親子の愛情が強いといわれる「くじら」。母を亡くした高田家は、そんな関係を目指し、父娘3人で壁を乗り越えながら成長していきます。
交通事故で母を亡くした主人公の杏。まだ幼稚園に通っている妹の桃の母親代わりになると決め、献身的に面倒をみています。
母がいないという現状と向き合いながら、家族の深い愛に触れ、人として成長していく物語です。
彼女の家での生活や、学校での友人関係や恋愛、幼い桃の成長など、それぞれの登場人物の人生に寄り添い、リアルに描かれているのが本作の魅力だといえるでしょう。
この記事では、そんな『くじらの親子』の主要な登場人物を紹介していきます。ネタバレを含むのでご注意ください。
- 著者
- くりた 陸
- 出版日
交通事故で突然母を失ってしまった高田杏。幼い妹の桃の面倒をみることを余儀なくされますが、やはり周りの友人と比べて自分の生活が縛られてしまい、窮屈に感じることもあります。
しかし桃に頼られないとそれはそれで寂しく、学校で遊んでいても彼氏とデートをしていても、ついつい気にしてしまうのです。
さまざまな葛藤をしながらも家族との絆を深め、杏が成長してく物語です。
高田杏は本作の主人公。高田家の長女で、亡くなった母親の代わりに桃の面倒をみる、素直で優しい性格をしています。
母の真弓が亡くなったのは、彼女が小学6年生のときでした。この年代は、子どもっぽく振る舞うこともできないけれど、物事を達観するにはまだ難しい年頃。自分より桃が優先されると、拗ねたり怒ったりする場面が見られます。
ただの聞き分けのよい「いい子」ではなく、彼女が持っている欲求やわがままな部分もきちんと描かれているので、よりリアルな人間らしさを感じるでしょう。
それでも、友達の誘いを断って毎日幼稚園にお迎えに行くなど、なんだかんだと言いながらも桃のことを大切に思っているところが彼女の1番の魅力です。もし妹がいなければ……と自由な生活をうらやむ反面、桃がいないとどこか寂しく感じてしまうのです。
また、父親の冬二の負担を軽くしてあげようという考えもあるしっかり者。本作には多くの「母親」が出てきますが、もしかしたら彼女の行動がもっとも「母親らしさ」が出ているかもしれません。いけないことはきちんと叱り、やり過ぎたと思ったらきちんと誤る、そんな素直さが彼女を成長させているのでしょう。
高田桃は、高田家の次女。天真爛漫な幼稚園生です。姉の杏のことが大好きでどこにでも付いて行きたがり、杏が泣けばつられて泣き、杏がいなくても寂しくて泣いてしまいます。
作中ではどんどん言葉を覚えていき、口が達者になっていくのも見ていて楽しいところ。話せるようになることで、自分からどんどんコミュニケーションをとるようになります。
子どもの成長は早いと言いますが、姉の杏がゆっくりと大人への階段を上る反面、彼女は急速に成長し、何でも口に出していたことを自分のなかで「考える」ことができるようになると、読者も感慨深くなってしまうでしょう。
本作における「くじらの親子」の「子」の部分を担っている存在です。
- 著者
- くりた 陸
- 出版日
高田冬二は高田家の大黒柱。杏と桃の父親です。いい家柄に生まれたものの両親とは気が合わず、妻の真弓の妊娠をきっかけに駆け落ちを決意した過去があります。
読者から見てもかなり頼れる優しいパパですが、異性である娘をひとりで育てることに難しさも感じています。生理、彼氏との関係、彼の母親に下着を買う付き添いを頼んでいることなど、自分に隠されていることに気づくたびに、亡くなった真弓の写真を眺めるのです。
しかし彼自身は子どもの話に耳を傾け、頭ごなしに叱ることなどはしない、良き理解者として描かれています。
高田真弓は杏と桃の母親。トラックの前に飛び出してしまった桃をかばい、亡くなりました。結婚相手となる冬二と出会った当初は彼のことを快く思っていませんでしたが、真摯な部分や優しい部分に触れ、やがて恋に落ちます。
幼少期に実母から虐待を受け、牧師の養女になった過去があります。
非常に優しい性格をしていて、冬二、杏、桃はもちろん、生前は周りの多くのひとに愛情を注いでいました。彼女が本編に登場することはほとんどありませんが、杏や桃が思い出す真弓はいつも優しく微笑んでいる姿です。
「くじら」はもともと真弓の好きな動物で、冬二との新婚旅行で小笠原まで見に行っています。
「くじらってね すごく親子の愛情が強いんですって」
「あたしもくじらみたいに子どもをだいじに育てるんだ」(『くじらの親子』1巻より引用)
虐待を受けていた経験から、自分が子どもきちんと育てられるか不安に思ったこともあった真弓ですが、この気持ちを胸に杏たちに接していたことがわかります。
鮎川悟は、杏の小学校からの同級生。中学校の3年間、交際を続けました。
野球少年で、強豪校に進学するため中学は別々の学校に通うことになりましたが、常に杏のことを気にかけています。朝、桃を幼稚園に送るのに付き添ったり、練習のない日はデートをするなど、順調な様子。
