イギリスの作家ロアルド・ダールは、生きている内に多くの分野で著書を残しました。日本では児童文学作家として有名な彼、実は大人向けの短編でも名をはせているのです。
ロアルド・ダールの名前は三つの世界で有名です。
一つは児童書の分野。『チャーリーとチョコレート工場』といえば、お分かりになるでしょうか。ティム・バートン監督の映画が日本でも大ヒットしましたよね。母国イギリスでのこの本の人気っぷりは『熊のプーさん』を凌ぐという話です。他にも彼は『チャーリーとチョコレート工場』の続編である『ガラスの大きなエレベーター』他、『マチルダは小さな大天才』、『お化け桃の冒険』など数々の児童書を生み出しました。
二つ目は脚本家としてのロアルド・ダール。『チキ・チキ・バンバン』といえばミュージカル映画の傑作ですが、この脚本を書いたのが彼。他にも『007は2度死ぬ』の脚本も書いているんですよ。
そして三つ目は短編小説家としての名声。短編小説にも「ミステリ」「ホラー」「純文学」等いろいろなカテゴリーがありますが、ロアルド・ダールの作品を愛でる人々が口にするのは「奇妙な味」という言葉。これは読んだ後に奇妙な余韻が残るというタイプの作品です。端的にいえばオチが優れているといってもいいかもしれませんが、短い作品の中に展開する計算されたプロットは一種の芸術作品のようです。
ロアルド・ダールを読んだことがない人に真っ先におすすめしたい短編集がこの『あなたに似た人』。この本には短編作家ダールを代表する作品がぎっしり詰まっているのです。
たとえば「南から来た男」。ジャマイカのビプールサイドで、主人公の「私」はある青年からタバコの火を借ります。この青年が持っているライターはとても品がよく、風が強くても必ず付く自慢のライターでした。
それを横から見ていた老人。どうやら南方から来たらしい訛りのある英語でしゃべるこの老人は青年にある賭けを申し込みます。そのライターがホテルの部屋で10回連続して付くか。その賭け金として老人は車を提供しようといいます。代わりに青年に要求されたのは、なんと小指!もし青年が負けたら小指を切って差し出せというのです。
この無茶な要求を最初は退けた青年ですが、どうしても賭けの誘惑に勝てず、結局は勝負することに。ホテルの部屋に移ると老人は手早く指を切る道具をそろえます。指を切る肉切り包丁、指を固定する釘。すべての準備が整い、勝負が最高潮を迎えたとき、乱入してきたのは……。
この作品の凄いところは勝負の過程でかなりの盛り上がりを読者に提供しながら、ラストでのオチはこの賭けの勝敗とは関係がない、思いもよらないものであるということです。そのラストの一文には心底恐怖を覚えます。
- 著者
- ロアルド・ダール
- 出版日
- 2013-05-10
他にもこの作品集には「味」など、賭け事をテーマにした作品が収録されています。作品のかもしだす緊張感と意外なラストは同じようなテーマでもその都度新しい驚きを読者に与えてくれるのです。
また「おとなしい凶器」も有名な一遍です。料理の支度をしながら愛する夫の帰りを待っている妻メアリ。しかし、帰ってきた夫からもたらされた別れの言葉。妻は絶望して、とっさに夫を殺害してしまいます。その凶器がこの話のキーです。「南から来た男」とは逆に、読者にとってはなんとなく先の展開の読める話ではあります。しかし、わかっていながらも、ラストにかかる台詞回しは皮肉が利いていて面白いのです。この話のラストの一文は「となりの部屋で、メアリ・マロー二は、声を殺してクスクス笑い出した」。読者はこの殺人者の妻におもわず同調して笑い出しそうになるかも。
ちなみに表題の『あなたに似た人』というのは作品名ではありません。日本の名短編作家都築道夫は、この本の登場人物の一面があなたたちの中にもあるんじゃないかという皮肉をこめた表題だと分析しています。
『あなたに似た人』と似たようなコンセプトの短編集ですが、読後の気味悪さはこちらのほうが上かもしれません。
とくに奇妙なのは「豚」という短編です。ニューヨークに生まれた男の子レキシントン。両親は不幸な勘違いから警察官に射殺されてしまいます。レキシントンの引き取り手となったグロスパン伯母さんは人里から離れた小屋に一人で住んでいる変わり者。特に変わっていたのは彼女の徹底した菜食主義っぷりでした。この伯母さんの下で育てられたレキシントンは一切動物の肉を食べないまま育ちます。
