
幸せについて考える短編小説『デッドエンドの思い出』
5つのラブストーリーが収録されたよしもとばななの短編集。
「藤子・F・不二雄先生に捧ぐ」と献辞に記してあり、表題作の「デッドエンドの思い出」にはあの大人気アニメのキャラクターが登場します。

作者 | よしもと ばなな |
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出版社 | 文藝春秋 |
出版日 | 情報なし |
「デッドエンドの思い出」で、主人公のミミと西山君は「幸せ」について話をめぐらせます。
ミミは過去のある出来事から心に大きな傷を負い、幸せとはほど遠い生活を送っていました。そんな彼女が言ったセリフが印象的です。
「のび太くんの部屋のふすまの前で、ふたりは漫画を読んでいるの。にこにこしてね。そのあたりには漫画がてきとうにちらばっていて、のび太くんはふたつに折ったざぶとんにうつぶせの体勢でもたれかかって、ひじをついていて、ドラえもんはあぐらをかいて座っているの。そして漫画を読みながらどら焼きを食べているの。ふたりの関係性とか、そこが日本の中流家庭だっていることとか、ドラえもんが居候だってことを含めて、幸せってこういうことだな、っていつでも思うの」(『デッドエンドの思い出』より引用)
ミミはまさに居候中で、この後「だから今、幸せかも」と続きます。傷ついた経験があるからこそ、目を凝らしても見えないような日々に幸せを感じることのできる彼女。
あたたかな気持ちになれる一冊です。
たった15分間の奇跡『阪急電車』
「図書館戦争」シリーズで有名な有川浩の連作短編集です。
片道たった15分のローカル線。偶然乗り合わせた乗客たちの人生が交錯し、小さな奇跡が起こります。

作者 | 有川 浩 |
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出版社 | 幻冬舎 |
出版日 | 2010年08月05日 |
舞台となっているのは実在する阪急電車。宝塚駅から西宮北口駅まで移動する道のりに合わせて、物語も進んでいきます。
主人公の征志は行きつけの図書館で頻繁に見かける女性と、偶然車内で出くわしました。特に面識はありませんでしたが、武庫川の中州に石で作られた「生」の文字をきっかけに、言葉を交わすようになります。
「この次会ったとき、一緒に呑みましょうよ」(『阪急電車』より引用)
この一遍では、2人の関係は進みません。しかし、まるで阪急電車が西宮北口に到着して折り返すみたいに、本書は再度彼らの物語を描いていきます。1本のローカル線と、連作短編というスタイルだからこそ、よりリアルに時間軸を感じて読むことができるでしょう。
知り合ったばかりの2人の関係は、どのように進んでいくのでしょうか。
女性たちの闇を描いたミステリーホラー短編小説『儚い羊たちの祝宴』
優雅な女性が集う読書サークル「バベルの会」で巻き起こる、5つの事件を描いた短編集。
登場する女性たちがそれぞれに抱えている切ない闇を、告白形式で綴った珠玉のミステリーとなっています。

作者 | 米澤 穂信 |
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出版社 | 新潮社 |
出版日 | 2011年06月26日 |
第1編を飾るのは、村里夕日の手記で始まる「身内に不幸がありまして」。
夕日は、幼いころから丹山家に仕えている使用人。長女の吹子とともに育ってきました。
ある日、素行不良の吹子の兄が事件を起こし、その際に夕日と吹子は彼の手首を切り落としてしまうのです。兄はそのまま行方不明になり、死んだことにされました。
しかし翌年、さらに翌々年と、兄の命日とされている日に殺人事件が発生します。殺された被害者はいずれも手首を切り落とされていました。
犯人の明言は避けますが、肝になっているのはその殺害動機です。答えがわかった瞬間にさらなる恐怖を感じるはず。余韻が後を引く作品です。
19世紀末の画家たちの生を描く『ジヴェルニーの食卓』
原田マハは20世紀初頭に活躍したピカソやルソーをフィーチャーした『楽園のカンヴァス』が有名。
本書は時代を少し遡り、19世紀末に活躍した印象派と呼ばれる画家たちの人生を描いた作品です。