杏は彼の前だと素直になりすぎてしまうのか、わがままな一面を出して口論になってしまうこともありますが、彼はそれを咎めるでも責めるでもなく受け止めています。
一方の鮎川も、自分の兄のことや野球のことになると急にムキになってしまうという少年らしさもあり、どこか可愛く見えてしまうでしょう。
物語は杏の視点で進むため、彼女の鮎川に対する気持ちばかりがクローズアップされますが、彼自身も結婚を口に出すなどしっかりと杏を想っていることが伝わってきます。
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- くりた 陸
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猪股ひかるは杏の親友で、小中の同級生です。意地っ張りで少々高圧的なところもありますが、好きな人のために素直になりたいと思っている可愛らしい一面があります。
実は小学生のころ杏ともめたことがありましたが、その一件を境に一気に距離を縮めました。
ひかるのことをよく知らない友人は、「わがまま」「ゴーイン」などと言ってきますが、杏は気にしていません。ひかる自身もついカッとなってしまう自分の性格をよく理解していて、杏の素直さを羨ましく思っています。
「あたし……ずっとやきもちやいてたんだ」(『くじらの親子』6巻より引用)
意地っ張りになってしまうことも、ついキツくあたってしまうことも、好きな人への想いを素直に口にできないことも、思春期にはよくあること。もしかしたら彼女は作中でもっとも「ふつう」の女の子かもしれませんね。
杏の通っていた小学校で保健を担当していた関先生。出産のため卒業を前に退職しましたが、引っ越し先の空気があわずに流産。離婚を経験し、また小学校に戻ってきました。
杏は関先生に母親の面影を重ねていて、ずっと好感を抱いていました。しかし、杏が大学生、桃が小学4年生まで成長したある日のこと、父親と関先生が2人で歩いているところを目撃してしまうのです。
杏自身は父の再婚に前向きになっていましたが、桃は関先生への不信感を募らせてしまいました。
事故から8年経ったとはいえ、まだ10歳の桃には、自分の父親が真弓以外の人を好きになることを理解できなかったのです。どんどんと高田家と懇意になり、母親の代わりをしようとする関先生のことを拒絶します。
「桃ちゃんのパパのこと好きでいていいですか?」(『くじらの親子』10巻より引用)
さすが先生と言うべきでしょうか、彼女は自分の価値観を押し付けず、小学生の桃にもひとりの人間として誠実に向き合おうとするのです。
相手の話にきちんと耳を傾けようとする姿勢は、冬二にもよく似ているかもしれません。
関川洸一は、杏の中学校の同級生です。最初は彼女のことをどんくさいと思っていたものの、いつの間にか好きになってしまいました。
しかし当時杏には鮎川という彼氏がいたため、好きな子をいじめる方式でちょっかいを出しながら苦しい片想いを続けていた不器用な純情少年です。高校進学を機に告白をし、きっぱりフラれてしまいました。
関川と杏が再会したのは、大学のコンパ。これをきかっけに同窓会の幹事を2人で務めます。
無事に会が終わった後、公園のベンチに座った2人。お互いの気持ちを確認しました。
関川はあれからずっと杏のことを忘れられず、杏も再会したときから彼に心を奪われていたのです。
好きな子にちょっかいを出してしまっていた当時の関川はもうおらず、そこにいるのは大学生になり、素直に気持ちを伝えることができる青年。最終巻で2人は晴れて結ばれることになるのです。
- 著者
- くりた 陸
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少女漫画ながら、登場人物たちの様子や結末にリアリティのある本作。幼い頃に母が亡くなったということで大人びていながらも、年相応の幼さを見せる杏に、どんどんおませになっていく可愛い桃、そんなふたりに男親としてどう接していいか模索する冬二。
それぞれの登場人物がリアルで、少女漫画すぎて感情移入できないということがない設定です。
しかし最大にリアリティを演出するのはその結末ではないでしょうか。杏が結ばれる相手が初恋の相手ではなく、苦しい思いをしている時にそばにいてくれた相手なのです。
少女漫画では初恋の人と結ばれるのが鉄板ですが、現実ではなかなかそれは難しいかもしれません。賛否が別れるところですが、それが作品の魅力なのではないでしょうか。
設定や登場人物、ストーリーの結末までリアルに描き切った本作。少女漫画ではありますが、幅広い方におすすめしたい作品です。
高田家の人々を中心に、それぞれが自分の物語を紡いでいく本作。紹介した人物以外にもたくさんの魅力的なキャラクターが登場するので、ぜひご一読ください。