時代を超えて愛されるV・ユゴーの名作『レ・ミゼラブル』をもとに描かれた漫画『アロエッテの歌』。貧しさのなかに希望を見出して生きる人々が描かれます。
『アロエッテの歌』の舞台は19世紀のフランス。時代に翻弄され、苦しみながらも歯を食いしばって生きる人々を生々しく表した不朽の名作『レ・ミゼラブル』がもとになっています。
鬼気迫るタッチで描かれる、終わることのない苦しみ、悩み、そしてそのなかで輝く一筋の光が、読者の心を激しく揺さぶるのです。
この記事では、そんな本作の魅力を全巻分ご紹介していきます。ネタバレを含むのでご注意ください。
- 著者
- 犬木 加奈子
- 出版日
舞台は19世紀フランス。若くて美しいファンティーヌは、まだ幼い娘のコゼートと貧しい暮らしをしていました。父親はいません。
地元の町へ出稼ぎに向かう途中、とある家の前をとおります。庭では娘と同じ年くらいのかわいい少女が、幸せそうに遊んでいるのです。何も知らないコゼートは、すぐに彼女たちと仲良くなり、一緒に遊び始めました。
その幸せそうな姿を見て、ファンティーヌはこの家のテナルディエ夫妻に娘を預けられないか、頼み込みます。子どもを連れて出稼ぎに行っても雇ってもらえないかもしれず、苦渋の決断でした。
法外な値段をふっかけられますが、半年間という約束でコゼートを預け、ファンティーヌは娘の幸せを願ってその場を去るのです。
しかしその願いも虚しく、この日からコゼートを待ち受けていたのは、犬猫以下に扱われる地獄のような日々だったのでした。
作者の犬木がホラー作家であることもあり、コゼートを苦しめるテナルディエ夫妻の表情にはおどろおどろしさすら感じられます。田舎の狭い人間関係と、毎日くり返されるコゼートへの折檻が閉塞感を醸し出し、無垢でかわいらしかったコゼートがどんどんやつれて表情を失っていくさまは、読者の心にまで傷跡を残すでしょう。
預けられる期間は半年間だったはずが、いつの間にか数年の月日が経っていました。コゼートは顔もわからない母親を待ち続け、時には恨む心を抱えながら、苦しみに耐える日々を送っています。
テナルディエ夫妻やその娘のエポニーヌからたび重なるいじめを受け、彼女は口をきくことができなくなり、「アロエッテ」、つまり啼かないひばりっ子と呼ばれるようになっていました。
そんなある日、マリユスという貴族の少年がテナルディエ家の近くを通り、美しい歌声を耳にします。アロエッテが口ずさむその音楽は、彼の心に強い印象を残しました。
一方出稼ぎに行っていたファンティーヌは、父親のいない子どもがいることがバレてしまい、働いていた工場を追い出されてしまいます。しかしテナルディエ夫妻からの養育費の無心は、留まるところを知りません。
追い詰められたファンティーヌは、静かに、しかし確実に正気を失っていくのでした。
- 著者
- 犬木 加奈子
- 出版日
2巻では、ファンティーヌの生い立ちやアロエッテの出生のいきさつがわかります。娘を深く思いやるファンティーヌの愛が、切なくなってしまうでしょう。
しかし、ただ我が子を愛するということすらもままならない時代です。小さな幸せすらも許されない過酷な現実を突きつけられるさまを見るのは、苦しくなってしまいます。
自分の発言が、ファンティーヌが解雇される原因になってしまっていたことを知った市長のマドレーヌ。彼女を保護し、テナルディエ夫妻にも手切れ金を渡していました。
もうすぐ娘に会えると聞いたファンティーヌは、マドレーヌの言葉を信じて再会を待ちわびていましたが、なかなかその日は訪れません。それどころか、テナルディエ夫妻はいまだに追加の金を要求してきます。
そのことを不審に思ったマドレーヌは、自らアロエッテを迎えに行くことにするのですが、そこにジャベールという警察官が立ちはだかりました。
- 著者
- 犬木 加奈子
- 出版日
一方のテナルディエ家は、受け取った金でパリへ行き、娘のエポニーヌに聖歌隊のオーディションを受けさせていました。母親に会える一抹の可能性に期待し、アロエッテもついていきます。
