斬新なストーリーと繊細な雰囲気で注目をあつめている漫画家野田愛子の最新作は、世間も男も知らない女子大生と、年の離れたヤクザの恋を描いた、暗くて深いラブストーリーです。この記事では、「潜熱」というタイトルを秀逸に表した本作の魅力に迫ります。
著者の野田彩子は『鮫島くん』でのデビュー以来斬新で大胆な切り口と繊細なストーリーで注目を集め、2012年から2014年に連載された『わたしの宇宙』では、「自分が漫画の世界の人間である」ということを理解している登場人物を描いたことで話題となりました。
この他にも『いかづち遠く海が鳴る』も代表作のひとつです。
- 著者
- 野田 彩子
- 出版日
- 2017-02-10
そんな野田彩子による新作は、世間知らずな女子大生が年の離れたヤクザを好きになるという危険な恋を描いた物語です。
この記事では、一筋縄ではいかない恋を描いた本作の魅力を2人の主要人物と、世界観の特徴に注目しながらご紹介したいと思います。
ちなみにタイトルの「潜熱」とは、外からは見えない内側に潜む体熱という意味です。これから始まる瑠璃の恋を表すには、これ以上ない言葉となっています。
主人公の岡崎瑠璃(おかざきるり)は大学1年生。夏休みを使い、コンビニで生まれて初めてのアルバイトをしていた彼女には気になるお客さんがいました。いつも「6ミリ2つ。」といってタバコを買っていくスーツ姿の男性です。
他の客ともめたり大きな声を出したり、入り口に高級車を横付けしたりと、店側でも問題客扱いされているその男性はヤクザだとも噂されていました。しかしコワイ人だと思えば思うほど、瑠璃はその男性の笑顔や笑い声に目がいってしまうのです。
ある土砂降りの雨の日、傘を忘れて帰れずにいた瑠璃はたまたま例の男性客と鉢合わせます。そして何を思ったのか男性に声をかけ、彼の車に一緒に乗り込んだのでした。 内気な瑠璃がなぜよく知りもしない男性に声をかけ、同じ車に乗り込んでしまったのか、彼女自身もよくはわかっておらず、衝動としか言いようがありません。
しかしこの行動が、瑠璃の危険な恋を加速していったのは確かです。
瑠璃は癖のない黒髪と濃いめの眉が特徴の素朴な少女です。高校まで女子校を卒業し、せいぜい年配の男性教員くらいとしか異性と関わってこなかった彼女に恋愛経験はありません。そんな瑠璃にとって、常連客の逆瀬川(のせがわ)は未知の生き物でした。
大声をあげたり他の客を蹴ったりなどという乱暴な逆瀬川が珍しいからか、なんとなく気になってしまう日が続きます。バイト仲間から逆瀬川がヤクザだという噂を聞かされても、気をつけろと注意されても、何となくその危なさを理解しきれないでいるのでした。
そんなある日、いつもの「6ミリ2つ。」の言葉に反射的に注文のタバコを差し出すことができた瑠璃は逆瀬川に褒められます。「サッと出たね、偉い偉い」とまるで子供を褒めるような言葉でしたが、瑠璃の頭にはいつまでも残ります。そこから少しずつ自分の気持ちを自覚していくのです。
逆瀬川を「コワイ人」として見れば見るほど彼のことが気になってしまう瑠璃は、彼が買うタバコの銘柄、車には運転手がいること、携帯に可愛いストラップが付いていることなど、不意に得た何気ない情報を無意識に溜め込んでいきました。
土砂降りの雨の日に乗り込んだ逆瀬川の車の中で、瑠璃が逆瀬川に促されてタバコを吸うシーンは、これから彼女が淀んだ恋に身を焦がしていくことを暗示しているかのようです。
純粋無垢な少女瑠璃は逆瀬川に恋することで何を得て、何を失うのでしょうか。まさに「堕ちていく」とう表現がぴったりと当てはまる彼女の恋から目が離せません。
ヤクザと噂の問題客逆瀬川は、乱暴ながらそこはかとない品も感じさせる細身の男性です。銘柄は言わず「6ミリ2つ。」を合言葉にして、瑠璃の働くコンビニにタバコを買いにきます。
瑠璃の言う通り可愛い笑顔に快活な笑い声、携帯につけられたキャラクターもののストラップからは茶目っ気も見え、威圧感のある風貌とのギャップを感じさせます。
