惜しまれながら2017年に亡くなったくりた陸。人と人との間を結んだ絆をテーマにすることが多く、ハートフルな作風で知られています。今回はそんなくりた陸の、心温まる作品をご紹介したいと思います。
くりた陸。本名、岸本摩由美(きしもとまゆみ)は1962年10月18日生まれ、青森県出身の女性漫画家です。
高校卒業後に上京、1982年に『おれとあのことあいつ』が「なかよし新人まんが賞」を受賞してデビューしました。以後は「少女フレンド」を中心に活動し、「デザート」や「BE・LOVE」誌で少女漫画だけでなく大人向け作品も手がけていきます。
絵柄は柔らかいタッチで親しみやすく、いずれの作品でも心温まる話作りをするのが特徴です。
2002年に乳がんの告知を受け、15年の闘病生活の末、2017年7月4日に惜しまれつつも亡くなりました。亡くなる直前まで遺作『陽だまりの家』収録の「娘とともに…」を執筆し、完成させたそうです。
代表作は『ゆめ色クッキング』、『くじらの親子』など。
高校生進学を機に1人で上京してきた後藤芹香(ごとうせりか)。学校にもすぐに馴染むのですが、様々な問題が立ち上がってきます。思い出のメニューや、ダイエットに思い悩む友人に、芹香は救いの手を差し伸べます。彼女の料理の腕は母親の影響でプロ顔負けでした。
芹香がはるばる北海道から東京へやって来たことにはわけがありました。父と離婚して、遠く離れてしまった母親、料理研究家の山脇カンナの心を取り戻すことです。偶然知り合ったグルメ雑誌編集者である南野草一郎の協力も得て、芹香は母親を追いかけながら奮闘します。
- 著者
- くりた 陸
- 出版日
本作は1987年から「週刊少女フレンド」で連載されていた作品です。
『美味しんぼ』に代表されるようなグルメ漫画の少女漫画版と言えるでしょう。本作が他のグルメ漫画と一線を画しているところは、徹底して少女の目線で描かれていること。母親に教わった愛情料理で、人々の心を満たしていくのです。
読者が10代の女子であることを意識して、作中で取り上げられる問題や、解決策である料理は身近にあるものばかり。料理が美味しそうに見えるのはもちろんのこと、ハッピーエンドに至る展開で心まで幸せになります。
巻末には詳細なレシピも掲載されており、この作品に出会えたことで料理に目覚めた、という読者も少なくありませんでした。物語を劇的に彩った料理を自分で再現出来るというだけでもかなりの感動があります。
美味しさの秘訣は相手を思いやる気持ちです。本作が長く愛される作品であるのも、くりた陸の想いが籠もっているからに違いありません。
高田杏(たかだあんず)には母親がいません。彼女は事故で母の真弓を亡くして、小学6年生ながら3歳の妹、桃の面倒をよく見る女の子です。まだ言うことを聞かない桃には何かと苦労させられますが、母親代わりを勤めようと精一杯頑張っています。
大事な家族、大事な人、少女が悩みながらも成長していく物語です。
- 著者
- くりた 陸
- 出版日
本作は1994年から「月刊少女フレンド」、「少女フレンド増刊デザート」などで連載されていた作品です。また、幼児誌「おともだち」内で連載されていた、母親向け付録の短編漫画「ぱくぱくキッチン」も同時収録されています。
くじらの親子は、特別な愛情で結びついている……これは幼い妹を抱える少女が、友情と愛情を経験して少しずつ大人になっていくストーリー。大好きな母親を失って自分もつらいのに、健気に振る舞う杏がとても可愛らしいです。桃もまた無邪気な甘えん坊で、庇護欲をかき立てられる愛らしい子供なのです。
お話は主人公自身も未成熟なのに、3歳児の面倒を見るという、ちょっと重いものとなっています。杏の日常は同級生と違って不自由なことも多く、どうしても不満が生まれてしまいます。我慢してもそれが積み重なり、時には年相応に爆発してしまうこともあるのです。
母親と同じくらい妹が好きでも、耐えられないことがある。どうしようもないジレンマに苛まれながら、杏はちょっとずつ乗り越えていくのです。
思春期の複雑な少女を見事に描ききった、くりた陸ならではのハートウォーミングな作品となっています。
かつてくりた家ではブンタという猫を飼っていました。ブンタが永眠してから3年、娘の発案から新たにペットを飼うことになります。あれこれ相談した結果、保護された捨て猫を引き取ることになりました。
そうして夫妻が偶然出会った2匹の仔猫は、柄も性格も違うのに、とても仲良しな兄弟猫でした。2匹はスウ(数)とクウ(空)と名付けられ、くりた家の一員となりました。
- 著者
- くりた 陸
- 出版日
- 2011-08-04
