文芸

高橋和巳のおすすめ作品5選!代表作『邪宗門』他

更新:2018.2.26 作成:2018.2.26

戦後の若者たちのバイブルとしてその著作が人気を集めた高橋和巳。難解ながらも思想的かつ文学的に価値のある作品を多く発表しました。今回は、重厚感にあふれた筆致が魅力の彼のおすすめ作をご紹介していきます。

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高橋和巳とは

1931年生まれの近代文学作家、高橋和巳(たかはしかずみ)。学生時代は文学部で中国文学を専攻する傍ら、後に有名になる小松左京らと同人誌の発行をしていました。

卒業後は大学で教鞭をとり、中国古典を世間に広める活動もしつつ、執筆活動に励みます。

作家として正式にデビューしたのは、1962年のこと。『悲の器』が河出書房が主催する「文藝賞」の第1回で受賞しました。

小説だけでなく随筆も多く残しており、左翼的な思想で綴られた作品は、当時学生運動に奔走していた若本たちのバイブルとなったそうです。「人間の本質とは」「日本の精神の本質とは」という知識人らしい疑問に真正面からぶつかっていたことが、読者の心を熱狂させたのかもしれません。

高尚な思想を持つ反面、妻で同じく小説家の高橋たか子は、彼を一種の狂人だと表しています。精神的には不安定なところがあり、家庭人としては決して立派とはいえなかったようでした。

この記事では、そんな高橋和巳のおすすめの作品をご紹介してきます。

高橋和巳の代表作!栄枯盛衰の物語

物語は三部構成。昭和初期から戦後を舞台に、「ひのもと救霊会」という宗教団体の盛衰を描いています。

宗教的要素と思想的要素が相まって難しい印象を受けるかもしれませんが、まさに作品と同じ戦争の時代を生きた高橋の、力強い筆致に惹きつけられるでしょう。

著者
高橋 和巳
出版日
2014-08-06

「ひのもと救霊会」は、100万人を超える信者を抱えた大きな団体。しかし国家弾圧を受けて窮地に立たされてしまいました。教祖が逮捕され、団体が聞きを迎えるところから物語が始まります。

描かれるのは、日本の宗教の特徴や国家弾圧の様子、男女平等の思想などについて。歴史的側面から語られることの多い要素を、小説という形にまとめあげた高橋の恐るべき文才を感じるでしょう。

とくに、作品に思想的な要素を内在させたことについて、作者自身は次のように述べています。

「発想の発端は、日本の現代精神史を踏まえつつ、すべての宗教がその登場のはじめには色濃く持っている〈世なおし〉の思想を、教団の膨張にともなう様々な妥協を排して極限化すればどうなるのかを、思考実験してみたいということにあった」(『邪宗門』より引用)

宗教団体は、信者が増え規模が大きくなるにつれ、本来の目的である「世なおし」を妨げて、欲望に傾いていくもの。高橋は、思想以外の一切を排除した場合、宗教団体はどのようになるのかを再現しようと、「小説」という形を選んだのではないでしょうか。「ひのもと救霊会」が衰退しはじめるところから描かれているのも、頷けます。

当時の高橋自身の体験や思想も表れているので、彼の作品を読むにあたって外せない一冊です。

痛烈な批判を叫ぶ

高橋の時代に対する批判を、小説としてまとめあげた本作。

戦中戦後の日本を舞台に、満州国建設の夢に敗れた主人公の堕落していくさまを描いています。

著者
高橋 和巳
出版日

満州国建設の夢に敗れた主人公の男。日本に帰国した後、混血孤児の保護施設を立ち上げました。彼はその功績が認められ、ある表彰を受けます。

しかしそこから、男の人生が徐々に崩壊に向かっていくのです。

なぜ素晴らしいおこないをしていたはずの主人公がが破滅の一途を辿るのか、そのヒントとなる「堕落」について、高橋和巳はこう語ります。

「人が滅びるのは、自堕落によってではない。むしろそう、その人間を勇気づける理想によってなのだ」(『堕落』より引用)

物語を読んでいると、一見彼は女性問題のいざこざに巻き込まれて滅びていったようにも思えますが、そうではなく、堕落は彼が表彰を受けた保護施設を運営し続けたところからすでに始まっていたという主張。一体どういうことなのか、ぜひ実際に読んでみてください。

高橋和巳の思想をストレートに綴ったエッセイ

全部で33編を収録したエッセイ集。小説とはひと味違う高橋和巳を楽しめます。

小文を集めたものなので、初心者でも読みやすいでしょう。

著者
高橋 和巳
出版日

高橋が生きた1900年代は、まさに激動の時代。本作は、彼が自分の目で見たさまざまな事柄を記したエッセイ集です。思想はもちろん、宗教、戦争、国家や人間の在り方など、テーマは多岐にわたります。

登場人物をとおしてではなく、高橋自身としての考えにダイレクトに触れることができるので、当時の若者たちにバイブルとして読み継がれていったそうです。

本書のなかで高橋は、当時交流のあった三島由紀夫の自殺についても記しています。同時代を生きた作家の死は、彼に大きな影響を与えていました。

エッセイだからこそ感じられる高橋の人間像に、触れてみてください。

理想を追い求めたエリートの崩壊

東京の大学を出たことで、地元でエリートとして扱われていた主人公の信藤。同じような仲間を集めて、「銅の会」というグループを組織していました。

彼はすでに結婚していたものの、そこで出会った女性と不倫関係に陥ります……。

著者
高橋 和巳
出版日

主人公は、企業のリストラ問題に異を唱えたことをきっかけに、崩壊へと向かっていきます。エリートとして人間の理想を掲げてリストラと戦おうとするのですが、それはあまりにも非現実的でした。

仲間が離れていき、愛し合っていた女性すらも反対側に回ります。

自信と理想を打ち砕かれた信藤は、最後にこんなことを言うのです。

「私は今回、自分が指揮者であり当事者であることによって、もし何々であったらという仮定に慰めを求めることはできなかった。私は完膚なきまでに敗北したのであり、そして実現はしなかったゆえに、私の理想も希求も、無意味だったのだ」(『我が心は石にあらず』より引用)

敗北を受け入れるこの言葉から、これまでエリートとして生きてきた彼の思想が崩壊したことがよくわかるでしょう。

高橋和巳の名を世に知らしめた一冊

最後に紹介するのは、高橋の小説家としての名を一躍有名にした『悲の器』。彼の長編処女小説です。

偏った思想を披露していると思われがちですが、実は幅広い知識とバランスのとれた思想が際立つ一作となっています。

著者
高橋 和巳
出版日
2016-09-06

大学で教鞭をとる主人公の正木教授。エリート中のエリートとも呼べる知識人の彼の、過去と現在が交錯する形で物語が進行していきます。

ただ本作は、高橋自身が語っているように、書くべき思想以外の余計なものを一切排除したもの。小説としてのあらすじはありますが、そのなかに当時の彼の思想のすべてが詰め込まれているのです。

正木というひとりの知識人をとおして、日本とは何か、日本の精神はどこにあるのか、を作者なりに綴った一冊となっています。まさに全共闘時代に叫んでいた若者たちの愛読書。当時の雰囲気を感じてみてください。

少し難解に感じるかもしれませんが、一時代にはバイブルと呼ばれたものばかり。少しでも興味をもったら、ぜひ実際に読んでみてくださいね。