異国×宗教×ブロマンス、『流転のテルマ』はこの3要素がひとつになった作品です。物語はチベットと仏教を中心に進みますが、内容は本格的なもので、その題材の奥深さに目と心を奪われます。
大学を休学中の徳丸の元に、兄から奇妙なメールが届きました。兄の身を案じ、彼はメールに記されていたチベットに行くことになります。そこで徳丸はさまざまな人と出会い、日本ではけっしてできない体験をするのです。
本作の大きなテーマとして、「ブロマンス」という男性同士のプラトニックな親愛が挙げられます。彼らのあいだには性的なものはありませんが、男性たちの近しい距離感は、BLが好きという方にもおすすめです。
このほかにも、チベットでの生活やチベット仏教などについて詳細に描かれているのが、本作の見どころでしょう。
この記事では全4巻の魅力を紹介していきます。ネタバレを含みますので、ご注意ください。
- 著者
- 蔵西
- 出版日
- 2014-09-09
兄からきたメールを頼りに、西チベットへ入った徳丸。ガイドのソナムと、道中の調理を担当するナムギャルに同行してもらい、国境付近のヌン谷に向かいます。
チベットの標高は富士山より高く、慣れない登山をしながら、3人は衝突と和解をくり返して絆を深めていくのです。
ついにヌン谷にたどり着き、兄と再会した徳丸は、自分の家族とヌン谷の因縁深い関係を知りました。それは彼とソナムの絆を揺るがすもので……。
「助けてくれ」という兄からのメールと、兄を探してほしいという父からの頼みで、西チベットに行くことになった徳丸。しかし兄がいると思われる場所は、遊牧民でもめったに行かないような辺境でした。
ガイドのソナム、調理担当のナムギャル、そして徳丸という異国での3人旅が始まりましたが、山に入った途端ソナムの態度が変わります。どうやらソナムと徳丸は、互いにある秘密を抱えているようで……。
- 著者
- 蔵西
- 出版日
- 2014-09-09
1巻で最初に目につくのは、徳丸の子どもっぽさです。これは彼の成長物語でもあるので、初めの方は考えの甘さや自分勝手さが目立つように描かれています。
ただ仮に自分が、彼同様に右も左もわからないままチベットに降り立ってしまったら、やはり戸惑いを覚えるだろうという場面も多く、逆にソナムに対してもっと彼をサポートしてあげてほしいとやきもきするかもしれません。
そう、本作は、徳丸の成長物語であると同時に、ソナムの成長物語でもあるのです。2人の青年がぎこちないながらも一進一退をくり返し、少しずつ心の距離を近づけていく様子に、ブロマンスの雰囲気を感じます。
また、物語の舞台であるチベットの生活環境や食べ物の違いなどが詳細に描かれているのも魅力のひとつです。作者の蔵西自身がチベット好きだそうで、現地を知るための作品としても役に立つでしょう。
徳丸の実家が寺で、ソナムが僧院の出身、そしてチベットと日本が同じ仏教国ということもポイントです。作中にも文化人類学者が登場しますが、学ばずして民族学や文化人類学に触れることができます。
寺や仏教に関する話も多く出てきて、異国だけれどもどこか馴染み深い空気を感じることができる1巻です。
1泊した尼僧院を出発し、次は温泉のある土地を目指した3人。疲労が溜まった徳丸は、そこで熱を出して寝込んでしまいました。
体調が悪いのであれば帰るというソナムに対し徳丸は反発し、ひとりでヌン谷への道を進みます。途中でナムギャルが合流し、別行動していたソナムとはヌン谷の手前のタバ村で落ち合うことになりました。
なんとか村に着いた徳丸とナムギャルは、ソナムと今後について話し合います。「帰る」の一点張りなソナムに、徳丸とナムギャルを村まで案内してくれたラモという少女は、村にしばらく滞在すればいいと提案します。
- 著者
- 蔵西
- 出版日
- 2015-02-09
2巻では、徳丸とソナムの心の距離と物理的な距離が、近づいたり離れたりする様子が描かれます。
徳丸が体調を崩して寝込む前、ソナムは彼に水を汲みに行くよう頼みました。そこは花が咲き誇り、星が瞬いて、夜なのに虹がかかっている美しい場所でした。
慣れない土地と山登りで疲弊した徳丸を、ソナムは気遣ったのです。しかし徳丸は疲れから寝込んでしまい、その結果ソナムと言い合いになってしまいました。
ソナムにとって、徳丸が向かおうとしているヌン谷は近づきたくない場所。彼自身がそこに行きたくないという気持ちももちろんあるでしょうが、今回彼が帰りたがっていたのは、徳丸の無事を最優先に考えた結果の判断でしょう。
しかし、徳丸はそれに納得ができません。兄が心配で一刻も早く駆けつけたい気持ちとともに、3人ならば大丈夫だと心を寄せた矢先に「帰る」と言われて、裏切られたような気がしてしまったのです。
徳丸はカッとしてその場を飛び出したものの、ソナムが追いかけてこないか気にする素振りを見せ、この巻ではまだまだ幼い姿が見られます。しかしこのようないざこざがあるからこそ、2人の精神的なつながりが強まっていくのかもしれません。
