妖怪との関わり合いを描く人気作『夏目友人帳』は、不思議で奇妙で、それでいて優しい展開が魅力的です。今回はそんな雰囲気が色濃い、おすすめの漫画5作品をご紹介しましょう。
近代化が進む明治の街の一角に、不定期に開かれる貸本屋「向ヒ兎堂(むかいうさぎどう)」がありました。妖怪、怪談の類いは非文明的として「違式怪異条例」で取り締まられる時勢の中、それらを扱った書物を密かに取り扱っています。
そんな生業をしているためか、店主兎崎伊織(うざきいおり)の元には、人の世で困った人ならざる者達がたびたび訪れるのでした。彼は従業員である化狸の千代や、ひょっこり店を訪ねてくる猫又の銀らと共に、妖怪の悩みを解決に導いていきます
- 著者
- 鷹野 久
- 出版日
- 2012-11-09
本作は2012年から「月刊コミック@バンチ」で連載されていた鷹野久の作品。
時は明治、古い慣習を断ち切って、欧米列強に追いつかんと富国強兵の名の下に近代化が急ピッチで進む日本が舞台です。文明の光で不可思議な現象が駆逐される前、奇妙な隣人が人の傍に佇んでいた時代のこと。
妖怪や化生は全ていかがわしいもの、非文明的なものとして国から忌避されています。「違式怪異条例」とは明治期にあった文明開化の風潮を反映しつつ、身近な怪談を排斥するものとして、当時制定された軽犯罪法「違式カイ違条例(カイは常用外漢字)」をもじった本作独自の設定。
妖怪の見える特異体質の青年、伊織。伊織は人の手で消されつつある、目に見えないあやしいモノを惜しむかのように、あるいは彼らの最期が良きものであるように奔走します。出てくる妖怪も、愛らしくて奇妙でちょっと恐ろしい、どこか懐かしい者達ばかりです。むしろ恐ろしいのは、頑なに怪異を排除する取締局の方でしょう。
妖怪駆け込み寺と化した「向ヒ兎堂」の日常は、店主の謎めいた生い立ちや、取締局と対立しつつ、人と妖怪の心温まる関わりが描かれていきます。情緒溢れるレトロな雰囲気がお好みの方はぜひ。
今なお幻想が息づく国、北欧の島国サンバベッジ公国。北欧の妖精に憧れる日本人留学生の成宮晴明(なるみやはるあき)は、ひょんなことからエイネ・ノーリッシュラグという少女と出会います。
エイネはオセルハウン市役所に勤める18歳の少女。彼女は市の「妖精発見課(アールヴェオリシオン)」に所属する唯一の「妖精発見人」なのでした。一般人の晴明は、ことあるごとにエイネに協力を要請されて、未だこの国に残る神秘を目の当たりにしていきます。
- 著者
- 三ノ咲 コノリ
- 出版日
- 2013-03-08
本作は2012年から「月刊少年シリウス」で連載されていた三ノ咲コノリの作品。
皆さんは妖精の存在を信じていますか? 本作の舞台となるサンバベッジでは大半の人々が、その存在を信じているのです。もちろんサンバベッジは架空の国ですが、モチーフとなっている北欧の国々でも多くの人が不思議な隣人を感じているそうです。アイスランドには妖精の代表格であるエルフについて学べる妖精学校があり、妖精専門家もいるとか。
現実にいるかはともかくとして、本作では様々な神秘的な妖精が登場します。人魚やゴブリン、ピクシーなどはファンタジーでもお馴染みですね。ゴブリンはゲームなどで悪のモンスター扱いが多いですが、本来彼らも妖精なのです。多少悪戯好きではあるようですが。
それらを扱う特殊な職業が妖精発見人。除霊士やお祓いの出来る巫女さんというとイメージしやすいでしょうか。
天然で美人なエイネと、お人好しな晴明。神秘解決に当たっては良いコンビになるのですが、普段はハラペコキャラのエイネを餌付けする飼い主状態となっています。そんな2人の初々しい関係にニヤニヤ、妖精事件でほっこりするハートフルな作品です。
不治の病に冒された女性、ハナビ。明日をも知れぬ身だった彼女の体調が、ある日突然快調になりました。病は依然そのままで、周囲の反対もありましたが、ハナビは1人暮らしの自宅療養に踏み切ります。
家に戻ったある日の朝、彼女はベランダで不思議な生き物を発見しました。ダンボールに収まって眠る、白い小さな妖怪「コマさん」。上京したばかりのおのぼり妖怪を受け入れたハナビは、毎日1つ願いを叶える見返りに、コマさんを住まわせることにしました。
この2人の出会いがハナビの周りの人達が体験する、不思議な出来事の始まりだったのです。
- 著者
- 出版日
- 2015-12-11
本作は2015年から「ヒバナ」で連載されていた柴本翔の作品。
原作は言わずもがな大ヒットゲーム『妖怪ウォッチ』です。そういうわけですから、本作も子ども向けかと思いきやそうではありません。
本作でフォーカスが当たるのは、ジバニャンに次ぐ第2のマスコット的妖怪、狛犬のコマさんです。とはいえ、彼(?)以外の妖怪は一切出てきませんし、アイテムとしての妖怪ウォッチも影も形も存在しません。ですから原作をご存知ない方でも、ある妖怪と人間との交流物語として読むことが出来ます。逆に先入観を持たない方が楽しめるでしょう。
