重厚で濃密な恋愛小説と、少し切ないサスペンスやミステリーを得意とする作家、小池真理子。大人の官能と、人間の脆さや強さを描かせたらピカイチです。数々の賞も受賞し、確かな実力を誇る彼女の作品のなかからおすすめのものを厳選してご紹介します。
1952年、東京で生まれた小池真理子。父親が海外の文学に傾倒していたため、多くの蔵書がある家で育ちました。
幼いころは少女漫画の影響を受け、自らストーリーを考えた漫画を描いていたそう。小学6年生の時に読んだ『赤毛のアン』に感動し、中学時代は父親の蔵書を読み漁る日々だったとか。高校時代は学生運動が盛んな時期だったこともあり、彼女自身もデモに参加。その傍ら、散文や詩を書いていました。
大学在学中に作家を志し、小説の執筆を始めます。卒業後は出版社に勤め、退職した後フリーのライターになりました。1978年に発表した『知的悪女のすすめ』がベストセラーとなり、エッセイストとしてデビューをします。
小説家デビューは、1985年の『第三水曜日の情事』にて。日常に潜む人間の恐ろしさを描くことを得意とし、ミステリーやサスペンス、恋愛小説を多く発表しています。
1995年に『恋』で直木賞を受賞。そのほかにも数々の文学賞を受賞している作家です。
1995年に直木賞を受賞した本作。
浅間山荘事件の裏に隠れた、女子大生による殺人事件の悲しい真相に、ノンフィクション作家が迫る物語です。
- 著者
- 小池 真理子
- 出版日
- 2002-12-25
世間を揺るがした浅間山荘事件。軽井沢にある保養所で、連合赤軍のメンバーが人質をとって何日間も立てこもった事件です。
ノンフィクション作家の鳥飼は、この事件を調べるうちに、同じく軽井沢で起きた女子大生による殺人事件の存在を知ります。犯人の矢野布美子が出所したと知り真相を聞きにいくのですが、彼女は頑なに口を開いてくれません。
しかし矢野が病に侵されていることがわかると、少しずつ真相を話しはじめたのです。そこにあったのは、複数の恋が交錯し、すれ違いながら傷つけあった男女4人の姿でした。
恋愛小説でありながら、決定的な瞬間に徐々に近づいていくミステリーの要素も含んだ一冊です。
数十年前に別れた男と、ある日偶然再会したことから当時を回想する物語。
濃密な恋愛と全共闘時代の記憶が融合した珠玉の一冊となっています。
- 著者
- 小池 真理子
- 出版日
- 2010-05-28
主人公の沙織は、大学時代に学生運動に参加していました。彼女自身がしっかりとした主張を持っていたわけではないけれど、どんどん過激になっていくその波にのまれていったのです。
ある日、ともに運動をしていたメンバーが、「処刑」と呼ばれる集団リンチのすえ死亡。彼女は死体遺棄を手伝うことになりました。その後、自身も処刑されることを恐れた沙織は、身一つで 逃げ出しました。
そして公園で行き倒れていたところを救ってくれたのが、秋津吾郎という青年です。
そこから2人の歪な関係がはじまりました。追っ手を恐れて一歩も外に出ることができない沙織と、彼女を「飼う」かのように匿う吾郎の関係は、「恋」や「愛」で表現できるものではありません。
当時のことを、沙織はこう表現します。
「……わたしがあれほど素直に、自意識も自尊心もすべて放り出したところで身を委ね、裸になることができた相手は、生まれてこのかた、彼しかいない」
「あの日々は、とてつもなく不健康だった。不健康だったが、とてつもなく幸福だった」(『望みは何と訊かれたら』より引用)
2人の生活は半年間続きます。一般的な恋愛の「幸福」は、結婚や幸せな家庭を築くことかもしれませんが、彼女の心は解放を求めていました。
人生の一部を共有した2人が再び出会ったその時、何が起こるのでしょうか。
「官能」と「生死」をテーマにした短編集。全7編が収録されています。
