昭和時代のドラマを彩った女性脚本家・向田邦子をご存知でしょうか?一世を風靡した名作の数々を生んだ彼女の天才ぶりは、小説・エッセイの世界でも存分に発揮されているんです。今回は小説家・脚本家・エッセイストなど数多くの顔を持つ作家、向田邦子をご紹介いたします。
小説家だけでなく、エッセイストや脚本家など多彩な顔を持つ作家の向田邦子。1929年に生まれです。大学を卒業した後一般企業に務め、社長秘書や雑誌編集者などを経験しました。
退職後はフリーライターとして独立し、テレビドラマやラジオドラマの脚本を手掛けます。1964年に放送されたドラマ「七人の孫」が大ヒットし、彼女の名前を一躍有名にしました。
1980年、連作短編「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」で直木賞を受賞。小説家としての地位も不動のものにします。
1981年に飛行機事故で亡くなりますが、その後も鋭い観察眼と健筆で描かれた作品たちは、長く読み継がれてきました。
1983年には、彼女の功績をたたえ、優れた脚本に与えられる「向田邦子賞」も設立されています。
昭和の時代を舞台に親子の絆を描いた本作。向田の実体験に基づいた随筆集で、懐かしさを感じるユーモアがたっぷり含まれています。
亭主関白で独善的な父と、そんな父を嫌う娘の心のふれあいは、彼女の作品のなかでも最高傑作のひとつといえるでしょう。
1986年にはテレビドラマ化もされています。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
- 2005-08-03
本作に登場する彼女の父親は、大黒柱で亭主関白。まさに「昭和の父親像」そのものです。家庭内で絶対的な権力があったものの、彼女はそんな父親に素直に慕うことができませんでした。
印象的なのは、祖母の通夜でのエピソードです。
普段の態度から外でも不遜に振る舞っているのだろうと思っていた父親が、会社の社長にお辞儀をしていました。
「面映いというか、当惑するというか、おかしく、かなしく、そして少しばかり腹立たしい」(『父の詫び状』より引用)
この文章から、彼女が少なからず父を尊敬していたことがわかるでしょう。繊細な心の機微が綴られた、向田作品のなかでも必読の一冊です。
59編の小文が収められたエッセイ集です。
タイトルは、滝廉太郎作曲「荒城の月」の歌詞に出てくる「めぐる盃」を、「眠る盃」と勘違いして覚えていたというエピソードに由来するもの。シンプルながらも本作の特徴をよく表しています。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
- 2016-01-15
本作は、タイトルにあるようなちょっとした失敗談や勘違いを綴ったエッセイが多く収録されています。ひとつひとつはかなり短いので、読みやすいのも特徴です。
「父の風船」では、小学校で紙風船を作る宿題が出され、うまく作ることができずに泣いていた向田を、父親が叱るエピソードが描かれていました。怒られた後、寝てしまった作者ですが、翌朝起きてみると、いびつながらも完成した紙風船が置いてあったといいます。
父親が不器用ながらも作ってくれたというほっこりする話ですが、実はその後、学校からそんな宿題は出ていなかったことがわかり……。呆れながらも父親の優しさに胸が温かくなりますね。
向田邦子は脚本家として成功を収め、「働く女性」という理知的なイメージがあり、ある意味失敗や勘違いとは無縁の印象でした。そんな彼女のこのようなエピソードを読めること自体が、本作の魅力なのかもしれません。
日常のなんでもない出来事を、向田ならではの視点で綴った本作。
まるで誰かと雑談を楽しんでいるような、笑って泣けてほっこりできる一冊です。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
- 2015-12-04
人間観察眼に優れた向田は、どんな些細なことでも文章にしてしまいます。
「待ってたら、席なんかひとつもないのよ、あんた、女の幸せ、とり逃すよ」(『無名仮名人名簿』より引用)
こちらは、乗り物や劇場などでの「席取り」が苦手な彼女に向けて、女友達が放ったひと言。その場にいれば何気ない言葉かもしれませんが、向田の心には刺さったのでしょう。
日常のなかで彼女がどんなことに目を向けて、どんなことに耳を傾けているのかがわかる一冊になっています。
51歳という若さで飛行機事故のため無くなった向田。本作は、彼女が生前最後に記したエッセイ集です。
平凡な日常を温かな眼差しで名文へと昇華した、珠玉の一冊だといえるでしょう。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
- 2016-02-13
没後に初出となった作品も多数収録されています。なかでも彼女の人生を貫く視点を綴っているのが「手袋をさがす」ではないでしょうか。
会社勤めをしていた若い頃、気に入ったものが見つからないため真冬でも手袋をせずにいた向田に、上司がある言葉をかけました。
「君のやっていることは、ひょっとしたら手袋だけの問題じゃないかも知れないねえ」(『夜中の薔薇』引用)
この何気ないひと言が、彼女の将来を決めたといいます。好きなことをとことん追求する向田のいきざまは、そのまま脚本となり、小説となりました。
生きていくうえでの教訓が得られるのではないでしょうか。
世阿弥が記した「風姿花伝」をもとに、男と女をテーマに記した本作。
本来は、幸運に恵まれ何事も成功する時のことを男どき、そうでない時のことを「女どき」といいますが、向田はそれを男女のあり方になぞらえてタイトルにしました。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
- 1985-05-28
小説4編とエッセイが収められた一冊。どちらも「男女のあり方」がテーマになっています。「黄色い服」は、彼女と父親のエピソード。