作者 | 原田 マハ |
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出版社 | 集英社 |
出版日 | 2015年06月25日 |
表題作の「ジヴェルニーの食卓」は、モネの代表作である「睡蓮」の連作がどのように描かれていったのかを義理の娘のブランシュの目線から描いています。
「庭には花らしい花がいまだなく、ひっそりと静まり返っていた、小径の両側にはやがて本格的に春が来たら、そして夏になればなおのこと、さまざまな花々が咲き乱れる。ヒナゲシ、キンレンカ、スイートピー、ルピナス、ボタン、リンドウ、チューリップ、シオン、クレマチス、ダリア、ツルバラ。そして、この庭の向こう側の敷地にも、もうひとつのすばらしい庭が、息を潜めて主の来訪を待っている。それは、睡蓮が群れて咲く、太鼓橋の架かった池のある『水の庭』だった」(『シヴェルニーの食卓』より引用)
絵画の裏側に潜む画家の心情や意志を小説の形で補完することで、彼らの存在が肉付けされていきます。
各編の語り手が、すべて画家と何かしらの関係がある女性という点にも注目ですね。
爆笑必至の純文学⁉『浄土』
やや奇天烈で特徴のある文体で、純文学の概念を塗り替えた町田康。2000年には芥川賞も受賞しました。
『浄土』というタイトルからは難しそうな内容が予想されますが、それはばっちり裏切られます。爆笑必死の7つの短編をご堪能あれ。

作者 | 町田 康 |
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出版社 | 講談社 |
出版日 | 2008年06月13日 |
町田の作品は、他者に対する批判やそれとはやや矛盾する自意識を、まくしたてるように羅列する特徴があります。言葉選びと勢いも秀逸ながら、突拍子もない設定に笑いつつも、心の奥に何かが引っ掛かり考えさせられる物語になっているのです。
本書に収録されている「本音街」では、誰もが本音を隠すことなく話すさまが描かれます。
飲食店では店員が「銭を儲けたいからです」言いながら店を切り盛り。やりたいことをやり、言いたいことを言う姿は清々しすぎて、まさにパンク。
純文学といって手を出さないのはもったいないです。ぜひ読んでみてください。
超有名近代文学をオマージュした短編小説『新釈 走れメロス他四篇』
『走れメロス』『山月記』『藪の中』など、教科書にも載るような近代文学の代表作をオマージュし、森見登美彦独自の物語に作り変えた一冊。
京都を舞台にして、あの名作が蘇ります。

作者 | 森見 登美彦 |
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出版社 | KADOKAWA/角川書店 |
出版日 | 2015年08月25日 |
『藪の中』は、芥川龍之介が1922年に発表した作品。ある殺人事件の真相を暴くため、関係者から証言を聞くかたちで物語が進んでいきます。
本書では、その構成は踏襲しつつ、シチュエーションはまったく別。文化祭で映画の制作をする学生たちが主役です。
主演を務める渡邊と長谷川の2人は、元恋人同士。監督の鵜山が現在は長谷川と付き合っています。鵜山は、主演2人が付き合っていた当時を再現したような脚本を書き、本人たちもそのとおりに演じていくのですが……まさに芥川の『藪の中』のような結末を迎えます。
ただ元の作品を知らなくても十分楽しめるのでご安心ください。森見が描く京都の街並みも鮮やかで、実際に行ってみたくなること必至です。
ありふれた日常に見る幸せ『どこから行っても遠い町』
1996年に『蛇を踏む』で芥川賞を受賞した川上弘美の連作短編集です。
ありふれた日常の小さな物語が、さまざまな人と繋がり、やがて大きな世界を形作っていきます。

