西川美和おすすめ文庫本ランキングベスト5!

更新:2016.9.13

映画監督として活躍する西川美和。映像演出の腕もさることながら、彼女はその文才でも高い評価を受けています。そんな多角的に文芸活動の道をひた走る西川美和のおすすめ文庫本をご紹介します。

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映画に生きる 西川美和

1974年、西川美和は広島県広島市に生まれました。早稲田大学で美術史を研究したのち、映画製作の世界を目指します。なかなか就職には恵まれませんでしたが、是枝裕和監督に映画への意気ごみを買われ、フリーのスタッフとして歩み始めました。

2002年に『蛇イチゴ』で監督としてデビューすると、その後も続々と自身の手で映画を手がけるようになります。2006年の『ゆれる』では、数々の受賞を果たして現代日本映画における名監督のひとりとして認知されるようになりました。

また、この頃から書評やコラムも書くようになり、文筆家としての活動も始まります。2007年には『きのうの神さま』が直木賞候補となったものの、あえなく落選。しかし、選考委員の浅田次郎からは「はっきりと文学である」と高い評価を受けています。

その後も小説・脚本の創作活動は精力的に続けられ、今では小説の他に映画製作の背景などを扱った文庫なども手がけています。

「いい映画を撮るためには、一般的な「女の幸せ」と言われるものが一切手に入らなくてもいい」と語る西川美和。まさに映画一筋の生き様ですね。小説はその延長線上でもあり、あるいは一部なのかもしれません。しかし、そんな人生を賭した人の表現する世界観はジャンルを超えて私たちを魅了し続けるのです。

5位:映画『ディア・ドクター』のスピンオフ的作品

2009年に直木賞候補作となった短編小説集です。上述のとおり、惜しくも受賞には至りませんでしたが、浅田次郎からは「はっきりと文学である」、阿刀田高からも「(落選としたことを)今でも、これでよかったのかどうか、迷っている」とコメントされました。

2009年に公開となった映画『ディア・ドクター』と同じ題名の作品を含めて、5つの物語が収録されています。どのお話も地域医療にまつわるお話ですが、医療現場そのものというよりかは、医師や患者の人間性、家族や周辺の人々との関係性などに焦点が当てられています。
 

著者
西川美和
出版日
2012-08-07


本作品の面白いポイントとしては、全体的に映画『ディア・ドクター』との間接的な関連性がうかがえる点です。4話目に収録された小説『ディア・ドクター』は映画と同じ題名ではありますが、内容は同じではありません。とはいうものの、どこか部分的に関係している感があります。

また、他の収録作品に関しても映画での登場人物をにおわせるお話や、映画の後日談と思われるようなものもあります。映画『ディア・ドクター』を観たという方は、そのようなプラスアルファとしてかなり楽しめると思いますが、映画を見ていなくても十分に味わいのある短編集です。

映画でも評価されているように、西川美和の物事を見つめる視点とそれを鮮やかに表現する、文芸家としての冴えわたったセンスは小説でも健在。浅田次郎がいうように、「はっきりと文学」なのです。

4位:「ぼく」は全て分かっていた、敗北も故郷のことも

タイトルがなんとも象徴的ですが、これは主人公が遠く離れた東京から故郷の広島まで帰る列車の発車時刻です。時は1945年。そう、大日本帝国が第二次世界大戦に敗北を決めた日でした。これは、ある19歳の少年を介してあの戦争を見つめる戦後小説です。

主人公は広島で暮らしていた飛行機好きの「ぼく」。19歳で大阪の陸軍通信隊に配属された後、東京本部へと移動になりました。故郷を離れ、通信兵としての訓練をしていた「ぼく」は、故郷に原子爆弾が落とされ、事実上の敗北を喫したことを知ってしまいます。なすすべがなくなった軍隊は撤収することになりますが、どうにも腑に落ちない、フワフワとした気持ちのまま、故郷へと向かう列車に乗り込みます。そして8月15日、列車の中で玉音放送を聞くことになるのでした。