向田が幼いころ、1度選んだ洋服を別のものに取り替えたいと泣いても、父親は決してそれを認めてくれなかったといいます。
「選んだ以上、どんなことがあっても、取りかえを許さない。泣きごとも聞かない」(『男どき女どき』より引用)
当時父親は彼女をこう諭しましたが、大人になって文章を記すようになり、向田はこれが洋服だけに限った話ではないと気がついたそう。
日常の些細なことから教訓を読み取ることができる、彼女の感性が光る一冊です。
女性の繊細な恋心と力強さを描いた本作。
表題作のほかに「春が来た」「幸福」「胡桃の部屋」「下駄」の全5編が収められています。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
- 2010-11-10
恋に憧れる女性は驚くほどエネルギッシュ。表題作の「隣りの女」の主人公のサチ子も同様です。
結婚をした彼女は、毎日夫の帰りを待つだけの乾いた結婚生活を送っていました。
「化粧をしないせいか、二十八にしては生気がない。夫の給料をやり繰りして、食事の用意と掃除洗濯と内職で毎日が過ぎていくんだな、という実感があった。ときどき大きな溜息をついていることがあった。」(『隣りの女』より引用)
ぞっとするほど映像的な文章は、彼女が隣の家で暮らす峰子の部屋に出入りする男と関係を持ったところから、活気を持ち始めます。そしてサチ子と男の関係は1度では終わらず、挙げ句の果てに彼女は男を追いかけてニューヨークまで行ってしまうのです……。
誰もが心の中に抱き、ほとんどは実現されることなく見えなくなっていく願望を、日常を壊してまで貫いてしまう力強さは圧巻。本当の幸せを追い求めていく姿に羨ましくなるはずです。
人間が持っている弱さ、ずるさ、寂しさを描いた短編集。
向田は旅先でトランプをお土産に買って帰る趣味があるんだとか。トランプのように珠玉の13編が収められています。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
「男眉の女は亭主運が悪い」(『思い出トランプ』より引用)
「男眉」の主人公・麻は、祖母のこの言葉の影響を受けながら生きてきました。ただの迷信だ、と思いながらも、実際に夫との生活がうまくいかないのです。
そして、自分とは違う「地蔵眉」を持ち、可愛がられる妹の姿を見て、羨ましく思いながらも人に媚びないのが自分の矜恃だと思い続けています。力強さのなかに、女性特有の寂しさが表れた一遍です。
このほか直木賞を受賞した「花の名前」「犬小屋」「かわうそ」も収録されています。
向田唯一の長編小説となった本作。太平洋戦争を控えた日本を舞台に、2人の男の友情を描きました。
随所にプラトニックな恋模様も垣間見ることができ、恋愛小説としても楽しむことができます。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
- 2009-04-16
会社の社長をしている門倉と、慎ましい月給暮らしをする水田。兵役で知り合い、友情を育みました。2人の交流は元の生活に戻っても途絶えることなく、やがて家族ぐるみの付き合いになっていきます。
そして門倉は、水田の妻・たみに恋心を抱いていくのです。
「お前はうれしくないのか。あれほどの男が、おれたちの子供を欲しいと言ってるんだよ」
「あいつはなんでも持ってるんだよ。地位もある。金もある。いい親戚もある。弁も立つし友達も多いよ。人にも好かれるよ。背も高いし男っぷりもいい。女にももてる。おれはな、お前だから言うけど、今度うまれたら、ああいう男になりたい」(『あ・うん』より引用)
子供をつくることができない門倉は、水田夫婦に対し、子供ができたら養子にほしいと言いました。この言葉の裏には、門倉と水田の絶対的な友情と、たみへの恋心の両方が隠されているのかもしれません。
1974年に放送されたテレビドラマが大ヒットした本作。
大黒柱の寺内貫太郎を中心に、家族の愛情と不自由さをコミカルに描いています。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
石屋の三代目である貫太郎は、気は短いものの情に厚く、涙もろい一家の大黒柱です。家族に対しても同僚に対しても本気で怒るまさに「昭和の父」。そんな彼を、優しい妻と娘の静江が支えていました。
静江は、石屋という商売のせいで足に生涯の傷を負っています。貫太郎は人一倍娘を気遣い、彼女には誰よりも幸せになってほしいと願っていました。
しかし、静江が結婚相手にと連れてきた男は、なんと子連れの三十路……。貫太郎は受け入れることができません。怒る父、それでも相手が好きだという娘……それぞれの相手を想う気持ちが交錯する人情劇になっています。
怒りや争いのシンボルとなっている「阿修羅」のような四姉妹の日常を描いた本作。
1979年にはテレビドラマ化もされました。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
- 1999-01-01
とにかく四姉妹が個性的。それぞれが決して自分の意見を曲げない意志の強さを持っていて、それゆえ彼女たちは頻繁に諍いを起こします。
しかし決して仲が悪いわけではなく、結局は「家族」という絆で結ばれているのが本作の魅力でしょう。
彼女たちは、不倫や浮気など問題を抱えており、お互いに対して呆れながらも最終的には助けてあげるのです。この「情」は、次のように表現されています。
「姉妹ってへんなもんね。ねたみ、そねみも、すごく強いの。そのくせ、姉妹が不幸になると、やっぱりたまんない……」(『阿修羅のごとく』より引用)
向田の作品らしい、人間味あふれる物語が楽しめるでしょう。
一時代を築き上げた向田邦子の作品をご紹介しました。短編が多く、また文章もわかりやすいため、普段なかなか読書をしない人にとっても読みやすい作品ばかりです。多くが映像化されているだけあり、テンポよく感情の機微に富んだ人物が多数出てきます。ぜひ気になった作品から実際にお手にとってみてください。