小池真理子との描く濃厚な愛と、中年世代の死生観がえぐるように胸を突く一冊となっています。
- 著者
- 小池 真理子
- 出版日
- 2017-02-10
なかでも小池の美しい言葉選びと甘美な愛情が光るのが「鍵」という一編です。
主人公は周子という女性。夫が急死し、息子と2人で暮らしています。ある日夫の服のポケットから、どこのものかわからない鍵が出てきました。これを受けて、周子は以前から気になっていた夫の不倫疑惑を暴こうと試みるのです。
彼女が不倫を疑った理由が、なんとも恐ろしいところ。よくあるメールやSNSなどのやり取りではなく、目線のやり取りで感づきました。
「微笑みあうとか、ウインクし合うとか、その種の表現は何ひとつ、していなかった。二人はただ、まっすぐに見つめ合い、周囲の一切を遮断しながら、互いだけの世界に浸っていた。時間にして、わずか三、四秒ほどの間の出来事だったが、周子にはそれが、視線と視線の、まごうことなき性交のようなものだとしか思えなかった」(『ソナチネ』より引用)
不倫相手の家へ向かおうとするのですが、結局自分も知り合っていた男性との関係が進み、その鍵は捨てられることとなりました。鍵を捨てる行為が、まるで夫への愛情も捨ててしまっているようで、女性の怖さが際立つ作品です。
2013年に吉川英治文学賞受賞を受賞した本作。
発表の4年前に亡くなった、小池の父親がモデルになっています。
- 著者
- 小池 真理子
- 出版日
- 2015-05-08
主人公の衿子は、幼いころに両親が離婚したため、父親とはほとんど関わることなく生きてきました。父親は新しい家庭を持っていましたが、やがて難病のパーキンソン病を患い、亡くなってしまうのです。
遺品として受け取ったワープロには、病気によって喋ることが困難になった彼の、あふれ出る想いがしたためられていました……。
恋愛やサスペンスを得意とする小池には珍しく、人間をテーマにした作品。彼女自身も異例尽くしの一冊だったと言っています。ノンフィクションではないにしろ、実の父親がモデルになっているため、思うところがあり執筆の手を止めたこともあったそう。
亡き父親の生涯を娘の目線から眺め、彼女にしか感じられない強さや弱さがしたためられています。
主人公の悠子は夫を事故で亡くしました。薬剤師として勤めることになった病院で、妻を亡くした医師の義彦と出会います。
同じ職場で働くうちに、互いに惹かれるようになるのですが、2人の間に義彦の父・英二郎が割って入るのです……。
- 著者
- 小池 真理子
- 出版日
- 2002-06-14
ともに働くようになり、お互いに恋心を抱くようになった悠子と義彦。しかしそんな彼女を、義彦の父・英二郎が露骨に誘います。悠子は義彦のことを想いながらも、英二郎のことも断りきれず、受け入れてしまうのです。
好きな人に出会えたために英二郎と関係を持つことになり、「出会わなければよかった」と思ってしまう苦しい状況に追い込まれる悠子。それでも心は一途に義彦を想っていて、その姿が健気に見えるのです。そしてそんな彼女の気持ちにうまく応えることができない義彦の苦悩にも、胸が痛むでしょう。
主人公の繭子は、15年前に最愛の恋人を亡くしています。彼は父の友人だったうえに妻子がいて、いわゆる不倫関係でしたが、それでも心から愛していました。
それ以来ひとりで暮らしていた繭子のもとに、彼の息子を名乗る人物が現れます。「父親のことが知りたい」とのことでした。
- 著者
- 小池 真理子
- 出版日
- 2005-12-15
その息子は、かつての恋人の面影を色濃く残していました。しかも繭子と同い年。甘く切ない思い出がゆり起こされていきます。そして2人は惹かれ合ってしまいました。
彼に惹かれるのは、亡き恋人の面影があるからなのか、それとも彼自身に魅力があるのか……葛藤する繭子の心が繊細に描かれます。