本作は2011年から「フォアミセス」で連載されていた作品。くりた家で飼っている2匹の猫の実録エッセイです。
兄のスウは虎柄で、弟のクウは白黒の猫。暴れん坊の兄と甘えん坊の弟、何から何まで違うのに兄弟愛だけは瓜二つ。悪戯をするのは大抵スウの方ですが、クウもいつも兄に付いて回るので結局は2匹揃ってくりた家を嵐のように騒がせます。
スウとクウは本当に仲が良くて、飼い主のひいき目を差し引いてもとても愛らしく描かれます。まったく同じ寝相をして、偶然にもハート型になっていたというエピソードはとても印象的。性格の差からたまには喧嘩することもありますが、猫らしい気まぐれさですぐ元の鞘に収まります。
行動はもちろん可愛らしいのですが、兄弟に添えられるモノローグが関西弁になっているところに、なぜか笑いを誘われます。気ままな猫と、気の抜けるいい加減な関西弁は相性抜群です。
猫飼いあるあるも多数あって、これから猫を飼おうという方には参考になる部分も多々あることでしょう。
中原佐和子は3年に進級したばかりの女子中学生です。とある事情から母親は家を出て行ってしまい、父の弘と兄の直(なお)と3人で暮らしていました。ところがある朝、弘は突然離職を宣言して父親であることを辞めると言い出したのです。兄は兄で神童と呼ばれた才能を農業に向けてしまい、中原家はどこかちぐはぐになっていました。
佐和子は戸惑いながらも前向きに過ごし、新しく始めた塾で大浦勉学(おおうらべんがく)という少年と出会いました。不思議と気の合った2人は徐々に仲良くなり、大浦は佐和子の心の支えとなっていきます。
- 著者
- 瀬尾 まいこ
- 出版日
- 2006-11-13
本作は2006年から「デザート」で連載されていた作品です。2004年に出版された瀬尾まいこ原作の小説『幸福な食卓』をコミカライズしたものとなっています。原作は2005年に吉川英治文学新人賞に輝き、その後2007年には実写映画化もされました。
タイトルからすると、家族が食卓を囲むグルメ系の作品を連想するかもしれませんが、あらすじでも書いた通り、冒頭にいきなり一家離散に等しい状態になってしまうので、初見では面食らってしまうことでしょう。
一家離散と書いてしまいましたが、そこまで酷い状況にはなっていません。父親が辞める宣言をしたのも、母親が家を出ているのも、元を辿れば同じ原因に根差しています。2人とも思うところがあってのことなのです。ですので、家族関係自体が悪いわけではなく、むしろ見えない絆で繋がっていると言っていいでしょう。
それが作品全体のテーマにも関わっており、家族とは何か、人の繋がりとは何かを考えさせられる作品となっています。やがて佐和子にはつらく苦しい試練が訪れるのですが……。瀬尾まいこ最高傑作とも名高い『幸福な食卓』が、くりた陸の手によって丁寧に繊細に紡がれています。
それは2002年のことでした。くりた陸は漫画家としてデビューして20年が過ぎ、優しい夫と元気な娘という温かい家庭にも恵まれていました。その年、彼女は検診で思いも寄らない病名を告げられます。乳がんでした。
まさしく降って湧いた出来事に対して、くりた陸は家族とともに向き合いました。これは15年分の想いが込められた最後の作品です。
- 著者
- くりた 陸
- 出版日
- 2017-09-15
本作は2011年と2017年の2度にわたって「フォアミセス」で発表された自伝漫画2本に、同じく同誌に掲載されたエッセイがまとめられた作品となっています。
乳がんとは文字通り、乳房の組織がガン化する病気です。日本人女性のおよそ16人に1人がかかる病気であり、その発症率の高さから、女性であれば誰もが他人事とは言えません。また、男性の場合でもごくまれに発症することがあるようです。
そんな乳がんを当事者として告知されたくりた陸の当時の心境、闘病生活の苦しみ、そして家族への愛情が切々と描かれます。彼女の場合、発見時点で乳がんの進行はステージ3でした。進行度は0から4までで計られるので、かなり進行していたのです。5年生きられる可能性は50%と、あまりにも無情な宣告でした。
それから2017年に亡くなるまでの15年間。治療を続け、家族に支えられながら闘病生活を送ってきたのです。同時に漫画家としての活動も続けており、今回紹介した中にも闘病中に描かれた作品があります。苦しい思いをしながらも、あんなにも素敵な話を生み出していたのかと考えると胸が詰まる思いです。
本作には最後の最後まで家族を想い、漫画家であり続けたくりた陸の全てが詰まっています。
いかがでしたか? 残念なことにくりた陸が新作を発表することはもうありませんが、彼女の素敵な物語を少しでも多くの人に知っていただければ幸いです。