作者 | 川上 弘美 |
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出版社 | 新潮社 |
出版日 | 2011年08月28日 |
各編の語り手は別の人物。しかし、まるで円と円の一部分が重なるように、彼らの人生は少しずつ繋がっているのです。ただその繋がった部分の解釈はまた人それぞれで、まさに人の数だけ物語があるのだと思わせてくれるでしょう。
また、川上が紡ぐ言葉も印象的です。
「長い夜の紅茶」では、夫とお見合い結婚をした女性が主人公。彼女は平均的な夫と平均的な暮らしをする平凡な自分に飽き飽きしていましたが、それでもその生活を守っていました。
しかし、義理の母の刺激的な一面を見て、これまでの人生に疑問を持ちはじめてしまうのです。
「だいたいのことは我慢できるし、だから反対に、だいたいのことは輝かしく素晴らしい帰結はむかえない」(『どこから行っても遠い町』より引用)
読者の胸にもぐさりと刺さる言葉が詰まった一冊です。
倫理観と真正面から対峙した一冊『殺人出産』
村田沙耶香の『殺人出産』は、「出産」と「殺人」という相反するように思えるテーマをもとに、倫理観や道徳観に真っ向から勝負を挑んだ一冊です。

作者 | 村田 沙耶香 |
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出版社 | 講談社 |
出版日 | 2016年08月11日 |
舞台は現代から約100年後の世界。性交は愛情表現と快楽のための行為になり、出産は人工授精が主流です。その結果、人口は減少の一途をたどっています。
そんな日本でできたのが、「殺人出産制度」という法律。10人子供を産めば、1人の人間を合法で殺すことができるというものです。ちなみに技術の進歩によって男性も出産ができるようになっているため、対象は女性だけに限った話ではありません。
「殺人出産制度」をどうしても認めることができず苦しむ早紀子という女性に、姉がこう語ります。
「あなたが信じる世界を信じたいなら、あなたが信じない世界を信じている人間を許すしかないわ」(『殺人出産』から引用)
ここで作者が伝えたいのは、現代日本への警鐘ではないでしょうか。戦争をしていた時期は、ある意味合法的に殺人をしていました。また時代をさかのぼれば、近親相姦も当たり前。
では今から100年後に、本書で描かれている世界にならない保証がどこにあるのでしょうか。読者の価値観に訴えかけてきます。
向田邦子の名作短編小説『思い出トランプ』
昭和の日本テレビドラマ界を支えた向田邦子。脚本だけでなく、数々の小説やエッセイも手掛け、日常のささいな出来事を文章にすることを得意としています。
本書は、そんな彼女のが中年の男女を主人公にすえた短編集です。トランプのように、13編の選ばれた小説が収録されています。

作者 | 向田 邦子 |
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出版社 | 新潮社 |
出版日 | 情報なし |
「かわうそ」は直木賞を受賞した作品。愛くるしい顔をしつつ、実は獰猛な肉食動物という特徴がよく現れています。
仕事熱心な宅次には、厚子という妻がいました。彼女は人の不幸をただ眺めたいという残忍な欲望があり、ひとり娘を見殺しにしたり、夫が脳卒中で倒れても笑ったりする女です。
しかし気づいた時にはもう遅く、宅次は朦朧とする意識のなか、包丁で彼女を刺し殺そうとするのです。すると厚子はこう言いました。
「凄いじゃないの。包丁、持てるようになったの」(『思い出トランプ』より引用)
料理がテーマの短編小説『村上龍料理小説集』
料理をテーマにした32の物語が収録されています。
単に食事のシーンが描かれているだけでなく、料理というある種のツールを使ってさまざまな人物がやりとりをし、オリジナリティあふれる世界観が展開されています。

作者 | 村上 龍 |
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出版社 | 講談社 |
出版日 | 1998年01月14日 |
未来予知をすることができる歯科医は、ある特徴のある料理を食べた時だけ、その能力を発揮することができました。
「あの、三角形の骨で囲まれたヌルヌルする肉があるでしょう?あれは、正当に調理すると、最も原初的な動物の味となるんですよ」
「わたし達はずっと昔、そうですね、百万年前くらいはずっと肉食だったんですよ、もちろん生のままで、その記憶が震えるような料理は数えるほどしかありません」(『村上龍料理小説集』より引用)
原始的な記憶を揺り動かすような料理、それが未来予知のために必要な条件でした。この場合は、すっぽん料理です。
特殊な設定を織り交ぜつつ、料理自体の描写も秀逸で、目の前にありあり浮かべることができるほど。ひとつひとつの話は短くて読みやすいのもおすすめポイントです。
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