大阪出身の女流ミステリ作家、近藤史恵。ミステリ作家としての知名度が高いですが、実は恋愛小説やスポーツ小説、はては女性向け恋愛シミュレーションゲームのシナリオまで幅広く手掛ける作家です。今回は、そんな彼女の作品をご紹介します。
近藤史恵は大阪出身、大阪芸術大学卒業の女流作家です。デビュー作は「凍える島」で、これは第4回鮎川哲也賞を受賞しました。複雑な人間心理の描写に定評があり、そのため書くミステリも驚愕トリックを売りにしたものよりはホワイダニット、なぜ犯行に至ったかを書くことに重きが置かれていることが多いです。
代表作はスポーツ青春サスペンスである「サクリファイスシリーズ」です。こちらは漫画作品も出版されています。1作目である「サクリファイス」は第10回大藪春彦賞、第5回本屋大賞2位を取り、知名度人気ともに非常に高い作品です。
そのほかにも著書は多数にわたり、アンソロジーに収録されることも多く比較的目につきやすい売れっ子作家のひとりといえるでしょう。
21歳の主人公久里子が勤めるファミレスには、店の常連でいつも同じ窓際の席で何時間も粘る老人がいます。ある日、公園で毒入りの犬用の餌が撒かれる事件が起こり、彼女の愛犬までも被害に。そんな事件の解決に乗り出したのはなんとあの窓際に座る老人だった、というような短編連作のストーリーとなります。
- 著者
- 近藤 史恵
- 出版日
- 2008-06-10
日常の謎を取り扱ったさわやかな作品はいくつもありますが、この作品は日常に潜む小さな悪意がテーマになっています。帯文の言葉は「いつだって悪意はすれちがうほど側にいる」で、読後はどこか悲しい、そんな物語です。探偵役の老人は少し痴呆が入った、探偵としては似つかわしくないキャラクターですが推理のときは驚くほど鋭いのです。久里子の傍にそっと寄る老人の姿、その心の交流にも注目です。
今作の舞台となるのは小さなフレンチレストラン、名をビストロ・パ・マルといいます。カウンター席は7人、テーブル席は5つの本当に小さな店ですが、ここに訪れるお客さんから語られる不思議な体験の謎を小さなヒントから解いていくという展開です。フランスで修行した変人シェフ三舟忍を探偵役として、様々な趣向を凝らした小さな謎がいくつも描かれた短編集となります。
- 著者
- 近藤 史恵
- 出版日
- 2014-04-28
この作品の魅力はなんといっても作中で描かれるフレンチの数々にあります。読んでいるだけでおなかがすく、フレンチがちょっと食べてみたい、そんな普通に思えてくることでしょう。無口でクールな三舟シェフもかっこよくてステキです。一つ一つの話がそれほど長くないので空き時間にちょっと読むのにも向いています。1作目のタイトル「タルト・タタン」を食べながら読んでみるのもいいですね。
NHK-BSでドラマ化もされたオフィス系日常ミステリといえばこの作品です。平和なオフィスに刺さる小さな棘のような悪意が引き起こす事件を、女性清掃作業員・キリコがたちまちクリーンに解決します。新人社会人、大介とキリコの関係にも注目したい、短編連作集です。
- 著者
- 近藤 史恵
- 出版日
清掃員が探偵?と思うかも知れませんが、17,8の女の子の視点はとてもこまやか。清掃員ならではの洞察力、目に入るものを奇麗にしたいという意識が謎を見つける大きな武器になります。捨てられたゴミや汚れからは驚くほど鮮明に、人の様子が描かれるものなのだということがとてもよくわかります。明るくて掃除の達人のキリコが、文章の中で動きまわる姿に読んでいるこちらもなんだか元気が出てきます。最初のほうはほんとうに短い小さな謎ですが、巻を重ねるごとにどんどん長く、ミステリ感も増していきます。掃除がちょっとしたくなる、そんな作品です。
30歳を目前とした真美は、フリーマーケットで見つけた青いスーツケースに一目惚れ、衝動買いをしてしまい、心配性な夫の反対を押し切ってのニューヨークでの一人旅を始めることになる、というストーリーです。今作は相棒の青いスーツケース1つを携えて、旅をする切なくて優しい物語な短編集になります。
- 著者
- 近藤史恵
- 出版日
- 2015-10-08
主人公は最初にスーツケースを手に入れた真美を含めて全部で4人います。働く既婚者、働く未婚者、未婚の派遣社員、未婚のフリーライター、立場は違いますがみな等しく29歳の現代に生きる女性たちです。キーとなるのはもちろん青いスーツケース。このスーツケースをバトンとして入れ替わりながら主人公たちが旅に出かけていくわけですが、旅に出かけるということは自分と向き合う一歩であると作中では描かれています。
本に収録されている短編は全部で9本あり、その中でいろんな人の人生が交差しています。旅をする国も様々で、ニューヨークのほかにも香港やパリなども巡っていきます。とりあえず、何とかなると思って旅をしてしまいたくなるそんな素敵な作品です。
今回紹介した作品は短編集が多かったですが、これは長編作品になります。題材となるのは自転車ロードレース、主人公の白石誓はシリーズ開始時点で国内のプロチームに所属するロードレーサーです。サクリファイスシリーズはロードレースを描いたスポーツ小説であり、主人公の心情、葛藤を見事に捉えた青春小説であり、そしてレース中の事故をめぐるサスペンス小説でもある、近藤史恵の代表作といえる作品です。
- 著者
- 近藤 史恵
- 出版日
- 2010-01-28
ロードレースと聞くと少しなじみがない人もいるかもしれません。作中でも一貫して自転車競技は日本ではマイナーな競技として書かれています。ですがもちろん、ロードレースを理解していなければ話が分からないなんてことはありません。むしろここからロードレースについて興味が出てくる、そんな構成になっています。ミステリ作品としては1人のロードレーサーの死を巡る物語ですが、青春作品として主人公が葛藤する姿、ロードレース中の選手たちの想い、レース自体の疾走感、そのすべてが味わえる作品です。特にレースシーンの描写は圧巻で、すぐにレースの世界観に引き込まれることでしょう。長編作品ですが、気が付けばあっという間もなく読み終わってしまう、そんな引き付ける魅力がこの作品にはあります。
いかがでしたでしょうか。ミステリといえば難解なトリック、と思われる方も多いと思いますが、近藤史恵作品はそれよりもその謎に纏わる人物たちの心情がテーマとされることが多いです。生きていく上で必ず起こるような感情のうねりが描かれているので、きっとどんな方でも楽しめると思いますよ。