運命に導かれた恋物語かと読んでいると、結末は意外な展開に。大人の幻想小説です。
全6編を収録した短編集。小池自らが「この6編を超える作品はもう書けないかもしれない」というほどの傑作ばかりとなっています。
表題作の「夏の吐息」は、突然行方不明になった恋人を待ち続ける女性の物語です。
- 著者
- 小池 真理子
- 出版日
- 2008-06-13
主人公の妙子は、突然姿を消してしまった恋人の昌之を思い、回想をしています。演劇を通じて知り合った2人は、恋人として仲睦まじく暮らしていました。しかし、ある日突然昌之が姿を消し、妙子は彼の帰りを6年も待っているのです。
恋愛は、両想いにしろ片想いにしろ、2人がいてはじめて成立するものだと思いがちですが、本作は終始「恋人が不在」のまま進んでいきます。それでも昌之は作中で絶対的な存在感を放っているのです。
これが小説の成せる技なのでしょう。そのほかの作品も、愛と死を儚くも力強く描いたものになっています。
華族社会の文化を背景に、男女の激しい恋愛を描いた本作。
小池真理子最大の恋愛巨編といわれています。
- 著者
- 小池 真理子
- 出版日
- 2005-09-22
まさに大人のための、大人の恋愛小説。物語のどこを読んでも甘美で流麗な描写に満ちています。
何より魅力的なのが、女性であれば思わずクラクラしてしまうような口説き文句です。
主人公の沓子は、妹の婚約者である青爾に激しいアプローチを受けます。婚約者がいながらその姉に一目惚れしてしまった彼は、恥も外聞もかなぐり捨てて、沓子の愛を勝ちとろうと躍起になるのです。
「僕があなたに恋をしていること、あなたはわからないんですか」(『狂王の庭』より引用)
燃え上がってしまう恋心。直接的な官能描写は少ないものの、胸をときめかせる濃密な男女の関係が描かれています。
ある家族の隠された歴史を綴った物語です。
章ごとに視点を変えた、連作集になっています。
- 著者
- 小池 真理子
- 出版日
- 2013-02-08
第1章の語り手、榛名は、母から父親の違う兄の存在を知らされました。母が亡くなったことをきっかけに、兄がいるというプラハに向かいます。
血の繋がりを隠したまま、初めての対面を果たしました……。
その後物語は、母、父、兄と視点を変えて続いていくのですが、そのなかで家族を繋ぐ舞台となるプラハの情景描写が美しいのでご注目。
「眩しさのない光りだった。やわらかく静謐な、すべてを包み込み、溶かし、眠らせてしまうような光りだった。じっと眺めていると、光はまもなくうすれ、雲の陰に隠れ、消えていった。あとは滲んだようになった残照だけが残された」(『存在の美しい哀しみ』より引用)
家族の歴史が明らかになっていくうちに、「存在」することの確かさを感じることのできる作品です。
日常に潜む人間の悪意や小さな殺意を描いた短編集。
そりの合わない夫婦、同級生の裏切り、嫁姑問題……思わずぞっとしてしまう人間の裏の顔が描かれます。
- 著者
- 小池 真理子
- 出版日
表題作「危険な食卓」で描かれるのは、離婚寸前の夫婦です。2人の食生活は極端に異なっていました。
妻は健康第一の無農薬食材しか口にせず、その一方で夫は、好きな時に好きなものを食べたい美食家です。いつも別々に食事をしていましたが、離婚前夜、最後の晩餐をともにしようと約束しました。
しかし、これまでさんざんいがみ合ってきた2人の食事が無事に終わるはずありません。夫は妻の食べ物に下剤を混ぜ、妻も夫に「毒」と称した液体を飲ませるのです……。
小池作品には珍しくコミカルタッチな文章で、夫婦のある種リアルな姿とテンポの良く進むストーリーが魅力です。
小池真理子の耽美で切ない世界観にどっぷりとはまることのできる作品をご紹介しました。気になったものからぜひ実際に読んでみてください。