敗北を知っていても、なんとなく実感のわかなかった「ぼく」は故郷に着いてもその違和感がなくなることはありません。僅か3か月の間に景色が変わってしまった故郷・広島。うれうべき事態であることは間違いないのに、それを素直に感じ取れない「ぼく」。故郷とは、戦争とは、人生とはなんなのかと、焼け野原となった広島で思案するに至り……。
 

著者
西川 美和
出版日
2014-12-22


このお話は、1945年春に召集されて通信兵として訓練されていた作者の伯父の手記が元になっています。執筆するにあたり、改めて伯父から直接話を聞き、本作は完成しました。主人公である「ぼく」は作者の伯父その人であり、その手記や語り口調も「ぼく」へと受け継がれています。

戦争を扱った小説というのは数多くあるでしょうが、本作品は珍しい視点に立っています。だいたいの主人公が戦争の前線やその中心部にいて、そこでの話を物語る一方、本作品では主人公は爆心地から遠く離れたところにいるのです。

目の前の現実と戦争を結び付けられず、夢うつつの状態で存在する「ぼく」の心理描写が無駄のない洗練された言葉で紡がれていきます。

あとがきで作者は、広島県に生まれ育った身として、幼少期からこの戦争と向き合わなければならなかったという、少々苦い思いを吐露されています。作者が様々な想いに錯綜しながらも書き上げた本作は、珠玉の戦争小説といえるでしょう。

3位:人はずっとアンバランスな存在なのかもしれない

映画『ゆれる』は2006年に公開された映画です。数々の賞を総なめにしたこの作品を、西川自ら執筆しノベライズしたのが、小説『ゆれる』なのです。映画の受賞に負けず劣らず、小説は三島由紀夫賞の候補作となりました。

物語は、とある片田舎のガソリンスタンドに弟・猛が帰省してくることから始まります。実家のガソリンスタンドには兄・稔と、幼馴染の智恵子が働いていました。猛は自由奔放で遊び人気質なところがあり、東京でそれなりに売れるカメラマンとなっていた一方、稔はどこか不器用で冴えないところがあり、実家のガソリンスタンドを細々と継いでいるという状況です。智恵子は半ば惰性的にこの兄弟と土地に依存しているようで、いずれは稔と所帯を持つことを予感していますが、帰省した猛と寝てしまいます。

実家に縛られる稔と遊び人の猛、二人の間を行き交う智恵子。三人の関係はとても危なっかしいものです。そんな三人で、近くの渓谷へと遊びに行く事になりました。ところが、ひょんなことから智恵子が渓谷のつり橋から転落し、帰らぬ人となってしまいます。その時近くにいたのは稔のみ。稔は、猛へと想いを寄せる智恵子の気持ちに気付いていたようですが、稔が智恵子を突き落としたことは断定できません。しかし、裁判が進み結論が見え始めてきた時、稔は衝撃的なことを話すのでした。
 

著者
西川 美和
出版日
2012-08-03


タイトルの『ゆれる』は、渓谷のつり橋と登場人物の心理描写の揺れ動きを示唆するダブルミーニングでしょう。将来の見えない稔の閉塞した不安定な気持ち、兄を想いかばうことを考える猛、どっちつかずの智恵子。映画ではカメラが彼らの姿を追っていくことになりますが、小説では章ごとに語り手が変わり、それぞれの視点に立った物語が進行します。この点では、小説の方がより登場人物の揺れ動く心情に沿って物語を読み込むことができます。

親子、兄弟という間柄には切り離したくても切り離せない、そんな何かが介在しているものです。家族の絆と言ってしまうと美化されすぎなところもありますが、肉親の繋がりというものを強く感じさせてくれる作品です。

あらゆる作品というのは、原作がもっともよいとされることが多いですが、『ゆれる』は珍しくその例外ともいえる作品です。映画、小説それぞれに味のある作品となっています。

また、豆知識ですがこの作品の原案は「友達が殺人を犯す」という夢を見た事に由来するそうです。かなり怖い思いをしそうな夢ですが、そこからここまでのお話に発展させる作者の想像力には感服です。

