーとの神談義など、当人たちは至って真面目に、でもお互いを尊重しながら口ぐちに白熱討論をする場面などウィットに富んでいて、更に村田の畏まり改まった古風な語り口がユーモラスな空気を醸し出しています。それに加えて、五つの定型文しか話せないはずの鸚鵡が入れる合いの手のタイミングと言葉選びが絶妙でやみつきになり、どんどんと読み進めてしまいます。

もうひとつの見どころは、ストーリー構成です。彼らの宗教や考古学、前時代への憧憬や熱情が心地よく渦巻く中ページを捲っていき物語半ばに差し掛かると、徐々にテーマがより壮大なものへと変わっていきます。国際情勢の大きなうねり、その中で個々人は何を信じ何に熱を傾けて生きるのか。この色合いの濃いまま物語は急速に加速し、最後は深く深いところにはまり込み停まる車輪のような勢いと迫力を見せてきます。乱暴に轍が残された後の道の端で茫然と立ちすくむ、そんな読後感を味わう読者の方もいるかもしれません。

それぞれが大事にしているものを信じ追いかけていた穏やかな熱い日々ががらりと変わる時がくる。個々の想いなどあっけなく飲みこんでしまう程の大きなうねりはどこから発するものなのか、と作者は問いかけます。結末では革命や戦争の残酷さ、その時に一人一人がどうあるべきか、という事を突き付ける猛々しさが滲んでいます。

2位:弱さと向き合う「意志の力」『西の魔女が死んだ』

主人公のまいは中学1年生のとき、学校に行けなくなってしまいます。困った母親は「西の魔女」と呼ぶ自分の母、まいのおばあちゃんにまいを預ける事にします。「私も超能力が持てるかしら」と聞くまいに、おばあちゃんは「魔女になるために一番大切なのは意志の力。自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力」と教えます。まいは精神力を鍛える約束をし、おばあちゃんとの生活をしていくのです。

この物語は、生きていくために必要な力がなんなのか、おばあちゃんの導きと自然の中でまいが気付き、成長していく物語です。「サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、誰がシロクマを責めますか」とおばあちゃんはまいに語りかけます。何がまいを幸せにするのか、それが人と違ってもいい、ただ、まい自身がそれを決める必要があるのだ。そのような意志を持つ強さについて、まいは徐々におばあちゃんから学んでいきます。
 

著者
梨木 香歩
出版日
2001-08-01


まいを見守るおばあちゃんもこの物語の見どころで、愛情の深さ、含蓄、思慮深さといった人間的な魅力にどんどん引きこまれていきます。あるとき、まいは「人は死んだらどうなるの」とおばあちゃんに問いかけます。それに対し、おばあちゃんは自分の考えている死について語り、ある事をまいに約束をします。人は死んだらどうなるのか、という誰もが一度はぶつかる問いにもがくまいに、向き合うおばあちゃんに心を打たれます。

また、まいはおばあちゃんとの生活から両親との生活に戻るときに、1つの後ろめたさを感じながらおばあちゃんと別れます。大切な家族だからこそ甘えてしまった、こういう事があった、と誰もが思い当たるような胸が苦しくなるような気持ちでまいに共感してしまうシーンなのですが、それをラストにおばあちゃんがどのように受け止めるのか、ぜひこの切ない温かさと開放感を味わってみてください。

1位:梨木香歩の綴る幻想的でうつくしい物語『家守綺譚』

物語の舞台は100年程前。主人公の売れない物書き綿貫征四郎が、学生時代の亡くなった親友高堂の実家に住み、そこで出会う奇奇怪怪な毎日を綴った短編集です。

ボートで漕ぎ出し行方不明になったはずの高堂が掛け軸から現れたり、庭のサルスベリに恋をされたり、河童や小鬼が現れたり、というと突拍子もないフィクションのように聞こえますが、そうではありません。夢か現か、というふんわりとした輪郭をまとったストーリーは「ああ、確かにそういう事がありそう」「あったらいいのに」と思わずにはいられない、情緒豊かで幻想的な美しい物語です。
 

著者
梨木 香歩
出版日
2006-09-28


1話1話のタイトルは植物の名前になっていて、その名を冠した人間的な植物が次々に登場します。庭や野の植物があるときは優しく、あるときはかしましく綿貫に語りかけてきます。綿貫も応酬し、この世のものとは思えない事が次々に起こりますが、そういう日々を受け入れ受け流し生きている綿貫の生活には、思わず「こんな生活がしてみたい・・!」という憧れを掻きたてられます。

高堂のとぼけたような、達観したような綿貫への語りかけは、ときに笑いを誘い、ときに切なさを誘う心地よさがあります。テンポよく、禅問答のような言葉選びも秀逸です。1つ1つが粒ぞろいの28話が流れるように綴られます。

物語全体を包み込むレトロな日本の趣き、一本気で頑な清廉潔白な綿貫のキャラクターがやみつきになる個性的な物語。この世界観は他の作品では味わえない魅力があり、読み終わった後は「これでお別れか」という寂しさが残りますがご安心あれ。続編『冬虫夏草』でまだ楽しめます。

梨木香歩の作品には《豊かで手つかずの自然への敬愛の念》や《年上(比較的年配)の賢者のような人々への尊敬と愛情》そして《人とは違う個性を持つ人を認め尊重し、徹底的に寄り添うという筆者の姿勢や覚悟感》が、どの物語の根底にも流れているように思えます。これらは、作家自身の知性や人間的な魅力の深さに依るものなのかなぁと思わざるを得ないのですが、読んでいて温かくもぐさりとくる瞬間が幾度もあります。感受性豊かな若い世代にも、「忙しくてそんな事最近忘れていた」というかつて少年少女だった世代にもぜひ一度手に取って欲しい本ばかりです。

また、梨木作品には、様々な形で傷ついた人達が出てきます。そんな彼らに寄り添い、静かに傷みと向き合っていく物語を通して、いつしか私たち自身も癒され、浄化され、強くなっていくことができる。そんなしなやかな強さを持つ梨木作品の持つ『魔法』がみなさんにも届きますように。