『月刊COMICリュウ』にて連載されていた中野でいちの『hなhのA子の呪い』の魅力をネタバレ紹介します。あなたの愛は純粋だと思いますか?性欲を抱くのは悪いことでしょうか?そんな疑問を投げかける異色の恋愛漫画です!
タイトルはhですが、中身は全然いやらしくない。一風変わった恋愛漫画『hなhとA子の呪い』について紹介したいと思います。愛情と性欲の狭間に囚われた男女の恋愛ドラマを中村でいちが味のある絵で描いたオススメの一冊です。
愛し合うってなんだっけ?そんなメッセージが込められた本作の魅力を奥の、奥までッ!詳しく紹介していきたいと思います。
- 著者
- 中野でいち
- 出版日
- 2016-04-13
ブライダル会社の新社長に就任した針辻真は純愛主義者を標榜する禁欲人間(もちろん童貞です)。そんな彼は秘書の南雲七海こそ理想の相手だと思い1456回目のプロポーズを行うのですがあえなく撃沈。
母がセッティングしたお見合いに強制的に参加することになった彼は、そこでA子と名乗る少女と出会うのですが、なんとA子は幽霊だったのです!こうして針辻と幽霊の奇妙な共同作業が始まるのでした......。
非情に独創的な画風に、読み始めたときは戸惑うかもしれません。ですが心配しないでください。ちゃんとハマります。写実的でもなく、キャラ絵でもない、強烈なインパクトのあるキャラクターとその動きや表情にくぎ付けになることでしょう。南雲の胸とか、南雲のお尻とか、南雲の胸とか。
また、それ以上に特徴的なのは登場キャラが発するセリフの数々。例えば、針辻真は自分が見ているA子はストレスから生じた幻覚だと考え病院に駆け込むのですが、診察してもらった女医さんにむかって、
「セックスが生み出すのは共犯関係だ」(『 hなhとA子の呪い』第1巻より引用)
と言い放ちます。さすが、愛の使者は言うことが違う。また、A子はその奇想天外な言動で自身の信条を守ろうとする針辻を精神的にどんどん追い詰めていきます。
「えっ!?気分が悪いの針辻君!?そういう時はオナニーだよ!!」(『 hなhとA子の呪い』第1巻より引用)
時に下ネタ全開、時に意味深長な数多くの言葉がスパイスとなって、本作を過剰なまでに盛り上げてくれるわけです。また、恋愛という決着のみえないテーマなだけに、作品全体が重くなりがちなところをセリフとギャグ描写で上手く緩和している点も素晴らしいといえるでしょう。
物語は針辻がA子をなんとかして追い払おうとするところから始まるわけなのですが、その過程で針辻と南雲の内面というか心の闇が少しずつ明らかになっていきます。人間誰しも仮面を被って生活している、などと申しますが彼らも例外ではなかったのです。
A子は下着姿になった南雲に化けて彼の目の前に登場したり、女性専用車両に誘い込んでみたりと針辻に様々な悪戯をしかけるのですが、彼の反応がとにかく大袈裟です。見ているこっちが恥ずかしくなるくらい性に対して潔癖です。
また、南雲の慎重すぎる態度もじつに歯がゆいものを感じます。
「人は簡単に裏切ってしまう生き物なんですから」(『 hなhとA子の呪い』第1巻より引用)
本作で口癖のように彼女の口から放たれるフレーズなのですが、実にお固いという印象を与えます。
自分を愛してくれる人を1456回も振るなどなかなかできることではないでしょう。そもそも針辻のことが嫌いなら見切りをつけて秘書を辞めていてもおかしくありません。彼女は柔道空手合わせて5段、3か国語も話せるという高い能力を持っているので他の会社でも十分やっていけるはずなのです。
あまりにも頑なな2人の思想は、客観的に見れば幼稚さすら感じることでしょう。「お前ら中学生か!」とツッコミをいれる読者もいると思います。いえ、今の世の中、中学生のほうが恋愛とか性欲についてこの2人よりも柔軟な考えをもっているかもしれません。
でも、彼らの極端な思想こそが、まさに本作の見どころなのです。実は針辻も南雲も幼い頃に愛と性について壮絶な体験をしています。これがトラウマとなって2人の人格が形成されたわけです。第2巻では彼らの過去が明らかになるのですが、かなりショッキングな内容なので読む前にはご注意を。
まず、針辻の抱えるトラウマなのですが、一言でいうとその原因は「初恋の相手」です。彼がまだ小学5年生だった夏の日。町でも美人だと評判の女の子と針辻は夏休みを満喫するべく外へでかけます。彼女の名前は野間瑛子。蛍を探したり、祭りに行ったり2人は楽しいひとときを過ごします。
無口であまり友人のいなかった針辻は彼女の人柄に惹かれていきました。気づくと、彼はポケットに祭りの射的で手に入れたおもちゃの結婚指輪を忍ばせ告白することを決意します。しかし、指輪も彼の思いも彼女に届くことはありませんでした。
祭りの日から4日経った夜のこと。彼はとてつもなく恐ろしい夢を見ます。小学生が見るにはあまりにも残酷なシーンでした。この日以来、針辻は性についてものすごく嫌悪感を抱くようになります。
こうして、針辻はトラウマを振り払うかのように、性が介在しない愛を求めるようになりました。傍から見れば極めて稚拙な願望ですが、彼にとってはそれを実現しようとすることが精一杯の防衛手段だったといえるでしょう。そうすることで自己を保っていたのです。
では、南雲の場合はどうだったのかというと、結論からいえば「家庭崩壊」です。物語の重要な部分なので細かくお伝えすることはできないのですが、幼い頃に南雲は本来自分を守ってくれるはずの親に裏切られます。おそらく、心をズタズタに引き裂かれるというのは彼女のようなことをいうのでしょう。
過去を確認したうえで改めて1巻から読むとさらに針辻や南雲というキャラクターに感情移入することができるでしょう。重たい過去を背負っているからこそ、彼らの言動には納得がいくし、本作において際立つ存在になるのです。
本作ではもう1人欠かすことのできない人物がいます。そう、A子です。神出鬼没な彼女の存在が物語を動かしていくのですが、彼女は果たして何者なのか?