コマさんは良い意味で俗世にまみれておらず、純粋で、何事にも一生懸命に取り組みます。そんなコマさんが「もんげー便利な葉っぱ」で人間に変身して、ハナビに言われるがまま街へ繰り出すのですが……。コマさんが潤滑剤となって、人々がちょっと笑顔になります。
コマさんが出会う人達は、みんなハナビにとって大事な人です。彼女が敢えて多くを語らず、コマさんに想いを託すところには色々と考えさせられます。体調が良くなったとはいえ、ハナビの不治の病はそのままなのですから。そうとは知らないコマさんの純粋さも相まって、より一層込み上げてくるものがあります。
子ども向けゲームが原作なのに、ちょっと大人向けの異色作。原作の前日譚らしきことが仄めかされていますが、『妖怪ウォッチ』を知っている人も知らない人も、どちらにもおすすめしたい感動のストーリーです。
檜原静流(ひばらしずる)と瑞生(みずき)の姉妹は特異体質の持ち主。姉の静流は「勿怪(もっけ)」と呼ばれる怪異が見え、妹の瑞生は怪異に取り憑かれやすい体質なのです。望まずに勿怪を呼び寄せてしまう彼女達は、拝み屋の祖父に助力を受けながら、日常的な異変を解決していました。
2人は勿怪にまつわる騒動の中で、自然や人間について直面し、成長していくことになります。
- 著者
- 熊倉 隆敏
- 出版日
- 2002-06-19
本作は2000年から「アフタヌーンシーズン増刊」で連載開始され、その後「月刊アフタヌーン」に掲載されていた熊倉隆敏の作品。
本作の特徴は民俗学的な背景を思わせる物語と、それにマッチした素朴な絵柄にあります。田舎の雰囲気がとても良く出ているのです。
勿怪とは即ち物怪のこと。いわゆる妖怪のようなもので、人のすぐ傍にいてなんらかの影響を与えてくるモノたちです。それらに対して激しく攻撃することもなければ、勿怪が大事件を起こすわけでもありません。劇中に描かれるのは、あくまでも小規模で日常的な異変ばかりです。
そこで重要なのは、異変と敵対することではなく、共存していくこと。現代人が忘れかけた神仏や霊、自然への畏敬の念を持って接しなければいけません。その体質から勿怪に関わる静流と瑞生は、大らかな田舎の人々や彼らの土着の風習からそういった大事なことを学んでいきます。
基本的には1話完結ですが、個々の話は連続した時系列順にはなっていません。上記のような姉妹の成長が丁寧に、淡々と描写されます。人と人の関わりも重視されていて、人間ドラマとしても珠玉の一編です。
派手さこそありませんが、実に静的な日本らしい精神性のある素晴らしい漫画です。
人類が太陽系の惑星に進出した時代。かつて火星と呼ばれた水の惑星アクアの観光都市ネオ・ヴェネツィアに、地球から水無灯里(みずなしあかり)という少女がやって来ます。
伝統的職業である水先案内人(ウンディーネ)に憧れを抱く灯里。ウンディーネの会社の1つ「ARIAカンパニー」に入社した彼女が、大事な仲間や数多くのお客さんと出会い、何気ない日常を過ごして成長していく姿が描かれます。
- 著者
- 天野 こずえ
- 出版日
本作は2002年から「月刊コミックブレイド」で連載されていた天野こずえの作品。同作者の前作『AQUA』とは設定や人物を共有している直接的な続編となっていますが、基本的に1話完結型の物語なので本作だけでも充分楽しむことが出来ます。
惑星環境改造によって水の星に生まれ変わった火星が舞台。2300年代の未来の話となっていますが、SF要素は風味付け程度です。注目すべきは地球のヴェネツィアを再現した都市、ネオ・ヴェネツィアの美しい街並みでしょう。かつて水の都を往来したゴンドラのある景色が、未来世界に得も言われぬ風情を与えています。
そして幻想的なネオ・ヴェネツィアで、四季を過ごしていく登場人物達。彼女達にとってはそこは日常であり、特別な場所ではありません。しかし、それでも感受性豊かな灯里はふとした瞬間に、何気ない街や人々の中に素敵なものを発見していきます。
また本作は灯里や彼女の友人の藍華、アリスらウンディーネを目指す少女の成長譚ともなっています。彼女達がゆったりと愛すべき人々に関わって、少しずつ経験を積んでいき、穏やかな日常が過ぎていくのです。そこにあるのはある種の理想的なスローライフ。
この遠い素敵な世界へ行くのは簡単です。本作を手に取ってページをめくれば、そこには灯里達のいるネオ・ヴェネツィアが広がっています。
いかがでしたか? 素敵な日常は、何も物語の中だけにあるわけではありません。目を凝らせば、きっとあなたのすぐ傍にも見付かることでしょう。今回ご紹介した作品はあなたの感受性を磨いて、その手助けをしてくれるはずです。