2位:西川美和をより良く知れる珠玉のエッセイ集

2002年から映画監督としてデビューし、『蛇イチゴ』『ゆれる』『ディア・ドクター』『夢売るふたり』と作品を発表してきた西川美和は、2010年に小説誌「ジェイ・ノベル」にて『映画にまつわるXについて』という連載を始めました。本作品には、その連載を中心に雑誌や新聞などで書き上げてきた7年分のエッセイが収録されています。

映画の脚本や取材、オーディションのことなど製作秘話とされるエピソードが盛り込まれており、ただ単なる製作秘話、オモテに出てこなかった話というだけでなく、そこには西川美和という気鋭の映画監督のしたたかで冷静な視点が働いています。
 

著者
西川 美和
出版日
2015-08-01


映画製作の最前線で、独自の観察眼を頼りに自分の世界を描き出そうとする西川美和のフィルターを通してしか見えてこなかった物事が、この本にはあります。

そうした真面目な随筆の合間に、彼女の子供時代の逸話などが盛り込まれ、適度な緩急が付けられており、とても味わい深いものとなっているのです。

映画製作を通して出会った、香川照之やオダギリジョーなどの俳優との出会いに関するエッセイも情緒豊かにまとめられており、映画と人物が作者にどのように影響を与えてきたのかが彼女の文才によって仕上げられています。西川美和という作家を少しでも理解するのに役立つ一冊でしょう。

1位:西川美和の最高傑作!

2015年に山本周五郎賞、直木賞の候補作となった作品です。2016年には自身による映画化もされ、作家・西川美和を代表する作品となりました。

主人公はふたりの中年男性。売れっ子の小説作家である衣笠幸夫と、トラックの運転手を務めている大宮陽一。ふたりにはある共通点と相違点がありました。共通するのは長年連れ添った妻をなくしてしまったということ、そして違っているのは妻への愛情があったかどうかということ。愛する妻をなくしてしまった陽一と違い、不倫に走っていた幸夫に妻への愛情は既になく、悲しむこともありません。そして、二人の妻は親しい友人同士でした。

妻同士が友人というだけの関係でしたが、陽一は同じ境遇にあるとして幸夫と悲しみを分かち合おうとします。気が進まないものの、幸夫が陽一のアパートを訪れてみると、そこには陽一と残された子供がふたり。家事の得意でない陽一の姿と子供たちを不憫に思い、幸夫はふたりの養育係を買って出るようになります。

子供たちとうまくやる幸夫ですが、ある日生前の妻の本当の気持ちを知ることになってしまいます。さらにそんな中、陽一が事故に遭ってしまい……。
 

著者
西川 美和
出版日
2016-08-04


妻を失くすという同じ経験をしておきながら、それぞれ違う考え方、価値観で残された人生を歩みます。さて、一風変わった交流を始めた幸夫と陽一ですが、彼らはどう変わっていくのでしょうか。

似ているようで、実際はまったく違う方向を向いている幸夫と陽一の不思議な関係は、なんだかギャップがあって展開が気になってしまいますね。この幸夫という人物については作者も特に力を入れて考えたようで、「これまでの作品で自分に一番近い」と話しています。

また幸夫の苗字「衣笠」は、作者が広島東洋カープのファンであり、中でも衣笠選手のファンだったことから、本人に許可を取ってこの登場人物を作ったのだそうです。作者の幸夫への思い入れがうかがえます。

『映画にまつわるXについて』のように、『「永い言い訳」にまつわるXについて』という書籍も出ています。小説や映画の製作秘話などが掲載されているようで、こちらもプラスアルファとして読んでみると、より作品の奥深さが味わえるでしょう。

複数の文学賞に候補作として残り、デビューから10数年を経て映画監督としても小説家としても熟してきた感のある西川美和を代表する作品として、堂々の第1位とさせていただきました。

小説家としても、映画監督としても類まれなる才能と努力を続ける西川美和。現代の諸相を鮮やかに切り出すその観察力は、他の作家では味わえないものがあります。文芸界の二刀流として活躍する彼女の作り出す作品とその姿には、今後も大きな期待が寄せられそうです。

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