針辻は南雲七海の妹で霊能力者でもある南雲咲にA子が幽霊ではなく、生霊であることを知らされます。咲曰く、これは針辻自身の澱んだ想いが生み出したものであり、その想いの対象となっている人物こそがA子を形作っている源であると。
なんのこっちゃと思われるかもしれません。つまり針辻のあまりに深すぎる心の闇が、この場合強い磁石となり、彼のトラウマに関わりのある人物からエネルギーを無意識のうちに引き寄せ、それが具現化したのがA子だということです。
原因は自分にあったことを知り唖然とする針辻。トラウマに関わる人物とは、すなわち野間瑛子のことです。実はかつて、瑛子は針辻と遊びにいった当日に誘拐されています。
その後、瑛子がどうなったかというのが物語の核心ともいうべき部分なのですが、大変申し訳ありません。申し上げられるのはここまでです。あの夏の日に何が起こったのか?果たして針辻が抱えていた闇の真相とは何のか?ぜひ、ご自身の目で確認してみてください。
第12話~14話にかけて、針辻と南雲はとうとう自身にかけられた呪いと直に向き合うことになります。自ら過去と対峙するシーンは本当に心打たれるでしょう。特に針辻が実際に過去の記憶を辿り苦悩する場面は本作最大の見せ場であるといえます。そして迎えるクライマックス。
おもちゃの指輪を海に投げ捨て、バリケードを突破する針辻。彼はゆっくりとした足取りで灯台下にある崖のところへ向かいます。ぼうっとした様子でほの暗くなった海をみつめる彼を呼び止めたのは、これまで懸命に秘書として針辻を支えてきた南雲でした。なんとか彼を引き返させようと説得を試みます。
しかし、針辻は南雲にこう返します。
「こんな汚れた罪深い男を――僕は許すわけにはいかないんだ」(『 hなhとA子の呪い』第2巻より引用)
- 著者
- 中野でいち
- 出版日
- 2017-01-13
男女の交わりについては永遠のテーマですが、本作はとりわけ性欲にスポットを当てています。「本当にその感情は愛なのか?実は肉体関係が目当てではないのか?」と終始読者に問いかけてくるわけです。性欲に対する罪悪感をテーマにしているところが本作の斬新なところであるといえるでしょう。
「普通、いい歳した大人がそんなこと考えますか?」と読者に思わせるところがポイントなのです。誰でも1度は抱くものの、成長とともに妥協し消えていってしまうはずの‘性とか愛への葛藤’をずっと抱えたまま社会で苦悩する人たちのドラマがここには描かれています。
もしかすると、2人が抱える葛藤というのは本来、ないがしろにしてはいけないもので「人間の性(セックス)がもつ繊細さや愛の奥深さをもう一度考えてみないか?」という作者のメッセージも含まれているのかもしれません。
果たして針辻と南雲の運命はどうなるのか?そして傷を負った者達はトラウマを乗り越え、本当の愛を成就させることができるのか?
2人の幼いと思えるくらいに純粋で、情熱すら感じる愛の結末をぜひ、あなたの目でご覧になってください。
- 著者
- 中野でいち
- 出版日
- 2016-04-13
針辻と南雲ほどのトラウマがなくとも、誰しも性的なことに対する罪悪感や後ろめたさがあるのではないでしょうか。私たちはみな、そんな親の繋がりによって生まれてきたにも関わらず、その始まりについて語ることをタブー視している風潮があるように思います。
共通概念としてそれを語るのをよしとしないところがありますが、確かによくよく考えるとそれがなぜいけないのかということに論理的な、もしくは明確な答えを持っている人はいないのではないでしょうか。本作は真っ向からそのテーマに挑み、読者に何か考えさせるところのある作品です。
しかしだからといってそこまで真面目に考えずとも面白い。独特な画風とテンポのいい展開は、中野でいち独特の新しい物語として気軽に楽しめます。
ぜひそんな魅力を作品でご覧ください。あなた独自の考えが浮かんでくるかもしれません。