また2巻では、新たにラモという少女と出会うことになります。彼女をきっかけにして、徳丸とソナムは距離を縮められるようになりました。
徳丸はもうずいぶん前から外国人立入禁止区域に入っていて、国境警備隊に見つかると捕まってしまうギリギリの綱渡りをしています。これまでは素性がバレないように姿を隠していましたが、ラモは、徳丸が女装をしてソナムの妻だということにすればいいと提案したのです。BL的な萌えを感じられる場面でしょう。
これまでも徳丸は、現地の人に女性っぽいと言われる描写がたびたびありました。女装といっても民族衣装に身を包むだけなので、現地の人々にもあまり違和感なく受け入れられています。
女性として過ごすため、徳丸はラモと行動をともにすることが多くなります。ラモは村のなかでは都会的で、彼女にとっても徳丸の存在は新しい風を吹かせるためのいいきっかけだったのでしょう。3人が村を出ていくのを引き留めようとする素振りを見せます。
そこにはどんな想いが隠れているのか、今後のラモと徳丸の関係も気になる2巻です。
どこか気まずい雰囲気のラモと徳丸。ソナムはそんな2人をくっつけようと画策しますが、その関係はこじれる一方です。
またソナムもラモの友人に一目惚れをしますが、その女性にはすでに婚約者がいました。
そんななか彼らは、たまたま村に来ていた国境警備隊に目をつけられてしまいます。
- 著者
- 蔵西
- 出版日
- 2015-10-09
誰か大切な人がいると、人間は必然的に成長することがありますが、徳丸はまさに恋をすることでひとつ成長しました。
彼がラモを気にしはじめたきっかけは本当に些細なもので、恋と呼ぶにはあまりにも拙い感情です。ソナムやナムギャルなどに囃し立てられ赤面する姿などは、思春期のような雰囲気もあります。
相手の気持ちを汲み取ることにまだ疎い徳丸は、気遣ったつもりで言った言葉でラモを傷つけてしまいます。そこで彼はようやく、相手の立場に立って物事を考えることを知ったのです。また、相手のことを想うからこそ、時には反対しなければいけないこともあるということも学びました。
タバ村での時間は、徳丸が兄に会う前に「甘えん坊の弟」から「ひとりの人間」になるために必要な時間だったのではないでしょうか。
3巻ではこのほか、祭のシーンが描かれています。民族衣装に身を包み、仮面をつけて踊る姿は、漫画のイラストとはいえ圧巻の迫力があります。
「リンポチェ」というタバ寺の生まれ変わりの少年も出てきて、同じ仏教でも輪廻転生は信じられていない日本との文化の違いをあらためて実感できるでしょう。
また、以前立ち寄った尼僧院ではおこなわなかった「五体投地礼」というお参りをする姿も見どころです。
ソナムはこの頃になるとボディタッチなどが増え、徳丸により親しげに接するようになります。チベットの男性は普段から想い人に愛を囁き、その愛を詩にすることもあるそうで、もともと愛情の表現は積極的なのかもしれません。
しかしここでの2人は、すでに「旅人」と「現地のガイド」ではなく、気心の知れた友人になっていました。徳丸が成長したことで、彼らの関係が本作のテーマでもあるブロマンスに近づいた3巻です。
ヌン谷直前で道を間違え、野宿をすることになってしまった3人。そこで徳丸とソナムは、お互いに悔いている過去のおこないについて話し合いました。
その後、兄と無事再会を果たすのですが、そこでこれまで積み上げてきた2人の絆にヒビが入ります。ただお互いにいい顔をするだけでは本当の友情は芽生えません。時に厳しくあたり、情けない部分をさらけ出して本当の友になっていく4巻です。
流転のテルマ(4) (KCデラックス 週刊少年マガジン)
2016年02月25日
実は徳丸の兄は、過去に自分たちの祖父が犯した罪を償うためにヌン谷へ来ていました。過去を清算するため、そしてソナムを過去の呪縛から解放するために、徳丸はヌン谷の奥にある聖地へと向かうのですが、ここでも彼が成長した様子を見ることができます。
ソナムにとってヌン谷は、本当は名前を聞くだけで肩を震わせ、悪夢に見るほど訪れたくない土地でした。そのためナーバスになりがちな彼の言動を見て、徳丸はその真意を探ろうとします。
以前であれば、すぐにムッとしてしまったり、無理に詮索しようとして感情的に言い返したりしてしまったかもしれませんが、徳丸はソナムの次の言葉と待つようになりました。
そんな徳丸に、ソナムはずっと隠していた心の弱い部分をさらけ出すのです。これまでは慰められ甘やかされるばかりだった徳丸がソナムに寄り添っていこうとするシーンは、ここに至るまでの2人の関係を思うと感慨深いものがあるでしょう。
短い期間ではありますが、プラトニックに深い愛情を築いた彼らの間には、他人は踏み込むことのできない独特な雰囲気があります。まさにブロマンスといえる強い絆を感じる結末に、どこか羨ましささえ覚えてしまうでしょう。
日本ではブロマンスとBLの住み分けが難しい部分もありますが、性的な接触のない男性同士の深い関係は、見ていて胸を熱くさせるものがあります。