しかしパリに到着した彼女は、周囲から遠慮のない罵声と嘲笑を浴びることになるのです。これまではテナルディエ家のいじめに無気力に怯えているだけでしたが、外の世界に出て、人々の間に渦巻いている「怒り」のような感情を知りました。ここでのアロエッテの表情がまさに圧巻。思わず鳥肌が立つほどの迫力です。
そして、アロエッテのもとへついにマドレーヌが到着。ようやく彼女の人生に一筋の光が差し込みます。
アロエッテは無事にマドレーヌに引き取られましたが、彼の暗い過去を知っている警察官のジャベールは追跡をやめません。身を隠しながらの生活が始まりました。
一方のエポニーヌには、得意な歌で有名になるチャンスが転がり込んできました。しかしそこで、初めて厳しい現実に直面します。また彼女はマリユスに想いを寄せているのですが、当のマリユスはいまだにアロエッテの歌声を忘れずにいました。
- 著者
- 犬木 加奈子
- 出版日
- 2001-11-01
厄介者になってはいけない、必要とされなければいけない、という強制観念に囚われるアロエッテ。彼女の思考からは、テナルディエ家で過ごした地獄の生活が残した爪痕を感じられます。読者も彼女の幸せを本気で願わずにはいられません。
また、アロエッテ、エポニーヌ、マリユスの関係が少しずつ交差しはじめました。何かが起こりそうな予感を残して、次巻に続きます。
育ちのいい少女たちとともに、女子修道院の寄宿舎に入ったアロエッテ。しかし昔の境遇から、他の修道女たちと分かり合うことができません。
そんな彼女に、マドレーヌはあるプレゼントを用意しました。
またエポニーヌは、ついに夢にまで見た歌姫になります。強い執念を心に持ち、日々舞台にあがっていました。そんな彼女がなぜかいつも感じているのが、アロエッテへの嫉妬です。
- 著者
- 犬木 加奈子
- 出版日
- 2002-05-18
アロエッテは辛い経験を経たことで、広い目で世の中を見ることができるようになり、しなやかな考えを持ち大胆な行動もできる少女に成長しました。
一方のエポニーヌは、弱くあることは許されず、信じられるものは自分の実力だけだと思いながら必死に生きています。
幼いころから同じ家で暮らしていた2人。テナルディエ家もけっして裕福なわけではなく、彼女たちはともに時代に翻弄されています。しかしこうも違う人に成長するかと思うと、アロエッテに強く嫉妬してしまうエポニーヌの気持ちにも共感できてしまうでしょう。
マドレーヌの計らいで、アロエッテ、エポニーヌ、マリユスの3人は運命的な対面を果たしました。しかしその後エポニーヌは、歌姫の座から転落してしまい、再び貧しい生活を送ることになります。
一方のアロエッテは革命家が集うカフェに出入りし、考えを分かち合える仲間に出会い、不思議な歌声で人々を魅了していました。
しかしある日カフェでマリユスと口論になり、マドレーヌとともに忽然と姿を消してしまうのです。
- 著者
- 犬木 加奈子
- 出版日
- 2003-01-17
ずっと恐ろしくて強欲な存在として描かれていたテナルディエ家の面々ですが、彼らはつかの間の成功を収めてもすぐに厳しい状況に転落してしまいます。
それでも生命力を失わず、無理やりにでも這い上がろうとする姿が人間くさく、この時代の厳しさを表しているようです。
さて彼らはどんな結末を迎えるのでしょうか。
姿をくらました後、慈善事業をしていたアロエッテとマドレーヌは、テナルディエ一家と偶然にも再会しました。彼らはさっそく金を無心し脅してくるのですが、その様子をマリユスが見ていたのです。
マリユスはずっとアロエッテのことを想い続けていて、高鳴る自分の心を自覚していました。
- 著者
- 犬木 加奈子
- 出版日
- 2003-04-17
さて、ここまで悪役として描かれていたエポニーヌですが、彼女の恋心だけは純粋でまっすぐでした。お互いを想い急接近していくアロエッテとマリユスを見て、どんどんやつれていってしまいます。
そしてついに始まった、革命。必至に生きようとする人々の想いが交錯します。大きく動く歴史に翻弄された彼らのドラマに心打たれるでしょう。