注目していただきたいのは逆瀬川が放つオーラです。ただ立っているだけで危険な香りと大人の魅力が漂ってくるかのような雰囲気に、瑠璃はどんどん飲まれていってしまいます。しかし車で瑠璃を送った逆瀬川は、「逆瀬川さんと話をしてみたかった」「逆瀬川さんが優しい人でよかった」と話す瑠璃に忠告するように言いました。
「瑠璃さんは、俺が優しい人だと思うの?」(『潜熱』1巻から引用)
この時逆瀬川は、自ら瑠璃の恋にストップをかけるような言葉を口にしていたのです。自分がどんな男なのかは、自分が一番よく知っていたのでしょう。
職業柄かあまり言葉数の多くない逆瀬川ですが、それすらミステリアスな雰囲気となって彼を魅力的に見せます。これから逆瀬川は瑠璃にどんな喜びと苦しみを与え、どんな女性に変えていくのでしょうか?危険な大人の恋を教えてくれる彼に大注目です。
物語は終始しっとりとした色気のある雰囲気で進みます。このしめった世界観は逆瀬川と、彼の魅力に当てられた瑠璃が作り出すものです。
後日、逆瀬川の車の中に携帯を落としてしまっていた瑠璃は逆瀬川のいる事務所を訪れます。そこで逆瀬川がただのヤクザではなく、多くの部下を抱える組長であるということを知るのでした。
そんな逆瀬川との恋が平和であるはずがありませんが、時折見せる優しい笑顔が瑠璃の心を掴んで離しません。それ以上好きになってはダメだ!と止めに入りたい衝動にかられても、ずぶずぶと沈んでいく瑠璃を見守る以外にはなにもできないのです。
また、本作の世界観をより色気あるものにするのは、絶妙な間です。たっぷりとした間と余裕の中で発せられる逆瀬川のセリフは、さらなる危険な魅力を含んで瑠璃を魅了し、ゾクゾクさせます。
ダークな年の差恋愛を描いた『潜熱』は大人な恋愛漫画を読みたいという肩にも、ちょっと変わった恋愛漫画を読みたいという肩にもおすすめできる作品です。静かな雰囲気と危険な恋の予感を楽しみつつ、瑠璃と一緒に逆瀬川の虜になってみてはいかがでしょうか。
1巻で、思いを伝えたものの、逆瀬川からの「俺と寝られるのかい?」という言葉に衝撃を受ける瑠璃。しかし実際にそうなったところを想像すると、やはり嫌ではない自分がいるのでした。
そうやってひとり静かに思いを深めている瑠璃ですが、ある日親友のトモのデート相手から呼び出しがあり、何だろうと向かってみると、彼女の恋人は逆瀬川の付き人・日和佐だったのでした。デートの邪魔をしては悪いと遠慮する瑠璃ですが、そのまま3人で遊園地をまわることになります。
- 著者
- 野田 彩子
- 出版日
- 2018-05-18
10年前に逆瀬川の家族とみんなで、一緒にこの遊園地に来たことがあるという日和佐。彼の若い頃、家族と一緒にいるところが不思議な感じがすると、頬を染めながら話す瑠璃を見て、日和佐は、何か考えるところがあるようでした。
そのあとトモと瑠璃はご飯をごちそうになるものの、その街がガラが悪いところで、少し不安になります。ヤクザの男の使う街ですから、さもありなん。そしてキャッチの男や、気軽に客とキスをするキャバ嬢に驚く瑠璃に、日和佐はこう言うのでした。
「ここに、おじょうさんは来られるか?」
(出典:『潜熱』2巻)
その言葉を聞き、ヤクザの男に惚れるというのはどういうことか、自分が彼の世界に参加できるのかについて、瑠璃は考え始めるのです……。
2巻は、逆瀬川が生きる世界の恐ろしさをまざまざと感じさせられる、ある事件がおきます。みるからに不穏な新キャラの登場で、瑠璃に危険が及びます。しかし、そこで彼女はおそらく自分でも気づかなかったであろう、新しい一面を見せるのです。そのシーンでの瑠璃の表情は、読者を引きつける力があります。
どんどん妖しい方向に染まっていこうとする瑠璃に、読者までもハラハラさせられる内容です。
『潜熱』を含むおすすめの恋愛漫画を紹介した<絶対に面白いおすすめ恋愛漫画24選!胸キュンラブストーリーは突然に>もあわせてご覧ください。
怒涛の展開や驚愕の出来事などないはずなのに、シーンの一つ一つが目に焼きつくような、濃厚な物語となっています。