成長したレキシントンは驚くべき料理の才能をみせるようになりますが、ある日伯母さんが突然死んでしまいます。叔母さんの遺書に従い都会に出たレキシントンが出会った新しい味、今までに味わったことのない美味なもの、それが豚肉でした。この肉についてもっとしりたいレキシントンはカン詰工場を目指しますが……。
「むかしむかし」で始まる童話風の物語、残酷なシーンもあっさり処理されているところが逆に恐怖を感じます。
- 著者
- ロアルド ダール
- 出版日
- 2014-05-09
また「誕生と破局」という短編もとても短いですがなかなかせつない話です。産後の母親がひたすら生まれた赤ん坊のことを心配する様が書かれています。彼女が前に産んだ赤ん坊はみんな育つことなく死んでしまったのです。母親の悲痛なまでの赤ん坊の健康への懇願。この赤ん坊の名前はアドルフ。読者が赤ん坊の未来に気づいたとき、この物語への印象は一気に変わるのです。
日本オリジナル短編集です。大人のメルヘンといった風情の「王女マメーリア」と「王女と密猟者」他、八編の短編が収められています。
- 著者
- ロアルド・ダール
- 出版日
- 1999-01-15
表題作の「王女マメーリア」はダールらしい、皮肉と残酷さが聞いたお話。不器量ではありましたが、心優しく、控えめな性格で誰からも愛されていた王女マメーリア。ところが十七歳の誕生日にある奇跡が起こります。彼女は目もくらむような美女に変身していたのです。その美貌がもたらしたのはまわりの男たちの対応の変化。どの男も彼女の美貌に夢中になってしまいます。その影響力ときたら男の召使たちが全員去勢をしなければまともに彼女に仕えることができないほど。
そんな男に対する影響力を日々実感するにつれ、心優しいマメーリアの心は徐々に変質していきます。自分に惑わされ、狂っていく男を見て楽しむようになり、ついには父親を殺して王位を簒奪しようと計画するように。そんな彼女の前に突然あらわれた乞食。王の暗殺方法を教えてくれるのですが……。
『王女マメーリア』が大人のメルヘンなら、こちらはがっつり大人向けの猥談短編集といったところです。
この本に納められている四編のうち、二編は「オズワルド叔父さん」について書かれた不思議な物語。オズワルド叔父さんは莫大な富を築いた男ですが、一方で希代の好色家です。三十年前にぷっつりと行方知れずになったはずですが、この度遺産という名の日記が送られてきました。その中の一遍『シナイ砂漠の挿話』を紹介する…という前置きから始まる表題作「来訪者」。これはその日記のラストを締める話という設定で、この話の後、オズワルド叔父さんの消息が不明ということになっています。それもこの短編のラストを読めば納得できるはず。
もう一つのオズワルドもの「雌犬」と合わせてお楽しみください。
- 著者
- ロアルド・ダール
- 出版日
- 2015-07-08
他二編もちょっと笑える艶談集。ちなみにこの短編集の後に『オズワルド叔父さん』という本も書かれています。こちらはオズワルド叔父さんがどのように富を築いていったか、波乱万丈の人生が書かれた長編です。
これはロアルド・ダールが若年の読者に向けて編んだ短編集です。八編の短編が収められていますが、今まで紹介した大人向けの短編に比べれば、ファンタジーの成分が多いかもしれません。とはいえけして子供向けには感じられない解釈が難解な作品も含まれています。
- 著者
- ロアルド・ダール
- 出版日
例えば「白鳥」。誕生日にライフルを買ってもらった少年が友達とウサギ狩りに行く途中に、生意気だと思っている同級生に出会いました。二人はこの同級生を執拗にいじめます。レールの間に縛り付けた同級生を転がし列車が通るのを楽しむなど、ほとんど殺人すれすれの行為。あげく自慢のプレゼントで遊び半分に白鳥を撃ち殺します。非道にいじめられていた同級生は憤りますが……。
不思議な結末で大人でも首をひねってしまうのですが、なぜか余韻の残るラストで読後感は決して悪くありません。
ほかにもロアルド・ダールが作家になったいきさつを書いたエッセイ作品も収録されており、いろいろなジャンルのダールが楽しめる総集編的一冊です。
ロアルド・ダールは大人向け短編で人間が根底に持っている恐ろしさをまざまざと書きだしています。一方でこれら短編集には暴力や血を憎む正義感あふれるダールも書きだされているのです。この相反した世界をぜひ楽しんでみてください。